再会の夜
え?何これ夢?
ぽかんとする私をよそに、謎のお兄さんを名乗る謎のお兄さんは助言を告げて去っていく。
何で今更正体を伏せるのかとか、伏せるなら伏せるでもう少しどうにか出来ただろうとか、それは変装なのかとか言いたいことはたくさんあったのだけど。
あったのだけど、そういうことはどうでもよくて。
彼は私が焦がれる男に違いなく、もしかしたらもう会えないかもしれないと思っていた男に、相違ない。
確かに。ブラダマンテ宛に何かいきなり声が聞こえてきたりとか、これまでにも謎の匂わせ行為が無かったわけでは無い。なんだかよく思い出せないものも……というか、そんな夢を見たような……?程度の記憶で、私が恋しすぎて夢に見たのか本人が会いに来たのか、それすら分からないような、そういうのはあったのだけど。
いきなり目の前に、何故か着替えて登場するとか思わないじゃん。
アヴァロンに帰ったんじゃなかったのか。
どういうことなんだ。
この特異点の存在に関わっているのだろうか、それにしたって相変わらず核心に触れることは教えてくれないし、でも助言はしていくし。
何なんだもう。何なんだ。
どんな顔で対面すれば良いのか分からなくて、大した反応を返せなかった。
カジノ・キャメロットがあったから、ちょっとだけもしかしたら会えるかな、なんて思ったりもしたけど、まぁでもまさかねって思ったのに、のに……
「はぁあああああああ」
盛大にため息を吐くと布団をひっかぶって身体を丸める。
まったく眠れる気はしなかったが、起きあがる気力も無かった。
訳の分からない気疲れでぐったりだ。
しかし、そうは言っても今は休まねばならない。無理矢理呼吸を落ち着けて、何も考えないようにする。
昼間のQP稼ぎや水着剣豪との試合なんかのトンデモ騒ぎのおかげで身体の方も普通に疲れていたから、脳さえ落ち着けば嫌でも眠れる筈だ……。
――そうして無理矢理眠りに就き、うとうとし始めていた深夜。
身体に触れる感覚に、沈み始めていた夢から浮上させられた私は、目の前に現れた顔に驚いて固まった。
「おはよう。なまえ」
「…………」
…………。
「ごめんね、我慢しようと思っていたんだけど、ずっと見ていたら触れたくなって起こしてしまった」
「ぁ、……うん」
…………。
「久しぶり」
「うん…………」
………………。
「……なまえ?寝ぼけているのかい」
「ぁ、ぇ」
「夢じゃないよ?」
「ぁ」
………………。
「もしかして本当に私が分からないのかい?仕方ないなぁ」
「……ぇ、あ……、…………!!や、ぁ、ッ!」
「おっと」
突然現れた顔面に驚きすぎて思考回路ごとフリーズした私に、美しすぎる顔が迫ってくる。
そこにきてようやく身体が動いて、咄嗟に顔を伏せ手を突きだして拒絶の態勢を取る。
「つれないな」
男は軽くそう呟くと、突き出した私の腕などものともせず己の腕を伸ばして私の身体を抱き起こすと引き寄せた。
為すすべなくその胸板に抱き寄せられて、私は再び固まってしまう。
見慣れない暗色の服と肩に巻かれたストールが視界を覆う。何これめちゃくちゃ高そう。凄い素材がなんか高級感ある。
「キミに私が分からない筈はない、そうだろう?現にほら、とても熱い」
「ぅ……、」
「ちっとも私を忘れていない。それどころか、ふふ、思った以上の反応だ」
「ぁ」
「会いたかったから、会いに来たよ。昼間はほら、みんなに邪魔されてしまうからね」
「っ、ぇ」
「会いに来て良かった。こんなに熱烈に出迎えられるとは、男冥利に尽きるよ、なまえ」
「!」
こっちが何も言えないでいるのに、言いたいだけ言うと私の顔をくいと持ち上げて、男は勝手に私の唇に口づけた。抵抗しようにも身体が震えて力が入らない。何だこれ。
あっさりと唇が割られてその舌が侵入してくる。
「……っは、ぁ……ッ」
「ん……、……………は」
上手く動けない私の舌を、反して器用な舌が絡めとっていく。
ばくばくと心臓が高鳴って、身体の奥底から熱が噴き出してくる。熱い、くらくらする。
長い指が私の頬を滑り、首を伝って身体を撫でる。
ひくっと震えただけで、私はそれを止めることも出来ずされるがまま。
今までも身体が上手く動かないということはあったけど、ふわふわくらくらしたこんな感覚はなかなか無い。
欲しいとか欲しくないとか、嫌とか善いとかじゃなくて、何も出来ない。
どうして私は、この人に口づけられているのだろうか。
「っぁ、……っふ」
「緊張してる?」
「ゃ」
「ふふ、随分控えめな抵抗だね」
「んっ……っは、ぁ……っ」
身体が震える。声が出ない。
彼の手が私の身体をまさぐっていく。
そんな、なんで、まって。
まだ、まだだめ。こんなんじゃ、うまく、できない。まって、おねがい。
「……っ、ぁ、ま、って、まって」
「だめ、待たない。可愛くて仕方ない」
「な、ぁ、っ」
「ホント……キミは私のことが好きだね」
かつてはよく聞いた台詞を言って、男は私を押し倒した。お決まりの台詞を返す余裕なんか無くて、私は無抵抗のまま組み敷かれる。
待ってって言ってるのに、ひどい。ひどいのに、とても嬉しいことを言うのはどうして?
くるくるとあちこちに跳ねた白い長髪がその肩を滑り落ちて、私の身体の上に乗った。……短くなっている。切ってしまったのだろうか。
久しぶりに見た顔が暗闇の中ぼんやりと浮かぶ。
変わってない。顔が変わったわけではない。
なのに装いや髪型一つで、こんなにも心乱されている。
普段は隠れて見えない耳が、髪をかきあげたことによって露出されている。一房だけちろりと垂れた後れ毛があざとい。いつもはフードによって無理矢理まとめられた後ろ髪の主張が激しい。
耳とか、かきあげられた髪とか、見たことが無かったわけじゃないのに、どうしてかドキドキしてしまう。久しぶりに会ったせいだろうか。それともやっぱり、服のせいだろうか。
久々に会ったら全然違う格好してるとか、そんなのドキドキしたって仕様がないじゃないか。
いつの間にかベッドサイドのランプを付けられていたらしく、近づけられた顔が嫌でも目に入ってしまう。私が起きたときにはすでにランプは点いていたのかもしれない。寝ている間に勝手につけたのかな。きっとそうだ。
取り留めもない思考が浮かんでは消えていく。もっとたくさん言いたいことがある筈なのに全然思考がまとまらない。
心臓は早鐘を打ち、身体の震えは一向におさまる様子が無くって、目を逸らしたいと思いながら私はその顔をじっと見つめた。
すき。
すき、すき、すき、すき。
会いたかった、どうして、うそつき、いじわる、ばか。
「……――まー、…………りん」
やっと。
ようやく一つ、名を呼ぶことが出来て、そうしたら、胸の奥で何かが弾けて、身体中を感情の波が突き抜けていく。
「……なんだい、なまえ」
穏やかに笑ったマーリンに、私は相好を崩して唇を噛んだ。
「…………、……――」
「やっぱり緊張してる?はは。昼間もものすごーく衝撃受けてたものね」
「っな、でっ」
「服のことかい?相応しい装いにしたと言ったろう。似合うかな」
「っ、」
「顔、真っ赤だね」
「ちが、うっ」
「嘘ついてもダメだよ?暗くても見えちゃうんだなぁ、夢魔だからさ」
似合うってことだね、流石私!と楽しそうに自画自賛すると、マーリンは肩に掛けたストールを見せびらかすようにつまんでにんまりと笑った。よく見た顔なのに、不思議と初めて見たような気分になる。そんな顔を見せないでほしい。
「なん、で、なんで」
「キミはさっきからそればっかりだね」
「だって!だって、急に、なに」
「だから、会いたかったんだよ」
「会い、なん、なんで」
「寂しかったからさ」
「は……は? 」
「傷つくなあその反応」
全く傷ついてないような声音でそう言ったマーリンの、あまりにいつも通りな態度と寂しかったという言葉が噛み合わなくて、ますます混乱が深まっていく。
私はこの人が好きで、だけどこの人は私が好きではなくて、だから振られて、もう二度と会えないと思ってて――。
こんなところで、こんな風に再会するなんて、本当に思ってもみなかった。
会いたいと思ってたから、いつだって私の目はあなたを探していたけれど、どうせいるわけないって心のどこかで思っていた。
「さみ、しかった、って、本当に……?」
「本当さ。ああでも、ニュアンスとしてはやっぱりちょっと違うかな?より正確に言うなら――恋しかった、かな」
「…………こ、い?」
絶対にマーリンの口からは聞こえる筈のない音が聞こえて、私はぽかんと口を開けて固まった。耳を疑うという言葉を今ほど体感したことはきっと無い。聞き間違いか、マーリンに他意など無いに違いない。そう言い聞かせようにも身体の方は理性を無視してどくどくと脈打ち、私の胸を締め付けた。
心臓を撫でられたようなくすぐったさに息を吐くと、その呼吸は鉛のように重く感じられる。心を、貫かれたようにも思うし、優しくくるまれたようにも感じられて、更にそれらを全部かき回されたみたいにぐちゃぐちゃだ。
悲鳴をあげる心の内から、ただ一つの声が聞こえる。
私も、あなたが恋しかった。
喉の奥で、声にならない声で名を呼ぶ。
くしゃくしゃに崩れた私の顔を見て、マーリンが目を細めたかと思うと、うっそりと微笑んで言った。
「――そう意識されると、当てられてしまうね」
その顔と言葉に、息が上がって、動悸が更に高鳴る。
ああ、ああ、すき。かっこいい。すき。
会えなかった分募った恋しさが溢れて溢れて、でも私のよく知った姿とは違っていて。
再会の喜びよりもっと鋭いものが私の胸を貫いた。
ああ、この人は、こんなにも私とは違うんだ。見慣れぬ姿と突然の再会に惑う私に反して、その顔は腹が立つほど
再びマーリンの顔が寄せられて、その唇が私の唇と合わさる。は、と息を漏らした私に、マーリンもまた口先でふっと息を吐いて笑ったように思えた。
「なまえ……」
「ふっ、……ぅ……!」
指に指を絡められ、身体が密着する。
くっついた部分が熱くて熱くて、燃えてしまいそうだ。
熱さと息苦しさに喘ぐ私の唇をあぐあぐと咥えるように口付けながら、マーリンも「あついね」と口にした。
「脱いじゃおうか」
「へ、ぁ」
ひっそりと囁かれた言葉に答える間もなく、マーリンの手がそっと寝間着のボタンにかけられて、その長い指が一つずつボタンを外していく。
ばくばく心臓が高鳴って、その指の動きを食い入るように見つめてしまう。ゆっくりとすべてのボタンが外されて、寝間着を左右に開かれる。
久々に晒した裸体にやっぱり胸が高鳴って、恥ずかしさでどうにかなってしまいそうだった。身体が震える。
「ああ……なまえ……」
じっと私の身体を見つめていたマーリンが、うっとりとした声音で私の名を呼んだ。それに反応してふるりと身体が大きく震えて、マーリンがそれを見て目を細める。
「……少し、痩せたね」
「んっ……!」
マーリンの指が私の身体を撫でる。
私の肌にマーリンが触れている、それだけでもうどうしようもないくらい熱く熱く身体が滾って、肌が汗ばんでいく。
「はッ、ぁ、ま、りぃん……っ」
「……」
「や……、やッ、あ、ぁっ!」
するすると指先が、首筋、鎖骨、胸から肋骨にかけてを撫でていき、私は身体を震わせ漏れ出る息を飲み込んだ。
だめ、だめ。触っちゃやだ。こんなの耐えられない。
「は……、あつい……」
「っは……」
呟くとマーリンが自らのストールに手をかけて、それを首から引き抜いた。そのまま無造作にベッド下に落とされて、汚れちゃう、なんて思ったけど、自らの服のボタンに手をかけようとするマーリンを見て、そんな心配は頭から吹き飛んだ。
「や、や、まってだめ」
「おや」
「だめ、むり、むりだから……」
「自分の裸より私の裸の方が恥ずかしいのかい?」
マーリンの顔を見ていられなくて、私は自分の顔を手で覆ったまま首を横に振った。マーリンがくすりと笑んでからかってきたけど、それに反抗する余裕なんて無い。
「裸なんて今更だろうに」
そういう問題じゃない。
言いたかったけど本当にそんな余裕は無くて、そうしたらマーリンが離れていく気配がして、そっと手をおろしてみた。
「あっ」
ばさり。
勢いよく服を脱ぐと、マーリンはそれをぽいと足下に置いた。ああ相変わらず大雑把だな、とかそんな事考える余裕も無く、上半身裸のマーリンが再び覆い被さってくる。
「や、っむ、り」
「今更オクテぶるのかい?」
「そ、じゃなくて、ほんとに、だめ」
「そんなにこの姿が気に入ったんだ?着替えた甲斐があったよ」
気に入った、と言えば、そうなのだけど。だからこそどうしていいか分からないのだ。
どうしてマーリンはこんなにも余裕があるのだろう。ううん、違う。マーリンが変わらないのは当たり前で、こんなに意識してしまっている私がどうかしているんだ。そんなことは分かっていても、考えてしまう。私ばっかり余裕を無くして、マーリンは何一つ変わらないなんて、ずるいって。
会いに来るのなら、教えておいてほしかった。
そうしたらせめて心の準備を少しは済ませておけたのに、昼間会った衝撃もさめやらぬままこんな風に夜這いに来るなんてひどすぎる。
マーリン相手に駆け引きなんて出来るほどの経験値は無いけど、相対するのに相応しい格好だって見繕えたのに。
ホテルに備え付けの寝間着なんて色気も素っ気もないものじゃなくって、ちゃんと好きな人を迎えられるように、もっとかわいく、大人っぽく、
したところで、どうだというのだろうか。
急に心臓が冷えていく。
マーリンの隣に立てるような服を着たとして、私はどう見えるのだろうか。
マーリンが何とも思わないだろうことは分かる。むしろもう少し何か思ってくれてもいいくらいには、きっと何とも思わない。じゃあ周囲から見て、どうだろうか。私はこの人の隣に立っても大丈夫だろうか。大丈夫、って何だろう。分からない。そもそもどうして私に会いに来たのか、それも分からない。夜を共に過ごせる女の子が欲しかったから?でもそれなら、もっと気楽に出来る人を見繕えたんじゃないの?最後までする気も無いくせに、どうして私の元へ来てくれたの。私が慌てる姿が面白かったから?だから会いたかったの?でも、じゃあ、なんで、恋しいなんて、言ったの?
分かんない。何にも分かんないよ。
「……なんで、ぇっ、う」
「えっ」
「ぅ、……くっ」
「なまえ?」
「ふ、ぅっ、うぁっ」
「えぇ…………」
困ったような呆れたような声が降ってくる。
必死に目から流れていく涙を両手で拭いながら私はそれを聞いていた。
久々に会った大好きな人に押し倒されて、どうして私は泣いているのか。それもよく分からない。もう本当ぐちゃぐちゃだ。
嬉しい筈なのに、全然状況についていけなくて、何だか切なくて、この人が素敵すぎるから泣いている。
「……ごめんよ。性急すぎたね」
「うぅうっ!」
「よしよし、泣かないで」
「っ、ん、ぅっ」
隣に寝転んで私を抱き寄せるマーリンの胸板に額を擦り付けて、未だおさまらない動悸に胸元をぎゅうと掴んで何とか泣きやもうと試みる。
「ああ……本当、キミはかわいい」
「うぇっ、ぁ、うっ!」
「え、更に泣くのかい?今ので?」
「っも、やめ、やだぁ……っ」
「褒めているのに、変ななまえ」
人が泣いているのに、少しだけ楽しげな色を乗せてマーリンが言う。
何なんだ本当に。かわいいとかどういうつもりで言っているのだろうか。やっぱり私が混乱するのが楽しくてやっているんじゃないだろうな。ああ何だか本当にそんな気がしてきた。ひどいやつ。こんなに好きでぐちゃぐちゃになってるのも、マーリンからすれば「変で面白い」で済んでしまうんだ。
「一年以上会ってないのに、まだ私を好きでいてくれたんだねぇ」
「……いちねん、ていどで、わすれるとおもったの?」
「薄れはするかなと思ってた」
「薄れたほうが、よかっ、た?」
「……いいや。嬉しいよ、なまえ」
「…………っ」
「泣くほど喜んでくれてありがとう」
「よろ、こ、……」
喜んだわけじゃない、と言おうとして、泣いてる理由が自分でも分からないから、言いよどんだ。
会ってない分気持ちが強まったとか、逆に薄まったとか、それもよく分からない。それでも大好きって気持ちだけはどうしても捨てられなくて、ずっとマーリンの影を探していたのは確かだ。
会いたいと言われて嬉しくて嬉しくて、会えると思ってなかったから困ってしまって、会ってしまったことが少しだけ切なくて、ああ、きっと私は、幸せすぎて泣いているのだ。
だからマーリンも嬉しそうなのだろう。
だってマーリンは、幸せな色を好むから。
ねぇ、会いたかったって、どうして?
聞こうとして顔を上げた私を、マーリンが穏やかな顔で見つめているのが目に入ると、途端に私は言葉を失った。
目の前に、マーリンがいる。
せっかくの再会の夜に、結局私は何一つまともなことを言えないまま。
ただ彼の胸に縋って、言葉の代わりに涙を吐き出し続けることしか、出来なかった。