夢違いの獏の札2

そういうわけで、ロマンがこの家に再び住み込む事になった。
とは言っても、あまりにも急だったので今ロマンは自室であちこち関係各所に連絡を取っている。

元々私の様子を見る為に長めの休暇を取っていたから大丈夫とは言うものの、部屋に籠もったっきりなかなか出てこない。本当に大丈夫なのだろうか、ロマンはふわふわしてるところがあるからちょっと心配だ。

リビングの入口をちらちらと見ながらロマンが戻ってくるのを待っていたら、いきなりマーリンに抱き締められたので死ぬほど驚いた。

「……ッ!?な、ななななな、なに、マーリン」
「なまえがちっとも私を見てくれないから、寂しくなって」
「……ぁ、な、……何言ってんの!」

どうしていいか分からず固まった私に、マーリンはぎゅうぎゅうと抱きついて距離を詰めてくる。

「わ、わ……ま、待って、見られたら困る……!」
「どうして?私たちが恋人同士なのはもうバレてるんだし、寧ろ積極的にアピールしていかないと。ボクらは相思相愛なんだってね」

髪をかきあげられたかと思うと、ちゅっと耳にキスされる。
待っていきなり距離近すぎる!!

「バカなこと言わないで!こんなとこ見られたらますます怒るに決まっ、ひゃ!?」
「ん~、美味しい」

ぱくりと耳を咥えられ、くすぐったさに肩を震わせる私の耳元でマーリンがくすくすと笑う。
ちょ、調子に乗りやがって……!確かに私とマーリンは恋人同士って事になったけど、まだ昨日の今日なのに。
ロマンという第三者が介入してきたのが刺激になってしまったのだろうか。

「やだ、放して!」
「嫌だ」
「……怒るよ!」
「どうぞ」
「ちょっと!!」

いつもは私が本気で怒る直前くらいで引くのに、今回はやたらとしつこい。
……もしかしてちょっと不機嫌なのだろうか?ぐいぐいと私にくっついてすり寄ってくる。
私が怒りたいところなのに、そんな反応をされると怒りにくい。

ため息を吐いて、マーリンを放すのを諦める。

「……そんなにロマンが嫌いなの?」
「…………うーん、嫌いというか。嫌いと言えば嫌いなんだけど、彼がというか……」
「???」

煮え切らない返事に首を傾げる。
そういえば知り合いなのかそうでないのかすら曖昧のままだ。

「どこで知り合ったの?」
「……別に知り合ってはないよ。さっきも言ったけど、お互い認知してただけで顔を合わせたのもさっきが初めてだ。喋ったのもさっきの電話が初めてだし」
「全然そんな風には見えなかったけど……?」

小学校の頃から気が合わないライバル同士とか言われても納得出来そうな感じだったが。全然関係ないがマーリンの小学生時代とか見たすぎるので今度写真とか無いか聞いてみよう。どうせ無いと言われるだろうけど。

「まぁ、何というか、お互い気に入らない相手という事だよ」
「何で?マーリンはまぁ分かるけど、ロマンにそんな嫌うとこある?」
「待って何で私よりロマニの方が評価高いんだい」
「いや何でって言われても……人徳……としか……」
「ひどい!私はキミの恋人なのに!!」

むぎゅむぎゅと抱き締められていよいよ苦しくなってきた。
酷いと言われても、実際ちゃらんぽらんなマーリンと違ってロマンは人は悪くない。ちょっと事なかれ主義だったりビビりのヘタレなところは無きにしもあらずだが、マーリンがあからさまに嫌う理由はやっぱりよく分からなかった。
……ロマンがマーリンを嫌うのは何となく分からないでも無いのだが。

(いや、それにしたってやっぱり露骨すぎるけど……マーリン、何したんだろう……)

本人に聞いても絶対に誤魔化すので、とりあえず後でロマンに問い質す事にする。……ちょっと怖いが。

「あ」
「ん?」
「そういえば……マーリンはロマンをどこで知ったの?その……ロンドンで知ったの?」

ロマンは現在、時計塔に関わっている筈である。
詳しくは聞いていないので何とも言えないが、もし時計塔でお互いを知ったのなら、マーリンは魔術師である可能性が高くなる。
ロマンは別に魔術師では無いのだけども。

「ああ……どこで、と言われたら、前から知っていたとしか言えないんだけど」
「……さっきから要領を得ないなぁ……」
「ごめん。単刀直入に言うと私は魔術師だよ」
「……あ、やっぱそうなの?」

ようやく合点が行った。

なるほどマーリンが私について妙に詳しく把握していたのも魔術を使ったからに違いない。魔術で何が出来るのかもあんまりよく分かってないけど、電話越しにロマンが言っていた言葉の意味を考えれば、多分そういう事なのだろう。
後見人に伝があったのも魔術師故か。誰も何も言ってくれないからそれすら曖昧だったので、ようやく全てが腑に落ちた。

ロマンがマーリンをクズ呼ばわりしているのも魔術師故だろうか。
何しろ話を聞くに、魔術師というのは人を人とも思わないクズばかりで、魔術の研鑽の為なら他者の犠牲を厭わず、時計塔内部は貴族主義が蔓延り腐り果ててるとか何とか。

そんな中でマーリンの噂を聞いたのかもしれない。
ロマンは魔術師ではないし、魔術師でない者が時計塔内部にいる事をマーリンもよく思っていなかったのかな。

……というところまで想像したけれど、そんな事でマーリンがロマンを嫌うだろうか。何だかイメージじゃないなぁ……。

マーリンが魔術師というのは何か知らんが滅茶苦茶納得したけど。

「魔術師とは言っても、私は魔術協会とは関係無いけどね。フリーの魔術師なのさ」
「フリー……そういうのもあるのか……」
「今まで黙っててごめんね」

抱き締めていた腕をほどいたマーリンが、私の頬に手を添えながら悲しげな顔で言う。別に、魔術の存在が秘匿されていることは私も知っているし、神秘の秘匿の為に敢えて言わなかったとか、私がほぼ一般人だから黙っていたとか、きっと理由があるのだろうから、そんな事で怒ったりしないのに。

「い、いいよ全然。普通は魔術師とか言われても困るだろうしね」
「……余計な先入観を持たれたくなかったんだ。僕はキミの前ではただの男でしかないから」
「またそういう事言って……」

頬が熱くなって、照れ隠しに唇を尖らせると、マーリンが顔を近づけてきた。
先ほどの展開がフラッシュバックする。

「……だ、だめだめだめ!ロマンがいるのに!」

咄嗟にマーリンの肩をつかんで押し戻すと、マーリンに腕を取られて腰を引き寄せられてしまった。

「ちょっ……!もう強引な真似しないって約束したよね!?」
「キミがそれを嫌だって言ったんだよ?」
「い、いや私はただ……!」

あれは単に、マーリンが私に触れなくなってしまったら嫌だなって、そう思って咄嗟に出たというだけで。
嫌がったらやめてとも言ったと思うんだけど、やめてくれる気配は無い。

至近距離のマーリンに見つめられてばくばくと心臓が高鳴る。
いや、そりゃあ、本音を言えば、私だってマーリンと、……キス、したいけど。

そのまま雰囲気に飲まれてしまいそうな私を現実に引き戻したのは、二階から響いてきたドタバタという音だった。

「お待たせなまえちゃん!!」
「あ、ああ~うん、お帰りロマン!」
「…………」

ヤバイと思って咄嗟に立ち上がってマーリンから離れ、急いで駆け込んできたらしいロマンに返事を返す。

「ちゃんと許可も取ったし、これで本決まりだ。改めてまたよろしくね、なまえちゃん」
「う、うん。今更だなぁ。……よろしくね、ロマン」

ふっと笑みを浮かべたロマンがぽんと私の頭に手を置いた。
ロマンの手は、意外と大きくてちょっとカサカサしてて、お兄ちゃんの手って感じがして大好きだ。……絶対本人には言えないけど。

「本当にお邪魔虫するつもりなのかい?人のことより自分の恋人探せば良いのに」
「う、うるさいなぁ!良いんだよボクにはマギ・マリがいるから!」
「……ふっ」
「人の趣味を笑うなよっ!」
「何ロマンまだアイドルにハマってるの?」

共に住んでいた頃から、ロマンはアイドルが好きで色々と追いかけていたことを思い出す。
尤も基本的には情報を追いかけて応援していたくらいで、コンサートとかライブとかそういうのには行ってなかったけど。相変わらず遠方から見つめる型のままなのだろうか。
私としてもロマンには良い人を見つけて幸せになってもらいたいのだが、……変な女に捕まったりしないか心配なところもあり、複雑だ。

「私も可愛い女の子は好きだし良いけどさ、恋人欲しいとか思わないの?やめてよ現実の女は汚いとか言い出すの」
「い、言わないよぅ!」
「なまえは私のだから手を出さないでくれよ」
「出すか!なまえちゃんは家族だよ!?」
「どうだかなぁ」
「こらマーリン。ロマンがそんな事するわけないでしょ。10年前から一緒に住んでるんだよ?あ、いや二年前に出てったから一緒に住んでたのは8年だけど」

頭の中で月日を数える。10年。もうそんなになるのか。
10年もあれば、手を出す気があったらとっくの昔に出されてるだろう。
そもそもロマンは私がまだちんちくりんのクソガキだった頃を知っているし、そういう対象には見られないんじゃないかと思う。
だからそんな事は有り得ない、と否定したのだけど、次の瞬間マーリンから飛び出した予想外の発言に思わずずっこけかけた。

「……つまり、なまえのJK時代を知っているんだねキミは」

JK時代て。

……私が死ぬほどモサくて垢抜けない女だったの知ってるくせに。
世間一般で言う華やかなJK時代など私には無かった。というか基本的に女の子にとっては学生時代は黒歴史になるものだと思うんだよ。

だというのに何故かロマンは自慢げに胸を反らした。

「まあね!勿論知っているとも、子供時代も、中学生時代もね……!」
「くっ……!」

何故かマーリンが悔しそうに唇をかむ。
何か変な戦いが始まってしまった。

「私だってちっちゃいなまえを可愛がりたかった!だというのにキミって奴は……!」
「可愛かったな~ちっちゃいなまえちゃん、最初はロマンお兄ちゃんって呼ばれてたな~お膝に乗せたりしたな~」
「やめろ」

思わず滅茶苦茶低い声が出てしまった。マジで黒歴史を微笑ましい子供の失敗譚として語り出しそうな気配がしたのでつい。

「そんな大昔の話はやめて。続けるならロマンがポンコツだった話するからね」
「ヤメテ!!」
「私の話しないなら良いよ」
「しない!ボクの中だけに留めておくよ!」

よろしい。満足げに頷くとロマンはほっとした顔をした。
まぁ別に、ロマンがポンコツだったのは本当に最初の方だけで、すぐに色々と覚えてある程度何でも出来るようにはなったんだけどね。寧ろ私よりよっぽど器用なんだけど。

「なまえちゃんを任された以上は、あれもこれも出来るようにならないとね」

そう言いながら、ロマンは本当に色々な事を修得していった。
勉強とかも教えてくれたし、実は私はロマンをそれなりに尊敬している。

(こう見えて身体も鍛えてるしなぁ)

まじまじとロマンを見つめて、改めて思う。会えて嬉しいと。

「まぁ、何はともあれ、お帰り、ロマン」
「──……、ただいま、なまえちゃん」

ふわりとロマンが微笑む。うん、やっぱり私はこのふわふわした笑顔が好きだ。

「さっさと帰れ」
「ぜっっったいに帰らないからな」

……マーリンがいるうちは、あんまり見られそうにないが。





ロマンの部屋で片づけを手伝いながらため息を吐く。
滅茶苦茶マーリンには渋られたけど何とかかんとか説得出来て今こうしてようやくロマンと二人きりになれている。
因みに当のマーリンはというと、なまえが手伝うなら私も、と言ったマーリンをロマンが全力拒否したため自室で拗ねていると思われる。

「ごめんねなまえちゃん、大して荷物持ってきてないしわざわざ手伝わなくても良かったのに」
「いや、どっちかというと一部物置代わりに置いてた物を回収する必要あるなって……ごめんねロマンの部屋勝手に使って……」
「はは、良いよ良いよ。ずっと帰ってなかったんだしそうなっても仕方ない」

軽く笑ってロマンは言う。
その笑顔に私も気が抜けていく。
今更気を遣うような間柄でもなく、お互いサクッと謝って礼を言って終了だ。

「──で、なまえちゃんはマーリンの事どう思ってるんだい」

滅茶苦茶唐突に直球で聞かれて一瞬怯んでしまった。
でもまぁ、聞かれると思っていたのですぐさま「どうって言われたら、好きだよ」と答えた。割と恥ずかしいが、マーリンが爆弾を落としまくった後なので今更である。

「あいつ、君は私のだとか言ってたけど、その……つまり、付き合ってるって事かい?」
「……う、うん。……昨日から」
「昨日!?……クッ……一足遅かったか……!」

何でもっと早く連絡くれなかったんだよぅと嘆くロマンから目を逸らす。
こんなことになるなんて私も思ってなかったんだし仕方ない。

「なまえちゃんあいつが女好きだって分かってるんだろう?それなのに恋人になったのかい?」
「分かってるけど、でも、なまえがいれば他はいらないって言ってくれたし……」
「そんなの絶対方便だよ」

うんまぁ、私もずっとそう思ってたけど。
信じてもいいって思えたのは、私がマーリンと過ごして感じた事だから、これをロマンに説明したところで多分納得はしないだろう。

「そもそもどういう経緯で一緒に住むなんて事になったんだい?ボク本当に何も聞いてないんだけど」
「あー……。うーん……それがねぇ……」

ほわんほわんほわん。当時の事を思い出す。
謎の訪日外国人から神社の常連ナンパ師へとクラスチェンジしていたマーリンが、ある日いきなり家に押しかけてきて何事かと思ったら後見人からの手紙を携え「今日からお世話になるよ」とか言われた。以上回想終わり。

ぶっちゃけどういう経緯って言われても私もよく分からないが、ロマンがいなくなってこの無駄に広い家と神社の管理を私一人で預かるのは正直大変だったから、後見人も気を利かせたんだろうなと納得していた。というか手紙にそう書いてあった。お前一人では無理だろうからと。
彼と知り合いだったなら最初からそう言ってくれればよかったのにと思ったんだけど、どうやら別に知り合いだったわけではないらしく、しかしやっぱりお互いがお互いを知っていたという感じらしい。イマイチよく分からない。マーリンは有名な魔術師なのだろうか。

とりあえずかいつまんでそんなような説明をすると、ロマンの顔は見る見るうちに曇っていった。
まぁそうだよね、ごめん。だから今まで言わずにおいたんだもの。そんなやつ信用するなって私でも言う。

「そんな適当な成り行きで強引に上がり込む方も上がり込む方だけど、君も何で受け入れるかな……」
「だって手紙は本物だったんだもん。実際妙に軽薄なのはともかくとして神社の管理とか家事とかもちゃんと手伝ってくれてたし」
「マーリンが家事……」

遠い目で呟くロマンに苦笑する。確かにマーリンって家事するイメージあんまり無いよね。魔術師だっていうならなおさらだろうか。

「ロマンはマーリンのどんな噂を聞いたの?あんまりいい噂は聞いてないって言ってたけど」
「……うん。……それね……」

今度はこっちが質問すると、急に歯切れが悪くなる。
……そ、そんなにひどい話なのだろうか。私が言った「孕ませてポイした挙句それ本当に私の子?って言った」の当たらずしも遠からずだったらどうしよう。流石に何の擁護も出来ない。言いそうなところがヤバイ。

「まぁ、女癖の悪さは伝説クラスっていうか……」
「伝説」
「タチの悪い女の子に手を出して進退窮まった事があるやつなんだ」
「何それ。相手の子がストーカー化でもしたの?」
「う、うーん……ある意味そうといえばそうか……」

何だかよく分からないが、要するに女の子を弄んだら相手の子が壊れちゃったという事だろうか?だとしたら確かにひどい話だけど、内情が分からないと何とも言えない。その女の子とどんな関係を築いて、どういう経緯を経てそうなったのかが分からない事には、マーリンを責める気にはなれなかった。

「それはマーリンが一方的に悪いかどうか分からないよ」
「あいつが一方的に悪いんだよ。だってあいつ……」

そこでいったんロマンは逡巡したようだった。じっと見つめて言葉を待つと、難しい顔をしてようやく口を開く。

「……なんていうか、人の事なんてどうでもいいってやつなんだ。自分が良ければ他人の人生狂わせても何とも思わないっていうか」
「何でそんな事分かんの?」
「……一部では有名だから」
「……ふうん」

分かるような分からないような話だった。確かにマーリンはどこか冷血というか、薄情なところがあるし、ひどいこともしたのかもしれない。そもそも魔術師はクズばっかりって聞いてるし、マーリンにもそういうところがあってもおかしくはない。

……でも、私にはとても優しかったから。

「そもそも、あいつはどこでなまえちゃんを知ったんだ?何でなまえちゃんに執着してるんだろう」
「…………さぁ、それは、私も知らないんだ」

ロマンの疑問に正直に答えると、ますます難しい顔をして黙り込んでしまった。
私も黙って作業を再開する。

今朝までとてもふわふわして幸せな気持ちだったのに、急に不安になってしまった。
昨日、確かに私は感じた。マーリンは私のことを本当に好いてくれているんだって。
今だって、それは疑ってない。ロマンの話はただの噂話だし、私が見てきたマーリンはそんなひどいやつではない。……とは言え私は男慣れしていない小娘だし、魔術師と分かった以上は、この地の乗っ取りを企てているとかそういう可能性はある。ここは優れた霊脈地だから。後見人が出入りを許可してる以上は、多分無いと思うんだけど。

マーリンの事は、これから知ればいいと思っていた。
でも、もしかしたら、知らないままの方がいいのかもしれない。

もっと詳しく聞きたかったけれど、聞いたら後悔するような気がして聞けなかった。

……結局分かった事と言えば、マーリンが魔術師であることと、ろくでもない噂があることくらいで。
私がどうしようもなくマーリンが好きだという事実は、揺るぎそうになかった。

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