勝負に乗らなきゃ負けもない
「どうかな、マスター。これから朝まで一緒に夜遊びをしてみるのは?」
その誘い文句が、私にとってはまさに夢のようだった。
差し出された手を取ると、マーリンに手を引かれ、どこへともなく歩き出す。
返事を口にしたわけではないけれど、私が断るわけなどないことを、マーリンはよく分かっている。
「……よ、夜遊びなんて、していいのかな?」
「良いじゃないか、この特異点ももって一日。仕事はしっかり果たしたのだし、言ったろう?キミの夏をプロデュースするって。ラスベガスの夜を知らずに終わらせるのはもったいないというものだ」
「何かマーリン、遊び人みたい」
「私は遊び人だとも、知らなかったのかい?」
はは、と楽しげに笑って言うマーリンに、自然と私も笑みが零れる。
遊び人ってそんなに良い意味では無いけれど、マーリンに夜遊びを教えてもらうのは、とてもドキドキして、胸が躍った。
「じゃあ、デートプランはマーリンにお任せで」
「最初からそのつもりさ。エスコートなら任せたまえ」
「流石慣れていらっしゃる。もしかして誰かと下見済みなのかしら」
「嫌だなぁ、そんな余裕は無かったよ。獅子王に睨まれながら、キミたちの様子も見守ってたんだから」
「どうだか」
「ホントホント。それにね、キミをエスコートするのにお金も稼がなきゃだったからさ。いやあ仕事にギャンブルにキミたちへの助言と、大変だったよ」
わざとらしくそう言うマーリンに呆れて視線を向けながら、まあ今こうしてデートしてくれてるから良いけどね、と内心思う。私とデートする為にギャンブルでお金を稼いだというのも、たとえ嘘だとしてもそう言われると嬉しくなった。
それにしても、マーリンとこうして手を繋いでデートしているところを、他のサーヴァントに見られたりしたらと思うと、ちょっと恥ずかしいな。ノウム・カルデアで初めて召喚したサーヴァントは、私がマーリンにメロメロなことなんて知らないし……、ど、どう説明したらいいんだろ。
マーリンに夜遊びを教えてもらってるの、とか言ったら一部卒倒してしまいそうだし、うーん……ラスベガスの隠れスポットを教えてもらってる、うん、これで行こう。
手を繋いでる時点で苦しい言い逃れのような気がしたけど、離したくはなかったので考えないことにした。
それにしても、本当にデートプランを考えていたのか、マーリンは迷いなくラスベガスの街を歩いていく。
いったいどこに連れて行ってくれるのか、今のところ目新しい通りを行くこともなく、不思議に思って尋ねてみる。
「ね、どこ行くの?」
「ショッピングモール」
「ショッピングモール!?」
カジノとか、サーカスとかでなく!?
い、いやでもカジノやサーカスはもう結構ってほど堪能したし、ある意味目新しくはある。
この特異点ラスベガスにも、もちろんカジノとホテル以外の店はある。
ホテルがコンドミニアムだったから、食事は近くのスーパーで食材を買ってきたり、レストランやバーで食べたりはしていたし。
だけど、ショッピングモールには足を踏み入れていなかった。
食品はスーパーで買うし、服とか雑貨とかは、支給品で賄うのに慣れすぎて、買うという発想が無かったから。
ということは、これは所謂買い物デートなのだろうか。
ラスベガスで買い物デートって、何だか逆に贅沢で、それはそれで面白いかもしれない。日本のショッピングモールとは色々と違ったりするのだろうか?
「ショッピングモールで、何か買いたいものでもあるの?」
思いを巡らせながら、深く考えずに尋ねてみる。するとマーリンがあっさりと「うん」と頷いたので、聞いておいて「えっ」と驚いてしまった。
「あ、あるんだ……なに?」
「それは着いてのお楽しみだよ」
「この秘密主義者め」
「サプライズが好きなのさ」
確かにマーリンが関わると心臓に悪いことだらけですけども。
どうせ言わないんだろうなと思ったから良いけどね。
でもこれってデートだし、わざわざ私をショッピングモールに連れて行くってことは、何か私にプレゼントでもしてくれるのだろうか。
あんまり期待しすぎては、外したときに悲しくなってしまうのでそういうこともあるかもしれないくらいに思っておく。
……マーリンに、私が何か贈るっていうのも良いかもしれない。幸い今の私は、そこそこ懐があったかいし。
私に何かしてやろうと企んでいるかもしれないマーリンが、逆に私に驚かされたら面白い。
「そんなに嬉しいのかい?」
「んっ?まあね」
ニヤニヤしながら思い耽っていたら指摘されて、慌てて佇まいをなおして適当に誤魔化す。
……実際、めちゃくちゃ嬉しくて浮かれてはいます。
そうしてうきうきとたどり着いたショッピングモール。
実際のラスベガスにあるものとはいろいろと違うけど、という説明を受けながら、はーと息を吐いてしげしげと眺める。
天井には鮮やかな空が描かれていて、先ほどまで夜の帳の中にいたのを忘れてしまいそうなほどに見事な風景だった。
「こっちだよ」
「え?」
「三階にあるんだ」
「あるって何が?」
ぼけっとしていたら、螺旋型のエスカレーターへと手を引かれ、素直について行く。
「Camelot&Coだよ」
「……は?」
周囲をきょろきょろしながら尋ねた言葉へ返された答えに、思わず眉を寄せる。
「キャメロット?」
「Camelot&Co」
「……なに、それ?」
「何って、私のブランドだけど」
「ワタシノブランド?」
「うん、ほら。エスカレーター降りてすぐだよ。ここだ」
「あ!?」
マーリンが指さした店の、店頭に置かれたマネキンは、よく見慣れた……というか、無理やりマーリンに見慣れさせられた服を着ていた。
「……!?」
待って待って。どういうこと?
「オーナー。お待ちしておりました」
「やぁ、連れてきたよ」
店員と思しき女の人がマーリンへと話しかけ、マーリンも当然のように答える。
「そちらのお嬢様がなまえ様ですね」
「そう。よろしくね」
待って待って待って待って。
いや確かに、マーリンが着てるのブランドモノの服っぽいな、どこで調達したんだろとは思っていたけど、どうせ何か幻術の代物とかそういうのだろうと思って、というか着替えたことそのものが衝撃すぎて突っ込めていなかったんだけど、ここで?買ったと?いやそれはまだいい。
お、オーナー?なに?どゆこと?
「なまえ様、こちらへどうぞ」
「え?え?ま、マーリン!」
「いってらっしゃい。私も後で行くよ。どれ?」
「はい、こちらにご用意してます」
私を案内している店員さんとは別の店員に、マーリンは着いていってしまった。
なまえ様、と再び呼ばれて、訳も分からないままとりあえず案内先へと着いて行く。
ていうかこのブランドの店めちゃくちゃでかい。モールの一区画陣取ってるじゃん。
店員さんの背中を追いかけつつ、キョロキョロと店内を見回す。
暗い照明、シックにまとまった内装に、おしゃれな服がメンズ・ウィメンズ問わずテイストごとに並べられている。ざっと見た感じは大人っぽくて、マーリンの着ている霊衣のイメージと通ずるデザインが多い。端的に言うと、高そう。
奥へと通され、扉の前まで案内される。
恭しく開かれた扉の先へ、どうぞ、と当然の如く促され、おずおずと入室した。
中は応接室のようになっていて、単なる服屋の一画にこんなものがあること自体が衝撃である。
促されてソファーに座り、何か飲みたいものはありますかと問われ、お気遣い無くと答える。
「あ、あの?私はここで何を?」
「オーナーからは何も聞いておられないのですか?」
「まずオーナーっていうのが初耳なんですけど……」
「このブランドは、あの方専用の服飾ブランドなんです。けれどなまえ様にお洋服をプレゼントしたいからと、限定的に店舗を解放しているんですよ」
どっから驚いたらいいのか分からない情報だらけなのですが!?
専用!?ブランド!?
私に……プレゼント……!?
「こちら、とりあえず事前にお伺いしていたイメージやご趣味から、勝手ながらご用意したものになります。もちろん他にもございますので、店舗内、カタログ、お好きにご覧になってくださいませ」
「ぅお……はい……」
言われて、用意したという服がかけられたラックを見る。
シックなドレスからふりふりのワンピースまで、いろんなテイストが揃っていて、思わず「わー……」と小さく声が漏れた。
何でマーリン専用ブランドなのに女性用の服がこんなにたくさんあるんだとか、店員も女ばっかりなんだとか、釈然としない部分もあるが。
その場に突っ立ってしげしげと服を眺める私の前に、スッと何かが差し出される。机に置かれたそれは、どうやらウィメンズ用のカタログのようだった。
そういえば、さっき店舗内もカタログもご自由にって言ってたな……。
ぱらり、カタログを開いて一通り見ると、意を決して立ち上がる。
「あ、あの。ここに載ってる服とか、これ以外にも店に色々あるんですよね?」
「はい。ご覧になりますか?」
「は、はい。見せてください」
「かしこまりました。では、こちらへどうぞ」
「あ、ありがとうございます。……あの、ところでマーリンはどこへ?」
「オーナーは別件で他の者と話しておりますが、すぐいらっしゃると思いますよ。戻られたらなまえ様の元へとご案内いたしますので、ご自由に見てまわってくださいませ」
安心させるようににこやかにそう言って、店員さんは私を扉の向こうへと促した。
まぁすぐ戻るならいいか、と納得して、私はウィメンズブースへと足を踏み入れた。
◆
「気に入ったのはあった?」
「うわっ!……びっくりした……」
うろうろと店中を歩き回り、ふと目に留まったワンピースを手に取り眺めていたら、背後からマーリンが覗き込んできたのでめちゃくちゃ驚いた。
「キミに合うかもと思って私もいくつか持ってきたんだけど、もう気に入ったの見つけちゃったのかな」
「え?どれ?」
「これとか」
「露出多っ!」
「そこが良くて持ってきたんだけど」
「……マーリンがそっちのが良いって言うなら、着るけど」
「はは。どっちでも。ここの服は何でもなまえに似合うから」
「何言ってんの馬鹿」
そういう言い方されると、変な勘繰りしちゃうから、やめてよね。
ジト目でマーリンを睨みながら言い、マーリンの趣味はどっちなの、と改めて尋ねる。
しかしマーリンはやはりというか、「キミが選んだものが一番だよ」と、質問の答えをはぐらかした。
「これが良いんだろう?着てみせておくれよ」
「……じゃあ、どっちも着てみる」
「そうかい。ならこれも頼むよ」
言って、マーリンは自分が持っていたドレスを私についてくれていた店員さんに手渡した。
「ご試着ですね。どうぞこちらへ」
私の持っていた服も手渡し、促されるままフィッティングルームへと向かう。
そのフィッティングルームも、私の知る一般的な服屋のそれとはサイズからして違っていた。人が三人は入れるほどの空間だ。
まず入口がカーテンではなく扉になっていて、正面は全面鏡張り。右隣にも鏡があるが、パウダールームのように机が張り出していて、椅子も備え付けられていた。左側には、ハンガーラックがついていて、店員さんが試着する服をそこに引っかける。
「仕上げはわたくしがいたしますので、お召しになられましたらお声がけください」
「はい、ありがとうございます」
礼を言うと、ちらりとマーリンの方へ視線を向ける。にこやかに首を傾げたマーリンから目を逸らすと、扉を閉めた。
いそいそと服を脱ぎながら、試着予定の二着を眺める。
マーリンが持ってきたものは、全体的には落ち着いた雰囲気なのに、足下のスリットだの肩だの背中だのがむき出しで、とても大人っぽい。マーリンがこういうのが好きだと言うのなら、着るのは吝かではない。ないけど、似合うかどうかの自信は無かった。
でも、私が選んだ服よりは、マーリンの服とのお揃い感もあるし、着こなせたらめちゃめちゃかっこいいだろう。
一方私が選んだ服は、そこまでマーリンの服と親和性があるわけではない。同じブランドのデザインなので、不思議と統一感はあるけれど。
それなのに私がこれを選んだ理由、それは――この服の色が、マーリンの目の色に、似ていると思ったから。
着ていた服を脱ぎ終わり、さてどちらから着ようか考える。
私が着てみたかったのは、マーリンの目の色をしたワンピースだけど……喜んでくれそうなのは、やっぱりこっちかなぁ。
そう思って、マーリンが選んだ服を手に取る。
「ん?これ……あっこっちか……」
落ち着いた印象とは裏腹に凝ったつくりのそのドレスは、着るだけでも大変だったけど、一応身体にまとうことはできた。
店員さんを呼んで、最後の仕上げをしてもらう。
「出来ました!とてもよくお似合いですよ」
「そ……そうですか?」
身体に沿うよう作られたその服は、あつらえたかのようにぴったりで、我ながら悪くはないと思う。
けれどやはり、如何せん背伸びした印象は拭えない。
「どれどれ。うん、ぴったりだね」
「似合う?」
「うん。思ったとおりだ」
マーリンが嬉しそうに頬を緩める。そういう顔をしてくれるなら、着た甲斐があったってものだ。
「でもあの、ちょっと大人っぽすぎない?」
「大丈夫大丈夫。髪やメイクを整えれば平気だよ」
「髪やメイクって……え?それも?」
「うん、もう準備してある」
「ほんとに全部用意したんだね……」
「エスコートは任せてって言ったろ?」
ウインクしながら言われた言葉に、何だか恥ずかしくなって言葉が出なかった。
ぱしんと胸元を軽く叩くと、「じゃ、お願いする」とぶっきらぼうに口にする。
「え?」
「ん?なに?」
「もう一着、着ないのかい」
「え、だってマーリンこれ気に入ったんでしょ?」
「それもとても良いけど。キミが選んだ方も着てみなよ」
「え……い、いいの……かな?」
「もちろんですよ。お洋服緩めますね」
「あ、ありがとうございます」
サッと手を差し出す店員さんに服を緩めてもらいながら、自分が選んだ服を見つめる。
確かに、私はこれを気に入っているのだけど。
「マーリンはこっちの方が良いんじゃないの?」
「どれでもキミに似合うって言ったろう。どれでもいいよ」
「その言い方だとどうでもいいみたいに聞こえるんですけど?」
「失敬。キミ相手だと言葉選びが雑になっていけないね。本当に、ここにあるどの服も、キミには似合うと思ってるよ」
だから、それは、どういう意味なんだ。
その言い方だと、まるで――まるで、ここにある服、全部私の為にあつらえたみたいじゃん。
……そうなのかな。そんなわけ……そんなわけ、ない、よね。
「……じゃ、着てみるから、もうちょっと待ってて」
「ふふ、ごゆっくり」
やっぱりにこやかに笑うマーリンを見留め、ぱたりと扉を閉めるとフィッティングルームに舞い戻る。
最初に着た服よりよっぽど袖の通しやすい服を纏うと、先刻と同じように店員さんを呼び、身綺麗にしてもらった。
「……どう?」
「うん。かわいい」
「…………」
本当に、心底可愛いと思っているかのように、はにかんでマーリンが言った。思わず頬が紅潮する。
「なまえ様は如何ですか?わたくしは個人的にこちらとてもお似合いと思いますよ」
「あ、そ、そうですか?私も、これすごく好きです」
「先ほどのも、印象が変わってとてもお似合いでよかったんですが、こちら雰囲気によく合ってらっしゃいます」
「そうだねぇ。こっちの方がなまえらしいかな?」
「マーリンの好みは?」
今度こそはぐらかすなよ、と暗に込めてはっきり問うと、マーリンは顎に手を当てウーンと真剣に考え始めた。
「私の好みって、何というか即物的な、要するに実用的な服装ということになるのだけど」
「リリィの服とかめちゃめちゃ可愛いじゃん」
「あれは――厳密には私でなく別世界の私だが、似合うという理由で選んだのだろうね。可憐で実にいい」
「……つまり、服装の好みは無いって?」
「そうだね。だからキミの好きに選べばいいよ」
それが一番困るんだってば!
もう、と口にしながら今一度鏡を見る。
……私はこの服が好き。似合うかどうかは自分では分からない。
マーリンとお揃い感は無いけど、マーリンの目の色をまとっているのは気分がいい。
でもさっきの服は、マーリンが選んでくれたやつで、いつもと雰囲気が変わるのもそれはそれで……私が装いを変えたマーリンにドキドキしたみたいに、マーリンも少しは何か思ってくれるかもしれないし……うう!
「そんなに気に入ったなら両方買うよ。というかこの店私の店だから元々私のものなんだけど。今どっちを着たいかを選ぶといい」
「え!……じゃあ、……こっち、にする」
「うん。キミ、これ包んでホテルに送っておいてくれ」
「かしこまりました」
「なまえ、座って」
ハンガーラックにかけていたさっきのドレスを指さしてマーリンが指示を出す。
店員さんが服を回収する傍ら、私は備え付けの椅子へと座らせられる。どうやらヘアメイクも本当にしてくれるらしい。
「何でここまで?」
ただデートに行くだけでも、私は嬉しかったのに。
再会してから今日まで、これでもかというほど嬉しいことばかりしたり言ったりされて、嬉しい反面何だか怖い。
不安混じりでそわそわする私の疑問に、マーリンは普段通りの軽快さで答えた。
「この程度の事、キミは受け取って当然だもの」
「?頑張ったご褒美ってこと?」
「褒美、なんてものでもないよ。キミが手にしていた筈のモノだから」
「……?どういう意味?」
「キミの世界はここじゃないって意味」
「分かんないんだけど……」
眉間に皺を寄せ、言われた意味を考えてみるけど、世界とか言われてもぴんとこない。
ココは特異点だから、確かに私の世界ではないけども……「何でここまで」って問いの意味と全然繋がらない。
マーリンってたまにそう。よく分からないことを言う。
「まぁ、別にご褒美でも良いよ。そうだね。今日まで生きてた報酬ってコトで」
「マーリンがいてくれるだけでじゅうぶんなのに」
「そんなわけないだろう」
何気なく言った言葉を存外きっぱりと否定され、言葉を失う。
マーリンは机の下に収納されていたワゴンを引っ張り出すと、櫛を手にとって私の髪を梳き始めた。
「手に入る筈だったものを、キミはもっと惜しむべきだ。もっとキミは、生きる事を楽しんでいいんだよ」
「…………」
「私には、一時の夢を見せる事しか出来ない。こんな風にね。だからこそキミは、キミの現実を、手に入る筈だったものを、取り戻さなければならないんだよ」
そこまで言われて、ようやくマーリンが何を言おうとしているのか、何となく察した。
ヒトとして生きていれば、当然のように楽しめた筈の日常を、取り戻せと言っているのだ。
「……うん。でも」
鏡越しにマーリンを見つめる。
私の髪を梳くマーリンとは目は合わない。
それでも鏡越しにその目を見つめて、私は振り絞るように声を出した。
「マーリンがいる今が、私は好きなの」
がちゃり。
フィッティングルームの扉が開いて、ヘアメイクを担当するという女性スタッフに挨拶される。
私の言葉に返事をすること無く、マーリンは櫛をワゴンに戻すと、応接室で待っていると告げて、そのまま部屋を出て行ってしまった。
出て行くマーリンの顔は、いつも通りの柔らかな笑顔だった。
◆
「オーナー、お待たせいたしました」
「ありがとう、お疲れさま」
ヘアメイクを終えて応接室を訪ねると、マーリンはソファーの背もたれにすっぽりと身体を預けてぼうっとしていた。
私たちが入ってきたことに気づくと身体を起こして立ち上がる。
店員さんに促されてマーリンの前へ歩を進めると、まじまじと見下ろされ、いたたまれず背中で指を組み弄ぶ。
「……どう、デスカ」
「うん。可愛い」
「……ホント?」
「うん」
にんまりと口端を引き上げてマーリンが笑う。
満足げなマーリンとは裏腹に、私はちょっと不服だった。もうちょっと、何か言ってくれるかと思ったんだけどな。
「ねえ、どうしてこっちの服を選んだんだい?」
内心膨れていると唐突に尋ねられ、きょとんと目を瞬かせる。
「どうして、って……こっちのが動きやすいし……私の好みでいえば、こっちかな、って。それに……色、が、好きだから」
「へえ。意外だ」
「何が?」
「キミが、私が選んだ服ではなく、己の好みを優先した事が。だってキミ、すぐ私に合わせようとするから」
「それは、だって……どうせなら、喜んで……ほしいから……」
「良いんだよ。なまえはなまえらしくしていてくれれば。それこそが、僕の見たいものだから」
「別に、無理してるつもりも無いけど」
「うん。私の好みに合わせちゃうところも、それはそれで可愛いよ」
「……ほんとマーリンは、そればっかり」
可愛い可愛いって、どういうつもりで言ってるんだか。
……言われると、やっぱり嬉しいんだけど。
「僕は嬉しいよ。なまえの好みを知る事が出来て。だってホラ、キミの服、もう一着も無いだろう?だから、好きな方を選んでほしかったのさ。キミが何度でも着たくなる服をね」
「あ……」
カルデアにいると制服ばかり着てしまうし、礼装も基本は使えるスキルで選ぶから、確かに自分の趣味で選ぶなんて、もうずいぶんしていない。
なけなしの私服も、カルデアにすべて置いてきてしまった。
だけどそんなこと考えることも無いくらい、私は「制服を着て過ごすこと」に慣れきってしまっていた。
「キミが戦い始めてからの事しか私は知らない。だから嬉しいんだよ。なまえが、自分の趣味で選んだ服を着てくれた事が」
「……自分の趣味に染めるより?」
「染めるほどの趣味なんて無いよ。それより、知らないキミを知りたいな」
それって、私がマーリンに対して思ってることと、一緒じゃないか。
そう考えたら急に嬉しくなって、にやけそうになるのを必死で堪える。
マーリンの色に染まれなくても、マーリンは私自身を求めてくれているんだと、そんな風に思えた。
……でも。マーリンと出会う前と今では、趣味も少し変わってしまっているけれど。
花柄に強く惹かれたり、この色を纏いたいと思ったのは、私がマーリンに染められているからで。
「その色が好きなんだね。覚えたよ」
何も知らずにそう言って、マーリンは微笑んだ。
「……似合う?この色」
「とっても。言ったろう?何でも似合うと」
「マーリンは私を過大評価しすぎ」
「そうかな。キミは何で飾っても美しいよ」
「気障!…………ありがと」
「礼には及ばない、本音だ」
「……そ、そろそろいこっか!」
急に流暢に褒め出したマーリンに、なんと返していいか分からず話を逸らす。
否定するのも勿体ないし、でも他に何も思いつかなかった。
慌てる私を気にした風もなく、追撃してからかってくることもなく、マーリンは「そうだね」と返事をすると応接室を出た。
私も後について出て行き、店舗の外へと向かう。
見送ってくれた店員さんに礼をすると、改めてマーリンに向き直り、ゆっくりとモールを歩きながら尋ねた。
「それで、これからどうするの?モールで買い物?」
「なまえは何か買いたいものはある?」
「……えーっと」
モールに向かっている最中は、マーリンに何かこっそり買って送り付けるのもいいかも~とか思っていたけれど、こうやって全身コーディネートを施された後だと、無理にお返しした感があって、格好がつかない。
仕方なく「特には思いつかない」と言って、密かなサプライズ計画を断念する。
別にそれが無くても買い物デート自体は、マーリンが好きに買い物する私を見たいと言うのなら、ぜひ付き合ってもらいたいところだけれど、如何せん自分の買い物となると、本当に何も思いつかなかった。
今着てる服に合わせられそうなアクセサリーはヘアメイクの際に選ばされてすでに身に着けているし、そもそもこの着替えにそこそこ時間を取られてしまっている。
朝まで、とマーリンは言っていたから、まだまだ一緒にはいられるけれど、モールの閉店時間については、余裕が無さそうに思えた。
「ならそうだな。折角ドレスアップしたんだから、地下に行こうか」
「地下?何かあるの?」
「カジノがあるんだ。ドレスコードつきのね」
「なるほど」
それなら時間を気にする必要もない。殆どのカジノは二十四時間営業のようだから、地下にあるというここのカジノもそうだろう。
いろんなカジノに出入りしたけど、マーリンと遊んだのは例のイカサマ対決のとき以来だし……なんか、ギャンブルでじゃんじゃん興奮しろって言われたし。
マーリンも楽しいなら、その方がいいに決まっている。
「分かった、カジノ行く」
「オーケー。ふふ、ちょっと面白いものが見れるよ」
「面白いもの?」
ニヤニヤして先行するマーリンを追いかけながら尋ねるも、やはり見てのお楽しみだよとはぐらかされる。
マーリンは人の感情を糧にしているせいなのか、やたらと人を驚かせたがるからたちが悪いんだよな。
何かあると教えてくれてるだけマシかもしれないけど。
くだりのエスカレーターに乗り込むマーリンの後ろにつき、そっと手に触れたら手を取り返され、繋がれる。
何も買うものを思いつかないからカジノに来たわけだけど、マーリンと手を繋いで閉店時間までモールをうろつくのもよかったかもしれない。
なんだか、まるで一緒に生きてるみたいで、むず痒い気持ちになる。
だけど今更それを言い出すことも出来なくて、そのまま手を繋いで地下まで移動し、エスカレーターを降りたところで手を離した。
カジノの中はドレスコードがあるだけはあり、それなりに豪華だ。しかし特別変わった様子は無い。
強いて言うなら、女性店員がみんなバニーを着ているくらいで……と、キョロキョロしていた私の目に、一人、よく見知った顔のバニーガールが飛び込んできた。
「ブラダマンテ!?」
「はい!あ!マスター!?」
ぎょっとして呼んだ名に反応して、ブラダマンテがこちらを振り向く。
慌てて駆け寄ってきたブラダマンテを指さしてマーリンを振り向くと、にっこり笑顔でこくりと頷かれた。面白いものってこれか。
「マスター!ようこそいらっしゃいませ!」
「お、お疲れさま。なんでここで働いてるの?びっくりした」
「ロジェロ探しの路銀稼ぎです!最初は真っ当にギャンブルで稼ごうとしたのですが、すぐに資金が底をついてしまって……」
いや真っ当というなら働いて稼ぐ方がだいぶ真っ当だと思う。
私が言うのもなんだが、ブラダマンテ、ギャンブル向いてなさそうだし。
「ラスベガスでもロジェロ探してたんだね」
「はい!水着剣豪の噂を聞いて、ロジェロも召喚されているかもしれないと思いまして。ところでマスターは……ええと、こちらの……方は……」
ちらりとマーリンの方を見て、ブラダマンテが首を傾げる。
今まで黙っていたマーリンがにこりと微笑み、ブラダマンテに挨拶した。
「やぁお嬢さん、初めまして。私はとある謎のお兄さんです」
「謎の……!?」
おい。まだやるのかそれ。
「は、初めまして……何だかマーリン様にとても似ていらっしゃいますね……!」
「親戚なんだ」
「なるほど!んっ?夢魔のマーリン様に、ご親戚が……?」
「夢魔にも親戚はいるよ」
「そうなんですね!」
どうしよう。面白くて突っ込めない。
素直すぎるブラダマンテは、正真正銘マーリンである謎のお兄さんを、親戚として信じたらしかった。
そういえば、ブラダマンテはマーリンのことを麗しの大賢者様だと思ってるんだったな。
ブラダマンテと話してたら、急にマーリンの声が聞こえてきて度肝を抜かれたことがあったけど、あのときのマーリンは何故か敬語でよく分からないキャラをしていた。
ブラダマンテとマーリンの話は何度かしているのだけど、どうも私の知ってるマーリンとは印象が違いすぎるので、最初は誰か別人をマーリンと思ってるのか、世界線が違うのかなとも思った。
だけどあの私にも筒抜けの声のおかげで、間違いなくマーリンだわ、さては面白がって賢者を装ってやがるな、と確信したのだった。
「あの、でも、謎のお兄さん、とは……?その、マスター?」
「大丈夫大丈夫、間違いなくマーリンの縁者だから」
「マーリン様がそう仰ってたんですか?」
「うーん、うん。そう。とにかくよ~く知ってる人だから大丈夫だよ」
「そう、私となまえは深い仲なのさ。だから安心したまえ」
私の言葉に乗っかりながら、肩を抱き寄せてマーリンが言う。
ぎょっとして見上げると、ものすごく楽しそうにニヤニヤと笑いながらブラダマンテを見ていたので反射的にブン殴りたくなった。
「えっ!?つ、つまり貴方は……マスターの……!?」
「思い人だよ」
「ちょっと!!」
あってるけども!そこまで誤魔化すならせめて恋人と言え!!
「えーっ!えーっ!そうなんですかマスター!?」
「えっ、と、えーっと、うーんと」
その通りなんだけど、謎のお兄さんをマーリンと別人だと思ってるブラダマンテにそうだよって言っていいものか、いや良いのかな逆に。
ブラダマンテは私のことをマーリンの弟子だと思っていて、私がマーリンを好きなことには気づいてない……筈だ。
マーリンと共に過ごしていた当時はどうも周囲にモロバレだったようなのだが、離れ離れになってから召喚したサーヴァントたちは何も知らない。
マスターという立場上、サーヴァントの中に好きな人がいるという話を、あまりおおっぴらにしない方が良いだろうというのもあり、マーリンが好きということも、実はしっかり明言したことは無いのだが、マーリンではない謎のお兄さんが相手なら……良いのかな……良いかな……?
ちらりとマーリンを盗み見ると、にっこり笑って頷かれる。
え?良いってこと?良いんだね?
「そ、そ、そう、なの……じ、じつは」
「えぇっ!!」
改めて認めようとすると何となく恥ずかしくて、赤面しながら頷くと、ブラダマンテも何故か顔を赤くしながら驚いた。
「じゃあっ、お二人はデート中なんですね!?」
「う……うん……」
それも改めて言われると猛烈に恥ずかしい。
私って今、マーリンとデートしてるんだ。
「今日のマスター、見たことない服を着ていらっしゃるから珍しいなと思っていたんです!可愛いです!」
「あ、ありがと……ブラダマンテもバニー姿めちゃめちゃ可愛いよ」
「えへへっ、ありがとうございます!」
本当にめちゃめちゃ可愛い。その……お尻とか……だいぶきわどくはあるけど。
元々露出度が高いせいか、本人は気にならないようだけど。
「そういう服が似合うの羨ましいよ。でも変なこと言われたりしてない?」
「変なことですか?皆様褒めてくださいますよ!」
「なら良いんだけど……」
「他の従業員の方からも「触ろうとしたり不快なことを言われたりしたら、容赦なく対応していい」と言われているので!というより私、その為にいるので!」
「あっ、なるほど」
用心棒というか、女の子たちの守り役でもあるんだ。なるほど。じゃあ心配はいらないか。
「そういうマスターこそ!今日のマスター、本当にとっても可愛らしいです!驚きました!謎のお兄さん、ちゃんとマスターを守ってあげてくださいね」
「もちろんだよ。こう愛らしいと目を離すのも不安になるもの」
「ひゃあっ、アツアツですね!」
口元に手を当てながら、ブラダマンテが顔を赤くして言う。
マーリンが私を可愛いとか愛らしいとか言うのはいつものことなのだけど、こうして人前で言われるのは割と珍しくて、むぐ、と唇を噛んで照れを誤魔化した。
そんな私の様子を見て、口元に当てた手を頬へと移すと、ブラダマンテはほうと息を吐いた。
「本当の本当に、おめかししたマスターとっても可愛いです!マーリン様にもお見せしてあげたいくらい!」
「あ、あはは……マーリン様も見てるから大丈夫」
「あっ、そうか。千里眼でご覧になってますよね!」
普通に今隣で見てるよ。
「デート中にお邪魔してすみません!私も仕事に戻りますので、ぜひ楽しんでいってくださいね!」
「ありがと、がんばってね」
「はい!」
元気よく返事して、ブラダマンテは仕事へと戻っていった。さて、と隣のマーリンを見上げる。
「いつまで肩抱いてんの?」
「ん?嫌だったかい?」
「そうやって言わせようとするとこ、相変わらずだね」
「キミの憎まれ口も相変わらずだ。外だと強気になるところもね」
くすくす笑いながら余計に肩を抱き寄せられる。
当然嫌ではないので抵抗はしないが、こう人前でくっつかれるとそわそわしてしまう。
ここがカルデアなら容赦なく突き放すところなのだが、今ここにはブラダマンテくらいしか知り合いの顔は見えないし、きっと周囲にはただのカップルに見えて……る、よね。
「さ、折角カジノに来たんだ。当然やるだろう?」
「うん」
「どうせなら勝負しようか。あのとき大負けして悔しがってたろう、リベンジするかい?」
「それもいいね。でも賭けるもの身体しか無いから、負けたら私はマーリンのモノになっちゃうけど良い?」
「キミサーヴァントとのオールインバトルに勝って、今QP唸るほどあるだろう」
「チッ」
やはり知っていたか。QPは尽きるものなので唸るほどは無いけど。
「キミを素寒貧にして悔しがらせるのは楽しいんだけど、私が他のサーヴァントに怒られてしまうよ」
「責任持って養ってくれるなら全然いいんだけど」
「こらこら。キミはサーヴァントを養う側だろう?」
「だからささやかな賭けしかできませーん」
「はいはい。健全に楽しめる範囲で、勝負するとしよう」
肩を抱いていた腕を解き、ぽんぽんと背中を叩かれる。
よしじゃあ、と近場にあったルーレット卓へと近づいて、マーリンへのリベンジを果たすべく、ギャンブルに興じるのだった。
◆
「ふわ……」
「おねむだね、なまえ」
「んぅ」
カジノで遊び倒し、そろそろ疲れたなと思った頃合いで、マーリンに店の外へと連れ出される。
思わず大きなあくびをした私の頭を撫でるマーリンの手に、むにゃむにゃとした声が漏れた。
「いまなんじ……」
「もうすぐ夜明けの時間だよ。そろそろお開きだね」
「うー……」
もうそんな時間なのか。早すぎる。
まだまだ遊んでいたかったけど、実際もう疲れて眠くて、だいぶ頭が働かなくなっていた。
「ホテルまで送るよ」
「……でも……」
名残惜しくて、つい未練がましい言葉が漏れる。
ホテルに戻っても一緒にいてほしいと言ったら、マーリンは聞いてくれるだろうか。
「ま」
「最後に、ちょっと付き合ってくれるかい?」
「え?あ、うん!」
お願いだけしてみようと口を開いたものの、マーリンの方から提案され慌てて頷く。
ごく自然に手を取られ、じゃあ行こうか、と言われて大人しくついて歩く。
モール内の、今度はエスカレーターではなくエレベーターに乗せられて、最上階へと向かう。
てっきり外に出るのかと思いきや、まだモール?と不思議に思いながらエレベーターを降りた私の眼前に、思ってもみなかったものが現れた。
「……観覧車!?」
「そう。ここの目玉は実はこれなんだよ。……上を見れば普通に見えるんだけど、入るとき気づかなかったのかい?」
「全然見てなかった」
マーリンしか見てなかったので……とは言えなくて、押し黙る。
こんなものがあったなんて聞いてもいなかったし、本当に気づかなかった。
「まったく、キミときたら気づいてすらいないなんてね。何の為に作ったと思ってるんだか。まぁだからこそ、最後はこれに乗るのが良いと思ったんだけど」
「作った?」
「ラスベガスは楽しかったろう?」
「う、うん」
ゲートを抜けて、ゴンドラへと乗り込む。
ゴンドラの中は普通の観覧車とは全然違っていて、十人くらいは乗れるんじゃないかってくらい広い。端っこに座れるスペースも用意されてはいるけど、それも勿体ないほどの広さだ。
立ったまま窓際に近づき、ゆっくりと昇っていく景色をちらりと見つめる。
それでもやっぱりマーリンが気になってしまい、「ほら、こっちにホテルが見えるよ」と手招きされて、ようやくしっかりと景色へ目を向けた。
「わぁ……ベガスが一望できるんだね」
「そうだよ。だからキミに見せたかったんだ。どうだい、美しいだろう?」
「ほんと、綺麗だね!夜景すごい!」
眼下に広がる景色が本当に綺麗で、喜んでそう言うと、マーリンも満足げに目を細めて笑った。
「ラスベガスは、楽しかった?」
先ほどされた問いを、改めて問い直される。こくりと頷いて、今度ははっきりと答えた。
「うん、楽しかった」
何か結局、水着剣豪御前試合って何だったのか最後まで分からなかったけど、トンデモ展開やトンチキバトルも、過ぎ去ってみれば楽しい思い出だ。
サバゲーとか、サメとか姉とか、アロハ三騎士とか、ジェット沖田さんとか。
それに……今回は、マーリンがいた。
しかも、毎度我関せずなくせに、今回はわりと出張ってて。
ていうか、一年半ぶりの再会だったわけで。
助言貰ったり、一緒にギャンブルしたり、りんご飴食べたり、こうしてデートしたり……。
「楽しめたなら、よかった」
背後から私を抱き締め、マーリンが言う。驚いて息を呑む。
ゴンドラはゆっくり頂上へと向かい、視界に広がるラスベガスの夜景はどんどん広がっていく。
沖田さんに連れられて空を飛んだときは、景色を楽しむ余裕なんてなくて、どっちかっていうと絶叫アトラクションみたいな気分だったから、こうして特異点ラスベガスを一望するのは事実上初めてだ。
噴水のショー、サーカスの電飾、立ち並ぶカジノの灯り。
ギルダレイ・ホテルを改めて見ると、四方からライトアップされ、豪奢な全貌がよく見える。ホテルの上層階にジグラットのような建物が乗っていることに、今更気づいた。
「船に……水天宮、……ん?エッフェル塔?」
「カジノ・キャメロットの向こうの塔だね」
「なんか見覚えあるって思ったけど、こうしてみると明らかにエッフェル塔なんだけど……」
「ラスベガスにはエッフェル塔があるんだよ」
「あるんだ!?」
ほんとにあるのか……流石だな、ラスベガス。
このどでかい観覧車も、きっと実際にあるのだろう。
もし……ちゃんと世界を救えた暁には、本場のラスベガスを訪ねてみるのもいいかもしれない。
きっとその頃には、この夏を懐かしく思うだろう。
――でも、そのときマーリンはいないんだ。
「……」
「なまえ?」
「ねぇ、マーリン。ちゃんとカルデアに来るよね?」
「ん?」
「特異点ごと消えたり、し、しないよね」
思わず、声が震えた。
折角再会出来たのに、ひと夏の夢でした、なんて、言わないよね。
天魔武蔵ちゃんを討った後カルデアに戻ったときは、確認を取る暇も無かったから、きっといないんだろうなとか思っていた。
そしたら突然走ってくるものだから、それはもう驚いた。しかも、夏をプロデュースするとか言って。
つまりこのデートは、プロデュースの総仕上げってことなんだろう。
それは嬉しい。でも。
またさよならしなきゃならないなんて言われたら、今度こそ、縋ってしまうかもしれない。
あのときは、ちゃんと手を離せたけれど。
想像するだけで悲しくて、泣きそうになるのをこらえるように息を吐いたら、腰に回るマーリンの腕が強まって、より強く抱き締められる。
頬に頭をすり寄せられて、胸が高鳴る。熱と切なさに涙腺が刺激され、涙ぐむ。
「しないよ」
そっと囁かれた言葉に、安心して身体から力が抜けていく。
深く息を吐いて背中に身を預けると、マーリンはしっかりと受け止めてくれた。
「以前のように、毎日傍にいるというわけにはいかないけれど」
「……そういう後出し、やめてよ」
「ごめん。でもちゃんと、キミの元に帰るよ」
「……なら、いい」
それっていつまでなんだろう。
やっぱり、私が世界を救う、そのときまでなのだろうか。
マーリンの傍にずっといたい。
でもその為に世界を捨てたら、マーリンは私を捨て置くだろう。
それ以前に、私は世界を捨てられない。
自分の世界を取り戻す為に、壊した世界を背負っている。踏み躙った思いがある。
私がもっとずぅっと我儘で豪胆だったなら、どっちも寄越せって大声で言えたのかもしれない。
或いはもっとずっと心を強く持てたなら、どちらかを選んでどちらかを捨てる覚悟を決められたのかもしれない。
どっちも捨てられない。どっちも選べない。
こんなことでちゃんと最後まで走り切れるのか、つい弱気が顔を出してしまう。
「……マーリン」
「うん?」
「いっぱい、思い出作ろうね」
「――ああ。そうだね。それこそが、僕にとってこの上ない報酬になる」
じゃあ私は、最後に何を手にするのだろうか。
観覧車は頂上を経て、くだってゆく。
同時にラスベガスに日が昇り始め、美しい夜景はオレンジの光にかき消される。
明るく照らされた海の先、ラスベガス特異点の端が、薄く消えかかっているのがあらわになる。
もうじきこの特異点も消える。いつもの、夏の終わり。
毎年、やっと終わるという開放感と、もう終わってしまうという寂寥感があるけれど、今年はいっとう寂しく思えた。
「結局一度も勝てなかったなぁ」
「キミ、ギャンブル弱いもんね」
「マーリンが強すぎるんだよ」
本当、強いよ。私の駆け引きなんて一笑に付すほど、何もかもさらってくんだから。
突然の再会も、その夜の来訪も、その次も、今も、そしてきっとこれからも。
私はマーリンの全部に飲まれ、溺れていく。
「なまえだって、本当はもっとやれる筈だよ。賭け事にはときに思い切る事も必要だけど、キミはその度胸は持っている筈だ」
「……じゃあさ、最後にもう一回、私と勝負してよ」
「良いけど……どんな勝負かな?」
問われて、背後のマーリンを振り返る。
じっと目を見つめながら、私は口を開いた。
「マーリンが、私のこと好きになるかどうか。私は好きになるに、私の人生を賭ける」
「――」
ゴンドラに朝日が直接差し込んで、眩しさに一瞬目がくらむ。
マーリンに身体を離され、朝日を背にして向き直ると、マーリンはうっすらと微笑んでいた。
ゴンドラはもうすぐ一周を終える。
これが本当の、最後の勝負だ。
「それは、勝負にならないから、駄目」
「えー」
私の人生を賭けた一世一代の大勝負は、マーリンにあっさりと拒否されて、空振りに終わった。