熱に浮かされて夢を見る 2

次の日も、その次の日も、マーリンはなまえの見舞いに訪れた。

「昨日はよく眠れた?」

ベッドに腰掛け、なまえの頭を膝に乗せながらマーリンが尋ねると、なまえは緩慢な動作でマーリンを見上げて答える。

「…あんまり。同室の人が呻いてて…」

言いながらあくびを一つ。
そうしてもぞもぞとマーリンの腹に頭を押しつけ、目を閉じると微睡み始める。

昨夜はなまえの夢にお邪魔することが出来なかったので、マーリンにはなまえが眠れていない事は分かっていた。
眠れないのなら連絡しろと言ったのに、やはり夜中に連絡するのは憚られたのか、なまえは何も送っては来なかった。

やれやれという心地で息を吐くと、なまえの頭を撫でてやる。

この二、三日で二人の距離は劇的に縮まっていた。
同じ家で住むようになってからと言うもの、マーリンはなまえを逃がさぬよう慎重に距離を詰めてきたので、多少の距離感の近さには違和感を覚えないように洗脳……基、仲良くなってはいたものの、流石にこのような行為が出来るほどではない。
しかも、一度強引に迫って失敗しているので尚更だ。

頭を撫でるマーリンの手に、なまえは嫌がる様子もない。
それどころか心地よさげに膝にすり寄る。

寝不足で頭が回っていないのかもしれないが、それにしたって大進歩だ。
膝にすり寄るなまえの頬を撫でながら、マーリンは小さな声で尋ねた。

「病室、個室に変える?」
「えぇ?でも個室って相当高いんじゃ…」

思ってもみなかったマーリンの提案に、閉じていた目を開けて見上げれば、マーリンは至極真面目な顔をしていた。

「個室に比べればだいぶ割高ではあるけど、キミの健康には変えられないよ。それにこのベッドもだいぶ硬いしね。もっと良い部屋に変えよう?」
「い、いいよそんな。勿体ないし」
「お金なら私が出すから心配しなくていいよ」
「いやいや流石にそこまではさせられないから!」

がばりと起きあがりマーリンの鼻先でそういうと、マーリンはきょとんと目を瞬かせる。
その顔に我に返ったなまえは、顔を赤くするとそっと身体の距離を離した。

「おや?何で離れるんだい」
「や、その…よくよく考えたら甘えすぎにも程があったから…」
「気にしなくていいのに。私は嬉しかったよ」
「…気にするよ、恥ずかしいし…」
「今更だなぁ。キミと私の仲だろう?」
「…っ、ばか…」

勢いの無い「ばか」に、マーリンは思わず口角を上げ目を細めた。
そっと抱き寄せるとなまえが腕の中で固まってしまったのが明確に分かって、くつくつと笑みを漏らす。

「ちょっ…と、マーリン…」
「キミが私に甘えすぎたと気にしているようだから。私もキミに甘えればおあいこだろう?」
「そ、そういう事じゃなくて…」
「うん?」

遠慮がちに距離を置こうとするなまえをやんわりと、しかししっかりと静止しながら顔をのぞき込む。
更に赤くなる顔に思わず吹き出せば、不機嫌そうに頭突きをくらって思わず「いてっ」と声が出た。無論、全く痛くなどない。

「とにかく…個室は良いよ。少なくとも体調はかなり良くなったしそんなに長くかからないと思うから」
「そう…。無理だと思ったらちゃんと言うんだよ。我慢する事はないからね」
「うん、ありがとう」

素直に礼を述べれば、ふわりと微笑んで返される。
その顔を見ていると、常から疑問に思っていた事を今なら答えてくれるのではないかと思え、なまえはじっとマーリンを見つめて口を開いた。

「ねぇ…何で、そんなに私の為にしてくれるの?」
「うん?それはもちろん、好きだからさ」

当然だろうとばかりにさらりと返され、そうじゃないとなまえの顔が歪む。
それはもう何度も聞いたのだ。なまえが知りたいのは、何故そんなにも自分を好いているのか、その一点である。

…実を言うと未だに担がれているのではないかという疑念も消えないのだが、しかしこうして優しくされると本当の事のように思える。
特別後ろ盾もない、それどころか身一つで生きてる取り立てて目立つところもないただの女など、担いだところで旨味は無いし。
お金も、詳しくは知らないがマーリンの方が遙かに稼いでいると思われる。
でも、だからこそ、こんなただの女のどこをそんなに気に入っているのかが分からないのだ。

そもそも、初めて会ったときからマーリンはなまえに対して積極的だった。
初めは単に女好きなのだと思ったし、事実腹の立つことにその通りだったのだが、どんなに拒否してもしつこく口説いてくるし、キミがいれば他の子はいらないなどと宣う。
そうかと思えばいつの間にか後見人を言いくるめて、自分が後見人代理、いや代表として家にまでやってきた。
はっきり言ってしまえば異常な執着であると思う。

「もしかして、前に会った事がある?」
「どうしてそう思うんだい」

マーリンは穏やかに笑っている。何を考えているのかは分からない。

「…初めて会ったときからやたらと積極的だったし、あのときはナンパな外国人だと思ってたけど…その後、マーリンが其処まで私にするほどの何かがあったとも思えないし…」
「一目惚れしたのかもしれないよ?」
「…絶対無いよ。初めて会ったとき滅茶苦茶適当な格好してたもん。イケメンに会うって分かってたらもっとお洒落してたわ」
「お洒落してくれるのかい?楽しみだな」
「…何で話逸らすの?」

やはり話す気は無いのか、適当なことを言うマーリンになまえは不満げに口をとがらせた。
ふふ、と笑いながらマーリンが頬をつつく。

「ごめんごめん。そうだね、確かに私たちは過去に会っているよ」
「…やっぱり!…でも、いつ?」

自分から過去に会っているのではと尋ねたものの、そういった記憶はなまえにはない。
パターンとしては子供の頃に……というのが鉄板だが、それにしたってそこまで入れ込まれるような何かがあれば、覚えているのではないかという疑問は残る。
まして、マーリンの容姿は鮮烈だ。

「思い出そうとしても無駄だと思うよ」

いつもと変わらぬ口調と笑みで、事も無げにマーリンは言う。
怪訝な顔を向けてもマーリンはいつも通りの態度を崩さない。痺れを切らして「何で」と問いかければ、案の定「何でも、無理なものは無理なのさ」と答えになってない答えを返された。

「納得出来ないッ!」
「しーっ」
「あっ…」

相変わらずはぐらかすような言動しかしないマーリンになまえは声を荒げてしまう。
そういえばここは病室なのだった。
カーテンで仕切られただけの大部屋は、少しでも声のトーンを上げれば筒抜けてしまう。

思わず自分の口を咄嗟に押さえ、恨めしげにマーリンを睨めば、マーリンは喉奥でくつくつと笑った。

「…そのうち、話すよ。きっと」

さらりと髪を撫でられて告げられる。
優しい手つきにドキリとするが、マーリンの顔はどこか悲しげに映った。

「……?」

マーリンが瞳に感情の色を宿すのは珍しい──。
いつもどこか空々しい空虚な瞳に、今は少しだけ悲しみを帯びている。

だけど理由が分からない。

なまえは、マーリンに惹かれている自分を認めつつあった。というか、もうそれは認めている。
でなければ膝に頭を預けたり、抱き寄せられて拒否出来ないどころか、ちょっと嬉しいなんて事あるはずが無いのだから。

でもどうしても一歩を踏み出せない。
それは、マーリンに好かれている理由が不透明なままだったからだ。

甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる様は、嘘だとか担ごうとしてるだとか思えない。だから、本当に自分を好いてくれているのだとは思う。
もしかしたら、単にそう思いこみたいだけかもしれないけれど。
マーリンが何を考えているのかは、なまえには依然分からないままだった。

それでも、傍にいる時間を心地よく感じるのは確かで。
出来ればもっと、近くにいたくて。

なまえがマーリンに惹かれた理由は、共にいた時間が暖かかったからだ。
では、マーリンはどうなのだろう。

以前に私は、マーリンとどのように過ごして、こんなにも思われるような関係になったのだろうか……。

其処がどうしても分からなくて、そしてはぐらかす理由も分からなくて、後込みしてしまう。

それに……どうしてか、マーリンの目を見ると、何だか恐ろしく思える事がある。

紫水晶のような……という文句はよく聞くが、実際に目にすると本当に宝石のようで、何処までも奥深く、吸い込まれてしまいそうな感覚になる。
そしてその深淵に……なまえが見てはいけない何かがあるような気がするのだ。

こんなのはただの印象で、無論吸い込まれたりなどしない。

寧ろ深淵に何かがある、というよりは……時折「何も無い」と感じて恐ろしいのだと、なまえは思った。

どちらにせよバカバカしい。漫画の読み過ぎ、或いはラノベの読みすぎか。硝子玉のように透き通っているから、そんな厨二な事を考えてしまうのだ……と、なまえはいつもそのようにして背中を過る恐怖をやり過ごしていた。

「今日はゆっくりと休めるように、おまじないをかけてあげる」

優しげに微笑むマーリンの瞳は相変わらず美しい。
そこには、先ほどまで潜んでいた悲しい色は見て取れない。

やっぱり何を考えているのかさっぱり分からない。
なまえは苦笑してマーリンを見上げた。

「何、おまじないって」
「安眠の呪文。子守歌のようなものかな?」
「歌ってくれるの?」
「いやぁ、歌はそんなに得意じゃなくて。呪文を唱えるだけさ」
「呪文?」

さてはまた何か口説き文句でも囁いてからかってくるのだろう。
なまえはそう考えると「どんな?」と悪戯っぽく聞いてみる。
すっとマーリンがなまえの耳元に唇を寄せた。やっぱりそうだ、自分を照れさせて喜ぶいつものやつだ──

「────」
「え?」

呪文とやらを唱え終わると、マーリンはすぐに身体を離した。
なまえは首を傾げる。

「何て言ったの?」
「秘密だよ。呪文だから」
「えぇ?もしかして英語?」
「そんなようなものだよ」

自分に分からない言語を使ってくるとは予想外で、なまえは頬を膨らませる。
そういえばイギリス人だという話だけれど、マーリンが英語を話すところを見たことが無かった。

「教えてよ~」
「だめだめ。キミのことは好きだけど、愛しいからって呪文を教えたら、自分が閉じこめられる羽目になるんだよ。過去に得た教訓・・・・・・・だ」
「はぁ?何それ……」

意味が分からないと言った顔のなまえにマーリンはニヤニヤと笑みを返すのみだった。
古いブリテンの伝承を、なまえはまだ知るはずも無く。
仮に知っていたとして、目の前でニヤつく怪しい外国人が、その伝承に語られるマーリン本人であるなどとは夢にも思うまい。

「まぁ──」

意味が分からない事だらけで首を傾げて不満そうな顔をしているなまえの髪をいじりながら、マーリンは心からの本音でこれだけ答えた。

「キミになら、閉じ込められても構わないんだけどね」

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