恋に不器用

昨夜は一体どうしてああなってしまったのか、なまえが泣き出してしまって驚いた。
いや、泣くかもしれないと予想はしていたのだけれど、思っていたのとは違った反応だったから。

急に現れたことに驚いて、困惑して怒って責めて、感極まって泣くのかなと、そう考えていた。
だけど昨日のなまえは、感極まるとか、怒って泣くとか、そういうことでもなく――ただ、私を好きで泣いている。
そんなように思えた。

やっぱり、キミは私のことが大好きだね。

知っていたのに、久々にあの熱を浴びたら、ひどく安心した自分がいて。
恋をされたこと、間違いだったと思っていた筈なのに、熱を失わずにいてくれたことがとても―嬉しかった。

本当のところ、昨夜はまだ会いに行くつもりはなかった。
会ってしまえばなまえの感情をかき乱すのは分かっていたし、今再会の混乱をなまえに招くのは好ましくない。と言いつつ、日中姿を現してしまったけれど――そこはそれ。
スムーズに解決する為には多少の手、いや口出しはやむを得ないし、事件のさなか、混乱に乗じてなら、怒ったり泣いたりする暇も無いだろうという、極めて勝手な目論見があった。

だって会いたかったから。
同じ場所にいるのなら、会いたいと思ってしまったから。

だけど駄目だね。会ってしまったら触れたくて、夜這いのような真似をして。
目の前に、触れられる距離になまえがいるのに、触れずにいることなんて出来なくて。

寝苦しそうに眉を寄せる顔に手を伸ばし、頬に触れた。

久々に触れた感触は、記憶よりも少しばかり薄くなっていて。布団の下に隠れている身体も、幾ばくか細まっているようだった。
苛烈な旅がなまえを苛んでいるのを、より強く実感する。

せめて少しの間だけでも、キミに楽しい時間を授けられたら。

そう考えて趣向を凝らしてみたのだけど、こんな風に自分のきぶんで予定を変えてしまうのは、本当に悪い癖だな。

――けれども、夜這いのような真似をしてよかった、と今となってはそう思う。
だってなまえってば……全然、今の姿の私に、慣れてくれないんだもの。



昨夜と同じく、寝間着に着替えてベッドに入ろうとするなまえを千里眼で確認すると、ふわりと花びらを纏わせながら、もったいぶって登場してみせた。

「やぁなまえ、今夜も会いに来たよ。少しはこの姿に慣れてくれたかな?」
「……――」

ぴしりとベッド上で固まったなまえが、ふいと顔を背けるのに苦笑する。
返答は無かったが気にせず近寄ると勝手にベッドに座って、顔を背けたままのなまえに身体を寄せた。
避けるような仕草をするなまえに先回りしてその身体に腕を回し、引き寄せる。

「っ……!」
「あ、こっち見た」
「!」

驚いて見上げたなまえにそう言うと、指摘されたことが恥ずかしかったのかまた顔を伏せてしまった。
一瞬見えた顔は真っ赤で、まるで恋を知ったばかりの乙女のよう。実に愛らしい反応だ。

「なんだ、まだ慣れてないのかい?」
「だ、って、ぜんぜん、ちがうし……」

そんなに違うだろうか。確かにあのゆったりとしたローブ姿とはだいぶ雰囲気の異なる服装だし、髪型も少しいじりはした。
けれども顔は変わらないし、特にキャラを変えてみたわけでもない。多少、なまえに会えて浮かれている面は否めないけど。或いは夏の魔力というものかもしれない。なんてね。

こうして触れるだけで固まって照れる姿は、何だか逆に珍しくて、それはそれで興味深いのだけど。
如何せん目も合わせられないというのでは、キミとしたいアレコレに差し障りがありすぎる。

そんなわけで、慣れてもらう為にも夜毎訪れることにしたのだが。
さて、今日はどこまで慣れてくれるだろうか。

「全然違うから照れるということは、いつもの姿に戻れば平気かな?」
「え……戻るの?」

ちらりと少しだけ視線を隣に座る私の足下へと移動させて、なまえは戸惑うように言った。

「キミがその方がいいと言うなら、そうしよう」
「……ぇ、と……」

なんと言うべきか分からないのか、なまえははっきりと答えずに視線を自身の足下へと戻した。
そのままでいられるのも困るが、元の姿に戻られるのも勿体ない、そんなところだろうか。
察しながらも、汲んではやらずに、「うん?」と促すように相槌を打ったら、なまえは更に俯いてしまった。

「なまえ?」
「う、んと……じゃあ、今だけ……ちょっと、だけ」
「ふ、いいとも」

ちょっとだけ、か。やっぱり勿体ないと思っているのだろうな。
そう思うとやはり愛らしく思えて、くすりと笑みを乗せながら快く返事する。

ふわ、と浮いた花が、たちどころに私の身体を埋め尽くし、一瞬にしてざらりと舞い消える。
いつものローブ姿に戻った私を見て、なまえはようやくきちんとこちらを向いてくれた。――のだが。

「…………」
「……なまえ?」

何か、不機嫌だね?

険しげな顔でこちらを見るなまえに、はて?と首を傾げる。
するとなまえは立ち上がり、おもむろに私の周りを窺うようにうろうろした後、再び同じ位置に座った。
さっぱりわけがわからない。

「何だい?どこかおかしいかな?」
「……そうだね。おかしいっていうか」

むすっとした顔で眉を寄せ、なまえが言った。

「すごくにおう」
「にっ」

放たれた台詞にびしりと固まる。

匂う、って。
いや、花の匂いが鬱陶しいだとか草っぽい匂いがするだとか、そういう風に言われたことが無いわけではない。
だがそれは男所帯の中での放言で、寧ろ私の花の香りは清涼剤代わりとして機能していたというのに。
キミだって、私からはいい香りがするって言ってたじゃないか!

唖然として固まっていると、なまえはむぅと唇を尖らせたまま、再び口を開いた。

「……花の香りがする」
「うん?そりゃそうだろう」

何を言うかと思えば、今更な感想だ。
もしかして、離れている間に花の香りが苦手になるようなことでもあったのだろうか?だとしたら困るなぁなどと思いながら、何があったのか想像を巡らせていると、なまえが静かに「前はそんなこと無かったから」と呟いた。

「前?そうかな」

そんな筈は無いのだけど。なまえと共にいた頃から匂いが変わったなんてことは無い。
そもそも先の通り、私の花の香りについては五世紀の時点で指摘されていたものだ。
正確に言うと、私自身の香りではなくて、私の足下から咲く花の香りが馴染んだものではあるけれど。

おかしなことを言うなぁ、と思いながら、己の袖の匂いを嗅いでいると、なまえが裾をつまんで引っ張る。
そのまま腕に身体を預けて、すぅと息を吸い込んだのがわかった。

「うん……やっぱり、花の香りがする」
「前はしてなかった?」
「してた、けど。……私とマーリンは、ずっと一緒にいたでしょ?」
「うん」
「だから……もう、わかんなくなってたの」
「――ああ。なるほど」

殆ど毎夜、なまえと私は共に過ごした。
だから、なまえにはとっくに、私の花の香りなど麻痺して分からなくなってしまっていたと。
さっき私の周りをうろうろしていたのは、着替えによるものなのか、私自身からの香りなのかを確かめていたのか。
元の姿に戻るよう言ったのも、慣れないからではなく、香りを確かめたかったのだろうか。

「前も、香りがまったく分からなかったわけじゃないけど……抱きしめられたときに、あ、花の匂いだって思うくらいで、こんな風に傍にいるだけで香ることなんて無かった」

ぱっと腕を放すと、なまえははぁとため息を吐いてごろりとベッドに寝転んだ。どうやら拗ねてしまったらしい。

せっかく一年かけて馴染んだものが、離れていた間に消えてしまった。
それが悲しい、と暗になまえは言っている。

「何だ、そんなことか」
「そんなことォ!?」

私がさくっと発した台詞に、なまえが過剰に反応してがばりと起き上がろうとする。
その身体に遠慮なく乗り上げると、たちまち硬直して固まってしまったので、またしても笑ってしまいそうになった。

「っちょ、まー、りん」
「何だい?この姿なら慣れたものだろう?」
「っだ、だから!その慣れももう無くなってるの!」
「ふぅん、じゃやっぱりこっちでいいか」
「うぁ」

ふわ、と再び花が舞い、私は夏用の霊衣へと姿を戻した。
なまえの顔がぶわわわわと赤く染まっていくのを上からまじまじと見下ろす。
……何がそんなに刺さってるんだろうか。要研究だなぁ。

「この姿も含めて、慣れるまで付き合ってあげる」
「なっ、なにを」
「匂いも。もう一度擦り込んでしまえばいいだけの話だよ、マイロード」
「な、ぁ、っぐ、ぅ!うっ、ん!」

じたばた暴れようとするのを肩を押さえつけて止めながら、引き結ばれた唇に口付ける。
色気無く漏らされた声にふ、と息を吐いて笑うと、顎の下を思いきり手で押さえつけられ、無理矢理顔を逸らされた。

「あたた、強引だなぁ」
「どっちが!?」

真っ赤な顔で怒気を吐くなまえを見下ろし、仕方なく身体を起こす。
キス一つでこの調子では先が思いやられてしまう。
とはいえ本気で強引に迫っては慣れるどころか傷つけてしまうだろう。そこまでする意味は無い。
私はなまえとセックスがしたいわけではなくて、以前のように触れ合いたいだけなのだ。

「仕方ない。もう少しレベルを下げようか」
「れ、レベル?下げるって……」

そろそろと身体を起こしながら、私の台詞を繰り返すなまえの腕を引く。
えっ、と慌てるなまえの身体をそのまま抱えて、ベッド端に座り直させた。
その足下に跪くと、恭しく手を取り、にこりと微笑んでみせる。

「今日は手に触れるだけにしよう。それなら良いだろう?」
「……」
「信用ならねぇ~という顔をしているね」
「心読まないで!私の口調も真似しないで、似てない!」
「そうかな?ちょっと自信あったんだけどな」
「どこからそんな自信が……、っん」

なまえの指先をすり、と親指で撫でながら、そっと持ち上げると中指の爪に口付ける。
ぴくんと震えたのが唇に伝わって、口角を上げるとそのまま指先を口先で咥える。

「っちょ!ま、マーリン……っ!」
「…………」
「ん…………ぅっ」

抵抗する素振りを一瞬見せたものの、なまえは咥えられた中指以外を所在なく動かすだけで、されるがままだ。
舌を出すと爪を舐め、そのまま指に舌を這わせながら、付け根にたどり着く。

「っう、は、……っ」

顔を真っ赤にして、ぴくぴく身体を震わせながら刺激に耐えるなまえをじっと見つめる。
目が合って、更になまえの顔が赤く染まった。切なそうに顔を歪められて、掴んだ手が一瞬びくんと大きく震える。

……まいったな。

「そういう顔をされると、困ってしまうんだけど」
「だ、だって!マーリンが変な触り方するから」

目を泳がせながらごにょごにょと言われ、ため息を一つ。
てのひらを向けると親指で撫でる。
それにもなまえは「う、」と声を漏らすので、思わず苦笑した。

「失敗したな」
「な、なにが」
「手に触れるだけ、なんて、言うんじゃなかったよ」
「!」

ぽつりと零すと、掴んでいた手がびくっと震える。
見上げれば、なまえの顔がまたしても赤く染まっていく。泣いてしまうんじゃないかと思うほど目が潤んでいて、視線が吸い込まれてしまう。
くるりと手を返し、指を絡める。
小さな手。柔らかな感触。そっと握り込むと、指先で手の甲を撫でた。
ぎゅ、となまえの指にも力が入る。

「……電気、消しちゃおうか」
「えっ!?」
「見た目に慣れないのなら、見えなくしてしまえばいいだろう?」

握った手を引き寄せると、ちゅ、と手の甲に口付ける。
そのまま頬をすり寄せながらなまえの顔を見ると、困り切った顔をしたなまえが、わずかに目を逸らしながら私を見下ろしていた。

「で、でも……」
「いや?」
「…………」

口をへの字に曲げたまま、なまえは答えなかった。嫌では無いということだね。
ぱちんと指先を鳴らすと、部屋の電気がフッと消える。
繋いだ手からなまえが驚いたのが伝わってきた。
ぐっと身体を乗り出すと、鼻先まで顔を近づける。

「ほら」
「っ、」
「ねぇ、触れてもいい?」
「ぅ…………ぁ、……だ、だめ…………」
「どうして?」

触れるか触れないか、という位置で、暗闇の中問いかける。
お互いの吐息がかかるほど近い距離。なまえの息は、熱く感じられた。
ふるふるとまつげが震えるのが、私にはよく見える。なまえにはきっと、私が殆ど見えていないだろうけど。
見えて、いない筈なのに。

どうしてそんなに、震えているんだい。

「花、の、香り、するから……」
「…………」
「だから……ダメ、……い、いしき、しちゃう」
「………………そう。なら、仕方ないね」

ため息を吐きたい気持ちをぐっとこらえて、顔を離す。
不安そうな顔をして、なまえが握った手に力を込めた。

「い、一緒にいるのは良いから」
「…………」
「…………だめ……?」

くい、と軽く手を引かれる。精一杯の意思表示がなんともいじらしい。
繋いだ手の甲に再び口付けると、「だめじゃないよ」と優しく答えた。

慣れない匂いに、知らない姿に、こんなにも惑っているくせに。
一緒にはいてほしい、なんて、ずるい子だね、キミは。

「今夜はずっと、一緒にいよう」

そう言うと、暗闇の中で、なまえが嬉し気に息を吐いた。

なまえを寝かしつけながら、笑みに隠して恨み言を思う。

僕は、キミに触れたくて触れたくて、どうしようもないから会いに来たって言うのに。
キミは、僕への触れ方も分からなくなってしまっているなんて。

本当、ままならない。

「好き」って、気づいてしまったら、こんなにも制御が利かないなんて。
そんなところばっかりお揃いになんて、ならなくて良かったのになぁ。

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