対決!イカサマギャンブラー!
あの日以来、マーリンは毎日ホテルの私の部屋へと現れた。
いつの間にか部屋の中にいたり、花吹雪と共に現れたり、窓から入ってきたり、しかし一度としてドアから入ってきたことはない。本人曰く、他のみんなにバレると邪魔されてしまうから、と。
……確かに。突然現れたマーリンに動揺する私に、みんな気を使ってくれていたから、直接接触しようとしているのを知ったら止めていたかもしれない。触れにくいせいかみんな私に何も言っては来ないけど、最初にマーリンと遭遇したとき全員の視線が私に注がれたことからも気にされているのは明白だ。……私、気づいてなかったけど。だってそれどころじゃなかったから。お栄ちゃんに「何で全員ますたぁを見てんだい?」と言われてから気づいた。
まあそんな動揺も、毎夜共に過ごすことでだいぶ落ち着いてきたのだけど。それでもやっぱり、二人きりで一緒にいると恥ずかしかったり緊張したりで、まだ何も……出来ていない。
◆
QP稼ぎにカジノへ通い続ける日々を送っていた私だけど、流石に同じカジノで何度も同じゲームを続けていると、端的に言って飽きる。
レートの高い店でひたすらジャラジャラ稼ぎ続けていると一体自分が何のためにこんなことをしているのか分からなくなる。せっかくのカジノで気分は勤労である。
そんなわけで、気分転換がてら他のカジノを物色しにきたわけなのだけど。
たまたま見つけた和風のカジノに足を踏み入れたら、何かマーリンがいた。
「うっ」
ドキッと胸が高鳴って、顔が熱くなり心臓が早鐘を打ち始める。
急に来られると困る。どこに行ってもマーリンと遭遇する可能性を考えておかないと心臓に悪い。今度から肝に銘じておこう。
マーリンはこちらに気づいていないのか、スタスタとどこかへ去って行こうとしてしまう。
いなくなると思ったら慌ててしまって、反射的に私は後を追いかけた。
なかなかに人の多いカジノを、マーリンの白い頭を目印にして追いかける。縁日のような通りを抜けると、カジノホールが現れた。カジノ全体は和風なつくりで、花札とかチンチロリンとかの和製ギャンブルもあるようだけど、所謂トランプをつかったカードのカジノやルーレットなんかのカジノ然としたゲームも取り扱っているようだ。何やら見知らぬゲームもあって、猥雑とした印象を受ける。一言で言うとごった煮。
マーリンを探してみると、STAFF ONLYと書かれた扉の前で、誰かと会話しているようだった。
「ん……?」
相手の背が低くてよく見えない……と思ったが、たなびくマントで誰だか分かった。ノッブだ。
そういえばこのカジノの名は楽市楽座と書かれていた気がするから、ノッブが関わっている……というか牛耳ってるに違いない。え?でも何でノッブとマーリンが?
疑問に思って見ていたら、くるりとマーリンが踵を返した。ノッブはそのまま扉の向こうへ去ってしまったようで、マーリンは最初から私がそこにいるのを知っていたとでも言うように、まっすぐに私の元へやってくると、目の前で歩みを止めた。
「やぁなまえ。奇遇だね」
「……どうも」
目を泳がせながら挨拶する。
やっぱりというかバレていた。ちくしょう。たまにはマーリンも「なまえ!?いたのかい!?」とか言えばいいのに。
「さっきの……ノッブだよね?何話してたの?」
「ちょっとね。今日はここで臨時バイトの身だ」
「ば、バイト?」
和風カジノにしたってまだおっきーのカジノの方がマーリンと親和性がある。この、和風というよりは賭場兼夏祭り会場のカジノで、マーリンがバイトとは。
そんな困惑する私から視線を外したマーリンが、おもむろに私の肩を抱く。突然のことにびくりと震えると、そそくさとマーリンが私の肩を抱いたままカジノホールの端へと体を寄せた。
「ま、マーリン?」
「ついでだ、キミもおいで。ギャンブルをしにきたんだろう?なら一緒に遊ぼう」
「え、え?バイトするんじゃないの?」
「そう、バイトでギャンブルするのさ」
さ、さっぱり分からない。どういうこと?
頭に疑問符を浮かべる私に顔を寄せると、マーリンがひそひそと耳元で囁いた。突然近づけられた美顔に仰け反る私を気にした風もなく、更に近づいてなにやら耳打ちする。ふむふむ。……うん!?はあ。
「そういうことだから、私はいったんこの場を去るよ。機を見て合流ということで」
「え、え、ちょちょちょ」
ひらひらと手を振ると、マーリンはサーッとカジノホールの人混みへと消えてしまった。
……説明されてもよく分かってないんだけど。
言われたとおりに振る舞うだけなら、まぁ。出来なくはないか。
腰に手を当てため息を一つ。
元々気分転換のつもりだったとは言え、なんだかよく分からないことに巻き込まれてしまったようだ。
◆
「うん、また私の勝ちだね」
「……絶対おかしい!イカサマだ!!」
「妙な言いがかりはよしてくれ」
ねぇ、とマーリンがディーラーに同意を求める。ディーラーが相づちを打つ姿に舌打ちを打つと、私はびしりとマーリンを指さして高らかに言った。
「どう考えてもおかしいでしょ!何であんたばっか勝つの!?イカサマに決まってる!他の客だってそう思ってる筈でしょ!!ねぇ!?」
私が一番被害を被っているとは言え、他の者たちも例外なく彼から巻き上げられていた。怒りの形相で目をやる私に、まあまあと同じ卓で勝負していた痩せぎすの男が宥めてくる。
「どうなんだディーラー、やはり彼はイカサマしてるのか?」
「私の見る限りは、何も」
「目ぇ腐ってんじゃないの!」
「ひどい言いようだなぁ。言いがかりはよしたまえ。キミがあんまり疑うから、わざわざ他の客の用意したカードまで使って身の潔白を証明したのに」
「それが怪しいって言ってんだけど!?」
「やれやれ疑り深いな」
貼り付けたような苦笑を浮かべてマーリンが言う。
ぐぬぬと歯噛みする私ににこりと微笑むと、再度口を開いてこう言った。
「キミがカモりやすすぎるだけだよ」
「ぶ、ぶっ飛ばす!!」
「お客様、カジノでは暴力は禁止です。見返すならゲームでどうぞ」
慇懃なディーラーにそう言われ、振り上げた拳を握りマーリンを睨む。にんまりと口元を歪ませたマーリンが楽しげに私を見つめ返した。
「で、どうするんだい?勝負を降りるのかい?」
「誰が降りるかーっ!!もう一回っ!まだ金ならあるッ!!」
「それ全部賭けちゃうのかい?やめた方がいいと思うけどな」
「うるさーいっ!!」
手元に残った最後のチップをオールベットする。肩をすくめて苦笑するマーリンを無視して、他の客を睨みながら「あんたらはどうすんの?」とぞんざいに尋ねた。
「君の賭けた額に釣り合わせるなら、こちらも全額賭ける必要があるな」
「あーっそ、じゃ見てればいいんじゃない」
「俺は乗るぞ、ギャンブルはこうでなくちゃな」
「お。お兄さんノリ良いじゃん」
痩せぎすの男の隣にいた、ヤンキー風の兄さんが私と同じくオールベットする。マーリンがわざとらしくぴゅうと口笛を吹いた。
「ふぅん、いいじゃないか。では僕もそうするかな」
触発されたように痩せぎすの男もそう言って、全額をベットした。眉を寄せて男を見つめ、「私が言うのも何だけど平気なの?」と尋ねる。
「貴方よりは平気だ」
「は?全部賭けてるのは一緒でしょ」
「勝機はあるつもりだよ。君たちは?」
男が残り一人の女性客に問うと、彼女も「これぞギャンブルだわ」と言って全額を賭けた。もう一度私は全員に問い掛ける。
「本当に全部賭けちゃって大丈夫?負けたら全部無くなるんだよ?」
「お前は自分の心配した方がいいんじゃねえか?」
ヤンキー兄さんが笑いながらそう言って、他の参加者も違いないと言って笑い出した。何だこいつらムカつくな。
ちらっとマーリンを見たらマーリンも笑っていた。こいつ。見てろよこの野郎。
「それで、貴方は乗られますか?」
ディーラーがマーリンを見つめて尋ねる。
あ、そういやマーリンがこの賭けに乗らないと成立しないんだった。
「もちろん。私も私のすべてを賭けよう」
そう言ってマーリンも全額をベットした。
……すべてか……ここで私が勝ったらマーリンのすべてが手に入るのか……。
よし。絶対勝つ。
一人気合いを入れると、配られたカードに手を伸ばした。
◆
「どういうことだ?」
痩せぎすの男が狼狽えながら、机上のカードを見つめている。
「だから……お前の勝ちだろ!?」
「そうよ。どうなのディーラー」
「私の目にも、そう、見えますが、しかし」
ディーラーも客もみな狼狽えている。
それはそうだろう。何せ――
「全員、違う札に見えている、というのは、しかし――」
「か、勝ちは勝ちだろ!?」
ヤンキー兄さんが焦ったように言う。それを認めると自分は負けてしまうのに、ずいぶん妙な慌て方だ。手持ちのすべてを賭けた大勝負だった筈なのだが。
「全員が指摘してる役が違うなんて認めるわけないでしょ!」
そう――確かに、出揃ったカードを見てみれば、痩せぎすの男が勝ったように見える。
しかし、その「勝ち」を決めた役が、全員違って見えているようだった。
己が持っているカードですら、他の参加者には違うものに映っているらしい。
「って、ちょっと、待って」
「!?」
「ま、またカードが変わった……!?」
全員のカードを出し合い何度も確認するが、見るたびにカードが変わる。
「落ち着こう。全員どのカードが何に見えているのか、一つずつもう一度確認しよう」
マーリンが真面目な顔でそう言って、まずは自身が答えた。
隣にいた私も促されて素直に答える。
順繰りに確認して、やはり全員「痩せぎすの男が勝った状態で、それぞれ違う札に見えている」ようだった。
「これって……」
魔術だよな。それもたぶん幻術だよね?
そう思ってちらりとマーリンを見るも、マーリンは真剣な顔で他の客を見つめていた。ンッ。くそぅ、かっこいいな。
唇を歪めて眉を寄せる私に、ふとマーリンが視線を向ける。
「どうしたんだい?」
「えっ、ぁ、何か、その……気分が……悪くて……」
頭が、と言いながら額を押さえる私に、マーリンが大丈夫かい、と真剣な口振りで声をかけ肩を抱く。抱き締められたと思ったら急に鼓動が速まって、変な緊張と相俟って本当に目眩がした。
「キミ、本当に大丈夫かい?」
「ぅ、だ、だぃじょぅぶ……」
顔が赤いのを誤魔化すように俯きながら、震える声で答える。そんな私を見て、ヤンキー兄さんが焦ったように声をあげた。
「おいっ……!大丈夫なんだろうな!?」
「僕を疑ってるのか!?」
「あんた以外誰がやんのよ!」
「今すぐ術を解け!」
「ぐっ……!今度は全部同じ札に見えて……」
「く、くそ!こんな筈じゃ……!」
ヤンキー兄さんと若いお姉さんに問いつめられ、痩せぎすの男がテーブルを拳で叩いた。
「解いたぞ!これで文句無いだろ!」
「も、戻ったのか?」
「何のカードに見える!?」
慌ててカードを確認する客たちに倣って、私も伏せていた顔を上げカードを確認する。
それぞれのカードが同じに見えているのを確認すると、客らは安堵したように息を吐いた。
「は、どうなることかと思ったぜ」
「ディーラー、今見えてるのが正しい結果ってことでいいの?」
「え、えぇ、あぁ、ええと……はい、そう、ですね」
全員に同じカードが見えているのなら、このゲームは有効だろうと、ディーラーに念を押し尋ねる。
言質を取ると、改めてすべてのカードを確認する。
「お、おい待て!これは、こんな」
「あ!?」
「え?」
痩せぎすの男とヤンキー兄さんが慌てて口を開くがもう遅い。女性客は一拍遅れて気づいたようだった。
「おや。私の勝ちだね」
そこには、マーリンが総取りで確定する結果が、残されていた。