夢違いの獏の札1

退院して、マーリンとなまえが恋人同士となった翌日。

一応一週間は安静にしておくよう言われたなまえは、家から出ずに大人しく過ごしていた。
とは言え折角退院し、マーリンとも晴れて恋人同士となれたのだ。
自室のベッドでじっとしている気分にはなれなくて、なまえは階段を降りてリビングへと向かう。

「おはよう。よく眠れた?」

リビングに入ると、いつものようにマーリンがにこやかに出迎えてくれた。
毎度ながら、朝起きるとほぼ必ず自分よりも先にリビングにいるのはどういう事なのだろうか。そのくせ私がベッドに入るまで起きているし、いつ寝ているのか謎だ。

恋人になったからと言って急にマーリンの事が分かるわけもなく、改めてマーリンの謎になまえは思いを馳せる。
しかし、それはこれから知っていけばいい話だ。

「おはよう。うん、眠れたよ」

本当言うと、ドキドキしてあまり眠れなかったのだけど、心配をかけるわけにはいかないと無難にそう答える。
どうせ家から出ず過ごすなら、ちょってくらい眠らなくたって平気だろう。

そんな風に考えながらなまえはマーリンの隣に座る。
するとマーリンがすぐさまなまえの顔を覗き込んで来たので、なまえは反射的に身体を逸らしてしまった。

「……何で避けるんだい?」
「……や、あの……近いな、と思って……」
「今更だなぁ。抱き締めたわけでもないのに」
「抱……っ、……」

からかうような響きを含ませてマーリンが言う。
一方のなまえは顔を真っ赤に染めて、ソファに縮こまる。
なまえには恋人同士のやりとりというものがどういったものなのかが分からず、脚の上で組んだ手を頻りに動かしてそわそわとしていた。
そんななまえの様子にマーリンは笑みを深める。

「これから慣れていかないとね。こんな距離じゃもう満足出来ないんだから」
「え……」

こんな距離、と言うけれど、なまえが座っているのはマーリンの真隣で、殆どゼロ距離に等しい。
しかしマーリンはこの程度は序の口だと言わんばかりになまえの方へ身体を傾けていく。

「……っ、ま、マーリン……」
「まだ、いける?このくらい?」

少しずつなまえへと身体を傾けていくマーリンに、なまえも上体を逸らして逃げようと試みるも、逆に自分の身体にマーリンが覆い被さる形になってしまって内心慌てる。まだ心の準備が出来てないし、一応朝だし、病み上がりだし!と心の中で考えを飛躍させてわたわたと取り乱しながらも、その一切を口にすることは適わず、段々と迫ってくるマーリンの顔を見つめることしか出来なかった。

「……なまえ…………」
「……っ!」

マーリンが目を細めて、顔をなまえへと近づけてゆく。

キス、される。

そう思うと自然と目を閉じて、ドキドキ高鳴る胸の衝動に突き動かされるまま、その唇が触れるのを待ちわびた。

と。

ジャン!と突然大きな音が鳴り響き、なまえはびくりと肩を揺らす。マーリンも目を見開いて固まり、二人して音の発生源に目を向けた。

「あ、電話……」
「……」

音の発生源はなまえのスマホで、正体は電話の着信音だった。

なまえは脱力して「漫画みたいなタイミングだな」と苦笑しながらスマホを手に取る。
マーリンにちらりと視線を向けると、憮然とした表情でスマホを見つめていた。

「ごめん、出てもいい……?」

気恥ずかしく思いながらもそう問いかけると、マーリンは憮然とした顔を即座に優しい笑みに作り替えて頷く。
ありがとう、と答えてなまえはスマホの画面を確認する。

「──!」

そして発信者を見ると顔をぱっと明るくさせ、急いで応答した。

『もしもし、なまえちゃん?』
「──ロマン!」

懐かしい声音になまえの声が踊る。
電話口の向こうでロマンが「久しぶり」と優しい声で応えた。

「久しぶり!どうしたの急に?」
『君が倒れたって言うから心配で……。もう退院したなら大丈夫なんだとは思うけど……』
「それでわざわざ?ありがと、もう大丈夫だよ」

心配性な彼を悩ませてはいけないと、なまえは退院するまで倒れた事自体秘密にしていたのだが、一応保護者の一人である彼には伝えておく必要があるかと連絡を入れておいたのだった。

現在海外にいるロマンとは、時差やら何やらに遠慮してあまり電話などする機会が無かったものだから、連絡自体は取っていたものの、久しく聞いていなかった懐かしい声の響きになまえの顔が自然と綻ぶ。

『入院準備とか大変だったろう?どうしてもっと早くボクに言わなかったんだい』
「や、だってロマン海外だから言ってもどうしようもないし……別に大した事なかったし……」
『倒れて入院沙汰になるのは大した事だからね、全くなまえちゃんは無茶ばっかりして』
「ご、ごめんなさい……」

案の定心配のあまり叱られた。なまえは苦笑しながら素直に謝罪を口にする。

ロマンとは数年前まで、この家で共に生活をしていた。
10年程前に、なまえの後見人のとある魔術師が突然連れて現れたのだ。
そのときなまえは身寄りをなくしたばかりだったのだが、まだ10歳で、誰か大人が見ている必要があったのは確かだ。

だけど当時のロマンときたら、空虚というか抜けているというか、ふわふわしたイメージは今も変わらないけど、もっと中身の無い大人で、その上生活力も皆無だった。

(今にして思えば、当時のロマンはちょっとマーリンとイメージが被るなぁ)

なまえは10年前を振り返りながら、そんな風に思う。マーリンは最初からある程度何でも出来ていたし、ロマンと違ってナンパで軽薄だったけど。

(……いや改めて思ったら似てないな。何でイメージ被るとか思ったんだろう……)

自分で自分の思考に疑問符を浮かべつつ、なまえはとりあえず回想を終了する。

今は随分と感情豊かになり、頼りないのか頼りがいがあるのか分からなくなったロマンは、電話口の向こうで「なまえちゃんはほっとくと無茶するから心配だよ」と本当に心配そうな声で言う。

「大丈夫だってば!もう私も二十歳はたちだよ」
『ボクにとってはなまえちゃんはまだ子供だよ』
「ロマンに言われたくない!心配性すぎていつも落ち着かないくせに!」
『なまえちゃんがボクを落ち着かせてくれないんだよ!』

相変わらずなロマンになまえはむっと唇を尖らせる。
一人暮らしを始めて数年経つのに、そんな風に言われるのは心外だった。

ふと電話口からアナウンスのようなものが流れてきて、なまえは首を傾げる。
そういえば何だか背後が騒がしい。

「ロマン?今外なの?」
『ああ、今空港にいるよ』
「へ?どっか行くの?」
『帰るんだよ』

帰る?帰るって、どこに?

一瞬きょとんとして考えて、すぐにこの家に帰ってくるのだと思い至ったなまえは、驚いて「え!?」と声を上げた。

「ちょっと待って!?そんな急に!?」
『ごめん、入院したってメッセージ見た瞬間出てきちゃったもんだからこっちに着いてから連絡しちゃって……』
「は!?待って!?もう日本!?」

現地の空港から連絡してるのかと思いきや既に日本。
道理で電話の音が近いわけだ。

なまえは納得しつつ心底焦った。別に元々二人で住んでいたのだから帰ってくる分には問題ない。無いのだが、いきなり今日来られるのは予想外すぎた。

『急でほんとにごめん。でも心配で……』
「……いや、心配はありがたいけども……」

ちらりとマーリンに目をやると、何を考えているのか分からない顔でこちらをじっと見つめている。何となく落ち着かなくてなまえは再び目を逸らした。

『え、もしかしてボクの部屋片づけちゃった?』
「いや、ロマンの部屋は手つかずだけども」

時々掃除はしているが、ロマンの部屋自体はそのままにしてある。
ただし、その隣にある別の部屋を、現在はマーリンが使用しているわけで。

「……もしかして聞いてない?」
『?何を?』
「いや、あの……今私、別の人と住んでて……」
『え!?』

ロマンが驚いて声を上げる。
やっぱり聞いていなかったのかとなまえは溜息を吐いた。
後見人あのひとは全く、適当というか大雑把というか……私も人のことはいえないけど。

ややこしい自体に眉根を寄せて、なまえはどう説明したものかと考えあぐねる。
心配性なロマンの事だから、年上の男性と住んでいるなどと話したら倒れるかもしれない。

『聞いてないよ!どんな人?何でそんな事になってるんだい!?』

電話口でロマンが喚く。そういう反応にはなるだろうと思っていたものの、実際取り乱されるとこっちも慌ててしまう。
どんな人で、何でそんな事に。いや、それは私が聞きたい。

なまえは改めて問われた事を言葉にしようとして、結局自分がまだマーリンについて殆ど知らない事を思い出して内心しょげていた。

「え~と……イギリス人で……優しい人だよ……」
『イギリス人?魔術協会の関係者?』
「……さぁ?……あ、そうなのかな?そうかも」
『えっ知らないのかい……』

呆れたように言われてなまえは口ごもる。
マーリンは自分に何も言ってくれなかったのだから仕方ないだろう。かといって、自分から魔術協会の関係者ですか?などと聞いて「は?」とか言われたらどうするんだ。

脳内でぶちぶちと文句を言いながら「知らないけど問題ない」とつっけんどんに言い返す。

『問題なくないよ!名前は?仕事は?年齢は!?』
「名前はマーリン。仕事と年齢は~……え~と……」
『は?マーリン?』

仕事も年齢も知らない事についてどう言い訳しようか頭を巡らせていると、名前に反応するロマンになまえはおやと思考を止めた。

「うん、マーリン。何か聞いたことある名前だよね」
『……まぁ、有名だからね……』
「有名?」
『アーサー王伝説に出てくる魔術師の名前だよ』
「へぇ」
『……、……いや、まさかな……』
「うん?」

小さく呟かれたロマンの言葉が聞き取れず首を傾げる。ロマンはそれには答えず、「どんな性格?見た目も教えて」と真剣な声音で問いかけた。
なまえはそんなロマンの様子を不思議に思いながらも、問われた内容について答える。

「えっと、さっきも言ったように優しいよ……」
『他には?』
「……え、えーと……明るくて、ノリが良くて……」

女の子が大好きで軽薄で胡散臭い……。

という言葉を続けたくなるが我慢して飲み込む。
そんな事を聞いたらロマンがまた取り乱してしまう。
中身の話はとりあえず置いておいて、なまえはマーリンの見た目を話す事にした。

「見た目は、すっごい美形で、髪が白くってとっても長い。目の色が紫色で凄くきれい……」

言いながらマーリンを横目で見やると、にこりと笑いかけられなまえは照れた。
本人の前で褒めるような事を言うのは何とも気恥ずかしい。
笑顔がすてきだとか柔らかい眼差しが好きだとか、またしても続けたい言葉を今度は反対の意味で飲み込む。
いきなり惚気られてもロマンを驚かせてしまうだけだろうし、何より恥ずかしい。

『髪が……白くて……目が紫』
「う、うん……」
『まさか……本当に、いやでも……』
「?」

ロマンがぶつぶつと呟く言葉がなまえの耳に届くが、何を言っているのかまでは判別出来なかった。

『というか、そいつは男なんだね?もしかして、女好きだったりする?』
「へ?何で分かったの」

折角隠したのに何故かバレてしまい、素直に肯定してしまうなまえ。するとロマンは突然無言になり、なまえの耳には雑踏しか聞こえなくなる。

「ロマン?どうしたの?……おーい、聞こえる?」
『……なまえちゃん、その男、何か変なところはない?何かを知っている風だとか、もったいつけたような事を言うとか……予言めいた事を言うとか』
「は、はぁ?……何で分かるの……?」

びっくりして再び肯定してしまう。
予言めいた事はともかくとして、何でもお見通しなところや持って回った言い回しはマーリンの十八番だ。

え?もしかして知り合いなの?

その疑問をぶつけようと口を開いた瞬間、『なまえちゃん今すぐそこから逃げて!!』という叫び声が聞こえてきて、なまえは思わずスマホを耳から遠ざけた。

「んな、何、え」
『その男は危険だ!一秒でも早く家から出て、早く!』
「いや、ちょ、待」
『あ……でももう一緒に住んで……ま、まさ、まさか、ててててて手を出されてないだろうね!?』
「何言っ」
「貸して」
「え」

ロマンの剣幕に追いつけず細切れの言葉を発するなまえの手からさらりとスマホをもぎとったマーリンが、「もしもし」とスマホを耳に当て話しかける。

『────────!!』
「うるさいな」

何かロマンが叫んでいるのが聞こえるが、何と言っているのかまではなまえには把握出来なかった。
マーリンが顔をしかめてスマホを少し耳から遠ざける。

「残念だけど、なまえはもう私のものだから」
「っ、ちょ……!」
『~~~~!!』
「悪いねロマニ」

いきなり自分のモノ宣言するマーリンに慌ててスマホを取り戻そうとするが、片手で軽くいなされる。

(あれ?マーリン、ロマンの本名がロマニって何で……やっぱり知り合い……?)

まったく訳が分からない。
マーリンといるといつもこれだ。

だがよくよく考えてみれば、ロマンは確かロンドンで勤務していた筈だから、二人が知り合いの可能性も無くはない。

そう思い当たるが、また更に疑問がわいてなまえは一人首を傾げる。

(……マーリンが危険、って?)

少なくとも仲がいいわけでは無さそうだから誇張して言っているのだろうが、それにしても危険とは穏やかでない言い回しだ。

ロマンはマーリンが女好きという事まで把握していたようだから、そういう意味かとなまえは一人考察する。
その間にもどうやらスマホ越しの喧嘩はヒートアップしているようだった。

「キミが何を言ってももう遅いから」
『──もんか──絶対────ッ!今すぐ──!!』
「やだね。キミが帰れ」
『──っ、お前が──なまえちゃんに────』
「はぁ?お前に言われる筋合いは無いよ。本当にバカだなキミは」

「…………」

……止めるべきだろうか?

なまえは呆然とマーリンを見ながらぼんやりとそんな事を思う。

いや、だろうか、じゃなくて止めるべきなのだろうが、暴言じみた言葉を吐くマーリンが珍しくてついまじまじと見入ってしまった。

「とにかくなまえは私が見ているから問題無いよ。だから帰って。それじゃ」
『待────』

ぷちり。

マーリンが言いたいだけ言ってスマホの通話を終える。

いや、電話していたのは私なんですけど?
心の中でつっこむが、不機嫌そうなマーリンというこれまた珍しいものを見てそれを突っ込む事がなまえには出来なかった。

「……えっと、ロマンなんて?」
「うん。ロンドンに帰るって」

絶対そんな事言ってない。

しかし綺麗すぎる笑顔で宣うマーリンがちょっと怖くて、なまえは何も言えずに「そう……」と返事しただけに終わった。



「なまえちゃんッ!!」

ドタンバタンと大きな音を立ててロマンが居間へと飛び込んでくる。

「ろ、ロマン。おかえ──」
「無事かい!?ロクデナシ野郎に何もされてない!?」

肩を掴まれ至近距離で顔を覗き込まれてなまえは驚いて固まる。
ロマンはそんななまえの様子に気づく事もなくさっと視線を巡らせると、ソファで悠々と寛いでいたマーリンを発見してキッと瞳を吊り上げた。

「……マーリン!」
「やぁ。帰れって言ったのに図々しい男だなキミは」
「どっちが!!」

つかつかとマーリンへと歩み寄ると怒りの形相でロマンはマーリンを見下ろす。
マーリンはどこ吹く風だ。

「何でお前が此処に……なまえちゃんに近づいてどういうつもりだ!?」
「どうもこうも、愛しているから共にいるのさ。野暮な事聞くなぁ」
「はぁ!?」

怒りの声を上げるロマンを通り越して、マーリンはなまえへと「ね、なまえ」と同意を求める。
なまえはロマンの様子を窺いながらも、遠慮がちに頷いた。
ロマンの顔が青くなる。

「なまえちゃん!!」
「な、なに……何なの、そんなにダメなの……?ていうか二人は知り合いなの?」

やっとのことで尋ねた質問に、二人ともが押し黙る。
なまえはやっぱり訳が分からず首をかしげるしかない。

「別に私たちは知り合いではないよ」

ややあってマーリンが口を開く。ロマンが渋い顔をしながら頷く。
なまえはいよいよ理解が追い付かず困惑した。どう見ても知り合いにしか見えないが、今更嘘を吐く理由も分からない。

「ただお互いがお互いを一方的に知っていたというだけさ」
「……あまりいい噂は聞いてないけどな」

マーリンの言葉にロマンが嫌味を付け足す。
なまえは漸く合点がいってなるほどと頷いた。
しかし、それにしてもお互い一方的に知っていただけという割には、あまりにも馴れ馴れしいような気もする。

ロマンは初対面の人間にああもあからさまな態度を取るような人物ではないし、マーリンにしたってあんなに態度が悪いのは初めて見た。

(一体二人ともどんな知り方したんだろうか……)

聞いてみたいが、今の雰囲気では聞きづらい。

(いやでも、ロマンがああも反対するマーリンの噂って……?)

「……もしやマーリン、女の子を孕ませたうえそれ本当に私の子?とか言ってポイ捨てしたとか……」
「してないよ!!」

マーリンが慌ててなまえに否定する。

ロマニに何と言われようが気にならないが、それが原因でなまえが自分を信じられなくなったりしたら大問題だ。
ただでさえ信用がないのに!

慌てるマーリンにロマンが鼻を鳴らす。
「殆どそんなようなものだろ」と追撃をかければ、マーリンが更に慌ててなまえに詰め寄った。

「ち、違うからねなまえ!確かに私はその、愛の多い人生を歩んできたけれども、今ではなまえ一筋だし流石に孕ませてポイなんて真似はしていないよ。そこはきちんと気を付けていたとも!」
「面倒ごとを背負いたくないから気を付けてただけだろお前は」
「うるさいぞアーキマン!」

ああ、やっぱり目障りだな彼は。
そんな風に思いながらじろりとロマンを睨むと、ロマンも負けじとマーリンを睨み返した。

二人が静かに火花を散らせる。

「……えーと……私のために争わないで?」

ついぞ人生で使うことは無いと思われていた台詞を思わずなまえは吐き出した。
はたと目を点にした二人がなまえを見つめる。
二人に注目されてなまえは怯んだが、今がチャンスとばかりに強引に話を終わらせることにした。

「と、とにかく……もうロマンは帰ってきちゃったんだし、部屋もちゃんとあるんだし、元々此処の住人なんだから帰らせるのは無し!ロマンも、マーリンはもう此処の住人なんだから受け入れて。聞いてなかったみたいだけど、もうだいぶ前から住んでるし」
「ほんと初耳なんだけど!?何でボクに言わなかったんだいなまえちゃん!!」
「知ってても知らなくてもめんどくさい反応するだろうなと思って……」
「なまえちゃん!!」

ロマンがなまえの言葉に悲痛な叫び声をあげる。

「流石私のなまえ、賢明だ。そして優しい。愛してるよ」

そんな様をニヤニヤと見やりながら、マーリンがさっとなまえに近づいて抱き寄せる。
なまえはマーリンの腕の中で顔を真っ赤にさせ、ロマンは真っ青になって声にならない声を上げた。

「なまえちゃん……ま、まさかと思うけど、もしや既にマーリンの魔の手に」
「待ってまだ何もしてない!!ていうか変な事聞かないで!!」

真っ赤な顔でマーリンの腕を振りほどきながら目を吊り上げてなまえも叫ぶ。
年頃の女の子に何の質問をしているのだろうか、この男は!

「全くロマニはデリカシーがないな。なまえ相手には私だって気を遣うよ。まぁキスはしたけど」
「キッ……」
「してない!してないよ!!ひっ、額とか頬にされたくらいで!!」

なまえがすぐさま否定するとマーリンは面白くなさげに唇を尖らせた。
確かに、まだ唇には出来ていないが、絶対に近いうちにしてやると内心で決意を固める。

というかマーリンにしてみれば唇などとうに奪っていてもおかしくない。
それをわざわざ此処まで我慢したというのに、電話一本で邪魔されてしまったのは割と本気で不服に思っていた。

一方のロマンは、まだなまえがそこまで手を出されていないことに心底安心しつつ、しかし既に額と頬と心を奪われているらしい事に本気で焦っていた。
どうしよう、どう説明したらいいのだろうか。

まさかそこにいるマーリンはアーサー王伝説に語れるマーリン張本人で、クズで人でなしの非人間だからやめておけ、とは流石に言いづらい。
だがまだ手を出されていないのなら間に合うかもしれない。

「……本当に、まだ手を出されてないんだね?」
「ま、まぁ……うん……」

危うかった事はあるんだけど……。
視線を多少泳がせながらも、なまえは頷く。ロマンは疑わし気になまえをじっと見やるが、やがて諦めたようにため息を吐いた。

「分かった。それなら暫くボクはこっちにいる」
「は!?」
「はぁ?」

なまえとマーリンが同時に声を上げる。
ロマンは決然として二人を見やると、堂々と宣言した。

「ボクは君たちの仲を断固として認めない!絶対になまえちゃんの目を覚まさせてみせる!」

……かくして、これから愛を育む事になるはずだったなまえとマーリンの二人暮らしは、ロマンを加えたデコボコ三人暮らしルートへ強制的に突入した。

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