夢より出でて君と出会う

もうすぐ日も暮れようかという頃合いであった。
なまえは赤い鳥居を潜り抜け、その先にある石段を駆け上がる。

別段急いでいるわけではない。
単にただでさえ見ているだけでげんなりしてしまうのに、ゆっくり登ると、余計に気疲れしてしまうというだけである。

「はぁ~もう……我が家ながら何でこんなとこに建ってるかな……」

石段を登りきり参道を抜けた先に、小さな社がある。
なまえの家はその裏手に回った先にあった。

「あれ」

ふと拝殿に目をやると、珍しく参拝客と思しき人影があった。

この神社は町外れにあるためか、参拝客が訪れることは少ない。
時折近所の子供たちが遊びに来る以外は、人気の無い寂しい社である。
物珍しさについまじまじと見つめてしまう。

(わっ、髪白い!長い!)

その参拝客は、随分と珍しい姿をしていた。
なまえの側からは背中しか見えないが、それだけでも十分に目を引く見事な白髪。それも、おそろしく長いその髪を、三つ編みにして一つに結っている。

(注連縄のような三つ編みだなぁ……)

髪の量も多いのか、ちょうど彼がいじっている鈴緒のように太い三つ編みを見てそんな間抜けな感想が漏れる。
体格や背の高さからして、おそらくは男性だろう。
女性でも滅多に、というかついぞ見たことがない長髪と、あまりにも白いその髪に、なまえの目は釘付けになった。

その参拝客は暫く鈴緒をいじっていたかと思うと、おもむろに後ろを振り向く。
思わず見つめてしまっていたなまえと、ばっちりと目があった。

(わっ……)

振り向いたその男は、後ろ姿にもまして人目を引く容姿をしていた。

おそらく日本人では無いのだろう端正な顔立ちに、白い髪と紫の瞳が恐ろしく似合っている。

あまりにも容姿が現実離れしすぎていて、彼が着ているジャケットが逆に浮いている有様だ。

(凄い、現実にこんな人いるんだ……)

ぽかんと口を開けて見とれているなまえに、参拝客はにこりと笑いかける。
その笑顔に思わず胸が高鳴ると同時に、自分があまりにも不躾な視線を送ってしまっていた事に気づいて慌てて目をそらした。

(って目をそらしてどうする!コミュ障か!!)

自分で自分の行動に脳内で突っ込むと、なまえはちらりと視線を戻す。
彼は特に何とも思っていないようで、にこやかな笑みを浮かべたままなまえの傍へと歩み寄った。

「こんにちは。お嬢さん」
「……こ、こんにちは。参拝ですか?」

声まで美しい……。
ここまで完璧すぎるとますますこの世のものとは思えない、もしかして神様?などと考えつつなまえは挨拶を返す。

「いや、たまたまここを見つけてね。神社の作法はよく知らなくて。これは何のためにあるんだい?」

先ほどまでいじっていた鈴緒を指さし、彼が言う。ああ、と鈴緒に駆け寄ると、なまえは参拝客を呼び寄せて説明した。

「これは……この縄は鈴緒って言いまして、こうやって揺らすと鈴が鳴るんです。」

ガラガラと鈴緒を揺らして鈴を鳴らすと、男はふむと頷いて自分でも鈴を鳴らしてみる。

「これにはどういう意味が?」
「えっと……鈴の音には魔を祓い浄める力があるって言われてて……鈴緒に使われている麻にもそういう力があるんです。参拝客がこれを鳴らす事によって魔を祓って身を浄める役割があります。あと、神様と繋がる為ですね」
「繋がる?」
「うーんと…降臨させるというか…起こすって言うか。鈴が鳴る事で神様を喚んでるんです」
「なるほど」

今の説明で大丈夫だったか不安に思うなまえとは裏腹に、男は満足げに頷いている。
ほっとして息を吐くと、気を取り直して男に向かい合い「どうせなら参拝していかれますか」と問うてみた。

「キミはここの子なのかい?」
「ええ、まぁ。この社には神主も巫女もいませんけど、一応管理者は私です」
「へぇ。キミが管理を?それは良い御利益がありそうだね。是非参拝させてもらおう。作法を教えてくれるかな?」

丁寧な人だな、となまえは思った。
口調も態度も、ついでに容姿も上品な人だ。
白髪の超ロングヘアーな後ろ姿を見たときは、随分ROCKな人もいるものだと思ったのだが。

「勿論です!ちょっと面倒くさいですけどね。まずあっちにある手水舎で手と口を浄めるんです」

なまえが一連の作法を教えると、男はその通りに参拝を行った。
動作を終え「ありがとう」と微笑む男に、なまえはまたどぎまぎしながら「いえ、興味を持って貰えて嬉しいです」とにこりと微笑んで答えた。

「ここは良い神社だね。空気も美味しいし、何だか神聖な気持ちになれるような気がする」
「はは、そうですか?街から離れて閑散としている分、確かに空気は良いかもですね」
「それもあるかもしれないけど、一番はキミがいるからかな?」
「はぇ?」

予想外の言葉に妙な声が出てしまうなまえ。
男はからりと笑うと軽い調子で答えた。

「キミみたいな可愛い子がいるから、きっと空気が美味しいんだろうなって」
「は、はぁ……どうも……」

突然の口説き文句に動揺して上手く返せない。
男はそんななまえの様子など気にもとめずニコニコしている。

(……丁寧な人だと思ってたけど、割とナンパな人なのかな……見えないけど、実はラテン系……?もしくはフランス人?)

ステレオタイプな外人のイメージを当てはめながらそんな事を考えていると、「キミの名前を聞いてもいい?」と問われ慌てて答えた。

「えっ、な、名前ですか。えっと……なまえ、です」

流石に初対面からいきなりフルネームを教えるのは気が引ける。
なまえが答えると男は嬉しそうに微笑んで、「なまえ、なまえか。可愛い名前だね。私はマーリン」と答えた。

「マーリン…さん?」
「さんはいらないよ。マーリンでいい。私もなまえと呼んでいいかな」

柔らかな眼差しで見つめられて、なまえは「は、はい」とどもりながらつい頷いてしまった。

それにしても、マーリン。何だかどこかで聞いた名前だ。

「ね、キミの家はここにあるのかい?」
「は?え、あー……」

何だかグイグイくる人である。
流石に家の事まで聞かれてなまえは警戒して言葉尻を濁した。
マーリンは「ああ、ごめん」と謝ると苦笑する。

「急に変な事聞いてごめんね。いきなり初対面の男にそんな事聞かれたら困るよね、今のは忘れてくれ」
「あ…はい」

警戒したのを察して謝罪するマーリンに、なまえは少し警戒を解いた。

「ごめんよ。ここに来たらまたキミに会えるのかなって思ってね」
「は、はぁ、ははは。それはまぁ、タイミングが合えば?」

意味深な発言については深く突っ込まず笑って誤魔化すなまえに、ぱっとマーリンは顔を明るくさせる。

「そうか!なら私はここに通おう!是非キミと仲良くなりたいからね」
「え、えぇ!?それは、はぁ……はは、ありがとうございます~口が上手いですねぇ」
「うん?私は素直な感情を口にしているだけだよ。キミって人は素晴らしい。是非お近づきになりたい。恋人はいる?」
「え、いや……えっと……」
「……いるのかい?」

心底悲しそうに眉尻を下げて聞いてくるマーリンに、なまえはどう答えたものか迷ったものの、結局悲しそうな顔に負けて正直に「いません」と答えてしまった。

「そうか!いないのか!」

ぱっと嬉しそうに笑って言うマーリンに、どう反応していいかわからず「はは……」と愛想笑いを浮かべるなまえ。
マーリンはそんななまえの様子など気にもとめず、懐からメモ帳を取り出すと何かを書き留める。

「これ、私の連絡先だよ。もし気が向いたら連絡しておくれ。いつでも馳せ参じよう」
「えぇっ!?いや、でも……」
「良いから、もし嫌だったら捨てておくれ。では、名残惜しいが私はこれで。また必ず来るよ。きっと私たちはもう一度会える」

なまえに連絡先のメモを押しつけると、一方的に語って颯爽とマーリンは去っていった。
ぽかんと去っていくマーリンの後ろ姿を眺めながら、なまえは先ほどの言葉を反芻する。

「きっとまた会える……か……」

綺麗な字で書かれた連絡先を眺めながら、ぽつりと呟く。
連絡するつもりは無いが、彼の言うようにまた会える予感がした。
それも、きっと、近いうちに。

そっとメモを懐にしまい、なまえは家へと歩を進める。
不思議な出会いにそわそわと、再会の日を楽しみにしている自分にちょっと戸惑いながら。



「ああ──やっと会えた。僕のなまえ」

石段を降りた先から社の方を見上げて、マーリンは呟く。
本来なら見える筈の無い位置から、マーリンはしっかりとなまえの姿を捉えていた。

記憶にある姿よりはまだ少しばかり幼いけれど、間違いなくなまえだ。

「今度こそ、絶対にキミを離さない」

一人呟きながら、マーリンは柔らかな目を自分にしか見えていないなまえに向ける。
その目の奥に、隠しようのない情念を灯しながら、マーリンはこの先のシナリオを頭の中で練るのだった。

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