きみだけラズベリー
「バレンタインって残酷な行事だよね……」
「万能美女ダ・ヴィンチちゃんにチョコをねだろうなんて太い奴だねロマニ」
「言ってない!チョコは欲しいけど!」
深夜の管制室。スタッフもすべて帰し、最低限の保守作業の為に居残るボクに、レオナルドがコーヒーを持ってきてくれた。じんわりと暖かいコーヒーの熱に、ついぽつりと零してしまう。
そんなボクに斜め上の返答を宣うと、レオナルドが呆れたようなバカにするような視線を投げてきた。何だよその目は。
ボクはただ感想を述べただけだ。断じてレオナルドからのチョコをねだったワケではない。
「マシュすら何もくれないなんて……」
「そりゃあきみ、マシュは大本命に命がけだからね。多分悪気はないよ」
それは分かってる。マシュは優しく義理堅い子だから、義理チョコ文化を知っていればきちんと用意してくれた筈なのだ。だから、そこが省かれて伝わったのに違いない。もしくは、レオナルドの言うとおり、本命に必死で忘れてしまったか。……それはそれで寂しい。
チョコが動いて人を襲うという、B級パニック映画のような事象も過ぎ去り、時は既に2月15日。人類最後のマスターへの愛が飛び交っていた日中、密かにおこぼれを期待しないでも無かったボクは、けんもほろろ、どころか意に介されすらしなかったことに、割と結構ショックを受けていた。そこまで期待してたつもりは無かったのに。
「スタッフ同士で分け合ったのがあるだろう」
「あれはまさしく“分け合った”だけだよ……優先すべきはサーヴァントとマスターだからね。残ったリソースで支給された分を、慎ましく等分したよ……」
中には、甘いモノが苦手だからと、他の女の子に譲るという男前ぶりを発揮したスタッフもいたけれど。ボクは普通にチョコが欲しくて、そういうコトもなく、ありがたくいただいた。ほろ苦い、味がした。
やれやれといったように息を吐くレオナルドに、何だよと視線を向ける。自分のコーヒーを飲み終わったらしいレオナルドは、ふふんと鼻を鳴らしてくるりと背を向けた。
「ま、夜が明けるまでは今日がバレンタインさ。遅くまで仕事してる良い子の君に、もしかしたら奇跡があるかもだぜ?」
お仕事がんばってね~、と高らかに言い残し、レオナルドが管制室から出て行く。慰めているつもりなのかもしれないが、それは残酷な言葉だった。今から夜が明けるまで、万が一もしかしてを期待しろって言うのか!?この孤独な保守点検の間中……!!
「くそぅ……とんでもない呪いをかけやがって……」
ぶつくさ文句を垂れながら、目の前の画面に目を向ける。保守作業なら自分が、と言うスタッフに休むよう言ったのはボクだ。他の仕事でどうせ起きているつもりだったから。しかし、自室にこもっていれば、何の期待も持たなかったろうが、なまじ管制室詰めとなると、ほんのちょっぴり、誰かが通りかかって何かをくれるなんてコトが……無いよなぁ。
「……なまえちゃんは……誰かに、あげたかな…………」
ふとそう呟いて、自分の言葉に渋面を作る。
サーヴァントたちの
サーヴァントは勿論のこと、マスターであるなまえちゃんも、このときばかりは好きにリソースを使っていいよ、と話したのだが。
「私に、
苦笑してそう言う彼女に、そんなことないよ、ボクはだって、キミに貰えたら絶対嬉しい――とか口走りそうになり、半端に止めてしまったせいで、変に気まずくなった。最悪だ。
他人の精神を預かる身で、己の精神もろくに制御出来ていない。何が医療部門のトップだ。近頃のボクはどうかしている。
彼女はよくやっている。危なっかしくて目が離せないのは変わらないが、いや。目が離せないのは、それだけなのか。
そんなことも考えないよう思考を止め、目の前のモニターに視線をやる。コーヒーを一口あおり、一息吐くと、雑念を頭から追い出して、作業に集中した。
◆
カツ、と、響いた音に手を止める。入り口を振り向くと、そこにはいつもの制服姿ではなく、部屋着のワンピースに身を包んだなまえちゃんが、所在なさげに立っていた。
「なまえちゃん!?ど、どうしたんだい」
人類最後のマスターである彼女は、今日とんでもなく忙しかった筈だ。消灯時間はとっくに過ぎて、人間である彼女が無意味に起きていていい時間ではない。
「ドクター、まだいるって聞いたから……」
小さく呟かれた言葉も、静まり返った二人きりの管制室にはよく響く。
トトト、と音を立ててボクの元へと走り寄るなまえちゃんの、ワンピースの裾が揺れるのが見えた。いつもより裾の長い服なのに、妙にどきりとした。
傍まで来ると、速度を落としてゆっくりとなまえちゃんがにじり寄る。……明らかに、背中に何かを隠していた。
「…………」
いやダメだ、期待は良くない。
言い聞かせて気づかないふりをする。「こら、起きてちゃダメじゃないか」と出来るだけ優しく叱りつけると、ちょっと眠れなくて、その、と彼女は口ごもった。
「ん?」
穏やかに、と意識して首を傾げると、彼女が伏していた瞼を上げた。上目遣いにこちらを見る表情は、日中の朗らかさとは違って、まるで大人しい女の子のようだった。はにかむように口をもごもごさせる姿に、ぎゅっと胸が締め付けられたように高鳴る。なんて可愛いんだろう。
任務中、そんなことはおくびにも出さないなまえちゃんだけれど。
ボクは知っている、彼女が女の子扱いされないことを気にしているのを。
戦闘ではマシュに頼り切りなのだから、そうでないときは私がマシュの騎士でいます!と朗らかに言った姿は頼もしかったけれど、同時に痛々しくもあった。
なまえちゃんは強がりなのだ。
それでも、強がらなくていいとは言えない。
強がりでも、強くなってもらわねばならないからだ。
だけど、女の子でいることを捨てる必要なんてない。
一目置かれた結果だったり、強がって敵を睨む姿に、雄々しさを見いだされていつも女性扱いから省かれるなまえちゃんだけど、彼女はじゅうぶん可愛らしい。
マシュと変わらない、いや、マシュとは違う、なまえちゃんらしい愛らしさを、ボクは分かっている、つもりだ。
それでも、こんな姿は珍しい。というか、初めて見た、かもしれない。何だかちょっと照れていて、声はうっすらかすれていて、妙に艶っぽく響いて聞こえる。えっと、と拙く口ごもるなまえちゃんが体を揺らすと、足下でワンピースの裾が揺らめいた。ぱちぱちと瞬く瞳から、きらきらと星屑が散るのが見えるような気がする。
崩れそうになる表情筋を脳内で叱咤して、無言で先を促す。おずおずと差し出された手の中には、ちょこんと小さな、可愛らしい包みがあった。
「余ったリソースで作ったから、たっ大したものじゃないけど。あの、要るかなって」
「いる!いるよ!」
「うぇっ」
「あ、ご、ごめん」
思わず前のめりで包みを掴んでしまった。
驚くなまえちゃんにハッとして謝ると、そっとなまえちゃんが包みから手を離す。
細いリボンで結われた小さな包みは、ボクの片手の平に収まるサイズだったが、それでも両手で恭しく受け取ると、そっとリボンの端をつまんでみせた。
「開けていい?」
「……うん」
リボンを解き、包みの口を開ける。
中には不器用なトッピングが施された、こげ茶色のカップチョコケーキ。
そっと取り出すと、包み紙を丁寧にデスクに置いて、カップケーキを両手で持ち直した。
「その、マシュと一緒に、余ったチョコでみんなに配るカップケーキを作ったんだけど」
もじもじと体を揺らして、言うなまえちゃんに、ボクの鼓動が高鳴る。やっぱり手作りなんだ。
「他のスタッフさんには仕事終わった人からマシュと二人で配ったんだけど、ドクターずっと仕事してたから渡しそびれて」
やけに早口でなまえちゃんが言う。
マシュもなまえちゃんも、今日はあらゆる意味でいっぱいいっぱいだと思っていたが、スタッフ含めボクのことも忘れていたわけではなかったらしい。なんていい子たちなんだ。
「そ、そうなんだ、ごめん。終わるの待っててくれてたんだね」
「うん、マシュも一緒に待つって言ってくれたけど、その、身体のこともあるし」
「そうだね。でも君も夜ふかしは…いやボクが悪いね、ゴメン待っててくれたのに……!」
「いやその、これ私がトッピングしたから、責任は私にあるっていうか」
「え!?なまえちゃんの手作り!」
「や、生地作りはマシュと協力したから!おいしいよ!見た目はあんまりだけど、あのでも、だから、私から渡した方がいいかなと、思って……ごめん……」
「い、いや美味しそうだよ!?何で謝るんだい!」
「マシュの作ったやつはもっと綺麗だし、」
「全然!これでいいよ!あっ、いや、これが!いいよ!!」
慌てて掲げたカップケーキには、愛の言葉もハートマークも無かったけれど。
どんな本命チョコよりも、なまえちゃんからの手作り菓子の方が嬉しいに決まっている。
「ありがとう……本当に……ありがとう……」
「ホントに喜ぶじゃん……」
「え?」
「いや、くれたら嬉しいとか、ドクター言ってた気がして……」
目をそらしてそう言うなまえちゃんに、ボクの頬がぼっと熱く燃える。あのときは誤魔化したつもりでいたが、普通に伝わっていたらしい。
「い、いやぁ!可愛い女の子から貰えるなら、そりゃあ!ね!」
「白々しいなぁ」
「ホントだよぅ!」
慌てるボクに、なまえちゃんがクスクスと笑う。
ボクの喜びっぷりに安心したのか、いつも通りの朗らかさを取り戻したらしい。からかうように口端を上げると、このこと他の人には内緒にしてね、と小悪魔みたいに囁いた。
「な、内緒?なんで?」
「それ、特別だから」
「へ!?」
「……なんちゃって。まあでも、貴重な私の手作りだし。ちゃんと感謝して食べるよーに!ね?」
じゃあお仕事がんばって、と告げると、なまえちゃんはくるりと裾を翻した。出会った頃より少し伸びた髪が、スカートの裾と同じに揺れる。
「――…………」
「ドクター?」
ずん、と心臓が高鳴って、動けなくなったボクに、なまえちゃんが体ごと首を傾げる。大げさに窺うようなその仕草にまた髪が揺れて、再度鼓動が跳ね上がった。
「、あ、いや。き、君もちゃんと休むようにね」
「それこそドクターもね」
「うっ、ぜ、善処します」
おやすみ、と告げて、今度こそ彼女は背を向ける。
おやすみ、と返してその背が入り口を抜けて廊下の向こうへ消えるのを見届けると、胸の苦しさに顔がくしゃくしゃになった。眉間に深い皺が寄る。
「こういうの、ギャップ萌えって言うんだろうか……」
常に可愛いを纏ったアイドルに見慣れたせいか、どうにもあの手のギャップに慣れない。
人の魅力はギャップが基本というが、最近心底それを思い知っている。
なまえちゃんの不意打ちには、動揺させられっぱなしだ。
なまじ彼女はまだ子供なだけに、言動が無邪気で、それがかえって良くない。
何というか、危ない。
何がとは、上手く言えないのだが。
一度マギ☆マリに相談したら、私と言うものがありながら、そんなにその子が可愛いの?と叱られてしまった。
マギ☆マリの完成された愛らしさとは全然違うもので、それは比較出来るようなものではない。
じゃあどこが違うのと詰められて、やっぱり上手く言えなかったのだが。
ふと、手の中のカップケーキへ視線を落とす。
「……ははっ」
綻ぶように笑みが零れる。
しばらくニヤニヤとカップケーキを眺めていたが、いつまでもそうしているわけにはいかない。仕事もあるのだし。それにいい加減、味の方も確かめてみたい。
「でも、その前に」
そっとカップケーキを左手で掲げると、右手でモニター上部に取り付けられた端末を掴む。カップケーキに向かって端末を掲げると、脇のボタンをぽちりと押した。
パシャリと機械的な音が小さく響いて、モニター上にカップケーキの画像が表示される。記録よし。これでいつでも見返せる。
なまえちゃんからもらったものは、みんなに配られた量産品の、所謂義理チョコだ。
それでもこれは、彼女がボクに作ってくれた、たった一つのチョコレート菓子。
一口、口に含んでみる。やわらかなチョコの甘みが疲れた体に染み入り――甘酸っぱさが、舌の上で弾けた。
「!」
もぐもぐとケーキをほおばりながら、思わず手元のカップケーキを見つめる。
外観からは分からなかったが、中に一粒、赤い果実が入っていた。これは――木苺だろうか。
予想外の隠し味に、ほんの少し面喰らう。
「おいしい」
目を瞬かせながら、思わずこぼした言葉は紛れもない本音だ。
思っていたのとは違う味だったが、むしろそれが、なんだか妙に心地よい。
もう一口、ケーキをかじる。残った果実をまるごと頬張ると、口いっぱいに甘酸っぱさが広がる。
チョコよりもずっと、甘い気がした。