夢違いの獏の札5

念入りに鏡に映る自分の姿をチェックする。
どこかおかしいところはないか、何か忘れているものはないか。

……うん。大丈夫。ちゃんとできてる。

マーリンとデートに行く約束をしてから数日後。
今日がそのデートの日だ。

一緒に住んでいるから、待ち合わせの必要が無いのはありがたいのだが、バタバタと準備に明け暮れているのを見られてしまうのは困りものだなぁ。
とは言えマーリンも空気を読んでくれたのか、姿を見なかったけれど。

何処に行くのかはお楽しみ、着る服は歩きやすければ何でも良いって言われたから、本当に迷った。
マーリンと一緒に出掛けるのは初めてではないし、全然オシャレも何も考えてないダサすぎる服装とかも見られまくってるんだけど、でも今日は恋人として初めてのデートなんだから、適当で良いってわけにはいかない。

私の服のセンスはマーリンによって磨かれたので、何となくマーリンの好みはこういうのかなってぼんやりとしたイメージはあったんだけど、でも単に私の好みに寄せてくれていた可能性は捨てきれないし。
マーリンから貰った服を着ようかとも思ったんだけど、折角なら新しい自分を見せたいなって思って、仕事帰りに店に寄ってみたりして、本当に色々悩んだ。

悩みすぎて「デート 服装」で検索したくらいである。

……結果的に、無難且つマーリンが好きそう、という考えで、前開きのワンピースに落ち着いた。

あんまり派手過ぎて張り切りすぎみたいに思われたら嫌だし、やっぱり清楚な感じが男の人は好きだろうと思うし。
……マーリンが清楚な女を好むかどうかは甚だ疑問ではあるのだが、まぁ嫌いではないだろう。

結構マーリンは私に華やかな服を着せたがるから、もう少し派手でも良かったかなと思ったけど、……見てる人に「派手な服着ても釣り合ってない」とか思われたら嫌なので、派手ではないけど身体のラインが綺麗に見えて何とな~くお淑やかに見えなくもない、ような感じで行くことにした。

前開きなのは……、その、……マーリンが、変な事を言うので、あの。気を使ったというか……。

……。

と、とにかくそんな感じで服は選んで。髪も一生懸命整えて、メイクもいつも以上に気合を入れた。
見た感じ、別に無理してるようには、見えない、はず……だ。

「……うぅ。イケメンと付き合うって大変なんだなぁ……」

まだ付き合ってなかった頃から、マーリンの隣にいると人目を惹くから気を使うなぁとは思ってたんだけど。
恋人として隣を歩くんだって思ったら、物凄く緊張してきた。

「……よし!」

気合を入れて、荷物を持つと部屋を出る。
リビングへ降りると、ソファーで座って待っていたらしいマーリンが私に気づいて振り向いた。

「やぁ、おはようなまえ」
「お、おはよう。待たせてごめん……」
「家の中だし気にしないで。それに時間はぴったりだよ」

優しくそう言いながら、マーリンは柔らかに微笑む。

マーリンは顔が良いので、何を着ても何となくおしゃれに見えるのだけど、今日はいつもより少しだけおしゃれ度割り増しのように感じる。
Vネックの白いカットソーの上から、ネイビーのロングカーディガンを羽織って、下は濃グレーのスキニーデニムパンツ。脚長いしほっそい。
髪はいつもの三つ編みじゃなくてポニーテールに結われている。

端的に言ってかっこいい。
思わず見とれてしまった。

「こっちおいで」

おいで、と言われてどきりとしてしまったが、戸惑いながらも素直に近寄ってみる。
するとマーリンがそっと私の腰を抱き寄せて、まじまじと私の顔を見てきた。……そ、そんな思いっきり見られると、かなり恥ずかしい……。変じゃないかな……、やっぱりやりすぎたかな……。

「……うん。可愛いよ、なまえ。こんな可愛いキミを今日は見せびらかして歩けるなんて、私は果報者だね」

そんな私の不安などお見通しと言うように、マーリンは優しく笑うと言ってみせる。
余計に恥ずかしくなって、私は真っ赤になった顔を隠すように伏せて、いつものように悪態が口をついて出てしまう。

「何でそういちいち大げさに言うかなぁ……」
「やだなぁ、本音なのに」

言いながら、マーリンは私の額にキスを落とした。
私の悪態なんて、マーリンは全く気にした様子もない。
照れ隠しなんてことはもう、完全にバレバレなんだろうな。

「ほんとは口にしたいところなんだけど、口紅取れちゃうからあとのお楽しみにとっておくよ」
「あ、あとって……」
「ふふ」

分かってるだろう、と言いたげに笑うと、マーリンは私を放して自分の荷物を持つと玄関の方へと向かう。
私も後をついて行き、二人して玄関を出たら、マーリンがほら、と手を差し出してきた。

「どうぞ、お姫様」
「何でそういうこと素で出来ちゃうかな」
「見た目が良いから?」
「こいつ……」

調子に乗りやがって、と思うものの、差し出された手を拒絶する気は毛頭なくて、そっと差し出された手に手を重ねたら、ぎゅっと握りしめられる。

マーリンと手を繋ぐのも初めてじゃないけど……、……何だか、以前よりよっぽどドキドキしてしまう。

「行こうか」
「うん……」

促されるまま一歩踏み出し、あとはマーリンのあとをふわふわした気持ちでただついて行く。
どこに連れて行かれるのかもよく分からないままで、出かける前はあんなに不安だった周りの反応も、何も気にならなかった。



男の人と出かけたことが無いわけでは無いんだけど、所謂デートらしいデートと言うのは経験が無く、貧相な私の想像力と知識では、映画、遊園地、水族館、ショッピング……くらいしか思いつかなかったのだけど。

連れて来られたのは、様々な庭園の設えられた、植物園だった。

「今日は天気も良いから、ピクニックがてら見て回ろう」
「ピクニックかぁ。それならお弁当作ればよかった」

入口から様々な花に出迎えられて、惚けていた私の手を引っ張りながら言うマーリンに言葉を返す。

「ああ、それは思いつかなかったなぁ。キミとのデートに私も浮かれていたらしい。キミの手作りのお弁当、食べてみたかった」
「いつもご飯食べてるのに」
「お弁当はまた別だろう、それに私とのデートのために用意してくれるというのが重要なんだから」

残念そうに言うマーリンについ突っ込んでしまったが、真面目に返されて照れてしまう。
確か弁当という文化は日本独自のものってどこかで聞いた気もするから、マーリンが思いつかなかったのは仕方ない。
お弁当はまた次の機会にするとしよう。

「まぁ、ここはカフェやレストランもあるから、今日のところはそこでのランチと洒落込もう。その前に、花に囲まれるキミが見たい」
「お花好きだね……」
「キミの方が好きだよ」
「そ、そんな事聞いてないよ!」

ははっとマーリンが声を上げて笑う。
もう、また人をおちょくって。

マーリンに手を引かれて、庭園へと足を踏み入れる。
建物も外国風で、お洒落な場所だなぁ……マーリン、よくこんなところ知ってたな。……誰かと既にデートで来たのかも。

「なまえ」

名を呼ばれて思考を止める。
せっかくデートしているのに無粋なことを考えてしまった。
誰と来ていたにしても、今こうしてマーリンの隣を歩いているのは自分なのだ。私をここに連れて来たいと思ってくれただけでも、嬉しいじゃないか。

「ほら、花畑が見えてきたよ。綺麗だね」
「、あ、ほんとだ、すごい……!」

マーリンの指さした先に、ピンク色の花々が咲き乱れる花畑が見えた。
見渡す限り、というほど規模の大きなものでは無いが、それでも十分見応えのある光景だった。

「少し時期がずれてしまったから散らないかと心配したけど、まだ咲いていてくれて良かった。人も少ないし、ふふ、キミと花咲くガーデンで二人きりなんて、嬉しいなぁ」

本当に嬉しそうに、マーリンがにこにこ笑いながら言う。
花が好きなのは知ってたけど、そこまで喜ぶとは。
男の人で花が好きって珍しいと思うけど、マーリンだと何故かしっくり来るから凄い。

「キミはどう?」

ふとマーリンが問いかけてくる。
私は素直に頷いて、「私も嬉しいよ」と答えた。

「気に入った?花畑は好き?」
「うん、好き!ほんとに綺麗。一面の花畑って、一度は見てみたい光景だよね」
「一度と言わず、いくらでも見ればいい。いつでも連れて行ってあげるから」
「ほんと?楽しみだなぁ」
「僕もとても楽しみだよ」

穏やかに微笑むマーリンに私も微笑み返す。
最初は本当に花好きなんだなぁと思っただけだったけど、実際こうやって二人で庭園内を歩いていると、綺麗な光景と穏やかな空気がとても心地よくて、本当に気に入ってしまった。

普段のマーリンはもっとおちゃらけていて、いろんな軽口を叩いたりするのに、今日はやけに紳士的でドキドキしてしまうのが、少しだけ困ってしまうけど。

マーリンは花に囲まれる私が見たいと言ったけど、こうして見ると花に囲まれた姿というならマーリンの方がよっぽどお似合いだと思う。
着ている服がもう少しファンタジー寄りだったなら、さぞ幻想的に見えたことだろう。
本当に、存在が異質というか、現実離れした雰囲気だなぁと改めて思う。
何をどう頑張ったって、マーリンに釣り合うようにはなれそうに無いけど、繋いだ手が私とマーリンは地続きの世界に二人でいられる事を教えてくれている。

ああ、何だか、本当に夢みたいだな。
こんな人が、私を選んでくれたなんて。



施設内に併設されたレストランで食事を摂り、一息つく。
多種多様なハーブティーが置かれていて、思わず何種類も持ってきてしまった私を、マーリンが微笑ましそうに見つめる。う、あの目は子供を見る目だ。仕方ないじゃないか、飲んだことないフレーバーもたくさんあったんだし……。

脳内で言い訳しながら改めて席に着く。
マーリンは私が持ってきた中から一番近くにあったポットを手にとって、「私も貰っていい?」と聞いてきた。勿論良い。というか一人では飲みきれない。
マーリンの分のカップに目をやりながら「うん」と頷くと、マーリンが優雅な所作でカップに紅茶を注いでゆく。
毎度の事ながら、立ち居振る舞いが妙に洗練されているのはどうした事だろうか。絶対良いとこの生まれだよね。
何度でも言うが、これでどうして私なんかを選んだんだろう……。

「なまえはどれ?」
「えっと、じゃあこれ」

濃ピンクの紅茶を指さして答えると、マーリンがさっとポットを手にとって私のカップに注いでくれた。
普通こういうのって彼女の私がやるべきなのでは?と淹れてもらってからはたと気づいた。
女子力が足りてないのを痛感してしまったが、マーリンが楽しそうなのでまぁ良いか。うん。

「ありがとう」

礼を言って、カップを取ると一口飲む。
ハーブの独特な味わいが口の中に広がって、私は思わず目をぱちぱちと瞬いた。

「おいしい?」
「んー、変わった味。でもおいしい」

くぴくぴと紅茶を飲み下しながら答える。
馴染みのない味なので、美味しいかどうかを問われると答えづらいのだが、好きか嫌いかで言えば割と好き、かも。

「マーリンのは?」
「これ、結構癖が強いからキミにはおすすめしないかな」
「えー、気になる。後でちょっとだけ飲んでみよ」
「これ飲むかい?」

ずいとマーリンが自分のカップを差し出してくる。
私は一瞬息をのんで、次いでちらりとマーリンの顔を見た。
マーリンは他意無く笑っている。

「……じゃ、ちょっとだけ貰うね」

そっと差し出されたカップを手にとって、一口飲み込んでみる。

「ウッ……!?」
「はは、ほら言ったろう」
「く、薬っぽい……!」

急いで自身の紅茶に口を付けてみるも、衝撃的な味に舌が痺れてなかなか後味が去ってくれない。
というか口の中で味が混ざって大変なことになってしまった。
水、水!

「んぐ、ぷは」
「落ち着いた?」
「うん……」

グラスの水を呷り、何とか口の中を漱いで息を吐く。
これを普通の顔して飲むとは、さすが本場のイギリス人だけはあるな。
いや、マーリンは普段からどんな味でも、たとえ私が失敗して焦がしてしまった料理でも、普通の顔して食べているけど。

「キミの百面相で紅茶が10倍美味しいよ、なまえ」

いつの間にか自身のカップを取り戻したマーリンが優雅に紅茶を飲みながら、にんまりと目の端を下げて宣った。

「人を酒の肴みたいに言わないでよ!」
「愛する人と一緒にいると何を食べても美味しいねって言ってるのに」
「またそういう事言う」

ほんと、まるで息するように口説き文句を放つよねマーリンは。

改めて自身のカップを手にとって紅茶を飲む。
うん、これも変わった味だと思ったけど、さっきのに比べたら全然普通だな。むしろ飲みやすいくらいだ。

「はぁ、でも残念だ」
「何が?」
「私もこの紅茶を飲んでいるので無ければ、キミにキスして後味を拭ってあげたのになぁと思って」
「…………は?」
「あ、ちゃんとこっちを後から飲んでキミが平気なようにしておくから心配しないでね」
「いや、えっと……」

まだ手つかずのポットを指さしながらにこやかにマーリンが言う。
私は言われた言葉の意味を理解するのに少々手間取って、まともな返事が出来なかった。

「……この前言ったこと、覚えてるよね?」
「っ、!」

にこやかな笑みに、何かを含ませたような言い方でマーリンが問う。
物凄く曖昧な言い回しだが、どういう意味かはすぐに分かった。

「この前、って…………」

この前。デートの約束をした日。
マーリンに言われたこと。

覚えてないわけはない。

「……っ」

一気に緊張して、顔が燃えるように熱くなる。
持っていたカップを持つ指に力が入って、残り少ない紅茶がカップの中で小さく波打った。

「まだ少し時間は早いけど、この後移動しよう」
「移動、って、……ど、どこに」
「ホテル」

事も無げにマーリンが告げる。

こんなにはっきり言われるなんて。普通こういうのって、もっとスマートに誘うものかと思ってたんだけど、直球すぎない?
……私が、断らないって分かってるから?

「移動に30分というところかな。それまでの間に、ちゃんと覚悟を決めておくんだよ、なまえ」

にっこりと微笑んでマーリンが言う。
猶予を与えるという事らしいが、全然まったく、逃がしてくれる気は無いらしい。

別に、逃げる気も無いんだけど、でも。
そんな風に言われたら、ちょっと怖くなってしまうじゃないか。

「…………」

頷く代わりに、カップに残った紅茶を一気に呷る。
全然味がしなかった。

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