人間ごっこ
偶然を装ってなまえの行く先々に出没するのは最早恒例行事になっているのだが、今日は少しだけいつもと状況が違っていた。
なまえが友人といたこともそうなのだが、その友人というのが子持ちだった事。
人懐っこい小さな男の子に散々に甘え倒されたなまえは、へとへとになりながらも楽し気で、帰路につく道すがら、その子の話ばかりしていた。
なまえって、どっちかというとお姉さん気質なんだよね。だから小さい子には特に慕われる。
でも私は知っているよ。キミは好きな男には甘える性分だと言うことを。
あれかな、普段がお姉さん気質で甘えられる方だから、反動かな。
まぁまだその部分は残念ながら発揮されていないんだけど。本当は甘えたがりのくせに。まったく素直じゃないんだから。
「子供、好きなんだね」
そう言うとなまえは首をかしげてうーんと唸り、「特別好きでも嫌いでもないと思うよ」と答えた。
「どう見ても大好きに見えたけど」
「人懐っこい子は可愛いと思うよ、子供でも大人でも人によるかな。あの子の事は好きだよ」
はにかみながらなまえが言う。ふーん。あの子だから好きなんだ。子供相手だと素直なんだね。
「随分懐かれてたものね」
本当、ものすごく懐かれていた。キミの子かと思うくらい。
「うん、好いてくれてありがたいね~。パワフルすぎて疲れたけど……。でもマーリンも好かれてたじゃん」
「まぁ私はそういうの得意だから」
一応育児経験あるしね!とか言うと誤解しか生まなさそうなので黙っておく。
なまえが「どういうのだよ」という顔で見てきたのでとりあえず「私って子供にも結構人気あるんだよ」と言っておいた。
面倒くさいからあんまり関わりたくはないけどね!今日も懐かれたので遊んであげたけどやっぱり疲れた。なまえなんかもっと疲れたろうに、楽し気にしちゃってまぁ。
「やーでも子供はやっぱり可愛いね、あんまり触れあう機会無かったから扱いどうしていいかわかんないけど」
「え?そう?物凄く馴染んでたじゃないか」
「それは精神レベルが近いから……」
苦笑しながらなまえが言う。いや、流石にそれは無いよ。確かにキミは時々びっくりするほど奔放だけど。
「幼児と精神レベル近いってダメだろう」
「ダメだよ、私はダメダメだよ」
「いやまぁ否定はしないが」
「しろよ」
自分で言っておきながら突っ込んでくるなまえに「はは」と笑って誤魔化す。
私の心配などお構いなしにアレコレやらかしてはハラハラやきもきさせている事などなまえは知る由もないからね。
今日だって石段から滑り落ちかけていて心臓が止まるかと思ったよ。
精神レベルがどうというより奔放なうえにわきが甘いんだキミは。
まぁ、良いんだけど。私はそんなキミが好きだからね。
どうせ私が傍についているのだし。それでも心配はしてしまうけれど。
「キミは子供の扱い上手い方だと思うよ。遊ぶのも叱るのもちょうどいい塩梅というか」
フォローというのではないが、そう言っておく。別に嘘ではない。本当になまえは子供の扱いが上手いのだ。
「そう?特に意識してないけど」
嬉し気にはにかみながらなまえが首をかしげる。
キミは何気なくやっているのだろうけど、根気よく子供の繰り返し行動に付き合ってあげるだけでも結構大変なんだよ。
私はともかく、普通の大人はうんざりするだろう。キミも多分うんざりはしたのだろうけど、それでも優しく遊んであげていたじゃないか。
「いつでも母親になれるね」
まぁキミが母親になるとしたらそれは私の子ということになるのだけど。
真意を隠しつつ優しく笑ってなまえに言う。
「……それはどうだろう」
しかしなまえは、難しい顔をしてそう呟いた。てっきり照れつつも喜ぶかと思ったのに。意外な反応だ。
「どうして?まあ家事スキルとか不安な面もあるけど」
「正直者め~でもそれもある」
も、ということはそれが重要というわけでもないのか。
いや、なまえは家事が出来ないわけではない。上手くもないけど。暫く一人暮らししていただけあって、大体の事はこなせる。ご飯も美味しいしね。時々盛大に失敗するけど。
出来る出来ないというより、家事があんまり好きじゃないんだよねなまえは。だから言ってみたんだけど、違うなら何だろう。
「遊ぶのは良いけど躾とかやり方分かんないし。ほら、私親いないでしょ」
「ああ」
なまえは笑いながら言う。何だ、そういう事か。
別になまえは親がいない事に引け目を感じているとか、そういうわけでない事は見ていて分かる。大して気にしていない。家族代わりがいたからか、元々気性が豪胆だからか。
だけど確かに、親に育てられた記憶が薄ければ、育児に不安が出るのも頷ける。これは別に親がいるいないの話ではなく、単純に経験の問題だ。
子供が好きだろう、扱いが上手いと言っても「そうでもない」と返ってくるのは、自分の接し方が正解かどうか判断する材料が少ない故か。
だけどそれも大した問題ではないんだけど。
「気にしなくてもいいと思うけどね。やり方なら私が教えてあげるよ」
「いや何でだよ」
平然と答えたら、なまえからすかさず突っ込まれた。私はわざとらしくきょとんとして言う。
「え、子育ては夫婦二人でするものだろう」
そう、だから育児経験のある私に任せておけばいい。大丈夫、ちゃんと最新の知識も常に得てるからね私は。
家事だって仮になまえが出来なかったとしても、私が何とかしてみせるさ。
しかしなまえは顔を引きつらせると、分かりきったことを聞いてくる。
「……誰と誰が夫婦?」
何という今更。それ答える必要あるかな?まぁキミが尋ねるのなら何度だって答えるけども。
「私とキミ以外に誰がいるんだい。他の男と結婚なんて許さないよ」
「何許さないって!マーリンは私の何だよ!」
「未来の夫」
これまた平然として答えると、「同意した覚え無いよ!?」となまえが言う。
キミはそうなんだろうけど、残念ながら拒否権とか無いんだ。ごめんね。
「これは決定事項だから。寧ろ既に婚姻済みだから」
「……病院行く?大丈夫?」
「至って正常だよ、運命の人」
「おまわりさーん!!」
「あははは」
なまえがすすすと私から身体を離して叫ぶ。勿論冗談じゃなく本気で言ってるよ僕は。
とは言えなまえを怯えさせても仕方がないので誤魔化しておいてあげよう。
「まぁ適当に受け取っといてよこの手の話は」
「……時々マーリンの冗談は意味が分からなすぎて怖いんだけど……英国ジョークなの……?」
「さてね」
英国ジョークねぇ、昔のブリテンと今のイギリスじゃあ人種からして違うんだけど。私はそもそもヒトじゃないから関係ないけどね。
今は英国ジョークという事にしておいてくれていいよ。そのうちきっとわかる事だし。
そんな事より今はもっと別の案件が先決だ。
「ところでキミあの子を膝に乗せていたけど帰ったら私も膝枕しておくれ」
「いや何でだよ」
相変わらずツッコミが素早い。しかし私も慣れたもので即座に切り返す。
「膝に乗るのは流石に無理があるだろう?」
「そういう事じゃなくて!」
なまえが呆れたように目を細めて言う。そういう事なんだけどな。キミが私に膝枕するのも私の中では決定事項だから今更聞かれる方が不思議だ。キミがあの子を膝に乗せた時点で「あ、帰ったらしよう」って決めてたんだよ。
「何でマーリンを膝枕!?マーリン大人でしょ!何!?子供に対抗してんの!?」
「対抗というか、貸してあげただけだから。その分返してもらわないといけないから」
「いや私の膝お前のじゃねえし借りた子供じゃなくて私が返すんかい!ていうかやっぱり対抗してんじゃん大人げなさすぎる……!!」
はぁ~と大きなため息を吐きながらなまえが言う。キミの膝は私のだけど。
なまえの身体のどこもかしこも私のじゃないところなんて無いよ。
今はまだなまえの心の方が備わってないから、自由にさせてあげているだけだ。それでも膝枕はしてもらう。
「仕方ないじゃないか、見ていたら甘えたくなったんだ。バブみ溢れる光景だった」
「何言ってんだこいつ」
正直に言ったのにジト目で睨まれた。なまえは私の前だとすぐジト目になるなぁ!かわいい!
「子守歌も歌ってほしいなぁ」
「えぇえ!?私子守歌よく知らないんだけど!」
そういえば子供と一緒に童謡を歌っていたのを思い出してついでに言ってみたら、なまえが困った顔になる。
それは知ってたら歌ってくれるって意味だよね?そう取るからね。
「何でもいいよ、キミの歌なら何でも心地良いから。……歌う通り越して鳴かせたらごめんね」
「いや寝ろよ!」
「それが終われば寝るよ」
「それとは!?」
なまえがまたしても分かりきった答えを聞いてくる。答えようとしたら「せ」の時点で後頭部を殴られた。グーって。痛いんだけど。
いやダメージは0だけどね。寧ろ心地いいくらいだ。別に私はドMではないんだが。
「というかしないよ膝枕なんて!今の発言からして絶対セクハラしてくるじゃん!」
「えぇ~じゃあ妥協して添い寝でもいいよ」
「それ妥協かな!?危険度は寧ろ増したよ!」
「我が儘だなぁなまえは」
「この野郎」
なまえがジト目のまま眉を吊り上げる。ぷいとそっぽを向かれてしまった。
まったく照れ屋で困っちゃうなぁ。顔が赤いのはお見通しだよ。千里眼を使うまでもない。
「…何もしないし、ただキミに甘えたくなったんだよ。ダメかな?」
ひょいと顔を覗き込みながら優しく微笑んでそういえば、なまえが「ぅ、」と息を詰まらせた。あ~もうその顔がたまらないんだよね、クソ、抱きしめたい。ほんと一緒に住んでてよく我慢してると自分でも思うなぁ。……いや我慢出来なくてちょっと泣かせたりもしたけどなまえが許してくれたので問題ない。
「でも膝枕って普通、恋人同士がするものじゃん…?」
覗き込んだ私の顔からさっと目を逸らしつつ、なまえが戸惑いながら口を開いた。
私は最初から恋人のつもりだけど。キミが認めたがらないだけで。
照れるところが最高に可愛いから直してとは言いづらいんだけど、でも私が好きって事くらいはそろそろ認めてほしいなぁ。
しかしなまえの自主性に任せてたらいつまで経っても認めてくれなさそうだ。どうするかなぁ。
……まぁでも今はとりあえず膝枕だ。
恋人同士が無理なら恋人じゃなくても大丈夫!って言っちゃえば押し切れそうな気がする。
「そんな事無いよ、最近はソイフレなるものも流行ってるらしいし。膝枕くらい友人同士でもするときはするさ。誓って何もしないから荒んだ心を癒してほしいな!一週間家事変わるから!」
「いいよ」
「う~んチョロすぎて心配だぞぅ~ありがとう」
思わず本音がまるごと零れた。
まさかの即答。え。いいんだ。
押し切れそうとは思ったけどこんなに簡単に押し切れるとは──というか特に押してない。
そんなに家事が嫌か。まぁ面倒くさいもんね、私だってサボれるものならサボりたい。だけどなまえの膝枕が対価なら安いくらいだ。
しかしこのチョロさ、家事代行で釣ればキスくらいはさせてくれるんでは?
「何かしたら家から叩き出すからね」
ぎろりとなまえが私を睨みながら言う。ちぇ、バレたか。こういうところこそ鈍くていいのに、変なところ敏いから困る。
「分かってるよ、何もしない」
仕方がないので苦笑して言う。良いよ、とりあえずは膝枕ゲットだ。
なまえの事だからあとでやっぱり恥ずかしくなって撤回するかもしれないが、言った以上は絶対にやらせてやる。
「でも荒んだ心って、何か悩みでもあるの?何の悩みも無さそうなのに」
「サラッと酷いな!悩みはあるとも、キミが中々振り向いてくれないとかね」
「……バカ」
なまえがむすりと口をとがらせる。はいはい照れ屋さん。
「またバカって言ったね。キミは私をいつもばかばか言うんだから」
「マーリンがバカな事ばっかり言うからでしょ」
そんな事言って、私には分かってるんだからね。恥ずかしくてどうしていいか分からないときにキミがそれを言うってことくらい。
だけど私はわざとらしく肩をすくめると、大げさに嘆いてみせる。
「傷ついたなぁ、悲しくて泣いてしまいそうだ。心細いから手を握ってもいい?」
にっこり笑って問いかければ、なまえが更に目を吊り上げる。……顔を真っ赤にして。
「ほんっとにバカ!……勝手にしたら!」
思わずにんまりと唇が弧を描く。やっと、ほんのちょっぴりだけ、素直になったかな。
私には全部お見通しなんだよ。
なまえ、キミ、私に触れられるの、本当は好きなんだろう?
「ふふ……では勝手にしよう」
そう言ってさっとなまえの手を取ると優しく握りしめる。
顔が見る見る赤く染まっていき、なまえは黙って俯いてしまった。それでも、手を振り払ったりはしない。
指先に伝わる手の感触に、私の胸がじわじわと熱を持つ。柔らかくて、小さい。
女の子の手が柔らかくて小さいなんて分かりきった事なのに、どうしてこんなにも幸福感を覚えるのだろうか。
別に手なんて、握ったところで何が変わるわけでもないのに。
膝枕だって、まぁ気持ち良いんだけど、それだけだ。
わざわざ家事を買って出てまでしてもらう価値なんて無い。……他の子だったなら。
なまえには指先数ミリでもいいから触れていたい。他の誰かが触れたなら、その分余計に。
子供でも大人でも、関係ない。
なまえ以外は、誰だって同じだから。それがもし、自分の子供だったとしても。
私は別に子供なんていらない。なまえ以外は本当にどうでもいい。なまえを喜ばせる存在ならいてもいいけど、もしそうでないならいらないと思う。なまえという世界を損なう汚点でしかない。
それとも、なまえとの子なら違って見えるのだろうか。
全然想像がつかない。でもなまえ似の娘なら少し欲しいかもしれない。それは、なまえの代替品としてだけど。
そうではなく、父性とかそういったものが目覚める事も有り得るのかな。なまえとなら、そういうこともあるのだろうか。
なまえを愛せているなら十分なんだけど、なまえが私にそれを望むなら、そうしてあげたい気持ちもある。
夫とか恋人とか、肩書きだって本当はどうでもいい。
だけどなまえはこの国の常識で育った、ただの人間だ。
だからなまえの常識の中で、なまえの心に入り込みたい。人外の愛なんて直接ぶつけたら、きっとなまえは怯えてしまうだろうし。
私を人として愛し、人として添い遂げたいと思ってほしい。人間じゃない事なんて、知らないままでいてくれていい。
でも。それは今だけの話で、いずれはやっぱり、なまえは楽園に連れて行くけど。
そうすれば嫌でも、なまえに人間の生活を捨てさせる事になる。
だからこそ、日常が大切なんだ。この日々が愛しいのは、いつか見れなくなる景色だから。
だからその前に、夫婦ごっこがしたかった。
きっとなまえのいい思い出になる。私にとっても夫婦になるのは初体験だし。
なまえとの時間はどんなものでも愛おしい。「いってきます」や「おかえり」が、あんなに特別な意味を持つのは、相手がなまえだからだ。
なまえと過ごす日常は素晴らしい。人間の真似事も、なまえを愛しく思えば愉快だった。
だから、そう、親子ごっこだって悪くないかもしれない。
何より、
なまえが私の子を孕むって考えたら、それはかなり魅力的だったから、なおさらそう思った。