最初に好きになったのに
あたしが一番仲が良いと思っていた幼なじみが、思春期にさしかかった途端に年頃の女の子たちとどうにかなり始め、焦って告白してみたら貰った返事がこれ。
「ごめん。キミのことは女の子として見れない」
……そんなのってあるか。ずっと一緒にいたのが悪かったのか。
そう言ってあたしを振った幼なじみは、何やかやと国の大事に巻き込まれ、あれよあれよと言う間に出世して、今や国王付きの宮廷魔術師である。そんな彼が、急に故郷であるこの村にお忍びで帰ってきて、当然のように我が家に転がり込んできた。
「なまえ、キミってば縁談を断ったんだね」
仕方なく座らせた卓の向かいにあたしが腰を下ろすと、単刀直入にマーリンが切り込んできた。
「……誰に聞いたの」
「誰に聞くでもなく、この私の目には何でもお見通しなのさ」
ああはい、千里眼ってやつ。
あたしはこの男に味覚も無ければ心も無く、千里眼とかいう謎スキルを持つことも心得ている。なぜかってマーリンはあたしだけにはべらべらと何でも話してくれたからだ。この事実を知っているのはおそらくこの村であたしだけなのに、だからなのかあたしだけは女として見れないなどと言う。村中の娘をつまんだくせに。
「どうして断ったんだい。次の相手はなまえにとっていい男だと、文までしたためて送ったのに」
「あああれね、最後の機会になるから彼にしとけって余計なお世話すぎた手紙」
「実際そうだよ。適齢期過ぎちゃってるじゃないかキミ。彼は本当に、なまえにとって良い伴侶になれたと思うよ」
「……確かに良い人だったけど、恋は出来なかったんだもの」
「またそれかい?」
あたしの答えにマーリンが苦笑を漏らす。
「もうそんな年でもあるまいし」
「そういうマーリンの浮き名はこっちにまで流れてきてるわよ」
「私はいつだって適齢期だもの」
「あたしだってそうよ!」
「ふうん。ならしてるのかい、誰かに恋を?」
「……」
苦虫を噛み潰したような顔でマーリンを睨んでみても、どこ吹く風と言わんばかりに白々しく首を傾げられた。
「あたしは今でもアンタが好きなのよ、知ってるでしょ!」
「え?いやぁ。流石にまだ好いてるなんて思ってもみなかったとも」
「なら何度でも言うわよ、好き好き好き!」
「それはどうも、でもごめんね」
「女として見れないって言うんでしょ!?分かってるわよ!」
「うん、そうなんだ、悪いね」
からからと笑いながらそう言われ、はぁ~と大きなため息を吐く。いつの間にか立ち上がっていた席に着き直すと、もう一度大きくため息を吐き、頬杖をついた。
「なーにがダメなのかしらね」
「キミは十分魅力的だよ。適齢期を過ぎても縁談が持ち込まれるくらいなんだから」
「アンタから見て魅力的じゃないなら意味無いのよ」
「魅力的だよ。ご婦人の一人に数えられないだけでね」
「それが嫌なの!もう、あたしを怒らせに帰ってきたの?」
じろりと睨め付けると、マーリンは肩をすくめて「滅相もない」と否定した。じゃあ何しに、とあたしが尋ねる前に、マーリンは綺麗に微笑んで言った。
「なまえがまだ僕を好きだって言うのなら、諦めさせる為に帰ってきたのさ」
――如何にあたしを恋人にする気がないかを演説し終えると、マーリンは満足げに笑って席を立ち、「じゃ、帰るよ」と軽やかに言った。本当にあたしを諦めさせる為だけに帰ってきたのか。信じられない。
ローブの裾を翻し、マーリンが扉へと向かう。見送る為に重い腰を上げたあたしを振り返り、傍に来るまで扉を開けたままマーリンはあたしを待った。
「じゃあね、なまえ。幸せにおなりよ」
「……今めちゃくちゃ不幸のどん底よ」
「なら今後上がるだけだ。良かったね」
「本当にあたしを怒らせに帰ってきたわけじゃないのよね?」
「賢者らしくキミを導こうと思ったまでだよ」
両手を広げてそう言うと、マーリンはにこりと微笑んだ。陽光に照らされた髪が光を弾いて七色に輝く様に目を細める。
――始まりは、その美しさに見とれたところから。
綺麗な子、他の誰とも違う子。
虜になって、どうしても話したくて、マーリンを追いかけ回して。
いつしかマーリンは、あたしに色々と話してくれるようになっていた。
マーリンはあたしなんかと違って、何でも分かってて、何でも知っていて、何でもあたしに教えてくれた。
話の半分も理解出来なかったけれど、マーリンはそれを気にしなかった。ずっと一緒に、いてくれたのに。
「ねぇ、あたしの何がダメなの?」
「ダメなんて、言ったこと無いだろう?」
「だって、女としての魅力を感じないんでしょう」
「キミを、他の子のようには視れないよ」
どうしてよ。あたし、他の子よりもよっぽどマーリンを知ってるのに。
貴方が恋なんて出来ないことも、知っているのに。
あたしには全部、話してくれたじゃない。
「僕の後をつけ回すのはもうおやめ。そして幸せに。さよなら」
村の誰かが言っていた。彼は住む世界が違うって。
実際、マーリンは今や王宮に務めていて、本来ならこうやって軽口を交わせるような存在では無いのだ。でもそんなの、関係ない。あたしは誰もマーリンに関わろうとしなかった頃からずっと、ずっと……。
でも今は、みんながマーリンを好いている。
「……またね」
往生際悪くそう言ったあたしに、マーリンは少しだけ困ったように眉を下げると、ひらりと手を振って踵を返した。
「あーあ……」
ぽつりと零し、扉を閉めると室内に戻る。今の今までマーリンが腰掛けていた椅子にそっと座ると、背もたれにぐっと寄りかかり、天井を見上げた。
「あたしが最初に、マーリンを好きになったのに」
名残惜しむそぶりも無く去っていった影を思い起こしては、幼かった頃の思い出を重ねてしまう。マーリンを独り占めしていたあの頃が、きっと一番幸せだった。マーリンといると楽しくて、マーリンがいればそれで良かったのに。
「あたしだって、マーリンを他の奴と一緒には見れないんだからね」
だって、アンタみたいな男、他にいやしないんだから。