冗談ではない

仕事終わりにLINEを確認したら、マーリンから今日は早く帰るとメッセージが届いていた。
毎度ながら律義な事である。助かるけど。
くたくたに疲れ果てていた私は、今から帰るとだけメッセージを送ろうとして、その瞬間新しいメッセージが表示されて指を止める。

"お疲れ様、大変だったね。早く帰っておいで、私がキミを存分に癒そう"

「……」

何で何も言ってないのに疲れたとか大変だったとか分かるんだろうか。という疑問はもう今更すぎるのでいちいち深く考えないが。
先ほど打ちかけていた文章の文頭に「余計な事しなくていい」と追加して、「今から帰る」の文を送信する。
スマホを仕舞いこむとはぁと息を吐いた。

今日はご飯作るのが面倒くさい。
マーリンが先に帰っているなら、二人でどこかに食べにでも行こう……。

重い足を引きずりながら家路をたどる。
石段が見えるとげんなりした。ここを登ればすぐなのだが、ここを登るのが大変なのだ。

「……マーリン車買ってくんないかな」

疲れから他力本願が過ぎる言葉が滑り落ちる。何かスポーツカーとか買ってきそうだからやっぱり今のは撤回します。

気合を入れると二段飛ばしで石段を駆け上がる。
一息で登りきると、ハァハァ言いながら玄関へと道を急いだ。

「ただいまぁ」

ふらふらとリビングへと足を踏み入れると、確かにマーリンが既にソファに座ってそこにいた。

「おかえりなまえ」

にこやかに挨拶を返すマーリンの横に座り込んで大きくため息を吐く。
「お疲れだね」と言いながらマーリンが苦笑した。本当、今日、大変だった。

「疲れた~……、…………何読んでんのマーリン」

ソファに身体をズルズルと預けながらふとマーリンを横目に見ると、大きな本のようなものが目に入る。マーリンが読んでいたらしい。

……何だかいやに見覚えがある気がするのだが。まさか。それは。

「キミの卒業アルバム」
「ギャーーーーー!?」

瞬時に取り返そうと動いたが、マーリンはそれを予想していたかのようにサッと私の手をよけた。
いや、いや!お前!それ私の!!何してくれてんの!?

「ちょっ、なっ、それ私の部屋にしまってたやつ!!ななな、は、入った!?読んだ!?」

パニクる私を意にも介さずマーリンはにこやかに「つい出来心で」などと宣う。嘘つけ絶対わざとやっただろ!!

「ついじゃないでしょ!?やっとマーリンと二人暮らしに慣れたとは言え部屋に入る許可した覚えないよ!」
「いいじゃないか、お風呂でバッタリなどのラッキースケベ展開もそれなりに経験したんだし、キミと私の仲だろう?」

私とマーリンは赤の他人以外の何物でもないんですけどね!?
確かにうっかり裸を見たり見られたりといった謎のイベントも発生したけどそれだけだ。というかその部分今すぐ忘れてもらいたい。

「バカ言わないで二度と立ち入らないでよ!鍵かけるべきだった!!そのラッキースケベだって腑に落ちてないのに…!」

どうにもあれは狙いすましたかのようなタイミングだった。特にお風呂でバッタリに関しては何らかの作為的なものを感じている。
気配全くしなかったもん!!お風呂絶対誰もいないって信じ切って入ったのに!!

「ははは、嫌だなぁわざとなわけないだろう、キミが今どこで何をしているかなんて私が分かるわけないのだから」
「その割に狙いすましたかのようにLINE送ってくんだよなお前は!」

わざとらしく笑うマーリンに即座に突っ込む。しかし案の定マーリンはそれをスルーしやがった。この胡散臭い不審者め。

「ていうかアルバム見ないで、返して!!」
「嫌だよ」
「やめてほんと見ないでぇ!」

必死に手をかざしてアルバムを取り返そうとする私を嘲笑うようにマーリンがひょいとそれを避ける。
仕方なくマーリンにのしかかって無理やり取ろうとするも、逃げるのが上手すぎてなかなか取り返すことが出来ない。

「(ウンウンこの距離感に違和感を覚えない程度には刷り込み出来てるな)駄目駄目、返さないよ。キミの可愛いJK姿をもっと拝みたいからね」

意地になってもがく私の姿がよっぽど面白いのか、マーリンがニヤニヤ笑いながら言った。

「何も可愛くないよね!?JK時代の私死ぬほどモッサいから本当ヤダ!!」
「あはは、確かに」
「自分で言っといて何だけど肯定されても腹が立つな!」
「キミが可愛くなったのは私のおかげだからねぇ」

実際のところその通りなのだが、別に私のセンスがダサかったというわけではなく、単に真面目だっただけだ。……うん、これはちょっとだいぶ嘘だけど。

……見た目を気にするような色気を出さなかっただけだ。何せ、恋とか愛とかとんと無縁な生活を送っていたから、女の子らしさというものを習得する機会を逸し続けていたのだった。

だからまぁ、マーリンがきっかけで多少は女子力を身に着けたのは確かなのだが、その言い方は率直に言ってムカついたので言い返す。

「うっるさいな!元々可愛かったのが開眼したんですゥ!」
「そうとも、キミは可愛いよ。この垢抜けないJK時代もとっても可愛い、色々仕込みたくなる」
「……変態!!」
「愛だよ愛」

もし「オシャレしなかったらブスだよね」とか言われたら殴るし泣くぞと思いながらそんなことを言ってみれば、だいぶ変態的な可愛いが返ってきて呆れてしまった。
何が仕込みたくなるだ。そういう危ない発言は慎んでほしい。

色々面倒くさくなり、楽しそうにアルバムをめくるマーリンを死んだ目で見つめる。
なんかもう、今更クソモサJK時代とか見られたところで何だというのだろうか。でも私だけが見られているのは腹が立つ。マーリンもショタ時代を提出すべきだと思う。絶対可愛い。抱っこしたい。

現実逃避にショタマーリンを頭の中で撫で繰り回していると、大人マーリンがしみじみと呟いた。

「はぁ、なまえとスクールライフを送ってみたかったなぁ」

……大人のマーリンが言うとプレイ的な意味にしか聞こえないので色々台無しだ。いや制服姿のマーリンはちょっと見てみたいが。

私とマーリンなんて、学校が舞台だとそもそもお近づきになる機会が無さそうだけど。

「…その場合マーリンは何なの?教師?」
「教師×生徒も王道でいいよね!」
「絶対生徒に手を出すクズ教師じゃん…」

というかナチュラルにカップリング表記を口にしているけどまさか知っているのか雷電。

「まぁ可愛い女子高生に囲まれてたら多少はね?私、モテるし」
「死んでくれ~」

クソミソに最低な発言をかますマーリンに思わず親指を立ててからぐっと下に向ける。
こいつが教師になったら世も末だ。女子高生に手を出しておきながらそれについて抗議に来たその母親にもちゃっかり手を出しそうなクズみを感じる。

思わず下品な仕草と直球の罵倒を繰り出したにも関わらず、マーリンは何故か嬉し気に顔をニヤつかせて言った。

「フフ、でも今はなまえ一筋だとも!だから生徒同士もアリ!」

ニコニコと楽し気にいうマーリンに、思わず制服姿を脳裏に思い浮かべる。
非常に癪だがアリか無しかで言ったらめちゃくちゃアリ。ムカつく。現実世界で「学内に非公式のファンクラブが存在し……」みたいなのはあり得ないと思っていたが、マーリンが学校にいたらちょっとあり得るかもしれない。
……もし二人とも同じ学校だったとして、私が一方的にマーリンの存在を知っているだけの一生徒だったなら、ファンクラブに入るまではなくとも、憧れたりとかはあったかもしれない。

モブが学園のアイドルに見初められる夢小説が始まったりしていたかもしれないと思うとちょっと笑えた。

(ああでも実は裏があるパターンのやつだ絶対……純情で健気な私可哀想……)

学園のアイドルマーリンに振り回されるモブ夢主の私にそっと胸中で涙する。最後には真実の愛に目覚めるといいね。

そんなどうでもいい妄想に思いをはせる私に、マーリンがズイとアルバムを寄せてくる。

「これは誰?」
「先輩だね。懐かしい」
「仲良さそうだね、学年違うのに」
「部内みんな割と仲が良かったからね」

部活の写真を指差して問いかけるマーリンに答えながら今一度写真を見てみる。
何度見ても私の垢ぬけなさに内心大爆笑なのだが、このころはこのころで楽しかったなと思い出す。
まだ家にロマンもいて、毎朝私を叩き起こしていたものである。

(身近な異性にそういうだらしないところを見られまくってたせいで、オシャレをしようとかいう概念が抜け落ちてたんだよなぁ……)

というか、ロマンは私がどんな格好をしてもいつも通りフワ~っと笑って「うんいいんじゃないかな」としか言わないからやる気をなくしたんだったか?あ、なんか思い出したらムカついてきた。全く私がどんな思いで……。

「先輩後輩というのもいいね」

突然言われて、一瞬何が?と考えてしまった。あ、私とマーリンがか。先輩後輩ねぇ。

「マーリン先輩?」
「ンンッ(不意打ち)」

言ってみたらマーリンが悶えた。え、何気色悪い。

「何の先輩だよ、部活?」

悶えるマーリンを無視して聞いてみると、さっと復活したマーリンがにこやかに笑って言った。

「演劇部の花形やってる先輩ってどう?」

……なんで私が演劇部だと分かった。アルバムには部活名とか書いてないのに。
マーリンが私についてつぶさに把握しているのは今更なのでいちいち突っ込まないが、だからといって疑問に思わないわけではない。

不気味な限りだが、とりあえず今は置いておく。

「マーリン演技出来るの?」
「上手いかどうかは分からないけど、慣れてはいるね。化かし合いは得意だよ?」
「ねぇ実は詐欺師とかじゃないよね?」

普通にさらりと言われた言葉に間髪入れず突っ込むと、「そう言われることもある!」と何故か元気よく返された。堂々と言うことか。
まぁマーリンが詐欺師とか似合いすぎるので言われることがあるのには納得しかないが。きっと何人もの女の子を騙くらかして泣かせてきたんだろうなぁ。その筋の(?)人たちには物凄く嫌われていそうである。私は絶対に騙されないぞ。ブリテン女たらしの悪者め。

「演劇部の花形ね……自分で花形とか言っちゃうか……」
「だって私って花があるだろう?キミという花の前ではかすんでしまうけど」
「そういうの良いから。まぁ確かに目立つし部内にいたら絶対主人公に据えるかなぁ」
「そう、そしてキミが相手役をするんだよジュリエット」
「誰がジュリエットか」

すかさず返した言葉に案の定「キミ以外誰がいるんだい」と予想通りの返事が返ってきてため息を吐いた。

「相手役どころか、マーリンいつも女の子に囲まれてて近づく事すら出来なさそうだよ。先輩でも同級生でも教師でも」

マーリンが自分でモテるって言ったんじゃん。例え同じ部活だとしてもおいそれと近づける気がしない。
絶対演劇興味ない女の子がマーリン目当てで入ってくる。俺は詳しいんだ。少女漫画で読んだ。

「僕から近づくから心配しないで」

いやそれ絶対やったらアカンやつ。

「するよ、それ完全に取り巻きに体育館裏に呼び出されるやつじゃん、アンタ生意気!って言われるやつじゃん」
「助けに行くから大丈夫、少女漫画は勉強した」

マーリンも知ってて言ってたんかい。
というか勉強したって何だ、一体何を勉強したっていうんだ。

「何に使うんだよ」
「キミに囁く殺し文句に使う」
「いらねーし……」

芝居がかったポエムなんて言われたところで鳥肌が立つだけだ。

確かにマーリンは、漫画の中の王子様みたいな超美形だけど。
そりゃ私だって、こんな美形とお近づきになれて嬉しくないわけはないんだけど。

漫画みたいな恋がしたいって、思わないわけでもないんだけど。

「……現実的に考えて、もって一か月で飽きて捨てられそう」
「えっ私そんなに信用無い……?」
「留守中部屋に忍び込んでアルバムを盗み出す輩のどこを信用しろと?」
「盗んでないよ、ここで堂々と見ていたろう」
「屁理屈言わないッ!」

言いながらはたと気づいた。

「っていうかアルバム以外手を付けてないだろうな!?クローゼット漁ったりベッドの匂い嗅いだりしてない!?」
「それだ!」
「いやそれだ!じゃねーよやるなって言ってんだよ!」

何「我天啓を得たり」みたいな顔してるんだ。またそうやって茶化そうとして。こっちは真剣に聞いてるんだけど。

「冗談じゃなく本当にもう二度と侵入しないで。女の子には見られたくない秘密の一つや二つや三つや百個くらいあるんだから」
「途中滅茶苦茶飛んだね」
「(無視)分かった?」
「分かったよ、もうしない。因みにもちろんクローゼットを漁ったりなんてしてないよ、私は紳士だからね。ベッドはちょっと寝転がってみたけど」
「何で白状するかな!?今日ベッドで寝られないじゃん!」
「私の残り香を感じてほしい。私もキミの匂いを思い出しながら眠るよ」
「やめろ!」
「今夜はよく眠れそうだな~」

……ダメだ、どこまで本当の事を言っているのかさっぱり分からない。
完全に矛先を逸らされて脱力してしまう。

相変わらずつかみどころがない。ウナギかよまったく。他人様の部屋に忍び込んでアルバムを見るとかいう普通に考えたら大激怒モノの所業をなしておいて有耶無耶に終わらせやがって、本当にムカつく。……でも怒る気は殺がれてしまったし、厳しく追及したところでのらくら交わすのも分かりきっているのでそれもする気になれない。

「…………疲れた。」
「お疲れ様。ご飯食べに行こうか」
「うん……」

急に仕事の疲れを思い出してぐったりしてしまう。
正直外に出るのも億劫なのだが、待っていても飯は出てこない。
一度マーリンに料理をさせたら、味の無い野菜を煮ただけの何かが出てきたのでマーリンに作らせるのはナシである。

重いため息を吐きながら立ち上がる。
のろのろと出かける準備をしていると、マーリンが言った。

「おんぶして運んであげようか?」
「いらねーわ!!」

……出前を頼めばよかったと気づいたのは、帰りの石段を登っている最中だった。

LIST