恋模様は飴模様
「いや~!ようやってくれたのう!」
ディーラーに私とマーリン以外の客が連れられて行くのを見届けた後、私とマーリンは別のスタッフに連れられバックルームへと移動した。
案内されるままついて行ってみれば、奥座敷には予想通りの人物がいた。
「あやつら、わしのカジノでやりたい放題やりよるでな。警戒しとったんじゃが、どうも
私たちを呼び出した人物――織田信長ことノッブは、上機嫌でマーリンを指さした。
イカサマにまともも何も無いと突っ込みたいところだが、野暮なので黙っておく。
「信長公のお役に立てたならこれ幸い。私もいいバイトになったしね」
「ほんとにさっきの賭け金全部貰っていいの?」
さっきの客がイカサマ集団であるとは聞いていたし、そいつらを追い詰めるのに役立てばバイト代を出すとは言われていた。その為に手持ちのQPをつぎ込んで負けを演じたので、何倍にもなって返ってくるならそれは本当にありがたいのだが。
「よいよい。あやつらは「すべて」賭けると言うたのじゃろう?わしの膝元でそうして賭けに出たのなら、二言は許さぬ」
ニィと口端をつり上げて、苛烈にノッブはそう答えた。
何か「すべて」のニュアンスが全財産とは違う気がするのですが。
「信長公がそう言うのならありがたく受け取るとも。尤も私の勝ちもイカサマなのだけどね」
「あの席はわしが用意した席じゃからな。あやつらもなんぞ幻術使いだったんじゃろ?イーブンイーブン!気にせんで良い!他の卓で同じことやりよったら許さんがな!」
わははは!と機嫌良く高笑いを浮かべるノッブにひくりと唇をひきつらせてマーリンもはははと笑った。存在自体がイカサマみたいなやつだけど、どこからがイカサマ判定なんだろ。
褒美も含めた勝利QPをマーリンが受け取ると、私たちはその場を後にした。どうでもいいんだけど、このカジノって「まっとう」ではないよね。ほっといていいんだろうか。
「なまえ、せっかくだから付き合っておくれよ」
「えっ。う、うん。またギャンブル?」
「いいや、こっち」
スタッフ専用通路を抜けカジノホールへと向かうさなか、ぼうっと考えていたらマーリンに誘われ慌てて頷く。
扉を開いてカジノホールに出るところだったので、てっきりゲームして遊ぶんだと思ったら、手を引かれてカジノホールの客用出入口、すなわち縁日へと繋がる箇所へと連れて行かれる。
「こういうの好きかなと思って」
私の手を改めて取ると握りしめ、ふわりと微笑んでマーリンが言う。もろにその顔を食らってしまった私は、ひっそりと握られた手に力を込めながら、蚊の鳴くような声で「うん」と答え頷いた。そのままマーリンが手を引き、つられるようにして後に続く。
「あ、の、ねぇ」
「うん?」
「その……な、なんであんな手の込んだことさせたんだろうね?別に証拠なんか無くても、確信があるならノッブは容赦しなさそうなのに」
ドキドキうるさい鼓動を静めたくて、極力意識しないで済む話題を必死に選んで口にした。実際さっきまで疑問に思っていたことだから、質問自体はおかしくないとは思う。
「私もそれは尋ねたよ。追い出すだけなら適当な理由をつけて出禁にしてしまえばどうかとね。けれどかの魔王はたいそうお怒りで、それだけでは許せなかったらしい。このカジノを舐めた魔術師どもを徹底的に痛めつけろと仰せだった」
「お、おぅ……」
ああ見えてめちゃめちゃ激おこだったのかノッブ……。私も敵ノッブに腹に銃弾食らわされたりしているし、なめてかかるとヤバイ人だということは分かっていたのだが、普段の気さくすぎる態度にたびたび忘れそうになる。そうだ。ノッブは己を見くびる輩にはまったく容赦のない人なんだった。
「そこでキミにご登場願ったわけだ。キミは見るからにカモになりそうな小娘だろう?」
「いかにもな小市民で悪かったな!!」
「あはは、実際キミの賭け方ってホント初心者って感じなんだもの」
「悪かったな手堅くて!!手堅くいったのに負けまくったし!!」
マーリンにカモられて負ける、というのは筋書き通りだったのだが、「キミは普通にプレイしてくれればいいから」などと言われて遺憾ではあった。実際特にわざと負けるようなこともせず、まぁ負けても平気だし、といつもより羽目を外してみたりもしたけれど、大きく勝負に出ることも無く、普通にマーリンにカモられた。ムカつく。
「キミは存外演技が上手いね」
むむ、と思い出して腹を立てていたら、急に褒められて驚く。えっと声を零しながらマーリンを見上げると、微笑んでマーリンが私を見つめていた。
「キミは私と知り合いであることを態度に出さなかったし、負けたときの演技にも違和感は無かった。だから彼らは私がイカサマ師で、キミはカモられた被害者だと信じたのだろう。或いは、本当に私自身の運が良いだけと思ったのかも。どちらにせよ、まさか同じ魔術師だとは思わなかったようだ。魔術師がこんな僻地のカジノにそうそう何人もいる筈もないしね。だから勝負に出たんだよ」
「ふぅん……?」
因果関係がいまいち腑に落ちない部分もあるのだけど、マーリンは千里眼持ちの大魔術師。私の考えの及ばないところでも計算していたのだろう。多少は暗示をかけたりもしたのかもしれない。何にせよ、同じ魔術師、どころか、相手が伝説の大魔術師だとは思わないだろうしなぁ。
「相手がただのイカサマ師なら、彼らは寧ろチャンスだと思った筈だ。自分たちのイカサマは魔術を使ったものであり、証拠も無ければ物理のイカサマなど無意味にしてしまう。私に金が集まったところで、代表者が勝負を仕掛ける。当たり前だが私が勝つ。全員分の金を私一人が手に入れるという寸法だ。本当はもっとじっくり追い詰めるプランもあったのだけど、調子に乗っていたのかキミに煽られたのか簡単に引っかかってくれたから手間が省けたよ」
「結構手間暇かけたと思うけど。負けまくるから色んなカードゲームで勝負挑んだし」
「あれはキミと遊んでただけだから、特に苦労したという感慨は無いなぁ」
「私は割と悔しかったよ!!一勝も出来なかったー!!」
「キミ本気で悔しがってたもんね」
からからと笑ってマーリンが言う。
何わろとんねん。こちとら途中から本気で勝負してたのにマジで一勝も出来なくてすっごい悔しかったんだからね。
……あっさり勝つマーリンにちょっとときめいたりも……したけど……。
「全員を素寒貧にして更なる違法カジノに落とし、ついでに私は大もうけ。いいバイトだった」
「あのカジノやっぱ違法なんだ……」
「獅子王には秘密だよ?」
しー、とマーリンが自らの人差し指を唇にあてて言う。指長いなぁこのやろう。
「更なる違法カジノって、何かやばそうだけどやばいの?」
「やばいんじゃないかなぁ。彼ら全財産差し押さえられてるし、魔術ももう使えないしね」
「え?何で?結界敷いてるとか?」
「もう彼らには魔術回路が存在してないからね」
「は?」
……えっ。何で?
確かに実際あの場で行われていたのは、健全なギャンブルに見せかけた魔術合戦だったわけだけど、魔術回路?を失う?ようなことは、特に起こってないと思うんだけど……?
疑問符まみれの私の顔にこくりと頷くと、「だって彼らはすべてを賭けたろう?」と暢気な口調でマーリンは言った。
「彼らがすべてをBETしたときに、少し仕掛けをさせてもらったんだ。ちゃんとキミにも念押ししてもらったろう?「全部賭けていいのか?」ってね。彼らはそれに頷いた。文字通りすべてを賭けた彼らは、言葉の契約により彼らのすべて――魔術回路をも賭けた。私がそれを手に入れたわけではないが、賭けて失ったものは戻らない。彼らは魔術師ではなくなってしまったから、この地下にあるとかいう違法カジノで更に抉られるんだろうねえ」
「そ……そんな悪辣な契約だったのアレ……?」
「キミがいたから成り立った契約だよ」
事も無げにそう言ってマーリンは笑った。
めちゃめちゃ複雑な気分なんですけど。
「ぜんぶ、って、変な言い方だなとは思ってたけど、魔術回路って……」
「ほら。金が無くても内臓があるって言うだろう?ああいうコト」
「…………」
どうやら彼らはマジで怒らせてはいけない人を怒らせてしまったらしい。あの卓上に積まれたチップに、まさか魔術師にとって一番重要な臓器であるところの魔術回路が賭けられていたなんて、本人たちも知らなかったのだろうから。
「かの魔王は大変お怒りだと言ったろう?彼らはついちゃいけないテーブルについてしまったのさ」
「そのてーぶるにわたしもいたのですが」
「ああ、そう、そう。キミも全部、賭けてたよね?」
「へっ」
ぞっとして血の気が引く。まさか、まさかとは思うけど、私にも同じ契約がなされていたなんてことはないよね?
狼狽える私にマーリンが顔をにやつかせる。くっと吹き出すと、繋いでいない方の手で私の頭をぽむぽむと撫でながら「そんな顔しないで」とおかしそうに言った。
「誰のせいだと!もう!本気で焦ったよ!」
「大事なマスターの魔術回路を奪うようなこと、するはずが無いだろう?」
「白々しい……」
「生粋の魔術師と違って、あっても無くても変わらないしね」
「ポンコツで悪かったな!」
一言多い!そりゃ確かにまともな魔術師にはほど遠いショボい回路かもしんないけど!!
がるがる唸る私に、マーリンはなおも愉快そうに目元を歪める。にやにやした口元が憎たらしいったらない。
「ふふ、契約は
嬉しそうにそう言って、マーリンが握った手に力を込めた。
え、いや、あの。……だから何でそういうこと言うの!?
「だから、ね。今日は僕と一緒にいよう。これはお願いじゃなくて勝者の報償だ。今日が終わるまでは預かったQPも渡さないよ?」
「……最初からうんって言ってるじゃん」
「どんな邪魔が入っても、今日だけは離れちゃいけないからね」
「……わ、わかっ、た」
これ、むしろ私にとってのご褒美なんだけど。
本当に、どうしたんだろう。こんな嬉しいことばっかり、いっぱい言われることなんて、かつてあったろうか。
「そんなわけで、ほら、縁日を楽しもうよ。あれは何かな?」
「ヨーヨーつり……水風船すくいだ。なつかしい」
「水風船をすくうのかい?」
「そうそう。スーパーボールとか金魚とか、水に浮かんでるのをすくったり釣ったりするゲームが縁日にはやたらあるんだよね」
「やる?」
「……やろうかな」
水風船が特別欲しかったわけでも、久々に見て猛烈にやりたくなったわけでも無いけれど、マーリンと水風船釣りに興じるという経験は、きっともうこの先二度と無いだろうから。
そう思って、水風船の屋台へと進む。
思えば、マーリンとこうして日本らしい風景の中を二人で出歩くのは、初めてだった。慣れ親しんだ、私の現実と地続きの風景に、マーリンがいる。
ちらりと横目でマーリンを見る。普段と違う、真っ黒で現代的なその服装は、マーリンの幻想的な容姿と不思議なほどかみ合っていて、ほんの少しだけ、マーリンがこちらに近づいてくれたような気がして胸が高鳴った。私がそう思ったというだけで、マーリンにそんなつもりは全く無いのかもしれないけれど。
それでも、普通の服を着て、日本らしい町並みをマーリンと歩けるのは、本当に嬉しい。惜しむらくは、私が着ているのが浴衣でなく水着ということくらいだろうか。
なんだかまるで普通のデートみたいだな、なんて思うのは、流石に浮かれすぎかもしれない。
まだこの特異点について何も分かっていないのに、気を抜きすぎかな。マーリンがまるで夢みたいなことを言うものだから、すっかり夢見心地になっていた。気をしっかり持たなくちゃ。
浮かれる心に叱咤して、改めて水風船釣りの列に並ぶ。
自分の番が訪れるのを待ちながら、そういえば、ともう一つ疑問に思っていたことを尋ねてみた。
「マーリン、勝ったのはイカサマだって言ってたけど、ほんとにイカサマしてたの?千里眼?」
「最後以外のゲームは純粋にイカサマだよ」
「えっ、どうやったの!?ぜんぜん分からなかった」
「ディーラーに新品のカードを使わせて、切った順と枚数を見ていただけだから、証拠は無いよ」
「ん!?……イカサマ、なの、それ?」
「運と駆け引きを競う勝負に純粋なデータを持ち込むのはイカサマだろう?」
「そ、そうなの……?」
言われてみれば、そう、なのか?
いやでも、切った順と枚数を見ていた「だけ」ってなに……?可能なの、そんなことが……?
「で、でも途中のゲームでディーラーがカード変えてたよね?あの中身はバラバラのはずじゃ?」
「ブラックジャックのときだね。あれはカウンティングという方法で、出たカードを覚えていただけ。あとは予測演算」
さらりと返された答えに目を白黒させる私に、「私にギャンブルを挑むのが、そもそもの間違いなんだよ」とマーリンが笑って付け加えた。
はー、と感心しながら今日やったゲームを思い返していたら、お嬢ちゃん、と声をかけられ慌てて思考を切り替える。いつの間にか列の先頭になっていて、釣り用のこよりを店主のおじさんが差し出していた。
◆
水風船をばむばむと左手で弾きながら、右手に装備したりんご飴にかじりついた。
あぐあぐと周囲の飴を口に含み、その素朴な甘さを堪能する。う~ん、砂糖味。後で綿菓子も食べよう。砂糖味。
「美味しいのかい、それ」
むぐむぐぺろぺろと飴の塗装剥がしにいそしんでいると、マーリンが尋ねてきた。こくりと頷くと、がり、と舌を立てる。まだりんごにはたどり着きそうにない。
「美味しいといえば美味しいけど、特別めちゃめちゃ美味しいわけでもない」
「何だいそれ」
「祭りの食べ物ってのはそういうものなの」
答えると、べろりと飴をなめあげる。
「舌、赤くなってるね」
「あー、飴に色がついてるから。かき氷とか食べてもつくよ。ほら」
言いながら、べ、と舌を出してみせる。
すっと身を屈めたマーリンが、挨拶を返すようにごく自然とその舌をくわえた。
「っ、!?」
「キミはどこもかしこも甘いね」
「あ、飴の甘さでしょ!?」
咥えた上にぺろりと舌を舐めて、マーリンはすぐ離れた。
あ、あまりにナチュラルに動かれて反応出来なかった……!
「なるほど、飴の甘さね……うん、キミのおかげで甘味の魅力がよく分かったよ」
「味わかんないくせに」
共に過ごすうちに、どうやら味覚が存在していないらしいことは知っていた。その割に私のことは甘い甘いと口にするのだけど。
「おや、甘味についてはかつてキミに話した気がするのだけど」
「チョコ渡したときの?」
「そう。覚えてたんだね」
「だ、だってむしろ、あれで味分かんないのかなって思ったから……」
印象に残っていただけだ。まだ、マーリンを好きだと自覚……というか、認めていなかった頃のことではあるけれど。
「甘さなら、十分味わってるよ」
むぐ、とりんご飴のてっぺんに広がる、逆さにされて固められたことにより生じた飴の板をかじる。ぱきんと音を立てて割れた飴の板を舌の上で転がすと、口の中がちょっと痛くなった。
マーリンは、飴を食べて口の中が痛くなったりはするのだろうか?
溶けて小さくなった塊をかみ砕いて飲み込む。
「甘いだけじゃなくて、飴ばっか食べると痛くなったりもするんだよ」
「痛みを我慢してでも甘いものが食べたくなるんだね」
「分かったようなことを……」
でも、言われてみればそうだ。「美味しい」に付随する「苦しい」は、我慢してしまう。口の中が痛んでも食べたいのは、辛味も甘味も一緒だな。
ずいぶん薄くなった飴の層をひとなめすると、私はぽつりと呟いた。
「……苦みも味わえばいいのに。結構乙なものだよ」
「言うようになったなぁ」
苦笑してマーリンが言う。
だってずるいよ。私は口でも心でも、痛いのも辛いのも苦いのも酸いも甘いも感じてるっていうのに。
甘いのだけに浸ろうなんて、そんなのは
「苦みの分からないマーリンは子供舌だね」
「僕だって、結構大人になったんだけどね」
聞きながら飴に歯を立てると、ばきんと大きく飴が割れて、同時にりんごをかじりとった。咥えるとしゃく、と音がして、飴と同時にりんごが口の中に広がる。
「りんご、美味しい?」
再び美味しいか問うマーリンに、むぐむぐとりんごを咀嚼し飲み込む間を置いてから、私は答えた。
「飴が甘すぎて、りんごの味なんてわかんない」