三章 色の白いは七難隠す
それは唐突に訪れた。
「ほわ―ッ!?」
「あれ」
マーリンが伸びた。目の前で。
「あ。お姉さんだ」
「おっ、おう、うん、お姉さんだよ……」
服がー!私がマーリンに似合う♡と下心丸出しで購入したくま耳着ぐるみが!
突然前触れなく成長したマーリンによって、着せていたその服は無残にもジッパーが壊れ縫い目が破けてしまっていた。
いや服なんてどうでもいい。正直名残惜しいが仕方ない。子供の成長は早い。
目の前で伸びるとか思わないし、滅茶苦茶カメラ構えて撮影しまくってたところだから余計に悲しいが、数枚撮影出来ただけで良かったと思おう。
「……何歳?」
「七歳。キミたち基準で」
英国は数え年でも採用しているのか!?私たち基準とは一体。
いきなり物凄く饒舌になったマーリンに動揺してしまうが、うーんでも、まだやっぱり表情は薄いな。
「えぇと、私を覚えてるんだね?」
「勿論。僕の世話を何年かごとに焼いているお姉さん。でしょ」
何年かごと、ということはやっぱりマーリンの記憶も退行していて、その時々に私と過ごした記憶が差し挟まれているような感じか。
しかし、それならいきなり目の前に私が現れて(しかも自分の服が破けた状態で)驚きそうなものだが、まったくそんな素振りは無い。
疑問が顔に出ていたらしく、マーリンはふと薄い笑みを浮かべると私に言った。
「僕の認識では、キミは時々目の前に現れるお姉さんだけど、この状況とキミたちが話していた内容から現状に察しはつくよ。どうやら僕は本来もっと大人で、元の年齢に向かって何日かごとに成長しているようだ。……そうだよね」
「……あ、はい……うん、合ってます」
恐ろしく察しが良い。
七歳といえばもう小学生ではあるけど、私が七歳のとき絶対こんなに頭良くなかったよ。
こんな事態に遭遇したら、普通に混乱して泣いていただろう。
「それで、今回は七歳の僕。次がいくつになるか、いつ成長するのかは僕も分からないんだけど、よろしくね、お姉さん」
マーリンがすっと口元を歪めて笑う。
笑顔が下手なところは相変わらずなようで、ずっと笑ってほしいと思っていた筈なのに、その下手くそさに何故だかちょっと安心してしまった。
「……とりあえず、服、買わなくちゃね」
「ああ……それもそうだね」
自身がかろうじて身にまとっている布切れを一瞥してマーリンが頷く。
あられもない恰好にこちらがいたたまれなくなるが、やっぱりまだまだ情緒が薄いのか、単に若さがそれを気に留めさせないだけなのか、本人は特に気にした様子はない。
「それで。次はどんな服を着させられるのかな」
「……か、格好いいのにしようね……」
先刻とは別の意味でいたたまれなくて目を逸らしながら通販サイトを開き、男児・七歳・服で検索する私であった。
「とりあえず、私のシャツ着ててね」
「うん」
「……」
「何だい」
「いや、何というか。大きくなったなと思って」
私の言葉にマーリンは無表情のまま首を傾げた後、スゥと目を細めながら口元に笑みを浮かべて「そりゃあね」と答えた。
「成長するよ。一応生物だから」
「一応って、生物って」
「キミ、僕を天使だ妖精だって言ってたじゃないか。もしかして本当にそう思ってないかと思って」
「思うか!今のマーリンはどっちかというと小悪魔っぽいな!」
「可愛いってことかな。ありがとう」
「あっこの感じ凄くマーリンだわ」
小癪な口を聞きよる。
ほんの数分前まで時々口を聞く以外は無口無表情でじっとしてると人形みたいに見えるくらいだったのに。
まぁ容姿や表情は今でも人形じみているのは変わらないんだけど。
でも冗談を言える程度の情緒は育っているらしい。
これも絵本の読み聞かせの成果……なんてまさかそんなわけは無いけど、でもマーリンは実際、私が本を読み聞かせようとすると、それがどんな内容でもじっと静かに聞き入っていたから、読書は好きなようだ。
今ある本は流石にもう読まないだろうけど、七つなら英語の本を自分で読むことが出来るかもしれない。また買ってきてあげよう。
「ねぇ」
「うん?」
「今日、お兄さんは」
「ロマンのこと?今日はお仕事」
問われて思考を中断する。ちゃんとロマンのことも覚えていたようで何よりだ。
マーリンを一人置いて行くわけにも、連れて行くわけにもいかず、私は現在休職中だ。
ロマンまで休んだら収入が無くなってしまうし、下手すると仕事も無くなりかねないので、私が専業主婦でロマンには外で稼いできてもらっている。
それでも家で出来る仕事は持ち帰って、何とか一緒にいようとしてくれるので、ありがたい限りだ。
「お兄さんは、魔術師じゃないよね」
「あー……うん。そうみたいだね。でも時計塔で勉強はしたみたいだよ」
ワタシマジュツノコトワカラナイ。
のでロマンがどういう勉強をして今何をしているのかも知らない。
寧ろ何で共に生活することになったのかも実はよく知らないし。マーリンもだけど。
私の後見人がどうやら、時計塔ではそれなりに影響力があるらしくて、その結果としてこの家にロマンやマーリンが住むことになったらしい、ということは何となく把握している。
「キミも魔術師じゃないんだよね」
「うん。魔術師に見える?」
「見えない。まったく」
そうでしょうね。ロマンにも散々言われたし、君は魔術師には向いてないって。
「魔力が無いわけではないらしいのになぁ」
別に意味は無いのだが、掌をぐーぱーしながらじっと見つめる。
そこに魔力の流れが見える……とかそういうわけでも全く無いんだけど、何か魔術って手から出すイメージだから。
私の知識なんて本当にそんなものである。
「マーリンはどんな魔術を使うの?」
「どんな……ものをよく視たり、とか」
「何それ?透視?」
「似たようなものかな」
えっ!?透視出来るの!?ハッ、さては数々のセクハラはその能力を使って……!?
発覚したマーリンの能力に慄いていると、マーリンが意味ありげにこちらを見つめてくる。
そして首を傾げて不思議そうに呟いた。
「お兄さんは、本当にキミに何も教えたくないんだね。どうしてだろうか」
「……心配性なんだ、ロマンは。ずっと魔術世界に身を置いていたら分からないかもしれないけど、何やら一般人にしてみれば常識外のことだらけらしいからね」
まぁ、それを言うなら、私だってロマンのこともマーリンのことも心配なんだけど。
そうまでして私を遠ざけるくらい危ないっていうなら、二人にとっても安全では無いだろう。
現にマーリンの幼児化は恐らく魔術関連の何かが原因だろうし、もし誰かの呪いとかだったらどうしよう。
ロマンが以前にも幼児化したようなことを言ってはいたし、徐々に大人になっているんだから元には戻るんだと思うけど、……それが呪いのせいだとして、そもそも呪われるほどの何をしたのかという疑念もある。
疑いたくはないが、どこかで恨みを買っていそうなのがマーリンと言う男だからなぁ……。
そうやって不安に思いつつ、私はつとめて明るくマーリンに笑いかけた。
七つとは思えない聡明さとは言え、マーリンはまだ子供。自分の不安のせいでマーリンまで不安にさせては元も子もない。
「というわけで、ロマンはまだ帰ってこないのです!ついでにマーリンの服も適当に買って帰ってくるよう頼んでおいたから更に遅くなるだろうし。さて、何して遊ぶ?」
マーリンは特に何も気にしてない風な目を向けて、「別に何でも」とお決まりの返事を返した。
「もう、またそれか……。うーん、マーリン日本語は読めるの?私ので良ければ、児童書も無いことは無いんだけど……」
「本……、別にいいよ。特に読みたいとは思わないし」
「えぇ、三つのときは読み聞かせ凄く好きだったのに」
「それはキミに読んでもらうのが好きだったんだよ」
……本当におべっかが上手い子供だな。
段々本気で心配になってきた……というか、このナチュラルに人を喜ばせる感じが、ナンパテクに繋がっているのだろうな。
私も初対面でめちゃくちゃナチュラルに口説かれてびっくりしたし……。おっと、あれは初対面じゃなかったんだっけ?
「じゃあまた読み聞かせする?」
「ううん、それは良い。ねぇそれより、僕の部屋ってあるのかい」
「え、あぁ。あるよ。……そうか、もう一緒に寝る年齢でもないし、マーリンくらい賢かったら一人部屋でも全然問題ないね……」
言いながらしょんぼりとしてしまう。
正直まだまだ抱き締めて寝たい気持ちは物凄くある。
「僕は一緒に寝ても構わないけど」
「えっ!?本当に!?」
マーリンの言葉に思わず素で喜んでしまう。
慌てて冷静さを取り繕うと「まぁ寝るのはともかく、部屋はあっても良いと思うから案内はするね」と二階へ続く階段へと案内した。
二階へと上がり、マーリンの部屋の扉を開ける。
何の変哲もない、さりげなくオシャレな家具や爽やかな絵柄のカーテンやらがセンスの良さを感じさせて微妙にムカつく、そんな部屋である。
全体的に白っぽい。
幼いマーリンも白い服が良いって言ってたし、白が好きなのだろうか。マーリンがそもそも白いしな。
「ここがマーリンの部屋だよ」
「ふうん……」
未来の自分の部屋は興味深いのか、珍しく好奇心をたたえた瞳でマーリンはきょろきょろと自分の部屋を見渡す。
本当に何の変哲もない部屋なんだけど。
強いて言えば、マーリンの趣味でいつも花が飾られているのが、変わったところと言えるだろうか。
最初に「花が好きで」と言われたときは、女の子にあげるために飾ってんだろうなとか普通に疑ってしまったのだが、本当に花は好きなようで、いつも種類の違う花が飾られているし、花言葉とか生息地とか、育て方とか植え方とかそういうのも聞けば何でも答えてくれた。
玄関にも花が飾られているのだが、あれもマーリンが世話をして、気が付いたら入れ替えてくれている。まめだよね。
「ここ、自由に使ってもいいかな」
暫く部屋を見まわしていたマーリンが、こちらを見上げて問いかけてくる。
「良いけど……あんまり悪戯しちゃダメだよ」
小さいマーリンは物凄く賢いから、変なことはしないだろうと思いつつ一応釘を刺しておく。
「自分の部屋に妙な真似はしないよ。ああでも、キミはあんまりここに出入りしないでね」
「え?……まぁ、うん。プライベートな空間だし、入るなと言われれば遠慮はするけども……」
思春期には早い気がするけど、マーリンは早熟だからそういうところも他の子よりだいぶ進んでいるのかもしれない。
いやいや最近の子供はこんなものなのかも。
……うん、みだりに侵入するのはやめておこう。
マーリンが「この部屋でやりたいことがある」と言うので私はお暇することにした。
リビングに戻っておもちゃやら何やらを片付ける。
あぁ、最近はず~っと小さいマーリンと一緒だったから、何だかとても寂しい……。子供の成長は早い……。
いやマーリンの成長の速度は子供とか大人とかいう問題じゃないんだけどさ。
◆
疲れた顔で帰宅したロマンが、帰ってきて早々言った。
「マーリンが伸びたって……?」
「伸びた。にゅっと」
荷物を受け取りながら答える。ちゃんと言った通り子供服を買ってきてくれたようで何よりだ。
「で、そのマーリンは?」
「部屋にいるよ。マーリンの部屋」
「一人で?以前は君にべったりだったのに」
「親離れ寂しい……」
「親じゃないだろう」
苦笑して突っ込むロマンにふーんだと唇を尖らせつつ、リビングへと荷物を持っていく。
買ってきてくれた服を取り出すと、以前購入した小マーリン用ボックスへと畳んで仕舞った。
「……ボク、マーリンの様子見てくるよ」
「うん。夕飯準備しとくからついでに呼んできて」
「了解」
帰宅早々、休む間もなく子の様子を見に行くロマンを見て、親って大変なんだなぁとかぼんやり思う。
二人とも親でも子でもないけど。
マーリンが七歳になったので、もう殆ど大人と同じものが食べられる筈だから、メニューを選ぶのはかなり楽になった。なので今夜は唐揚げだ。
英国ではどうか知らないが日本の子供に唐揚げが嫌いな子などきっといない。多分。ちょっとしか。……ごめんそれは人による。
マーリンはあまり食べることに執着が無いようで、何を食べても反応が微妙なんだけど、唐揚げならいけるかなって。
喜んでくれるといいな。
大人のマーリンはマーリンで、何作っても「美味しいよ」としか言わないから、それはそれで作り甲斐が無いと思っていたのをふと思い出した。
何を作っても、たとえ失敗しても、普通の顔して食べるんだもん。
何が好きか聞いても「キミが作ったものなら何でも」としか言わないし。逆に嫌いなものを聞いても「特に無い」だし。
そして作らせたらびっくりするほど微妙なモノが出てきたのを思い出す。
野菜は煮込んだだけ、肉は焼いただけ、のワイルドすぎる料理が。
だもんで、結局食事は私の担当になってしまったのだが、もしかして今から仕込めば元に戻る頃にはまともな料理を作れるようになっているかもしれない……。
などと邪な計画を練っていると、マーリンを連れてロマンが降りてきた。
夕飯を食卓に並べつつ、ロマンには座って待つよう言う。仕事から帰ったばかりで疲れているだろうから。
そのうえで、マーリンには手伝ってもらうことにした。
「マーリン、これ食卓に運んで」
「うん」
文句ひとつ言うことなく、マーリンは従順に頷くと食器を持って食卓へと運んでくれた。
サラダやみそ汁や副菜を盛りつけながら、どんどんそれを運んでもらう。
「良い子だねマーリンは。偉いぞ」
「何が」
「ちゃんとお手伝いが出来てさ」
「主人の命は聞くものだからね」
「しゅ、主人?」
「うん。あれ、それともお兄さんの方が僕の主人なのかい」
マーリンが不思議そうに首を傾げて言った。
主人って何だ。奥さんと主人の主人か。いやそれだとマーリンが嫁になってしまう。
「マーリン。この家に主人とかそういうのは無いよ」
ロマンが苦く笑いながら言う。マーリンは再び首を傾げて、「そうなの」と言った。
いや本当、どういう生活を送ってきたんだマーリンは?何?召使だったの?
「マーリンも家族だよ」
「家族」
「そう。だから命令とかそういうのは無し。私がこれを運ぶように言ったのは、お願いしただけ。手伝ってくれてありがとう、マーリン」
そう言うとマーリンの頭を撫でてやる。
マーリンは目を細めてそれを受け入れると、ぱちぱちと目を瞬いて何かを考えるような顔をした。
それも一瞬でいつもの無表情に戻ってしまう。
「分かった。僕はキミたちの家族でいればいいんだね」
「……うん。そうだと、嬉しいかな……」
「キミがそれを喜ぶのなら」
無表情のままマーリンがそう言って、お箸を持つと食卓の方へと行ってしまう。
何だかニュアンスがちょっと、私が言ったのとは違う受け取り方をされた気がする。
「家族でいればいいんだね」という台詞は、まるで家族のふりをするって言ってるようで悲しかった。
けど実際、本物の家族ではないし、仕方ないことかとため息を吐く。
マーリンとの心の距離を感じて寂しくなるけど、まだまだこれから心を通わせていけばいいよね。
大人のマーリンとだって、そう簡単に距離を縮めたわけでもないし。
……いや、向こうからグイグイ来られて、済し崩しに距離が縮まったという側面はあるんだけど。
そう考えると、私からマーリンと距離を縮めようとするのは初体験なわけで、それに思い至ったら途端に不安に襲われる。
以前、マーリンは私に言った。もっと昔に、一度会っていると。
そこで私に惹かれて、だからこうして一緒にいるんだと。
だけど私は、その記憶を全く思い出せないでいた。
だからマーリンがどうして私を好きになったのか、その理由を何も知らないのである。
私がマーリンを好きになったのは、共に過ごした時間が暖かかったから。
いつの間にかマーリンのすべてが大好きになってしまって、もうどうしようもなくなってしまっていた。
じゃあマーリンは、どうなんだろう。
何度聞いても明確な答えが返ってきたことはない。
いつもマーリンが言うことは同じで、「そのうち分かるよ」と、それだけを返される。
そのうちって、いつなんだよ。
私とマーリンは、どこでどんな時間を過ごしたんだろう。
覚えてないことが申し訳ないと同時に、寂しいなと思う。
当時の私は、マーリンを何とも思っていなかったのだろうか。いなかったんだろうな、だって覚えてないんだもん。
今は、こんなに大好きなのに。
マーリンに続いて食卓へと向かい、席に着く。
心に芽生えた不安を拭うように、笑顔でいただきますをして、箸を手に取り食事に手を付ける。
マーリンはフォークとスプーンでお行儀よく食事に口を付けている。
特に美味しいとも、まずいとも言わず、いつもの無表情で。
――唐揚げは、ダメだったみたいだ。
何を作れば、マーリンに美味しいと言わせることが出来るのだろうか。
ケーキとか、甘いものはどうだろう。クッキーくらいなら私でも作れるかな。それか、一緒にホットケーキでも作ってみようか。
マーリンの反応を残念に思っているのを悟られないように、笑顔を取り繕うと他愛もない話を切り出す。
興味無さそうに相槌を打つマーリンに胸がちくりと痛んだけど、すぐにその思考を頭の隅に追いやって、いつも通りの自分を取り戻すべく、私は口を開き続けた。
◆
「お姉さん」
「あれ、本当に来たんだ」
「ダメだったかな」
「まさか!おいで」
夜、自室で寝る準備をしていたら、マーリンが徐に顔を出した。
控えめに扉を開けて私を呼ぶマーリンに、こっちへ来るように促すと、小走りで近寄ってくる。カワイイオブカワイイ。
そのまま私に抱き着いてきたマーリンを抱き留め返すと、無表情の顔をこちらに向けたあと、にっこりと微笑んだ。
おう、そういう顔も出来るようになったか。カワイイオブカワイイオブカワイイ。
「大きくなっても甘えん坊だねぇ」
「……そうかな。だってキミの近くにいると、美味しい思いを出来るっていうか」
「ん、んん?その年でそういう発言はちょっとどうかと思うぞぉ、早熟だなぁマーリンは」
「?」
よくわからないという顔でマーリンが首を傾げる。
……あれ、そういう意味ではない?じゃあ何だろう。やっぱり母性に飢えてるのだろうか。
とりあえずその言い方は誤解を生むからやめておいた方がいいと思う。
誤魔化すように笑うとマーリンを布団の中へと招き入れる。
そのまま一緒に寝転ぶと、マーリンがそっと身を寄せてきたので優しく抱きしめてみた。
……大きくなったな。
いや、私が育てたわけでもないし、急成長すぎる成長の仕方をしているから、感慨深いというよりは本当にただの感想なんだけど。
マーリンにも赤ちゃんの時代があって、子供時代があって、思春期とかそういうのがこれから訪れるんだろう。
マーリンの過去については本当に一切知らないから、ちょっとズルをしているような気はするけど、こうやって知れたのは良かったとこっそり思う。
……本人にとってはそれどころじゃないと思うんだけど。
あ、でも大人の自覚が無いからそうでもないのかな。
「ねぇお姉さん」
「ん~?」
「大人の僕とキミも、一緒に寝てたの」
「………………ま、まぁ、たまに……」
突然聞かれて、返事に困って曖昧な答え方になってしまった。
まだ子供のマーリンに「一緒に寝てた」と言ったところで、別に何とも思いはしないと思いたいが、でもこれから成長して「あれってもしかして」とか思われたら、ちょっと気まずい。
「ふうん。仲良かったんだ」
「そ、そうだね」
「じゃあ、僕らは夫婦だったの」
いきなり核心を突かれて一瞬固まる。
……そうか、そうだよね。お父さんお母さんが一緒に寝てる家なら、男女で寝るイコール夫婦だと考えても不思議はない。
どう答えたら良いだろう。未来の妻です♡というのは流石にちょっと。第一夫婦じゃないし。
「いや、えーと……夫婦じゃなくて……」
「恋人」
またしても核心を突かれてしまった。
意外と何でも知ってるね。ってそれはそうか。
自分が七歳のときがどうかはあまり覚えてないが、女児向けアニメも恋愛沙汰はお約束だし。
マーリンくらい早熟で聡明なら、そりゃ分かるか。
「……えっとそれは、大人になってからのお楽しみということで」
結局どう誤魔化していいか分からなくて、苦し紛れになってしまった。
「ふうん。まぁ良いけど」
深く突っ込まれなかったことにほっと息を吐く。
いやはや焦った。
流石にまだ子供のマーリンに、将来の貴方の恋人だよとは言えないよ。
ピンとこないだろうし、大体私の前に何人恋人いたんだって話だし。
変な先入観植え付けて、関係がギクシャクしても嫌だし。
今はまだ良いけど、この先成長していけばこの記憶を思い出して、私のことを変に意識してしまうかもしれない。
女としてならまだ良いけど、反抗期も相俟って拒否感とか示されたら立ち直れないかもしれない。
「それより、お姉さんって呼び方はちょっと他人行儀すぎない?」
この話題が続いても困るので、別の話題に切り替える。
実はずっと気になっていたのだ。お姉さん、という呼び方も何ていうかエモいんだけど、出来ればもうちょっと親しみを込めた呼び名にしてもらいたい。キミ呼びは別に良いんだけども。
「じゃあ……姉さん、か……お姉ちゃん……、もしくは、姉さま」
「姉さま!?激エモじゃん!?」
「エモ……?」
「ごめん何でもない。姉さんでお願いします」
「分かった。よろしく、姉さん」
「よ、よろしく」
改めて姉さんと呼ばれると、ちょっとどころかかなり照れる。
今まではなんていうか、母親の気持ちに近かったと思うんだけど、今は可愛い弟が出来た感覚だろうか。
……正直に言うと「姉さま」呼びもものすご~く惹かれるものがあったが、一般家庭の男子がする呼び名では到底無いので流石にやめておいた。
「そろそろ寝ようか。おやすみ、マーリン」
ベッドヘッドに置かれたリモコンを操作して電気を消しながら言う。
「うん。おやすみ、姉さん」
言うとマーリンは仰向けになって目を閉じた。
それを確認して、私も仰向けになり目を閉じる。
今でも小さなマーリンを守ってあげたいという感覚はあるけど、まだほんの小さな子供だったときのマーリンよりは、大きくしっかりした七歳のマーリンはもう一人で寝たってきっと平気だろう
。それでも一緒に寝たいと言ってくれたのが嬉しい。
美味しい思いが出来る、の意味はちょっとよく分からないけど、少なくとも私と一緒にいることは、心地よいと感じてくれているようだった。
このまま……成長、したら。
マーリンは再び、私に恋をしてくれるんだろうか。