ねえちゅーしよ
マーリンがこの家に住んでから半年は過ぎたと思う。
少なくとも季節を一つ二つは乗り越えた筈だ。
だからと言うのも言い訳にしかならないのかもしれないが、今まで特に問題も無かったので、
いや、マーリン自身が引き起こした問題は置いておくとして、
人が増えた事による問題が、だ。そういうものが無かった。
家具だのなんだのはマーリンが勝手に購入して勝手にいつの間にか搬入していたし、食器類もいつの間にかセット購入されていた。
いや、私の分は元からあるんだが?まぁ二つあっても困らないから使っていたけど。
不気味なのはその食器類が私の好みに完全合致していたことで……いや、それは今は良い。
そうして、あまりにもあっという間にマーリンは我が家に溶け込んだ。
必要なものは自分で勝手に都合していたし、一応冬も深まってきた時期には、それなりに心配もしたのだけど、別段平気そうだったので拍子抜けしてそのまま忘れてしまったのである。
すなわち、マーリンの部屋には冷暖房が存在しない事を。
「ま、マーリン~!!しっかりして!!」
自室のベッド脇、床に全身を投げ出したまま動かないマーリンに慌てて駆け寄ると顔を覗き込んだ。
マーリンが青い顔をそっと動かしてこちらに向ける。
「……日本の夏、舐めてた……」
そう一言だけ呟くと、再び床に顔を埋めて動かなくなってしまった。
「いやー!!マーリンが死んじゃう!!!!」
「こいつ熱中症とかなるんだ……」
パニクる私をよそに、私の背後に立ち控えめに様子を見ていたロマンがやけに冷静に呟いた。
いやいや!なるでしょ!?炎天下の部屋に閉じこもってたらそりゃね!!
「みっ、水!今すぐ水持ってくるから待っててマーリン!」
「水はそこのそいつに持ってこさせればいいからなまえは此処にいて」
「お前本当は元気だろ」
ロマンが呆れたように言う。
マーリンはそれには答えず、そろそろと伸ばした腕で私の腕を捕まえてしまった。
その様子にロマンは面倒くさそうにため息を吐くと、踵を返して部屋を出て行く。どうやら水を取りに行ってくれたらしい。
邪険にしながら結局世話を焼いてしまうのがロマンのいいところだ。
階下に去る足音を耳の端に捉えながらマーリンの様子を見ると、再び顔を上げてこちらを見ていた。
思ったよりは元気そうだが、それでも具合が悪そうなのは変わらない。
申し訳なくなってしょんぼりと肩を落とすと、目元を覆う前髪を鬱陶し気にはらうマーリンにそっと声をかけた。
「ごめんねマーリン、この部屋にクーラーが無いこと完全に忘れてて……」
「いや……私もこんなに暑くなると思わなくてね……。各ご家庭、各寝室に何かしらの冷房があるわけだよ……」
死んだ魚のような目でマーリンが口から空笑いを零す。
本気でまいっているようだ。かく言う私もこの部屋は暑い。
マーリンの前髪を掴まれていない方の手ではらってやる。反射的に閉じられたマーリンの瞼がふるりと震えるのが見て取れた。
こんな暑い部屋にずっとこもっていたわりに、汗一つかいていない。
もしや、身体中の水分を既に出し切ってしまったのだろうか。
「マーリン、立てる?ここにいたらますます具合悪くなっちゃうよ。リビングに行こう」
「……リビングは遠い。今すぐ涼しくなりたい」
駄々をこねるようにマーリンが言う。
時々少年のような面を見せることはあるが、こういう反応は珍しい。
やっぱり相当まいっているのだろうか。
焦って私はマーリンの身体に腕を回し抱き起そうと試みる。お、重い……!
「私の部屋に行こう。クーラー付けてるから涼しいし」
「今すぐ行く」
力なく私に身体を預けていたマーリンがむくりと起き上がったと思うとさっと部屋を出ていく。
一瞬ぽかんとしてしまったが、はっとして慌てて追いかけると、勝手知ったるとばかりに私の部屋へと入っていき、何の躊躇もなく人のベッドにダイブする。
……普段ならやめろと怒るところだが、今はそういうわけにもいかない。何かちょっと腑に落ちない感はあるのだけど。
そっとベッド脇に身体を屈めてマーリンの様子を窺う。
枕に顔を埋めてしまっているのでどんな顔をしているのかは分からなかった。
「……生き返る……」
「…………大丈夫?」
「大丈夫……なまえの匂いがする……最高……」
「にっ、し、しないよ匂いとか!してたまるか!!」
「するんだなぁこれが……いい匂いだよ、とってもそそる……」
「案外元気だね!?」
いつもよりテンションは低いが、流れるようにセクハラ発言をするマーリンに思わず突っ込む。
お前は私にセクハラをしないと生きられないのかと。……聞いたら「うん」と返ってきそうなのでとりあえずそれは言わないでおく。
ふと部屋をノックされ、どうぞと答えるとロマンがグラスを片手に入ってきた。
「何なまえちゃんのベッドで寝てるんだお前は……!ほら水だ、さっさと飲めよ」
「なまえからの口移しじゃないと飲まない」
具合悪そうな顔色とは裏腹に、私へのセクハラが絶好調なマーリンにぎょっとしながらも呆れる。
ロマンの片眉がつり上がるのを見て、慌てて口を開いた。
「っ、何言ってんのばか!脱水症状起こしたら洒落にならないんだからちゃんと飲んで!」
「……。仕方ないな」
仕方なくねーよ!お前の命がかかってんだぞ!!
こっちの心配をよそに、渋々と言った体で起き上がったマーリンが、ロマンの手からグラスを取るとごくごくと水を飲み下す。
やっぱり脱水気味だったのか、良い飲みっぷりだ。
……マーリンが飲み食いしている姿を見ると、妙に印象に残るのは何故だろうか。
ふとそんな考えが頭をよぎる。
見た目がファンタジーだからかな。多分そうだ。
二次元にいそうなので、時折ふと日常生活をマーリンと送っていることに違和感を覚えてしまうのだろう。
飲み干したグラスをロマンに押し付けると、マーリンは再びベッドに寝転がり、私をぐいぐいと引き寄せてきた。
いや、ちょ、まだそこにロマンがいるんだけども!
「ちょ、マーリン……!」
「まだだるい、なまえも一緒に寝よう」
「待って待って!」
「具合が悪いなら大人しく寝てろ!」
今まさにベッドに引きずり込まれそうな私とマーリンの間に割り入ると、ロマンは私の腕からマーリンの腕を引き剥がした。
「何するんだい」
「なまえちゃんを魔の手から守ってるんだよ」
不機嫌そうに問いかけたマーリンに、ロマンもまた不機嫌そうに返事する。
マーリンが剣呑に目を細めた。
あっ、これまずい流れだ。
「なまえを守るのは私の役目なんだけど」
「お、ま、え、が!一番危ないんだよ!」
噛みつきそうな勢いで返答したロマンに、マーリンは面倒くさそうに顔を歪める。
不意にロマンから顔を逸らすと、「病人に対して冷たいなぁ」と言いながら身を乗り出して私に抱きついてきたので、驚いて後ずさりかけた。
それをマーリンに絡め取られる。
「なまえ~~。慰めておくれ」
「だから大人しく寝とけって言ってるだろ!」
再びロマンがマーリンを引き剥がす。
本当に元気がないのかただの冗談だったのか、マーリンは大人しく離れると今度は仰向けにベッドに寝転がった。
「まったく、ただの夏バテのくせに大袈裟な……」
呆れたようにため息を吐きながらロマンが言う。
夏バテ?まぁ、確かに最初に倒れてるのを見たときは慌てたが、こうしてみると思ったよりは元気そうなのだが。
それでもだるそうに額に手を当てるマーリンは、いつもと違って弱々しく見えるから心配だ。
「マーリン、熱中症じゃないの?」
「無いよ。心配しなくたって、こいつがこの程度で倒れるならボクも苦労してないからね」
「まるで倒れていなくなってくれた方がいいと言わんばかりだなぁ」
「当たり前だろ」
冷たく突き放すロマンに、マーリンはわざとらしく手で顔を覆うとさめざめと泣き出した。
「なまえ~ッ、ロマン君が冷たい!キミはそんな事言わないよね?」
「わ、私はそりゃ……今更マーリンに消えられても逆に困るし……、いやでも本当に割と元気そうだね?」
泣き真似をするマーリンの頭をぽすぽすと撫でながらも、思ったより随分余裕のありそうなマーリンに流石にちょっと呆れた。
いや、元気なのは良いことなんだけどね?
ロマンが再びため息を吐きながら頷く。
「だろう?まぁ、暑かったのは本当だと思うからだらけるな起きろとまでは言わないけど……。なまえちゃん、癪だけど冷房を買わないと。とりあえずコイツは寝転がしといて、今から買いに行こう」
「あ……、そうだね。うち今扇風機の一つも無いんだった」
「別に今日からなまえの部屋で寝るからいらないよ」
ロマンに促されて立ち上がろうとしたら、マーリンにその腕を捕まれて止められる。
いや、待って?今何か私の了承を得ないままとんでもないことを普通に言われたような?
「させるか!そう言うと思ったから今すぐ買いに行くんだよ!」
案の定ロマンが私とマーリンの間に割って入る。
それでも握った私の腕をぐっと引っ張りながら、マーリンは気だるげに答えた。
「なまえは置いて行っておくれ。キミ一人いれば十分だろう」
「なまえちゃん一人置いて行ったらお前に何されるか分からないだろ」
「別に何してても構わないだろう、恋人同士なんだから」
「構う!ボクはまだ認めてない!」
「強情な。なまえの気持ちも考えなよ」
「あ、あのー!」
段々と険悪になっていく二人のやりとりを漸く遮る。
本当にもう、何ですぐに喧嘩するんだ、この二人は……。
ベッドからじっと私を見上げるマーリンと、むっつりとマーリンを睨んだままのロマンを交互に見やり小さく息を吐くと、私は改めてロマンに向き直って口を開いた。
「……ロマン、ごめん。何もさせないから私もここにいていい?やっぱりマーリンが心配だし……」
「えっ……」
ロマンが驚いたように目を見開く。
とても申し訳ないが、それでも倒れたマーリンを一人残して行くのは気が引けた。
ロマン一人に負担をかけさせてしまうのは本当に申し訳ないと思うのだが、だからって私が出て行ってロマンを残らせたらどうせまた二人は喧嘩してしまうだろう。
苦虫をかみつぶしたような顔をしたロマンの顔に、やっぱり申し訳なくて肩を落とす。
するとマーリンが「ふっ」とロマンに対して鼻で笑った。ちょ、おま。
「っ、こいつ……」
「マーリン!」
煽るような真似をするマーリンを咎めたら、ついと顔を背けられた。
ここで大人しくしていてくれたらきっとロマンは折れてくれたのに、何でそういうことするかな!?
ちょっと「やっぱり置いて行ってやろうか」という考えが過るが、ため息を吐いて怒りを鎮める。
ぎろりとマーリンを睨み「マーリン」と名を呼ぶと、何ともニュートラルな顔をしたマーリンと目が合った。……本当その顔やめてほしい。何考えてるのか分からなくてやりづらい。
「ちゃんと大人しく寝とくなら私ここにいるから。何も無茶なことしないって約束して」
ロマンの前で、しっかりと約束させるよう告げると、マーリンは軽く手を振りながらあっけらかんと答えた。
「しない、しない。なまえに甘える以上の事は何も」
「甘えるを拡大解釈するだろうお前は……」
軽い口調で答えたマーリンに、案の定ロマンは不機嫌そうに呟いた。
その返答にマーリンも眉を顰めて嫌そうに頭をかく。
「ああもうロマン君は本当に口うるさいな!しないったら。なまえの嫌がることはしない」
「…………」
疑わしげな目を向けつつ、それでもロマンは口を噤んだ。
私がもう一度「ごめんね」と言うと、ロマンは大きくため息を吐いてああもうと唸る。
「分かったよ……お邪魔虫は去るよ」
「やっと理解したようで何よりだ」
だから何で煽るようなことを言うのだろうか。
べしりとマーリンの脇腹を小突いて黙らせる。
「認めたわけじゃないからな!テキトーに買ってすぐ帰ってくるから本当に何もするんじゃないぞ!」
「はいはい」
「あと冷房代はお前の生活費から抜いとくぞ!」
「良いから早く行きなよ」
「く……っ、……行ってきます」
「行ってらっしゃい、ロマン」
名残惜しそうにするロマンを苦笑しながら見送ると、彼は渋々部屋を出ていった。
その様子を見届けると、マーリンがはぁとため息を吐く。
……二人とも一緒にいるとため息吐いてばっかりだな。
「やっと邪魔者がいなくなった」
「……何で喧嘩ばっかりするかなぁ……」
言いながら立ち上がりベッドに腰を下ろすと、待ってましたとばかりにマーリンが私の腰へと抱きついてくる。
すると思ったよ。だからロマンの前では座らなかったんだよね……。
抱きついてきたマーリンの頭を、身体をひねってぽむぽむと叩けば、マーリンはじゃれつくように額を腰にすり付けてきた。
何だか可愛く思えて口角が緩んでしまう。
「そりゃあなまえとの仲を引き裂こうとするんだから、仲良くはなれないよ」
じゃれつきながら、当然のようにマーリンが答える。
確かにああも頑なに反対されたんじゃ、マーリンもいい気はしないだろうけど…。
だからって、ずっと喧嘩ばかりされるのも困りものだ。
折角一緒に住んでいるのだし、出来れば仲良くなってほしい。
それが無理なら、せめて適度な距離感で接せられないものだろうか。
そもそもマーリンがロマンを挑発するような事を言うから余計にこじれるのだ。
確かにロマンの態度もどうかとは思うが、ロマンは私の家族なのだから、誠意をもって接すれば分かってくれると思うんだけど。
なのにマーリンときたら、いつもロマンを邪魔者扱いしたり、わざと私にちょっかいをかけて煽ったり……。
愛情表現が激しいのは、その、……嬉しくはあるのだけど。
でもやっぱり家族に見られるのは恥ずかしいし、ロマンだって余計に怒ってしまうんだから、もうちょっと慎ましく出来ないものか。
「マーリンが誠実に対応すればロマンも考えを改めるんじゃないの?」
「いや、多分一ミリも信じてもらえない」
びっくりするほどあっさりと切り捨てられた。
「出来ない」とか「いやだ」とかじゃなくて信じてもらえないってお前。
「……言ってて悲しくならない?」
「全然」
けろりと言い放つマーリンに、私はため息を吐く。
ああ、私までため息がうつってしまった……。
どうしたものかと頭を悩ませる私をよそに、マーリンがごそごそと身じろいだ。
不思議に思ってマーリンを見やると、「ねぇ、膝を貸しておくれ」と言いながら膝に頭を乗せてくる。
まだ許可してないのに、こいつめ。
「……甘えん坊」
呆れつつそう言いながら、嬉しそうに膝に寝転ぶマーリンの柔らかな髪に手を入れる。
ふわふわした感触を楽しむように指先でいじくると、マーリンが気持ちよさそうに目を細めた。
何だか猫みたいだな。
「良いだろう?キミに甘えられる男は僕だけなんだから」
台詞を体言するようにマーリンが私のお腹にすり寄る。
臆面もなく自分だけなんてよく言えるなあと感心してしまう。
まぁ、確かにマーリン以外にこんな事出来ないけどさ。
しかしそう当然のように言われると、意地悪を言いたくなってしまう。我ながらあまり良い性格とは言えないが、マーリンに限ってはお互い様だ。
「子供だったら甘やかすよ、私は」
からかうようにそう言えば、マーリンがむっとして目を細めた。
拗ねたような目を向けるマーリンに思わず笑いそうになる。
「……じゃあ僕も子供になる」
「何、じゃあって……」
「だってそんなの、ずるいじゃないか……」
顔を私のお腹に埋めてマーリンが呟いた。
正直に言うとめちゃくちゃ可愛い。
いっつも余裕ぶって人をおちょくるあのマーリンが!
ずるいとか、何を言ってるんだ全く、ああダメ、可愛すぎてこれ以上意地の悪いことは言えない。
「……大人の男で私に甘えてくるのはマーリンだけだよ」
心の中で降参してそう言うも、マーリンはまだ納得出来ないというような顔をした。
ごろりと仰向けになって私の顔に向き合うと、じっと膝の上から私の顔を見つめて問いかけてくる。
「他の男に甘えられたら?」
「断るに決まってるじゃん……もう、ほんとに今日のマーリンは子供みたいだね」
「ロマニに甘えられても断る?」
寂しがりの子供のような発言に呆れつつも、そんな珍しく甘えた態度がどうしようもなく愛しくて素直に言ったら、予想外の問いかけが返ってきて目が点になる。
……ロマンが私に甘える……考えたことも無かった、かも。
「ロマンにって……ロマンは頼りなさげに見えて結構お兄さん気質だから、私に甘えることなんて無いと思うけど……」
「……」
あまりに予想外だったので、イマイチ想像が付かなくてそう言えば、マーリンがもの言いたげにじっと私の顔を見つめてきた。
……分かった、分かったよ。ちゃんと答えろってことね。
「マーリンだけだよ……こんな事するの。……だから心配しないで」
「……そう。なら良かった」
マーリンの顔から笑みが零れる。
……「良かった」と言いつつ何となく不機嫌そうなのは気のせいだろうか。
薄い笑みを浮かべるマーリンの頬を軽く摘まむ。特に何の抵抗もせず、マーリンは私にされるがまま。
ちょっとだけ楽し気な色が、マーリンの笑みに宿った。
「ヤキモチ妬き」
徐に言い放つと、マーリンが笑みを深くする。
むにむにと頬の柔らかさを楽しんでいた私の手を取ると、そっと手の甲を自身の唇へと宛がいながら、真っ直ぐに私の目を射抜いてくる。
「……そうだよ。僕ってかなり独占欲強いんだよ?知らなかった?」
穏やかな声音で告げられる。
そう、なのか。
確かにロマンがいるときはマーリンの強引ぶりに拍車がかかるけど。
それでも無理に引き裂いたりするわけじゃないし、ロマン以外にはそうでもないから、単に気が合わないだけなのかと思っていた。
まぁ、今は甘えたモードなので言ってるだけかもしれないけど。
「……知らなかった」
ぽつりと答える私に、マーリンがにこりと微笑んだ。
掴んだ手を握りなおされ、私もその手を握り返す。
「なら、覚えといて。僕は嫉妬深くて独占欲の強い男だって」
「……自分は女遊びするくせに」
またまた可愛げのないことを言ってしまった私に、マーリンが手を伸ばしてお返しとばかりに頬を抓んできた。
本当は痛くないのだけど、過去散々振り回された恨みを込めて「痛い」と言えば、更に強く引っ張られてしまう。そんなに引っ張られたら本当に痛いんだけど。
「キミがいてくれるならしないよ」
柔らかな笑みと共に告げられた言葉に、何故だか頬が熱くなった。
いや、いや。別段今のはときめくところではない。
私がいなければ女遊びするっていうのがそもそもどうなのか。
「……私がマーリンにぞっこんになったら、安心して浮気したりしない?」
「しない。ていうか、キミもう僕にぞっこんだよね?」
笑いを含ませた声でそう言われ、ばつが悪くなってむっと顔をしかめた。
自分だって私にぞっこんなくせに。
「……自意識過剰」
「天の邪鬼」
半目で睨みながら言えば、間髪入れずに返されて更に眉間にしわが寄る。
「やっぱ膝枕やめる」
「ああ!嘘、嘘だよ!そんなとこも好きだよ」
「それやっぱり私のこと天の邪鬼って思ってるんじゃん」
「最近は素直で可愛いな~と思う事も増えたけどね」
膝にしがみつきながら宣うマーリンの頭に軽く拳骨を喰らわせる。
何するんだいとわざとらしく不満げな声で言われて、「余裕ぶりやがって」と憎まれ口を叩いたら、何故だか声を上げてマーリンが笑った。
何だこいつ、全然元気じゃないか。心配して損した。
「ほらっ、しんどいならちゃんと寝なきゃダメでしょ!」
「わっ!」
マーリンの顔面に枕を叩きつけ、布団を引き寄せるとがばりと被せる。
数瞬もがいてからマーリンが布団と枕を顔から離して、ひどいじゃないかと笑いながら言った。
「悪い子にはお仕置きです」と私も笑って言えば、マーリンが笑みを浮かべたまま急に押し黙る。
「……?マーリン?」
「ふふ。……懐かしい」
「え?」
「キミは僕を、こうやって…………」
静かな微笑みをたたえてマーリンが私を見つめる。
懐かしいというマーリンの言葉に記憶を探り、そういえばかつて膝枕を強請られたことがあったと思い当たった。
「前も膝枕させられたことがあったっけ。あのときもマーリンが子供に妬いたんだったね」
曖昧な笑みを浮かべたまま、マーリンは何も言わなかった。
その反応に首をかしげながら「懐かしいってほど前のことじゃないでしょ」と言えば、小さく「そうだね」と返される。
「でももう、キミが僕の恋人じゃなかった頃の事なんて遠い過去の事みたいだ」
「最初からグイグイ来てたくせに……」
「僕がどれだけ我慢してたと思うんだい?本当に辛かったんだよ!……いや、傍にいられるだけでも幸せだったけどね」
マーリンが腕を伸ばして掌を私の頬に宛がう。
するりと頬を撫でられて、きゅんと胸の鼓動が高鳴るのを感じた。
「……そんなに、私のこと好きなんだ?」
「好きだよ。キミだけを愛してる」
真っ直ぐに私を見つめて、はっきりとマーリンが告げる。
穏やかな微笑を浮かべたそのすみれ色の瞳に、確かな熱が宿るのを感じた。
「……なんか、わたしもあつい……」
急にぶわりと身体中を襲う熱に、上ずったような声が漏れる。
にんまりと目を細めて口角を上げたマーリンが、頬から滑らせた指で私の唇をつついた。
「なまえも熱中症かな?あ、今のはねえちゅーしよって意味だよ」
「バカ!!」
火が点りそうなほどの熱に突き動かされて叫んだら、マーリンが唇に触れた指を自分の唇に押し当ててにやりと笑った。
……膝枕なんてしてやるんじゃなかった!!
マーリンがもう一度ちゅーしよ、と呟いて、膝から頭を上げる。
むくれた顔のまま上体を屈めたら、くすりと笑みを漏らしたマーリンの唇が押し当てられて、湯気が出るんじゃないかってくらい顔に熱が走るのが分かった。
マーリンと一緒にいたら、冷房がいくつあっても足りないよ。