みつどもえ
「ねぇ、なまえ。お願いだよ。少しくらい良いだろう?」
……マーリンに上目遣いでそう言われて、どうしてダメと言えようか。
リビングのソファに座って、二人でだらだらテレビを見ていた夕方ごろ。ロマンがもうすぐ帰宅するという頃合いで、そろそろ夕飯の支度しないとなとぼんやり思っていたら、離れて座っていた筈のマーリンが、急に身体をこちら側に傾けたかと思うと、じりじりと這い寄ってきた。
「えっ。何?」
「うん、ちょっと疲れてきて」
「テレビ見るのに?」
「そう」
言いながらマーリンが私に抱きついて、ちゅ、と頬に口付ける。私も口付け返すと、すり寄るマーリンの頭をよしよしと撫でてやった。
「じゃあご飯後にして寝る?」
「ご飯はキミとじゃなきゃ食べない」
「えー?一緒に寝ろってこと?」
別に私は良いけど、ロマンのご飯は用意しておかなきゃいけないな。
そう考え、どうしようかと逡巡する間に、マーリンがおもむろに頭を下げた。
「ん?」
「ここで寝る」
「えっ」
ここ、と言いながらマーリンは私の膝まで頭を下げ、身体をソファに投げ出した。途中ぐりぐりと胸にすりつかれたのはとりあえず置いておく。
「ロマン帰ってきちゃうからダメだよ」
「それまでで良いから」
「……直前になって嫌とか言ったら膝から落とすよ?」
「言わないよ」
もぞもぞと人の脚の上で寝返りを打ちながらマーリンが言う。仰向けになったマーリンを見下ろすと、眉尻を下げ懇願するような顔をしていた。
「ねぇ、なまえ。お願いだよ。少しくらい良いだろう?」
くぅん、と鳴き声でも聞こえてきそうなその顔に、100%わざとやっていることが分かっていてもきゅんときてしまう。
おまけにくいくいと服の裾を引っ張られる。
自分の言動がもたらす効果をよく分かっていてそういうことするんだから本当にずるい。
「ロマンが帰ってくるまでだよ」
「ん。ありがとう。なまえは本当に優しくて最高の恋人だ」
「調子がいいんだから」
ほっぺをつつくとマーリンが楽しそうにふふふと笑みを漏らす。
髪をゆっくりと撫でてやると、心地よさそうにマーリンは目を閉じた。
そのまましばらく撫でた後、そっと手を離す。
動かないのを確認して、テレビに視線を戻した。
◆
「……あの、マーリンさん」
「…………」
やばい。
もうそろそろロマンが帰ってくるというのに、膝の上のマーリンが一向に目を覚ましてくれない。
いつ寝てるんだ?というくらい寝る場面をあまり見かけないマーリンが、まさかこんなに健やかに爆睡するなんて。
うーん、困った……。
少しだけ強めにゆすってみたが、嫌そうなうなり声をあげた後、マーリンは再び寝入ってしまった。
あんまり本気で起こしにかかるのも可哀想で、時計をちらちら見ながらどうしたものかと思案する。
「マーリン~……」
「…………ん」
すり、とマーリンが私のお腹に顔を寄せる。うぅ、柔らかお肉が憎い。そんな気持ちよさそうにしなくても。
むにゃむにゃと口元を緩めながら、マーリンは幸せそうな顔をしている。……起こせない。
そうこうしているうちに時間は刻一刻と過ぎていき、数分後。
「ただいまー」
「…………お、おかえり」
「…………」
帰宅したロマンと鉢合わせた。
「なまえちゃん……それは何を乗せてるんだい?」
「いや……その、マーリン……寝入っちゃって……」
照れるやら焦るやらで挙動不審になる私と裏腹に、ロマンはスンとその顔から表情を無くすと、つかつかとこちらへ近づいてきた。
「起きろこの詐欺師!!」
「ダッ!?」
「うわ!?ちょ、ロマン!」
ロマンが躊躇無くマーリンを殴った。スパンと。平手で頬を。
「痛い!ロマン君が暴力を!なんてひどい奴だ!あぁ痛い、慰めておくれなまえ」
寝起きとは思えない溌剌とした声でマーリンが言って、私に抱きついてさめざめと泣くふりをする。
「なまえちゃんから離れろバカ!狸寝入りのくせにこの夢魔!」
「夢魔」
夢魔て。眠らせる方が夢魔なら分かるけど寝入った方が夢魔は変でしょ。
そう思って零した言葉だったのだが、ロマンは妙にわたわたと慌て出した。
「あっ。いやその違うんだついえっと」
「?」
「うぅ、まだ痛い、しくしく。せっかく幸せな夢を見ていたっていうのに、本当にロマン君は下世話な男だなぁ。なまえ~、ぶたれたところを撫でておくれ」
「はーなーれーろ!」
「やなこった☆」
先ほどまで熟睡していたとは思えない軽快さでマーリンがロマンを煽る。
私の肩に手を回し頬に頬をすり寄せるマーリンをロマンが必死に引き剥がそうとするものの、びくともしない。
「いたたたいたいいたい!私が痛い!」
「あっ!ごめんよ!大丈夫かい!?何もされてないよね!?」
「大丈夫ってその大丈夫なの?されてないよ」
「健全な恋人同士がすること以外してないよ」
「誤解を生む表現はやめなさい!」
マーリンの余計な茶々にヒュッと息をのむロマン。
してないしてないと手を顔の前でぶんぶん振りながら否定すると、釈然としないながらもとりあえず納得はしておく、と言いたげな顔でロマンがため息を吐いた。
「膝枕がしたいならよそでいくらでもやれば良いものを……」
「
「勧めるまでもなくしてるんだろ?」
吐き捨てるようにロマンが言う。ひどい言われようだ。
懲りずに私にひっついていたマーリンが、その一言で慌てたようにロマンにくってかかった。
「してないよ!変なこと言わないでおくれ!なまえ!信じちゃダメだよ!?」
「マーリンのことは信じてるけどロマンの心配は分かるよ」
「何故!?」
振り向いて言われた言葉に素直に返すと、マーリンは心外だとでも言うような顔をした。
何故ってそりゃあ、付き合う前までは色々あったからね。
……でも付き合い始めてからは、本当に何もない。
マーリンのそばに女の影がちらつくようなことも、私以外の女の人を褒めることも殆ど無い。
ちょっと不気味なくらい出来過ぎた彼氏だと思う。
……これを言ってもロマンは騙されてる!と蒼白な顔で言うだけなので、言わないけど。
「そんなことより。ロマンってば、いくら何でも寝てるとこ叩くのはよくないよ」
「いやっ、あれは狸寝入りだからであって!」
「何でそう決めつけるの?」
「そ、それは……マーリンのやることだから……」
「本当に寝てたよ、何しても起きなかったし」
「え?私に何かしたのかい?」
「秘密」
「えー。教えておくれよ~」
「っ、こら!くすぐったい!」
「いちゃつくなーっ!!」
私に抱きついてわき腹をくすぐるマーリンに、ロマンの怒号が轟く。
そういう態度だから狸寝入りなんて冤罪をふっかけられるっていうのに。
「マーリン」
「うん?」
「目はすっかり覚めたみたいだね」
「いてっ」
性懲りもなくすり寄るマーリンの額にでこぴんを食らわせ、離れた隙に立ち上がる。
ず~っとマーリンに膝を占領されて動けなかったから、やっと動けた。その開放感のままに伸びをする。
「とにかく、マーリンは約束破ったこと、ロマンはマーリン殴ったこと、謝って」
「うっ……」
「ロマン」
「……スマナカッタ」
「ん。マーリン、これでいい?」
「いいよ別に。ロマン君だし」
「だから謝りたくないんだよ!」
「どうどう。で、マーリンは?」
「ごめんよ、キミのももがあまりにも気持ちよくて」
「反省が見られないんだよなぁ……」
「してるとも!お詫びに何だってしてあげる」
「ふーん?」
じろ、とマーリンを見つめると、手を広げてみせる。何でもどうぞ、とでも言いたげな仕草だ。
百万円ちょうだいとか言ってやろうかな。
……本当に出してきそうで怖いからやっぱやめとこ。
「じゃあ」
じっと二人を見つめながら、口を開く。
「おなかすいた」
「へ?」
「手伝おうか?」
「ううん、今はいい」
ぽかんとするロマンをよそに、マーリンは予想していたかのように返事した。それを辞退しながら、にこやかに笑って二人に告げる。
「二人とも皿洗いね」
「「ハイ」」
「よし」
しっかりとした返事に気をよくすると、私はキッチンへと向かう。
まったく本当にどうしてあんなに仲が悪いのだろうか。取り持つ私の身にもなってほしい。
頭の中でぶつくさ文句を言いながら夕飯の準備を進める私を見つめる二人が、何か話しているのが見えた。
「最近どうも手玉に取られてる感じがするんだよね」
「嬉しそうに言うな、気色悪い」