愛し哀され
マーリンが私を避けていることに気づいたのは一週間ほど前だ。
おそらくその五日ほど前から避けられていたのだが、鈍い私はいつもの気まぐれだろうと最初は全く気付かず、三日目くらいに漸く疑い出し、五日目にして漸く確信を得るに至った。
だって公式に召集しても現れないのだ、どう考えてもおかしい。
避けられていると気づいてからは私もサーヴァント達にマーリンを知らないか尋ねては捕まえようと奮闘したのだが、向こうは冠位の資格と千里眼を持つチートキャスター。
こちらの行動など筒抜けなようで一向に捕まってくれない。
こんなに必死に探しているというのに酷い奴だ、知ってたけど。
避けられる理由にこれという心当たりは無い。
特段喧嘩もしていないし、機嫌を損ねたりもしていないと思う。
いや、マーリン以外なら機嫌を損ねたかもしれない事も度々してしまうが、マーリンが今更そんな事で機嫌を損ねるとは思えない。
というか、奴には感情がないので誰に何を言われても何処吹く風だ。
ただ一つ、以前と変わった事をあげるとするなら、私がマーリンに恋をしてしまった事だろうか。
というより、漸く自覚した、いや──漸く認めた、と言うべきか。
多分もう、ずっと前には好きになってしまっていた。
認めてしまったその瞬間から失恋が確定しているような恋だから、必死に誤魔化していただけなのだ。
マーリンは人の感情を食べる夢魔。
人の精神に寄生し、寄生した先の人間の感情によって価値観を変える、私とは全く違う種族。
人の形をしているだけで、中身は全くの別物だ。
分かっているけどどうしようも無かった。
マーリンとの日々は楽しかった。心が無い事を知っていながら欲しくなるほどには。
そう、心が無い…彼は自身をそう表した。私もそのように納得していた。
でもどうやら、半分は人である彼には、ただ少しだけ心というものがあったらしい。
アルトリアに対するマーリンの反応がそれを如実に物語っていた。
マーリンはアルトリアを特別に想っている。
でなければ、嬉しいけど心の準備が、なんて言葉が出てくる筈がない。
「マーリンがアルトリアを想っている」
その事実が恋心を燃え上がらせ、その熱は私を苛んだ。
気付けばもう、どうしようも無い程好きになってしまっていた。
自覚してしまったら隠し通すことは難しくて、今まで当たり前のように出来ていた事もままならなくなってしまった。
こんなにも大きな熱に彼が気づかない筈がない。
だから、多分、マーリンが私を避けているのはきっと、
マーリンは私に頻りに恋をするよう勧めてきたけれど、自分に恋をしてほしくは無かったのだ。
キスするのも、口説くような物言いも、全部ただからかっていただけ。
知っていたのに、分かっていたのに、好きになってしまった。
マーリンが身を隠したのは、私に諦めさせる為だろう。
嫌われたわけではないと思う。…そう思いたい。
いや、マーリンに嫌いな人間などいないのだから、それはきっと心配無い。
その代わり、私を特別に想ってくれる事も無い。
アルトリアはきっと、本当に特別な“例外”なのだ。
私は彼女のようにはなれない。
この状況がマーリンの答えを物語っている。
好きになられても返せない。きっとそう言っている。
知っているし、分かっている。
カルデアの端から端まで走って走って、それでもマーリンは見つからない。
「…もう、何なの、本当」
肩で息をしながら俯けば、瞳から涙がこぼれ落ちた。
「…分かってるんだよ、ちゃんと。何にも期待なんかしないから…」
涙は止まることなくあふれ続け、ぼろぼろと床にこぼれて行く。
マーリンの馬鹿野郎、お前は何人の女を泣かせたら反省するんだ。まさか私が泣かされる羽目になるとは。
「…好きに、なって、ごめん…っ、お願いだから…避けないでよ…」
とうとうその場にうずくまる。
膝に顔を埋め、声を殺して泣いていたら、こつり、と靴音が聞こえてしゃくり声を押し込んだ。
「…泣くほど、私に避けられたのが辛かったのかい」
耳に届いたのは、私が探し回っていた張本人の声で。
「…っ!まー、りん…」
膝に埋めていた顔を上げ、涙でぐちゃぐちゃの顔で名を呼べば、マーリンが困ったような顔をして目の前に立っていた。
「酷い顔だ。折角の可愛い顔が台無しだなぁ」
この期に及んで軽薄な口説き文句を口にするマーリンに、ぼろぼろと涙を零しながら顔を歪ませて私は笑みの形を作る。
「…また、そんな事言って…っ、もっと好きになったらどうすんのさぁ…」
「あぁ、ごめんよ…つい」
ひくりと喉を鳴らしながら、多分不細工な顔で必死に笑おうとする私に、マーリンは大して表情を変えるでもなく、そっと指を添えると優しく涙を拭き取ってくれた。
その優しい感触が更に私の心を追いつめていく。ぼろり、ぼろりと零れる涙をそのたびに拭いながら、マーリンは優しく囁いた。
「…泣かないで。キミに泣かれると、少しだけ胸が痛む」
「…喜ばせようとしてる?」
「本心だよ。キミが悲しむところを見るのはちょっと痛い。…悲しませたのは私だけどね」
「…そんな事言われたら期待してしまうよ……。……、気づいたから避けたんでしょ…?」
言葉にするといっそう苦しくて、ぐしゃりと顔が歪む。
マーリンは一瞬だけ目を逸らすとすぐに私に向き直り、こくりと頷いた。
「…うん。これ以上私に熱を上げられたら困ると思ったから、身を隠したんだ」
想像通りの答えだった。
マーリンの顔を見ていられなくて、顔を伏せる。
「…好きでいるのは、迷惑?」
ぽつりと呟いて問いかけると、マーリンはそっと私の頭を抱き寄せた。また瞳がじんと震えて、咄嗟にマーリンの胸に額を埋める。
「そうじゃなくて…、…キミに想いを返せない。そうしたら、キミは傷つくだろう。だから、私の事などさっさと忘れてほしかったんだ。キミには前を向いていてほしいから」
マーリンの言葉にぐっと唇を噛みしめる。
ぐいとマーリンの身体を押し返すと、驚いた様子のマーリンに向かって私は怒りの声をあげた。
「避けられた方が傷つくよ、馬鹿!」
ふとマーリンの顔から表情が消える。
「ごめんよ、嫌われたかったんだ」
「…本当に、馬鹿!クズ!!」
マーリンが眉尻を下げて苦笑する。
散々言ってきた言葉だけど、これほどに実感したのは初めてかもしれない。
私に嫌われても、マーリンは平気なのだ。それが苦しい。
「…それを知っていて私を好きになるなんてね。見る目が無いなぁキミは」
「うるさい!マーリンが私をその気にさせるから……っ!それなのに嫌われたいとか、本当に酷い!」
再び涙がぼろぼろと流れて、声が震えた。
マーリンがそっと眼を伏せる。
「だって、好きでいたままじゃキミが辛いだろう」
それが何だと言うのだろうか。私がどんなに辛くたって、マーリンには関係ない筈なのに。そんな上辺の優しさが剃刀のように私の心を削いでいく。マーリンの優しさは、私を思うが故のものではないのだ。
「避けられたり嫌うように誘導されるよりはずっと良いもん…!馬鹿馬鹿馬鹿!!」
はらはらと頬を涙が流れ落ちていく。顔も声も心ももうボロボロだ。
マーリンはそんな私をじっと見下ろしていたかと思うと、温度の感じられない声で「そんなに私の事が好き?」と尋ねてきた。
「…もう、どうしようも無いくらいには、好き…」
みっともなく泣き喚いてしまう程度には、マーリンが大好き。
私の言葉に、そう、と答えるとマーリンはまた目を逸らす。
「…キミが望むなら、恋人としてキミを愛する事も出来るよ。どうする?」
薄く笑みながらマーリンは問いかける。
恋人として私を愛する──それは私が望んでいた事ではあった。
マーリンに好きだと告げて、僕も好きだと返される。たったそれだけの事が、きっと私の心を満たす。私は夢見る、マーリンに愛される幸福を。
「…でも、それ、本心じゃないんでしょ…?」
そしてその幻想を自ら打ち砕く。
マーリンの言う「私を愛することが出来る」という言葉は、私が望んだように反応を返せるというだけの事なのだ。
そこに、マーリンの心などない。
「…うん。私は上手に誰かを愛せるけど、それは決して私の心からの行為ではない」
いつもとそう変わらない声音で、マーリンは残酷な真実を吐く。
ぐっと顔を俯けて床を意味も無く見つめながら、私は必死に声を絞り出した。
「…そんなのは、嫌」
本当は、少し揺れた。だけどマーリンに愛を偽られるのは、マーリンに愛されない事よりも悲しかった。
「じゃあ、その気持ちをずっと抱えたまま、見返りは何もいらないと?」
「…いらなくは、無い。欲しい。けど、偽物は嫌なの…」
「…そう」
我が儘だなと我ながら思う。マーリンが最大限私に寄り添ってくれた事は分かっているけど、それに縋ってしまったら、いつかは嘘に耐えきれず壊れてしまう気がした。
「まぁ、きっとすぐに別の誰かが現れて、キミの気持ちを浚って行くだろう。だから気楽にいればいい。私への恋心など、はしかみたいなものさ」
マーリンが笑って言う。貴方が好きだと泣き喚く女に対して、はしかみたいなものだなんてよくも宣えるものだとつい感心してしまった。
傷口を深く抉られながらも、そんなマーリンらしさに私は涙を目の端から零れさせながら、それでも何とか笑って言った。
「…本当、酷い奴」