夢違いの獏の札7

仕事が予定より早く終わって、家へと帰る道すがら。

「あ」
「やぁ」
「え」

……やたらとめかし込んだなまえちゃんと、マーリンに遭遇した。

「ろ、ロマン……?仕事は……?」
「早く終わって……今帰ろうとしてて……、…………ど、どうしたんだいその格好」

いやどうしたもこうしたもない。
明らかにこれは、あれだ。デート帰りというやつだ。

二人は付き合っているという話だから、別に不思議でも何でもない。
阻止したいのはやまやまだが、現在視持ちのマーリン本人ならいざ知らず、最早千里眼ホルダーだった頃など遥かな過去と化しているボクがいつでも見張っていられるわけもなく。ていうか現在視なんて当時のボクも持ってないし。
だから、まぁ、こういう事態も想定していなかったわけではない。

……驚いたのは、なまえちゃんが見違えるほど綺麗になっていたからだ。

「え、と…………はは、にあう?」

へらりと笑ったなまえちゃんが服の裾をつまんで言う。
ボクは呆然としたまま無意識に、コクリと頷いた。

「ふふ、可愛いだろうなまえは」
「可愛いのは知ってるよ」

自慢げにどや顔で言うマーリンに思わず負け惜しみを返してしまったが、正直、知らなかった。
可愛いのは分かっていた。ただ、こんなに……成長していたなんて。

これじゃ、まるで、女の子みたいじゃないか。

……いやなまえちゃんは女の子なんだけども。

「お前が選んだのか?」
「これは違うよ。なまえが私とのデートのためにわざわざ用意してくれたんだ。ねぇ?」
「えっ、あー、まぁ、うん……そのほら、学校行ってた頃は制服があったから良いけど卒業したらそれなりの服は着なきゃでしょ?化粧とかも覚えなくちゃだし、まぁあの、そういうアレで今はこんな感じの服も着るけどあの、他意はないというか」
「え?……私のためじゃなかったのかい」
「い、いやマーリンのために選んだけど!」

あからさまにしゅんとした顔をするマーリンになまえちゃんが焦って否定する。騙されないでなまえちゃん、その男には悲しむ心なんて存在しない。それは全部演技だよ。

「…………」

そう言いたかったのに、ボクはなまえちゃんを見つめたまま声が出なかった。
マーリンの隣に立つなまえちゃんは、あどけなく幼かったなまえちゃんとはまったく違って見える。
うっすらと化粧の施された顔と、シンプルだが女性らしいラインを引き立てるワンピースが、この上なく似合っている。

「ロマン?」
「え?」

暫くぼうっとして見つめていたら、不思議そうに首を傾げたなまえちゃんに呼びかけられてはっとする。
しまった、衝撃すぎて意識が飛んでいた。

「どしたの?仕事疲れた?」
「あはは、まぁ疲れてはいるけど。今日はいつもより早く終われたから平気だよ」
「そう?」
「うん、だいじょ……」

あ。

ボクの顔をのぞき込もうと近づいてきたなまえちゃんの首のあたりが目に入って、ボクはまたしても固まってしまった。

その、痕は、多分間違いなく、マーリンがつけたもので。

「…………っ」

思わず、ぐっと唇を噛む。

ああ、そうか、もうなまえちゃんは、マーリンに……。

「ロマン?……あの、…………もしかして、怒ってる……?」

不安げに眉を下げたなまえちゃんに言われて、ボクはぎこちなく笑みを浮かべる。
怒ってなんかないよと言って頭を撫でると、なまえちゃんはほっとしたように息を吐いて笑った。

「あの、ごめんね、黙ってて」
「言ったら反対されるって思ったんだろう?実際反対してたし何が何でも引き留めてたよ」
「えっ」
「ほらね、言わなくて正解だったろう。見つかってしまったのは誤算だったが」
「お前、人様の家の子を連れ出しといて反省の色は無いのかよ……」
「今は私もあの家の子だし?ねぇなまえ」
「ボクはぜっっっっったいに認めないからな!」
「いやそもそも私もう保護者いらない年齢なのに……」

呆れたようになまえちゃんがため息を吐く。
……確かに、なまえちゃんはボクが少し傍を離れているうちに、一人の女性へと成長していたようだけど。

だからこそ余計に心配だ。
身体の方は大人に近づいても、なまえちゃんはどこか危なっかしくて子供っぽい。
そもそも二十歳とかまったく大人じゃないし。
大学に行かせてあげられなかったのは痛恨の極みだけど、本来ならまだ勉学に励む学生でもおかしくはない年齢なのだ。

ボクのイギリス行きが決まったとき、まだ高校を卒業したばかりのなまえちゃんを置いていくのは、とても心配だった。

今でもボクは……なまえちゃんが心配で、本当はずっと隣で見守っていたい。

なまえちゃんはまだ子供なんだ。
だからマーリンなんかに騙されてしまうんだ。

……別にボクも、マーリンに悪意があると思っているわけではない。
千里眼ホルダーというのは、良くも悪くも人間から逸脱した存在だ。だから悪巧みも何も、そもそも人間を自分と同一の存在と認識していない。

だから、だ。

だからマーリンが、なまえちゃんを愛しているなどと宣うことそのものが問題だ。

その愛は、間違いなくなまえちゃんという存在を押しつぶしてしまう。

まだ人間のふりをしているうちは良い。
だけどきっと、そのままで終わりはしないだろう。

いっそなまえちゃんに、マーリンは人間でないと教えてしまおうか、最近はそればかり悩んでいる。
だけどそれを言ったところでなまえちゃんが受け入れてしまったら意味はないし、最悪なのは……それでマーリンをなまえちゃんが拒絶したとして。

拒絶されたマーリンがどういう行動に出るのかわからないところだ。

さっさと飽きて出て行くのならそれでいい。
けれどもし実力行使に出られたら、ボクには最早為すすべがない。

正直どうすればいいのかわからない。
なまえちゃんにマーリンはやめておけと言ったところで、マーリンがその気になればボクもなまえちゃんも何も出来ない。

「もう、帰るよ二人とも」

何も知らないなまえちゃんが言って、先を歩き出す。
何だか物凄く不安になって、咄嗟に後ろからなまえちゃんの腕を掴んだ。
きょとんとしてなまえちゃんが振り向く。

「、あ、先に行ったら、危ないよ」
「だから、いくつだと思ってんの……まだ夕方だし大丈夫だよ、……ロマンの心配性」

むくれたような顔でなまえちゃんが言う。
その顔は昔と変わらなくて、少しだけ安心した。

「ごめん、でも、なまえちゃんは危なっかしいから、つい」
「そんなことないしっ!ねぇマーリン!?」
「ん?それに関してはノーコメントだなぁ」
「何でっ!?」

なまえちゃんからの問いかけに対して茶化すように応えたマーリンに、なまえちゃんもまた怒ったような顔をしながら楽しそうに応える。
二人とも楽しそうに笑っている。普通の、恋人同士みたいに。

「…………」

せめて。

せめてマーリンが、ただの人間だったなら。
いや、だとしてもなまえちゃんにはもっとまともで誠実な男と付き合ってもらいたかったものだけど。

でも、それでも。

マーリンが夢魔である以上、二人の関係を認めるわけにはいかなかった。

「はは、でもそうだな、なまえは危なっかしいけど」

二人の会話をただ聞いていたら、マーリンが未だボクに腕を掴まれっぱなしのなまえちゃんの腕をさらりと解いて自分につなぎなおした。

ボクのことは完全に無視して、なまえちゃんを愛しげに見つめてマーリンは言った。

「意外としっかりもしているよ。だってまだ、さらわせてくれないんだからね」