二章 子は三界の首枷

何かあっては困るからと、私とロマンは二人とも、間にマーリンを挟んで眠るようになっていた。
ロマンと一緒に寝るなんて数年ぶりで少し照れ臭かったけど、間に挟んだマーリンの方が気になってすぐにその状況には慣れた。

ロマンも流石に、家族同然とは言え成人済みの女と同じベッドで寝るのは渋っていたけど、やっぱりというかすぐに慣れたみたいだった。初めてのことでもないしね。
寧ろ懐かしい気持ちになって、私なんかはちょっと楽しんでるくらいだ。

乳児のマーリンは手が掛からない。
夜泣きしない、ぐずらない、寝相もめちゃくちゃ良い。
手が掛からなさすぎて逆に心配になるほどお行儀のいい子だった。
ベッドから万が一落ちたりしないようにロマンにも向かい側で寝てもらっていたのに、朝目が覚めるときちんと簡易ベッドに収まったままで、少しも困らされることが無かった。

そんな乳児のマーリンと過ごして三日ほど過ぎた頃。

「オウワアアアア!?」
「ファッ!?」

突然聞こえてきた雄叫びに驚いてばちりと目を開いて飛び起きる。

「どうし……え?」

雄叫びをあげた張本人、向かい側で寝ていた筈のロマンに問いかけようとして、私も驚いて固まった。

「……マーリン?」
「……」

ベッドに座り込みながら無言でこちらを見つめてくる、無表情の子供。
その眼、その髪は、どう見たってマーリンのもので、しかも恐らく私が着せた筈の乳児用の服の切れ端と思しきものが、その小さな身体に引っかかっている。

……え?成長してる?

「マーリン?だよね……?」

尚も無言且つ無表情のその子に問いかけてみると、こくりと首を縦に振る。

あれ?言葉通じた。日本語なのに。

「私が誰か分かる?」

そっと視線を合わせて問いかけてみると、マーリンが首を横に振る。
……日本語が分かるのなら、もしかして記憶はあるのかと思ったけど、そういうわけでは無いようだ。
まぁもしかしたら幼少期から日本語に触れる機会があったのかもしれないし、もしくは言語能力は退行してないのかもしれない。
今はとりあえず、分からないことは置いておこう。

「えぇと……これから暫く、お姉さんたちと暮らすことになるんだけど、いい?」

どう説明しようか迷って、結果物凄く端折った説明になってしまった。
いきなりこんなこと言われたら普通は困惑して泣くんじゃないかと言ってから後悔してしまったが、予想に反してマーリンは無表情のまま素直に頷く。……本当に言葉通じてるんだよね?

「マーリン、今いくつ?」
「うまれたときをゼロとかぞえるならさんさい」
「めっちゃ流暢」

急に流暢に喋ったのでめちゃくちゃ驚いた。

えっ三歳って言ったよね?三歳ってこんなに喋るものなの?分からん。
分からんが多分普通の三歳は「産まれたときをゼロと数えるなら」とか言わないと思う。どういう教育を受けたんだろう。

「さっき頷いてたけど、私たちと暮らすの平気なの?」

再びマーリンは無言で頷いた。
もしかしてイエスノーで答えられる質問は全部無言で、話す必要のあるときだけ話す感じなのだろうかこれは。

「さみしくない?」

……マーリンの家族構成について知らないので、抽象的な質問になってしまったが。普通、このくらいの年齢の子なら、家族を恋しがるものだろう。

しかしマーリンはふるふると首を横に振ってそれを否定した。
……さっきから全然笑わないし、でも泣きもしないし。強がってるようにも怯えてるようにも見えない。
極めて機械的な顔で、マーリンは私を見つめている。

私を親だと思って甘えてね、とか言おうと思っていたんだけど、何だか不用意な発言をしたら、マーリンの秘密に触れてしまいそうで不安になった。
勿論、私としてはマーリンのことは何だって知りたい気持ちがあるけれど、いつも何かとはぐらかされるから、多分マーリン自身は私には知られたくないのだと思う。だとしたら、勝手に踏み込むような真似をするべきではない。

マーリンは魔術師だ。
私は魔術師についてよくは知らないが、彼らは一般的な常識とは違う世界で生きているのだという。

マーリンやロマンなど、魔術世界に関わる人々が身近にいるが、彼らが私に優しいのはたまたまで、中には人を人とも思わないような外道もわんさといるとか何とか。
ならば家族の形態も、きっと普通の概念とは違うのだろう。
まぁ、うちも「普通の家族」とは言い難い形態をしているし、別段珍しいことでもない。

「とりあえず、今日から私が君のお姉ちゃんだよ。よろしくね、マーリン」

マーリンは、不思議そうに首を傾げた。



さてとりあえず、急いでネット通販のお急ぎ便でマーリンの当座の服を購入した。
画面を見せながら、一応マーリンにどういうものが良いのか問うてみたら、「フードのついているしろいの」と返ってきたので、とりあえずそれを。
どうしてフード付きなのか不思議に思ったが、理由は届いた服をマーリンに着せてみて発覚した。
公園にでも遊びに行こうとしたら、マーリンがフードを目深に被ったのだった。

「フード好きなの?」

問いかけにマーリンは首を横に振る。

「じゃ、どうして?」
「めだつから」
「……それは確かに目立つけど。気になる?」
「ぼくじゃなくて、まわりがきにする」

……マーリンの言葉に二の句を告げないでいる私に、今の今まで殆ど言葉を発しなかったロマンが苦笑して言った。

「向こうでも、マーリンの容姿は目立つからね。こっちなら猶更だ。隠したいというなら隠しておいてあげよう」

ロマンの言葉にもう一度マーリンへと視線を戻す。
嫌じゃないのかと聞いてみたら、首を横に振られて私も納得するしかなかった。

仕方なくマーリンにフードを被せたまま、手をつないで一歩外へと踏み出す。
すると何とも不思議なことが起きた。

マーリンの足元に、花が咲いたのである。

「え!?」
「あ!」

びっくりして声を上げた私にロマンが反応した。
咄嗟にマーリンを抱き上げたロマンに、私はじとりと視線を送る。

「……今のって」
「えーっと……」
「……ロマン?知ってるなら何か言って」
「いや、その……」
「ロマン」

口ごもるロマンに駄目押しで名前を呼ぶと、ロマンは渋々口を開いた。

「こ、これはね……マーリンの魔術師としての特性でぇ……」

しどろもどろになりながら告げるロマンに、私は首を傾げる。

「特性?」
「その、家系によって色々あるんだけども」
「マーリンの場合花が咲くの?それはまたファンシーだな」
「み、みたいだね」
「…………」

曖昧な説明に思わずため息を吐く。……相変わらず、ロマンは私に魔術の話をしたくないらしい。
まぁロマン自身は魔術師でもないし、多分私が関わって危ない目に遭ったりしないよう心配してくれているんだと思うけど。

「なら、人目のあるところは連れて行けないね」
「そうだね……うっかりしてたよ。そういえばこいつの二つ名は花の魔術師だった……」

抱き上げたマーリンに視線をよこしながらロマンが言う。

花の魔術師……またまたファンシーというか、華やかな二つ名だ。
こう、鮮血の魔術師、だとか†黒き闇よりの使者†とかじゃないんだな。いやそんな二つ名はマーリンに似合わないし、花の魔術師という呼び名は如何にもマーリンぽいと思うのだが。

などとくだらないことを考えながらも、それなら、と私はこう提案した。

「なら、敷地内で遊ぼうか。裏山に行こう」

我が家は神社であり、小さな山の上に建っている。
まだ私が小さかった頃は、本殿の反対側、居住区に当たる部分の裏手を、安直に裏山と呼んで遊び場にしていた。
何も遊具などは無いが敷地だけは無駄に広く、遊び場には困らない。
遊びたい盛りの三歳児を室内に閉じこめるのも可哀想だし、後でボールとかおもちゃとかネットで買っておくとして、とりあえず今は……鬼ごっこでもするか。

そう思って移動したのだが、何故かマーリンは私の服の裾を握ったままで、その場から動こうとしない。

「どしたの?鬼ごっこは嫌?」

またもマーリンが無言で首を横に振る。そして小さく口を開いた。

「いやではないけど、べつにやりたくはない」

お、おう。そうか。

「なら何して遊ぼうか?やりたいことある?」

尋ねるも、マーリンはやはり首を横に振る。そして私の服の裾を握りしめる力を強めて言った。

「いっしょにいたい」

……天使か?

言われた言葉の衝撃に固まる私に、マーリンがコテリと首を傾げる。
衝動的にマーリンを抱え上げて抱き締めると、ぎゅっと抱きつかれて身体が震えた。

何この子可愛すぎる。天使だ(確信)。

ロマンが物凄く複雑そうな顔でこちらを見ているのが視界の端に映ったが無視した。
ぎゅうぎゅうとマーリンを抱き締めながら言う。

「なら一緒にいよう!大丈夫、お姉ちゃんはどこにも行かないよ!」
「うん」

情緒もへったくれもない棒読みでマーリンが頷く。
何だか感情表現が下手くそだけど、いっそ寧ろそこが可愛いみたいな気持ちになってきた。

「マーリン。好きだよ!」
「……そう。これがすきってことなんだ」
「え?」

これとは?私に甘えたい気持ちの事だろうか。

マーリンの言葉の意味はよく分からなかったけれど、何だか心地よさそうに私にすり寄るマーリンが可愛くて、すぐにどうでもよくなった。
三歳児にしては口調も言動も大人びすぎているけど、とは言えまだ三歳なのだから、きっと周囲の言動から色んなことを学んでいるのだろう。

一通り愛でたあと、名残惜しくマーリンを地面に降ろし、私にくっつきたがるマーリンに萌え死にそうになりつつ、手をつないで裏山を散歩することにした。

マーリンの左手を右手で掴んで、ロマンを見る。

「ほら、ロマン」
「え?」
「え、じゃなくて。マーリンの右手はロマンね」
「えぇ!?」

たじろぐロマンに無理矢理手をつながせる。
大きいマーリンなら嫌がったろうが、小さいマーリンは大人しくロマンと手をつないでくれた。

「ほら、可愛いでしょマーリン」
「可愛いけど……マーリンだからなぁ……」
「今は大人のマーリンは忘れて、小さいマーリンを可愛がってあげて」

ぶつくさと文句を言うロマンに、当然とばかりに返事しながら裏山を歩き出す。

必要最低限の手入れしかしていないので、割とあっちこっちぼうぼうに草が生えていたりするものの、一応舗装されてはいるので道は歩ける。でも子供を連れて歩くならもうちょっとどうにかしなきゃかなぁ。

周囲を見渡しながら歩く私に、ロマンが困ったような顔で訴える。

「なまえちゃんが手をつないでるんだから、ボクまで手をつなぐ必要ないじゃないか」
「何言ってんの。両親揃った方が家族っぽいでしょ?私がお母さんなら、ロマンがお父さん役になるのは自明の理ってやつだよ」

適当に答えると、ロマンが苦々しい顔をする。
何だその顔は、文句でもあるのか。

「お父さんって……大人のマーリンが聞いたら怒るよ。ていうか、せめてお兄さん……」
「ロマンもう三十でしょ、このくらいの子供いても全然おかしくないじゃん」
「君には早すぎるけどね」
「じゃあロマンとマーリンが親子で、私はロマンの後妻でマーリンは連れ子」
「その設定いる?」

いるいる、と軽く答えた私に、ロマンが呆れてため息を吐いた。

何のかんのと言いながらロマンもマーリンと手をつないだまま歩く。それを見て私はウンウンと頷いた。
大人のマーリンとロマンも、このくらい仲良くなってくれると良いんだけどね。

「ねぇマーリン、このお兄ちゃんのこと好き?」
「突然何を聞いてるんだい!」
「どうでもいい」
「……」
「……ほら、そういうことマーリンに聞かない方がいいよ?」

……子供らしい無邪気な返事を期待したわけでもないのだが、流石に「どうでもいい」と返ってくるのは予想外だったのでちょっと反省した。ごめんロマン。

「まぁ、まだそんなに一緒に過ごしてないし……これからだよロマン」
「いや別にボクは良いんだけど……」

相手がマーリンとは言え、子供に「どうでもいい」とか言われたら傷つくじゃん。
そう思って何となくフォローめいたことを言ってしまったが、呆れたような顔をされてしまった。

「折角ロマンとマーリンが仲良くなるいい機会かと思ったんだけどなぁ……上手くいかないや」
「絶対仲良くなんてなれないからね、変なこと考えないでおくれ」

きっぱりと否定され口を尖らせる。知ってたけど、本当にロマンはマーリンが嫌いなんだなぁ。
マーリンはロマンを嫌っているというわけでもない、みたいな曖昧な感じだったけど、でもやっぱり仲は良くない。いつも喧嘩ばかりしている。

「そもそも何でそんなに仲が悪いんだか……」
「ボクはアイツがクズだって知ってるからだけど、マーリンの方は君との仲を邪魔されるのが嫌なんじゃないかな」
「分かってるなら邪魔しなきゃいいじゃん」

別に出ていけとはまったく思っていないけど、顔を合わせるたびに喧嘩されては私も困る。

「絶対嫌だ。断固阻止する。別れるまで居座る」

……しかしロマンはきっぱりはっきりと拒否した。
別れるまでって。本人の前でお前。

「家族の不幸を望まないでよ」
「不幸にならないように言ってるんだよ!」

拳を握り締めて言うロマンにそっぽを向く。
はぁとロマンの大きすぎるため息の音が聞こえた。

「傷ついてからでは遅いんだよ」

言い聞かせるように言うロマンに、返事をしないことで対抗する。
何となくマーリンの手を握る力を強めたら、マーリンが不思議そうにこちらを見上げてきたので、それに微笑み返して誤魔化した。
無表情のままマーリンが顔を逸らす。

……、それにしても。三歳児にしてこの情緒の薄さは、やはりどうしたことだろうか。
大人のマーリンとは似ても似つかない。だってマーリンは結構、感情表現が大げさな方で……。

――しかしよく考えたら、マーリンには時折、顔色というものが消える瞬間があったように思う。

そういうとき私は、マーリンが何だかとても異質に感じられて、少し怖かった。だって、まるで人間じゃないみたいなんだもの。
あの髪も、眼の色も、とてもきれいだと思うし、いつでもふんわりきらきら光って見えて、目に眩しいくらいだ。

――そんな美しさが、怖いと思うことがあった。

顔色のないマーリンはつくりもののようで、私とは全く違うものなのだと訴えかけてくるみたいで。
淡く光る、薄靄うすもや一枚隔てた向こう側にいるかのようで、触れていなくちゃ怖かった。

無理を、していたのだろうか。
私の知るマーリンは……本当のマーリンの姿からは、程遠いものだったのだろうか。



散歩を終え、そろそろお昼ご飯にしようと、家に戻りロマンにマーリンを任せて何品か作ってみた。
だがいざ食卓に並べてみれば、マーリンはそのどれもに口を付けようとしない。

何が好きか聞いてみてもマーリンは首を傾げるばかりで、仕方がないので子供の好きそうなものをいくつか作ってみたのだけど、やっぱり故郷のものとだいぶ違うせいだろうか。

「マーリン、慣れない見た目かもしれないけど、どれか食べてみよう?食べないと大きくなれないよ」

そう言ってとりあえず目の前にオムライスを寄せてみる。
ケチャップを取り出すと「好きなもの書いてあげるよ」と言ってみたが、マーリンはやはり首を横に振った。
……困った。

「ぼく、ごはんいらない」
「でも……お腹空いたでしょ?」
「すいてないよ。きみがいたから」
「へ?」

意味が分からず、素っ頓狂な声を上げてしまった。
マーリンはそんな私の反応を気にした様子もなく再び口を開く。

「ひとのごはんはいら」
「ああああっ!」
「えっ何」

マーリンが何か言おうとするのを、ロマンの大声がかき消した。
驚いてそちらを見ると、さっと立ち上がったロマンが突然マーリンを抱き上げる。

「ちょ、ロマン?」
「ちょっと待ってて」
「ええ?」

困惑する私をよそに、ロマンはそのままマーリンを連れてどこぞへと消える。
階上へと登る足音が聞こえたから、どうやら二階に連れて行ったらしい。

「……?」

……また何か、魔術的なアレだろうか。アレって何だ。

「ごはん……冷める……」

食卓に並べた三人分のご飯を前に、ぽつりと呟く。

魔術師も大変だな、なんて他人事のように考えてみても、一抹の寂しさを拭いきれず、憂鬱な気持ちを吐き出すように、私は一人大きなため息を吐いた。



「ロマン?どこ行くの?」

夜。自室でマーリンにパジャマを着せて寝る準備を始めたら、ロマンが部屋を出て行こうとしたので不思議に思って呼び止めた。
しかしロマンは、寧ろ呼び止めた私を不思議そうに見てきたので首を傾げる。
え、だってここで寝るんだよね?

「どこ……って、自分の部屋に帰るんだよ。この大きさになったらボクもう一緒に寝なくても良いだろう?」
「あー、それもそうだね」

言われてみればそれもそうだ。すっかり一緒に寝るのに慣れてしまって、疑問に思わなくなっていた。
だからそう言われて、あっさりと納得したのだけど。

「……今日は一緒に寝てよ」
「ええ?どうしてまた」

少し気恥ずかしく思いながらもお願いしてみたら、思いっきり困惑の声を上げられた。くぅ、察しが悪い……!
いや今ので分かれという方が無理があるのかもしれないが。
マーリン――大人の方の――は、やたらと察しが良いから、それに慣れすぎた弊害かなぁ。

「だって昨日で終わるとか思わなかったから、まだもうちょっとこういうのも良いかなっていうか」

口を尖らせながらそう言えば、ロマンが「え」と呟いて固まった。

何だよ。私だって流石に恥ずかしいとは思ってるんだよ、この年で兄のような人に一緒に寝ようとか言うのはさ。

「……今日だけだよ」
「!やったぁ」

仕様が無いとでも言いたげなロマンに、それでも素直に喜んだら、「何だか随分甘えん坊になったね」などと言われてしまったけど、気にしないことにする。
最近急に甘えん坊になったわけではない。

以前……ロマンがこの家を出ていく前は思春期真っ只中で、……色々複雑な気持ちもあって素直になれなかっただけだ。

「マーリン、おいで」

ベッドへと移動する私を見つめたまま、何故かマーリンは微動だにしない。
突っ立ったままのマーリンを呼び寄せれば、それに反応してすぐさま私にくっつくようにして寝転がった。ぐうかわ。
ロマンがその向こうに寝転がる。

「しかしやたらと君にくっつきたがるよね……」
「やっぱり女の人の方が良いのかな?」

単純に母性を求めて、という意味で言ったのだが、ロマンはその言葉に顔を顰めた。

「普通の子供なら微笑ましいけどマーリンだと思うと別の意味に聞こえる……」

……やめろよ。何か素直に可愛がりにくくなるだろ。

「……逆に考えるんだ、マーリンのアレは母性に飢え……いや深く考えないでおこう」

フォローしようと思って言ってみたけど、母性に飢えた結果だとしてもそれはそれで色々複雑な気持ちになってしまうので、やっぱり考えないことにした。

私たちの会話を気にした様子もなく、マーリンはぎゅうぎゅう私に身を寄せてくる。
物凄く嬉しいんだけど、確かに何でだろうとは思っていた。本当に母性に飢えてるのかもしれない。
身近に子供がいないとは言え、マーリンの様子が普通の三歳児とは明らかに違うのはまず間違いないだろう。

随分と抑圧されていたのだろうか、こんなに小さな頃から?
マーリンが今現在あんな感じなのは、色々爆発した結果だったりするのだろうか?

……だとしたら、大人のマーリンにももうちょっと優しくしてあげるべきだったかもしれない。

罪滅ぼしというわけではないけど、せめてこの小さなマーリンには子供であることを楽しんでほしい。
今更何の意味もないかもしれない、ただのエゴであることは承知の上で、私の欲望としてそうしてあげたいなと思う。

「ねえ」
「うん?」

すり寄るマーリンを撫でていたら、話しかけられて優しく返事する。

「あのうたをうたってほしい」
「歌?」

……あの歌、とは?マーリン(小)の前で歌ったことあるのなんて、乳児期に歌った子守歌くらいなんだけど。

しかしまさか乳児の頃の記憶など無いだろうと思い別の記憶を探ってみたが、やはり思い当たる節などない。

「ぼくがねるときにうたってくれていたうただよ」
「えっ、お、覚えてるの?」
「うん」

マジで!?乳児だよ!?凄い。この子本当に天才なのでは?

いやでもよく考えたら期間的には前日にも歌っていたわけで、そう考えたら不思議でもない……のか?
私にやたらすり寄るのも、乳児期の記憶のせいなのかも。

勝手にそう納得しつつ、それでも感心して「マーリンは凄いねぇ」と口にする。

「……なにが?」
「小さい頃のことも覚えてて」

いや、今も小さいんだけども。

言われた言葉にマーリンは不思議そうに首を傾げた。
私から見ればとても凄いことなんだけど、本人にしてみればそんなものなのかもしれない。

「ねぇ、うたってよ」

くいくいとマーリンが私の寝間着の裾を引っ張る。
聞きたいと言われれば吝かでは無いのだが、改めてリクエストされると恥ずかしいな。

「歌ってあげなよ」

ロマンが微笑ましそうに笑みながら言う。
うぅ、一緒に寝ようって言ったの失敗したかもしれない。別にロマンに聞かれるとか今更なんだけども。
でも昨日までは本当、子供を寝かしつけるなら子守歌だよね、くらいの気持ちだったから……。

「だめ?」

逡巡する私に、マーリンが小首を傾げて尋ねてくる。
ごめん。全然駄目じゃない。何百曲でも歌ってあげよう。

「じゃ、じゃあ、まあ……」

控えめに口を開き、戸惑いながらも歌い出せば、マーリンが心地よさそうに表情を緩めた。
……そういう顔を見せてくれるのなら、歌い甲斐もあるというものだ。

マーリンの求めるままに子守歌をひとつ、ふたつ。
途中マーリンを抱き締めながら歌っていたら、腕の中でいつの間にか小さな寝息を立て始めた。
そっと手を離しその寝顔をまじまじと見つめる。

「寝てると、あどけない小さな子って感じなのになぁ……」
「……普段、表情無いもんね」

私の言葉にロマンが苦笑して付け加える。理由を知っているかと問おうか迷って、やっぱり聞けなかった。
今更知ったからって、私に何が出来るわけでもない。それならむしろ、喜ぶことだけしてあげたかったから。



「可愛いお子さんですねえ!ハーフですか?」
「え?えーと……まぁ、はい」

いや知らないけど、でも私の子と思われてる以上はそう言うしかない。多分ハーフでは無いと思うけど。

マーリンを抱っこしたままなら出かけることが出来ると気づき、今日は子連れで近所のショッピングモールまで来ていた。
室内なら花も咲かないようなので、モール内では歩かせても問題ないし。

今現在は大きな買い物を終え、車に荷物を置きに行ったロマンの帰りを、マーリンと二人ベンチに座って待っているところだった。

車と言っても、我が家の車ではない。レンタカーである。
まだロマンがロンドンに行く前はロマンの車があったのだけど、イギリスにまで持って行くわけにも行かず、かといって無免許の私に預けるわけにも行かないからと、既に手放してしまっていた。因みに、ロマンは結構運転が上手い。

マーリンはどうなんだろう。
こっちでは見たことが無いが、向こうだと文字通りブイブイ言わせていたりするのだろうか。

なんかこう、スタイリッシュなスーツとか着てスポーツカーから颯爽と現れそうなイメージがある。
多分ナンパなイタリア男のイメージ。いやマーリンはイギリス人なんだけども。

話が逸れたが、まぁそうやってベンチに腰掛けた私と、その隣で大人しくしていたマーリンに、初老と思しきご婦人が話しかけてきたのだった。

子連れでいると話しかけられるって本当なんだなぁ。
まぁこんな、天使みたいな子がいたら話しかけたくもなるだろうけどな!

……などと我が子でも無いのにどや顔してしまうが、当のマーリンは興味無さげだ。
しかしご婦人は気にした様子もなく、傍に屈むと笑顔でマーリンに話しかける。

「ボク、いくつ?」
「……さんさい」

産まれたときをゼロとするなら、って言うかと思ったら言わなかったな。子供なりに空気を読んでいるということだろうか。
というか、空気を読むという意味ならマーリンはとてつもなく空気を読んでいると思う。
私とロマンがマーリンについて話してても特に何も言わないし。

三歳という答えにご婦人は満足げに頷き、「静かで賢い子ねぇ」とマーリンを褒めてくれた。
ありがとうございます、と礼を言うと、お父さんはどちらの方なの?と問われて困った。

「えぇと……、イギリス……です」
「イギリス、良いわねぇ、紳士の国ねぇ」

こちらのイギリス人、紳士は紳士でもナンパ男ですけどね。と、子供のマーリンを指して言うわけにもいかず、あははと笑って誤魔化す。
まぁマーリン(大)はともかく、暫定父代わりのロマンは紳士といえば紳士だろう。優しいし。

「このお洋服可愛いわね。今どきの子はたくさん種類があって羨ましいわ」

何の動物かしら、とご婦人が言うので、羊なんですよ、と答える。
そう。マーリンは現在、羊を模したモコモコケープを着用しているのだ。

「可愛いわね~……」

うっとりとしてご婦人が言う。うんうん、ですよね!分かりみが深い。

この服はあくまでフード付きの白い服というマーリンのリクエストに沿った結果……というのは勿論建前で、私が着せたかっただけである。マーリンも嫌がっていないので無問題だ。

「どうしたの?」
「あ、ロマン」

ご婦人と二人、可愛いわね……はい、可愛いですよね……とマーリンを見つめながら話していたら、ロマンが戻ってきた。

「あら?お父さん?あんまり似てないのね」
「か、隔世遺伝なんです~」

そりゃ似てないよ!親子じゃないもの!!

突然お父さんと呼ばれたロマンは目を白黒させている。
話を合わせろと目線で訴えると、へらりと表情を緩めて、ははは、とロマンが苦笑した。

「よく言われます~」
「ふふ、でもお父さんもお母さんも優しそうで、お子さんも可愛くて、幸せそうでいいわね」
「あ、ありがとうございます……」

親子では無いのだけど、嬉しい気持ちは確かにあって、でもやっぱり気恥ずかしい。

ご婦人は朗らかに、いくつかの誉め言葉を残すと一礼して去って行った。

「やっぱり親子に見られるもんなんだね……三人とも、全然似てないのに」
「姉弟って言うには年齢離れすぎてるし、まぁ子供産めない年でも無いからね」

言いながらマーリンの手を取り、ベンチから立ち上がる。
ぴょこりと揺れる羊耳が可愛くて、軽率にときめいた。ヒィ……思った以上に破壊力が高い……!

「よぉし!マーリンのためのおもちゃをいっぱい買っておもちゃに囲まれる羊マーリンの動画を撮りに撮りまくろう!行くぞロマン!財布の貯蔵は十分か!?」
「最近出費がかさんでるから十分では無いかな」
「盛り下がるようなこと言うなよ」
「はしゃぐ気持ちも分かるけどちゃんと生活のこと考えないとだよ」
「クッ……これ以上ない正論……」

百パーセント正しいことを言うロマンに、握りしめた拳をしおしおと下げる。

マーリン用に収納ボックスも買ってしまったし、既に使い道の無くなった乳児用グッズが家に散乱しているんだよなぁ……。
リサイクルショップに持って行くにしても、減ったお金がまるまる戻ってくるわけもなく。
使いかけの粉ミルクとかどうすればいいんだ……。

あと、車を出すなら買わないわけにはいかなかったため、購入したジュニアシート。
あれも下手すると数日でお役御免する可能性があるので、車使わない、マーリンを置いて行く、私とマーリンが留守番するなど色々議論した結果。
今後も必要になる可能性が高いと判断し、購入してしまった。

……本音を言うと私が家族三人でお出かけドライブしたかっただけである。
ロマンにはモロバレで、物凄く呆れられてしまったけど、私が自分の財布から身銭を切ったのを見て諦めた。
さよなら私の欲しかったスカート。また会えるといいね。

「……まぁ、じゃあ……大きくなっても遊べるものがいいかなぁ。ゲームとか……?」
「マーリンがゲーム……するんだろうか……」

言われて想像してみるが、考えたことも無かった。

マーリンは手先が器用だからゲームも上手そうなイメージはある。
だけど実際にやっているところは見たことが無い。
マーリンからそんな話を聞いたことも無いし、マーリンが来てからはゲーム機を立ち上げること自体が無かったし。

「マーリンはどんなおもちゃが欲しい?」

結局考えるより本人に聞いた方が早いと、無言のマーリンに問いかける。

「とくにほしいものはないよ」
「むぅ……またそういうこと言って」

まぁ予想はしてたけど。そう言うと思ったよ。

とりあえずマーリンの手を取りおもちゃ売り場へ連れて行こうとして、途中にあった本屋の前で私は立ち止まった。

「ああ、本屋寄るのかい?」
「うん、そういえば新刊出る頃だから。ついでにマーリンにも何か買ってあげるよ」

おもちゃにばかり気を取られてしまったが、子供に本を読み聞かせるのも大事な教育だよね。
それもマーリンみたいに情緒の薄い子には余計に必要だろう。そう、情操教育というやつが。

意気込んで絵本のコーナーを見てみるも、ううん。どれがいいのかさっぱりだ。

とりあえずマーリンは自称三歳なわけだし、そのくらいの年齢の子が読むものを……と思うのだけど、マーリンは結構賢いから、もっと難しめでも全然大丈夫かもしれないなぁ。

考えながら横目でマーリンの様子を見ると、目の前に並んだ絵本の表紙をじっと眺めていた。
全く興味が無いわけでは無さそうだ。

「何か気になるものはある?」
「なんでもいい」

やっぱりそうきたか。
流石に予想出来ていたので、もう少し具体的に問いかけてみる。

「好きなお話とか無いの?悪いやつをやっつける話とか、王子様とお姫様が出てくる話とか、動物が出てくる話とか」

私の問いに、マーリンは微かに表情を変える。
少しだけ考えるような仕草のあと、静かに口を開いて言った。

「……きみがすきなのでいいよ」
「私は私で好きなの買うから、マーリンの好みで選んで良いんだよ?」
「ぼくは、きみがしあわせそうにしてるのがみたい。だから、きみがすきなのをえらんで」

えぇ……何それあまりにも天使すぎない!?

不意打ちをダイレクトに食らって感激してしまったが、その裏で考えてしまう。
これってやっぱり、大人の顔色をうかがった結果なのだろうか。

隣でロマンが物凄く微妙な顔をしているのが目に入る。何その顔、どの感情の現れなの?
呆れと懐疑と諦観と同情、あとほんのちょっと怒り、そんな感じ?つまり分からん。

変な顔のロマンはとりあえず放っておいて、マーリンに買う本を考えるのに集中する。

「私が好きな話かぁ……。シンプルに女の子向けの童話が好きだったかなぁ……」
「そうなんだ?シンデレラとか白雪姫とか?」

ふと呟くと、さっと表情を変えたロマンが緩やかに笑んで問いかけてきた。変わり身が早いな。
ロマンもだんだん慣れてきたということか。

「そうそう。というかあんまり覚えてないだけなんだけどね。でもマーリンは男の子だからなぁ」

マーリンがご所望なら、と自分の好きな話を思い返してみても、あまりこれと言ったものは浮かばない。
というか、三歳当時の記憶が殆ど無いのだ。
年齢を除外しても、まだ小さい頃はお姫様に憧れる普通の乙女だった記憶しか出てこなくて、はて困った。

もう少し大きくなれば冒険活劇に心弾ませたりもしたのだけど、だからって今のマーリンに少年漫画を読ませるにはまだ早いし。

「マーリン……イギリス……ダメだホームズしか出てこない。……あっ!」

マーリンはイギリス人だから、と連想して、一つ思いついたものがあった。

「もう一つあった、アーサー王伝説」
「げふっ、ごふっ!」
「大丈夫?」

突然むせたロマンの背中をさすってやる。何だどうした、埃でも吸ったのか?
震える声で大丈夫と呟いたロマンが長く深いため息を吐いたのを見て、ふとある日の記憶を思い出した。

「……そういえば前にロマン、マーリンはアーサー王伝説に出てくる魔術師の名前だって言ってなかった?」
「げほっ!」
「……ほんとに大丈夫?」
「だ、だいじょうぶだいじょうぶ!言ったかなそんなこと!」
「言ったよ、覚えてない?ほら、ロンドンからこっちに戻ってきた日」
「あ、あー、うん。君が男と住んでるって聞いてびっくりしたよホント、しかもそれが、マーリンって言うんだから……」

ロマンが目を逸らしながらもごもごと呟く。
そう、あのときマーリンの名前を出したら、「アーサー王伝説に出てくる魔術師の名前だよ」とロマンが教えてくれたのだ。
その後マーリンとロマンが知り合いだと発覚して一悶着あって、すっかり忘れていた。

「まぁその、イギリスでは有名な話だから、そういう名前の人物も珍しくは無いよね」

先ほど元気よく答えたかと思うと、今度はいつも通りのへらりとした笑みを浮かべてロマンが答える。

「じゃあイギリスにはマーリンさんがいっぱいいるんだね」
「い、いっぱいは分からないけどまぁ……うん」

最近ずっと歯切れの悪いロマンをいちいち気にかけていては切りが無いので、その辺はスルーしておく。
マーリンの話題だとどんなのでもロマンは常にこんな感じだ。どうにも私にはマーリンのことを何一つ教えたくないらしい。
そのくせその男はやめておけとか言うんだから、困ったものだ。
クズだから以外の理由を話せるようになってから言ってほしい。

「魔術師マーリン、ってそういえば聞いたことある名前だ。確かとても凄い魔術師なんだっけ?」
「…………それは、原典によるかな……」
「そうなんだ」

何故か苦虫を噛み潰したような顔で答えるロマンをこれまたスルー。
はいはい、魔術関連の話題も私としたくないんだよね。

それにしてもそんな凄い魔術師と同じ名前って、もしかして相当期待されていたのだろうか。

マーリンの魔術師としての力量なんて全く分からないけど、ロマンが一方的に知っていたというくらいだから、きっとある程度は優秀なんだろうと勝手に思っている。

実際歩いただけで花が咲くとか凄くない?
いや、魔術世界でそれがどれほどのことなのかはやっぱり分からないんだけど。

自分の話題を出されているにも関わらず、全く気にした様子の無いマーリンをちらりと窺う。
視線に気づいて私の顔を一瞥すると、またすぐにふいと顔を逸らしてしまった。
懐かれているのかいないのか、不思議な子だなぁと思う。

結局そのままマーリンが何も言わなかったので、とりあえず私の趣味で三冊ほど選んで購入することにした。
一応マーリンにこれでいいか確認するとコクリと頷いてくれたけど、多分何を選んでもマーリンは頷いたろう。

その後おもちゃ売り場に移動し、これまた何にも興味を示さないマーリンに代わっていくつかの玩具を購入した。
多分三歳児向けだとマーリンは露程も興味を示さなさそうだったので、もっと上の年齢向けのを買ってみたけど、楽しんでくれるといいなぁ。

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