何もない一日
「なまえ、なまえ。起きて。もう昼になってしまうよ」
なまえの部屋、ベッド脇に乗り込んでなまえの身体を揺する。
うぅん、と唸りながらなまえがうっすらと目を開いた。
まだ寝ぼけまなこで今にも再び目を閉じてしまいそうななまえに、「まだ寝たい?」と問いかける。
「……ん……おき、る…………」
言いながら、なまえの目が再び閉じていく。
目を覚ましている間は、あんなにきらきらと輝いている美しい双眸が欠け落ちていく。
「やっぱりまだ寝たいんだろう」
「んん…………や……おきる……まーりん…………」
ベッドに乗せていた私の膝になまえがすり寄る。
そのまま頭を引き寄せて膝に乗せたら、なまえが眼を閉じたまま嬉しそうにふふふと笑った。
寝起きのなまえは、とても甘えん坊だ。
そっと頭を撫でる。
さらさらとした感触にうっとりと目を細める。
なまえもまた、私の手の感触に、心地よさげに微笑んだ。
――以前の私は、なまえの寝起きが苦手だった。
理由は単純だ。なまえの機嫌が悪かったからである。
なまえはいい子だ。だから機嫌が悪いと言っても当たり散らしたりするわけではない。だがいつもの調子で軽口を叩こうものなら、恐ろしく冷たい瞳で一瞥され距離を取られてしまう。
刺激しないようにするには、傍にいないのが一番で、結局自分から距離を取らざるをえず。
つまるところ、寝起きのなまえにはおいそれと近づけなかったのだ。
それが今は、コレである。
「甘えん坊。可愛い」
「んん」
服の裾を引っ張りながら、なまえが額を私の腹にこすりつける。
にやにやとろとろとした顔に、胸の奥からわき上がるものがあった。
あつい。あまい。
これが、ずっとほしかった。
いくら食べても飽きる気がしない、永久に変わることのない私の好物。
なまえの、私への想い。
寝起きのそれは、砂糖を煮詰めたようにどろどろとして。
ただひたすらに、甘さだけが私を支配する。
こんなものを浴びてしまったら、もう他なんていらない。
なまえの感情は、どんな味付けでもたまらない味をしている。
……最初は別に、私に向いていなくてもこれが食べられればそれでいいと、そう思っていた。
だけどそうじゃなかった。
なまえの恋の相手は私でなければならない。
そう思ったから、私は今ここにいる。
「起きる気無いじゃないか」
「……おこして」
「まったく、仕方ない子だな」
だらりとあげられた腕を取ると、なまえの身体を持ち上げて引っ張る。
ようやく身体を起こしたなまえが、しかしそのまま私の身体へのしかかるように自身を預けてきた。
本当に寝起きが悪い。こんな可愛いなまえが見られるならむしろ嬉しいけども。
流石にロマン君相手でもなまえはこんな甘え方はしないもの、このぐだぐだに甘えきったなまえは、私だけの特権だ。
まぁ、可愛すぎるという理由から甘やかしてしまいそうになるのが、少し困るのだけど。
私の身体へ寄りかかったまま、再びうとうとし始めるなまえの身体に腕を回して抱き締める。
別に私はこのままでも構わない。なまえと二人きりでいつまでもだらだらしているのは、何にも代え難い幸福な時間だ。
何もしない時間に価値を見いだすなんておかしな話だ。周囲は私をふらふらと遊んでいるように思っているのだろうが、まぁ遊んでいるのだが、何もしないのにはそれなりに理由がある。なまえとで無ければ、理由なくだらだらなど絶対にしない。そんなのは非効率的で、非生産的で、無意味で無駄だから。
なのになまえと触れている時間は、なまえと過ごす時間は違う。
非効率的だし、非生産的で無意味だけど、無駄ではない。
ただ女の子が私に甘えているだけなのに、どうしてこんなにくすぐったい気持ちになるのだろうか?
すぅ、となまえが寝息をたてる。
案の定再び寝入ってしまったらしい。
起きたいと言っていたのだから、起こしてやるべきなのだろうが、気持ちよさそうに眠るなまえを起こすのは忍びない。
仕方なく、そのまま私に身を預けるなまえにそっと布団を被せてやる。自分は身動きをとれなくなってしまったが、気にもならなかった。
なまえの体温、呼吸、その存在を肌で感じるだけで、こんなにも愛おしい。
愛おしい、なんて言葉が、自分の内から滑り落ちてくるのが可笑しくて、喉の奥で笑った。
次になまえが目覚めるのは30分後といったところだろうか。出来るだけ楽な姿勢にしているつもりだけど、流石に座る私に寄りかかったままそんなに長くは寝ていられないだろう。
何故起こさなかったのかと拗ねるなまえに謝りつつ、二人で起き出してお昼を食べて、その後は……さて、どうしようか。
キミと何かしたくてそわそわしてしまうけど、キミがいるだけで何もしなくたって嬉しい。
何もない一日、キミがいるだけでこんなにも胸が躍る。
起こさないようにそっと身を屈めて、その額に口付ける。
気づかず眠りこけるなまえが愛らしく思われて、密やかに笑みを漏らした。
そう、なまえがいれば、何も無くたって幸せなのだ。
ああ、なまえもそう思ってくれていればいいのに。
例えば世界が終わっても、なまえがいればそれで良い。
僕の未来はなんて明るいんだろう。これが、人を愛するということなのか。
ずっとずっとなまえと二人で一緒にいたい。
愛する人と添い遂げたい、ああ、こんなにひたむきな心が僕にあったなんて、本当に可笑しくてたまらない。
笑い出したい衝動をこらえて、くすくすと小さな笑みを漏らす。
腕の中で、なまえも小さく笑った気がした。