夢違いの獏の札3
「しごと?」
「そう。長期休暇って言ったけど、正確に言うとこっちで暫く仕事する事になったんだ」
「何だ、そうだったんだ」
ロマンが来てから一夜明けて、リビングで朝食を済ませた後。
食器類を片づけながらロマンが今後の予定について話してくれた。
「いつから?」
「明日から。時差ボケもあるし今日一日は本当に休暇さ。なまえちゃんは?」
「私も今日はお休みだよ。特に予定無かったし、ロマンと過ごそうかな?あ、でもほんとに休みたいなら私は私で過ごすけど」
「なまえちゃんと過ごせるならそうしたいかなぁ」
はは、とロマンが少しはにかむような顔で言う。
私もちょっと照れくさくなって、「じゃ、ロマンにつきあってあげましょう」と冗談めかして言った。
「それはそれとして、マーリンの奴は?」
「朝早くから出かけてったよ。お仕事じゃない?」
「……あいつ何の仕事をしてるんだい?」
「いやそれがよく分からないんだよね……」
「……」
ロマンの顔が見る見る不機嫌になっていく。マーリンが何の仕事してるのかは依然不明のままだけど、しっかりお金を入れてくれて私に害さえ無ければいい、と思っていたので詮索していなかった。一応恋人関係になった以上は、把握しておくべきなのだろうか。何かあったら心配だし……。
そこまで考えて、ふと今朝の事を思い出す。
突然寝室に現れたマーリンが、私の唇を奪っていった事を。
「……っ」
頬に熱が集まるのを感じて、慌ててロマンの目に入らないよう顔を逸らす。
明日も来ていいか、とマーリンに聞かれて、うんと答えてしまった。
ロマンが知ったら、絶対に阻止されるだろう。
早朝の秘密の逢瀬。マーリンをよく思っていないロマンには悪いけど、私はとても楽しみだ。……明日はもうちょっと準備を整えられそうだし。
「まぁいいや、いないって言うならそれで。あんな奴いないに越したことはないからね!」
「……そんなに嫌うこと無くない……?」
「だって本当にクズのロクデナシなんだよ!なまえちゃんがあんな奴に泣かされて傷つけられると思うと本当に嫌なんだ」
「私が捨てられる前提で話しないでよ」
本当にどんな女性遍歴を送ってきたのだろうか。
少なくともプロポーズまでしてくるくらいだから、私には本気なんだと思ってたんだけど、
……もしかして、今までの子みんなに言ってたらどうしよう。
もしその上でマーリンの方から捨ててたりとかしたら、それは、確かにとんでもないクズだ。
どうしよう、捨てられたら。
「だからその前になまえちゃんからフっちゃえ」
「……でも、今別にフる理由無いし」
「理由出来てからじゃ遅いじゃないか!」
「良いよ別に、選んだのは私だし、見る目が無かったということで」
「それじゃボクが嫌なんだよ……」
本当に心配そうに眉を下げるロマンに、私は苦笑する。
ロマンの心配はとても嬉しいし、私が同じ立場だったらそんな奴やめろってきっと言うだろう。
だけど、もう好きだと思ってしまったから、どうしようも無かった。恋愛って人をバカにしてしまうものだからね。
「食器洗うよ」
ロマンの言葉に答えずそう言うと、ロマンは一瞬むっと眉をつり上げたが、すぐに表情を緩めて「ボクがやるよ」と言ってくれた。
「なまえちゃんは座ってて」
「いいの?」
「うん、朝ご飯用意してくれたしね」
お言葉に甘えてリビングに戻るとぽすんとソファに腰掛ける。
この家、無駄に広いからってソファも大きなL字ソファだから、三人座っても余裕で良かった。
二人暮らしだからと小さいものを選んでいたら、今頃また別の火種が起こっていたに違いない。
昨晩も、晩ご飯を食べる位置で喧嘩になってたし……小学生か。
突然モテ女みたいに取り合われてしまいこそばゆい限りだが、どうせなら三人仲良くしたいんだけどなぁ。
だってもし本当に私とマーリンがけ……け、けっこん、したら、ロマンとも家族みたいなものになるわけだし……。
フフフと一人でニヤニヤしながらそんなことを考え、しかしふとロマンの言葉を思い出してぴたりと笑みが止む。
クズでロクデナシっていうのは、まぁ、今更なんだけど……。
……。私、今まで勝手にマーリンは誰にも本気になれない人間で、だから女の子たちも取っ替え引っ替えしてたんだろうなって思いこんでたんだけど。
すぐ熱が入るのに手に入れた途端どうでも良くなるタイプという可能性もあるのでは?
私がデレた途端スーッて冷められる可能性大いにあるのでは……?
……あ、なんか凄くありそう。ダメだもの凄く不安になってきた。
「はぁああ~っ」
「なまえちゃん?だ、大丈夫かい?」
ずーんと効果音を背負いそうなほどうなだれて盛大にため息を吐いたら、ちょうど食器を洗い終えたロマンに見つかってしまった。
「……ねぇロマン?マーリンってプロポーズ魔だったりするの?」
「は?」
え?プロポーズ?とロマンは心底不思議そうに首を傾げる。違うの?好きになったら即プロポーズ、みたいなタイプのクズじゃないの?違うなら良いんだけど。
「あいつがプロポーズ……?絶対無いと思うけど……」
「だよねー!」
良かった!!違った!!
いや、まだ私がデレた途端冷められる可能性については残ってるけど、でも、少なくともロマンの印象ではプロポーズなんてマーリンのイメージとは違うようだ。うんうんそうだよね。
でもロマンをして「絶対無い」と言うプロポーズを私に対してしてくれたんだよね……やっぱり、ちゃんと愛されてる、よね。良かった、こんな事でいちいち不安になってたらマーリンにも悪いよね。あのときのマーリンは真剣に私に告白してくれていた。いや、告白はいつもされてたんだけども。
「何でまたそんな突拍子もない思考にたどり着いたんだい」
呆れ顔でロマンが私の横に腰掛ける。
何でって、それは私がマーリンからプロポーズされたからなんだけど、……これ言ったらまた荒ぶるだろうから黙っておこう。
「いや、色んなパターンのクズぶりを想定してて……すぐ熱が入るけど飽きも早い、みたいなタイプだったら困るなぁって……思って」
「ああ……うーん、そういうのとは違うけど……あ~でも飽きっぽいのは多分間違いないけどね」
「えっ」
や、やっぱりそうなの?飽きられちゃうの私?
いや、確かにマーリンはちょっと飽きっぽいとこあるな~と思ってたけど、でも、いや、そんな、ねぇ。
「そ、そうなんだ。確かに、飽きっぽいとこあるよね」
「そうだよ、だからなまえちゃんも本当に止めといた方が良いよ、あんな奴」
「……」
「……まぁ、突然言われても、受け入れにくいだろうけど……」
ロマンが言いにくそうに口を開く。私は首を横に振って「良いよ」と言った。
そりゃあ、曲がりなりにも恋人を悪く言われていい気分はしないけど、ロマンは意味もなく人を蔑んだりなど絶対にしない。
よっぽどマーリンは素行が悪かったのだろう。私だって最初は信用ならないと思ったもん。私と待ち合わせておきながら、その場にいた別の女の子をナンパしてた事とかもあったし。
(……思い返したら腹が立ってきた)
流石にもうしないと信じたいが、もしまたそんな事があったらフってやろう。
よし。
「もし一度でもマーリンが浮気の素振りを見せたら、そのときは容赦なく叩き出すって事で、良い?」
「……出来れば浮気される前にフってほしいけど……分かった。でもなまえちゃんは甘いからな……」
「絶対許さないから!もう!信じてよ」
とか言いつつ私も丸め込まれそうだなとは思っている。
いや、いや。絶対に浮気なんて許さないぞ。
「私は、私だけを真摯に愛してくれる人と添い遂げるのが夢だからね、浮気男なんてごめんだよ」
「なら最初からあんな奴選ばないでほしかったなぁ」
「やかましい!!」
仕方ないじゃん、上手く滑り込まれてしまったんだからさ。
マーリンとは、何だかぴったりくるんだよ。
そう言うと、ロマンは何故か妙な顔をした。
「ぴったり?」と聞かれて、素直に頷く。
「……まぁ、なまえちゃんの傍にずっといたなら、そうなるのかな……」
「へ?」
「いや……あいつとぴったりくる人間なんて、いるわけないのにって思って」
「人の恋人を何だと……」
呆れてそう言うも、ロマンは真剣な顔をしたまま、また何かに悩み始めたようだった。
……ふと、過去を思い返す。
もしも私が、高校時代に彼氏の一人でも作っていたら、こんな風に必死になってくれただろうか。
あのときは。
ロマンに好かれないなら、どんな姿にも意味は無いって、そんな風に思ってたんだよね。
(……結局子供の私じゃ見てもらえるわけないって、何もかも諦めてしまってたんだけど)
マーリンはそんな私の見た目から変えてくれた。
新しい恋をしても良いんだと、教えてくれた。
「ねぇロマン」
「うん?」
何かに悩んだままのロマンが空返事を返す。
私は敢えてそれを気にせず、ぴらりと服の裾を摘まんで言った。
「この部屋着、この間買ったんだけど、どう?」
「え?ああ、可愛いよ」
「そ、ありがとう」
うん。ロマンとはこれで良いんだ。
こんな朴念仁だから、ロマンが好きで、今があるんだから。
「変わらないねロマンは」
「そうかい?なまえちゃんだって変わってないけどね」
……そんな事無いよ。私、変わったよ。
ロマンの中では、まだ小さいなまえのままなのだろうけど。