祈る神もないくせに

日用品というものは何故一斉に切れてしまうのだろうか。

「これもかぁ……」

米櫃の中を確認してため息を吐く。
知らぬ間に空っぽになってしまっていたようで、今しがた取り出した分で最後になってしまった。

明日は近場のスーパーの特売日である。
なので、タイミングとしては良かったと言えるのだが……。

「どれもこれも、タイミングが良すぎでしょうよ……」

再び重いため息が漏れる。

明日買わなければならないものを順に思い浮かべる。
ティッシュ、シャンプー、お米、そしてもちろん食料品……。

「……」

どうやって持って帰ろうか。
う~んとなまえが米櫃の前で唸っていると、ひょっこりとマーリンがキッチンに顔を出した。

「何を唸っているんだい」
「ちょっと……明日のミッションについてシミュレートしてる……」

「何だいそれ」と笑いながらマーリンがキッチンへとやってくる。
なまえが覗いていた米櫃を横からマーリンも覗くと、ああ、と合点がいったように呟いた。

「お米が無くなっちゃったんだね」
「今日の分はあるけどね……」

「日本人って毎日お米食べるもんね」というマーリンに、「マーリンだって毎日食べてるじゃん」となまえが返すと、「だってなまえが食べてるから」といつものように適当なことを言うマーリンに、なまえは「はいはい」と適当に返事する。
マーリンはやたらと箸使いが上手い。ご飯も普通に食べるし、納豆だろうが何だろうがぺろりとたいらげる。

(まぁ何作っても「美味しい」としか言わないし何食べたいか聞いても「なんでも」って言うから作り甲斐あるんだか無いんだかわかんないんだけど……)

なまえとマーリンが共に暮らし始めて暫く経つが、いまだにマーリンの好物は謎のままである。

(何が好きか聞いても「なまえが作ったものなら何でも好きだ」とか言うんだもんな……)

思わずジト目でマーリンを睨んでしまう。不思議そうに見返してくるマーリンがこれまた憎らしい。

「──ああでも、なまえの愛情がこもればこもるほど、甘くて美味しいなって思うよ」

そんな風に付け加えられた事を思い出して更に苦い顔になる。何が甘くて美味しいだ、そんなもんは込めた覚えはないし、それで味が変わってたまるか。

「明日のミッションって、買い物の事かな?」

脱線していた思考をマーリンの言葉で元に戻す。そうだ、問題は明日の買い物である。

「色々買わなくちゃいけなくて……お米もってなると結構大変……」

何回脳内でシミュレートしても両腕が苛め抜かれる未来しか見えない。
んむむむと考え込むなまえに、マーリンは当然のように言い放った。

「私が持てばいいだけじゃないのかい」

びっくりしてなまえはマーリンを見やる。マーリンは不思議そうにしている。

「いやいやいや。だってマーリン、仕事あるでしょ?」
「いいよそんなの、なまえとの用事が何より優先だよ」
「ダメでしょ何言ってんの!?」
「良いんだって」

頑として譲らないマーリンになまえは困惑する。
用事と言っても単に買い物である。最悪二回に分けて買う事も出来るし、わざわざ仕事を休んでまでついてくるようなものではない。

(何なんだこいつは、さては相当甘やかされて育ったお坊ちゃんだな……)

仕事と言うが、実際は遊んでんじゃないか実は。

マーリンへの疑惑が深まっていく。
ちゃんと生活費は入れてくれているし、実害は無いのだから気にすることでもないのだが。

(まぁ、私には関係無いしね)

手伝うというのなら甘えさせてもらおう。

結局そういうことになって、翌日二人で買い出しへと出かけたのだった。

「マーリンそんなに持って重くない?どれか持つよ」

買い出しの帰り道、両手いっぱいに荷物を持つマーリンに、流石にいたたまれなくなりなまえは声をかけた。
しかしマーリンはけろりとして「大丈夫」と答えてひょいと荷物を持ち上げてみせる。

「全然重くないよ。片手をあけてキミと手をつないで歩いて帰りたいけど、キミの小さな手じゃこの荷物は無理があるからそれは諦めよう」
「あいてても繋がないから!」

息をするようにそんな事を言うマーリンになまえは反射的に言葉を返す。
ちょっと隙を見せるとこれだから嫌になる。
溜息を吐いて改めてマーリンの持つ荷物を確認する。やっぱりどう見ても買いすぎたと思うのだが、マーリンは全く気にする様子もない。何なら鼻歌でも歌い出しそうなほどご機嫌に見える。

「…しかし力持ちだね、正直見くびってたよ…」

思わず感心して正直な気持ちが漏れる。
マーリンは再び荷物をひょいと持ち上げ「これでも力はかなり強い方だと思うよ?」と軽く笑って答えた。

「筋力Bだし」
「何のステータスだ」

なまえのツッコミをマーリンは笑ってスルーした。

「てかB?Aじゃなくて?」
「流石にAまではいかないかなぁ、そこまで行ったらゴリラ扱いされそうだし」

マーリンがゴリラ……?
なまえの頭に疑問符が浮かぶ。

確かに力持ちだとは思うが、それこそ林檎を素手で握りつぶせるとか、何でも筋力で解決しようとするとか、そういう脳筋キャラでもないとゴリラ扱いまでは無いと思うのだが。
マーリンは見た目そんなに強そうに見えないし、どっちかというと頭脳派っぽいと思う。

(RPGのジョブで言うなら絶対魔導師とかのやつ……あっでも実は剣も使えるとかずるい設定持ってそう……)

マーリンの魔導師姿を脳内で描いてみると、物凄くしっくり来てなまえはくっと笑いを堪える。

「何笑ってるんだい」
「いや、何でも」

ニヤニヤしてしまう口元を慌てて隠す。
これでは怪しい人間だ。

笑いを誤魔化すために適当な話題を探す。

「てかBで強いの?」
「強いぞぅ。常人の100倍はある!」
「胡散臭ぇ」

遠慮してBとか言ったと思えば、100倍は盛りすぎだろう。
ジト目でなまえが言うと、マーリンは心外だとばかりに眉を吊り上げた。

「言ったな!本当に凄いんだからね僕は、脱いだらもう本当にすっごいよ、びっくりするよ?見せようか?その代わりキミにも脱いでもらうけどね!」
「脱がねーし見せていらねーわ!」

勢いよく何を言い出すかと思えば結局セクハラである。
まぁ、そんなに凄いと言うのならちょっと気になりはするのだが、見せてと言ったが最後、あれよあれよと言う間に自分もひんむかれてしまいそうなので決して言ってはならないとなまえの本能が告げている。

マーリンはそんななまえの反応にからから笑ってみせると、「照れるな照れるな」と自分に都合良く解釈してなまえを宥めた。

「帰ったら見せ合いっこしようね」
「するかバカ!!このセクハラやろー!」
「やれやれ、キミは本当に照れ屋だね」
「私は普通なの!マーリンがおかしいの!日本人は奥ゆかしいのッ!!」

ぎゃんぎゃん喚くなまえにマーリンはやれやれと、まるで仕方ないと言うかのように溜息を吐く。
解せない。どう考えても悪いのはマーリンである。

「僕ブリテン人だし」
「ならもっと紳士になれよっ!!」

イギリスといえば紳士の国、騎士の国だ。
だけどマーリンときたら、紳士どころか変態である。
別に変態でも何でも構わないが巻き込まないでいただきたい、となまえは思う。

「紳士だろ、ちゃんと事前申請してるし」
「許可してないけどね!!」

というかそんな通らない事が分かり切ってる事を申請するな。

重い荷物を持つのは回避出来たというのに、なまえはどっと疲れていた。
本当にもう、いい加減にしてほしい。

そうは思いながらも、不快だとは決して思わない。困った奴だとは思うし、セクハラや口説き文句はもうおなかいっぱいだが、マーリンとの生活はちっとも苦だと思わないから不思議だ。

素直にそれを言う気には決してならないんだけど。

そんななまえの気を知ってか知らずか、マーリンはご機嫌な様子でなまえの隣を歩く。

昼日中にスーパーに二人で買い物に行くなんて、まるで普通の人間のようだ。それがマーリンにはくすぐったい。これがなまえとで無ければ興味より面倒が勝るのに、なまえと「普通の日常」を積み重ねて行くのは、不思議な幸福感をもたらした。

もっとなまえの生活を、日常を、隣で味わっていたい。

掃除、洗濯、炊事に買い出し、仕事に、休みの日に寝坊することも……すべてがマーリンにとっては愛おしい。

こんな事が手放せないほど大切だなんて、楽園にいたままでは絶対に気付けなかった。

(賢者マーリンも、なまえの隣ではただの男か……)

世界から弾き出されて猶、なまえと共にいたいという気持ちの方が勝る。これまでのマーリンには考えられない事だ。

相容れぬ存在であるはずなのに、どうしてなまえの隣はこんなにも心地良いのか。

爽やかな風がマーリンの頬を撫で、なまえの髪が風に舞った。
美しい光景だと思う。

(こんな穏やかな日が続きますように、なんて──)

似合わないな、と自分で苦笑しながら、マーリンはそれでも祈らずにはいられなかった。

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