夢の庭で踊る花

夢という名の楽園アヴァロンに二人きり。幻想的な風景の中、柔らかく微笑むとマーリンは言った。

「今日という不思議な、目まぐるしい一日の思い出にもう一つ。この楽園に咲く花をキミに贈ろう」

いつの間にか、マーリンの手の中には一輪の花があった。その花を私の髪にそっと挿すと、指先でそのまま私の髪を撫でる。

「――マイロード」

改めてマーリンが私を呼ぶ。

「共に歩む道行きに、花の祝福があらんことを」

そう言って、私の髪から手を離した。

マーリンがよく口にする言葉。
私に花の祝福があるように――その言葉はきっと、親愛の証ではあったのだろう。
けれどいつだって送り出す側として発されるそれに、一抹の寂しさを感じていたりもした。

しかし今、マーリンは「共に歩む」と言った。

それを理解した瞬間、今までの思い出が脳内を駆け抜けていく。

立ち止まって、先で待って、見守って、見送って。

いつも一緒にいたのに、いつも傍にいなかったマーリン。
誰とも歩いては行けない人。

その筈だったのに。貴方はずっとそう言っていたのに。
どちらかの背中ばかり、見ていたのに――

――ああ。
マーリンは本当に、私を受け入れてくれたんだ。

急にそんな実感がわいて、どうしていいか分からなくなった。

無言で感極まっている私の様子を見て、マーリンが目を細める。
くすりと吐息を漏らすと、マーリンはその場に跪いた。

右手を自身の胸にそえ、左手を私へと差し出すと、いつもの柔和な笑みを浮かべて、囁くように言う。

「私と、踊ってくれますか?」

「――よ、よろこんで」

我に返り、慌てて返事をしながら震える手を差し出すと、マーリンがその手を取って、ゆっくりと立ち上がる。

「二人でこのままワルツを」――なんて、いつもの軽口かと思ったのだけど、本当に踊ってくれるんだ。
あまりに急な提案に、内心焦ってしまう。分かっていたら、もっと準備も覚悟もできたのに。こんな嬉しいことがあるなんて、思ってなかったから。

「そんなに緊張しなくても、ここには私以外誰もいないよ?」
「きっ、緊張なんかしてない」

口角を上げてからかうようにそう言うマーリンに、反射的に口から憎まれ口が飛び出してしまう。
しかしそんな私の反応など、さらりとマーリンは受け流す。

「そうかい。それなら、ほら」

言いながら、繋いでいない方の手で、マーリンが私をそっと抱き寄せる。

「こんなにも美しい姫君と踊れる名誉に与れるなど、これほど光栄なことはございません」

自然と見上げてしまったマーリンの顔を見つめれば、歓喜に蕩けたような顔で、マーリンはそんな言葉を口にした。

「、な、なに言ってんの。ほんとに王子様みたいなことしちゃって」

照れてしまって、顔を逸らしながらそう言うと、マーリンが朗らかに笑う。

「僕が「王子様」でいられるのはここだけだからね」
「?ココって?」

言われた意味を計りきれず、首を傾げる。確かにマーリンは王子様じゃないけども。――いや、実際は王子様なんだっけ?だとすると余計に解せない。
楽園にいるマーリンは、王子様というよりは傍観者とか、そのまんま夢魔と言った方が近いだろうし、そうじゃなくても、塔に囚われているのだから、お姫様の方が「ぽい」と思う。

だがマーリンは薄い笑みを浮かべるばかりで、私の疑問に答えるつもりは無いらしかった。

……またいつもの、よく分からない言葉で煙に巻くやつか。

「私だけの王子様ってことかな」

こういうとき、どういう意味かを尋ねても、マーリンは決して答えてはくれない。だから自分に都合良く解釈して、そういう風に問いかけると、マーリンはたいてい、同じ反応を返した。

「はは、そういうこと」

やはりマーリンは、いつものように、何だか嬉しそうに私の問いを肯定した。
多分きっと、マーリンはそういうつもりで言ったのではない。いつも、どんな返事をしても、マーリンは私の都合のいい解釈を肯定するのだ。

「私がお姫様でいられるのだって、マーリンの前だけですよ」

教えてくれないモヤモヤを乗せて、頬をほんのり膨らませる。ちょっとおどけて言ってみせたら、マーリンがわざとらしく目を見開いた。

「おや、それはまさか。キミが姫として本物の王子を求めるなら、私なんかよりもっと適任がたくさんいるとも」
「……」

マーリンの返事に、自然と眉間に皺が寄る。
この男はこの期に及んで他の男の話をするのかと。

「確かに、カルデアだとアーサーやガウェインが正統派王子様として存在してるし、他にも異国の王子たちがたーくさんいるけど。エスコートも頼めばしてくれそうだし」
「ボクのオススメはアルトリアだけどね。王子様として、キミを完璧にエスコートしてみせるとも。この私がしっかり仕込んでおいたんだ、任せておくれよ」
「まーた王の話して……自分のことみたいに言うじゃん」

他の男の話をしだしたと思ったら、流れるようにアルトリアの話に持って行くマーリンにため息が漏れる。
こちらとしては嫌味のつもりだったのに、そう楽しそうにされては、呆れて笑う他無い。

「王の教育係だから、王子様っぽく振る舞えるわけか……」

独り言のように呟くと、マーリンが「これも宮廷魔術師のつとめだよ」と嘯いた。……普通の宮廷魔術師は多分そこまでしないのでは?

胡乱な返事に適当なことを言うな、という意を込めて、じとりとマーリンを見上げると、

「キミとこんな機会を得られたのだから、宮廷に仕えておくものだね」

――などとはにかむように微笑んで言うので、私は反論を引っ込めざるをえなくなった。

「……」

赤くなった顔を隠すように俯いた私の背に回していた腕を、マーリンがするりと解く。そのまま私の左手を取り、自分の身体に回させると、再び私の背に腕を回した。

「さて。では、二人きりのワルツとしゃれこもうか」

歌うようにマーリンが言うと、どこからともなく三拍子の音楽が静かに流れ出す。開けた花畑に音源などあるはずがなく、これはおそらくマーリンの魔術だ。こんなことも出来るとは、本当に便利なやつ。

ゆっくりとマーリンが動き出す。合わせて私も足を動かす。ミス・クレーンとハベにゃんが私の為に用意してくれたドレスの裾が、このときの為とばかりに揺れた。

「踊れるんだね」

たどたどしくもステップを踏む私に、マーリンが少し驚いた様子で言う。

「……実は、こんなこともあろうかと、ちょびっとだけ練習した」

マーリンの目が少し見開き、直後嬉しそうに細められた。

「私と踊る機会があると?」

優しく問われた内容は正しくて、でも正直に答えるのは恥ずかしい。
さっきマーリンは「宮廷魔術師をやっていたからこうして踊れる」というようなことを言っていたが、私は「マーリンといつか踊ったりしてみたい」という希望だけで、ステップを覚えたわけで。

「必要になることもあるかもなって」

なんて言い訳じみたことを言ってみるが、私に求められるのはいつだって男役だ。男性サーヴァントは一線を引いているし、女性サーヴァントは安心してときめくことのできる相手を求めている。私は女性サーヴァントたちのアイドルとして、マシュの相棒として、かっこよくあらねばならない。

だから男性パートはしっかりと練習したし、もっときちんと踊ることができる。

――こんな、こっそり相方のパートも少し覚えてみただけの、拙いステップとは違って。

「一人で練習したのかい?」
「まぁ……練習っていうか、ちょっと動きを確認したくらいで……」

初めてダンスを踊ったのは、確か新宿の特異点だったか。あそこで男装したのが、何かと私に男役が回ってくる発端だったかもしれない。
それはそれで凄く楽しいし、たくさんのいい思い出にもなっている。
そういえばマーリンは、私がアルトリアと踊ったことに、楽しそうな反応をしていた。……懐かしい記憶だ。

男の役はイヤじゃない。むしろ楽しい。

だけど、女の子役だって当然やりたい。……できれば、相手はマーリンで。

なんて素直に言い出すには、ちょっと思いつくのが遅すぎた。

だから気まぐれなふりをして、女性側のステップを踏んでみるのがせいぜいで。

「そういうときこそ私を頼ってくれればいいのに、キミときたら変なところで意地を張って。こう見えて私、教えるのは得意なんだけどなぁ?」
「マーリンとは本番で踊りたかったんだもん」
「頑固者」

つんとそっぽを向いて答えると、マーリンが苦笑を漏らす。

「なら、他の誰かに教えてもらえば良かったろうに。それこそ、王子様たちが教えてくれたと思うよ」
「一番最初に踊るのが、マーリン以外はイヤだったから」

答えると、マーリンはきょとんと目を瞬いて、

「キミって案外ロマンチストだよね」

なんて、ちょっと呆れたように笑って言った。

「案外って何よ」

むっと唇を尖らせて答える。ロマンチストで何が悪い。
私が筋金入りの夢想家でなければ、マーリンにこんなにしつこく恋心を持ち続けるなんて、きっとできなかった。

「悪く言ってるわけじゃないさ。キミの夢は心地いいもの。僕を思う夢なんて、特に」
「……じゃあ私がいつまでも夢見てられるように、頑張ってよね」

夢魔らしいことを宣うマーリンに、開き直って言ってみる。
別の誰かに恋した方が良いだとか、過去にはそんな風にも言っていたマーリンだが、私の言葉ににっこり笑うと、「それは勿論」とあっさり頷いてみせた。

「キミが望むままに、何だって与えてみせよう。何が欲しい?言ってごらん」

ひどく甘い声色で、マーリンが誘うように囁く。思わずたじろいだ。

「何か、しっぺ返しがありそうでヤダ」

何でも与えるとか、聖杯じゃあるまいし。でもマーリンなら、本当にそれが出来てしまうのではないかと思うと恐ろしい。
私の返事に、マーリンは小首をかしげると、笑みを浮かべたまま、不思議そうに言った。

「そうかい?シビアな現実なんて忘れて、いつまでも夢に浸っていいんだよ」
「絶対思ってないでしょ!何なのそのリップサービスは」

まったくもって今日のマーリンは大盤振る舞いだ。現実で四苦八苦する私を見ているのが好きなくせに、それを忘れてしまっていいだなんて。
夢の中のマーリンだから、もしや私の願望でも反映されているのだろうか。こんな風に言われたいとか、そう思っていた自覚は無いけど。

「心外だなぁ。キミが望むなら、ずっとここで踊っていたって構わないのに」
「そういうわけにはいかないよ」
「ふふ、冗談だ。……冗談だよ」

怪しく微笑みながら、マーリンが意味深に繰り返す。妙に色気のあるその声音に、胸がざわついた。

――このままこの話題を続けたら、本当に抜け出せなくなってしまいそう。

こっそりと息を吸うと、誘惑を振り切るべく、吐いた息を吐き出す。
雰囲気をかき消すように、まごつきながらも口を開いた。

「ま、マーリンも結構ロマンチストじゃん、そんなこと言ったり、そもそもワルツとか、花とか」

しどろもどろになりながら目をそらしてそう言うと、繋いだ指先の力がふと強まる。どっと心臓の鼓動が速まり、顔を見られないままの私に、マーリンが顔を近づけて耳元で囁いた。

「キミと二人でいると、甘い夢に浸りたくなってしまうんだよ」

囁く声色があまりに甘くて、眩暈がしそうになる。
背中に回した手でマーリンの服の裾をぎゅうと握り、覚束ない足元を気合で支えながら、何とかして口を開いた。

「……や、やっぱり王子様というより、軟派野郎だ」
「えぇっ、やだなぁ。王子様が姫君に求愛してるとはとらえてくれないのかい?」

軽い調子で答えるマーリンに、内心でほっと息をつく。――やっと普段の調子に戻ってくれた。

「何か手慣れてるなぁ、って」
「本心で言ったのはキミが初めてだよぅ」
「嬉しいけど悪い男なのは間違いないな」

甘く漂っていた空気を入れ替えるように返した軽口に、マーリンもまたふざけて返す。どうやら先ほどまでの雰囲気は、完全にかき消えたようだった。

ああいう空気がイヤなわけでは決してない。むしろ嬉しくもある。
でも、こうやってふざけられるのだって、すごく嬉しい。

なんだか楽しくなってきて、聞こえる音楽に合わせて歌を口ずさむ。これもマーリンの前だから出来ることで、マーリン以外の前だとしないことだ。

出来もしないのに、肩に添えていた手を離すと、私が何をしたいのか理解したマーリンが身体を離す。ぱっと両手をめいっぱい伸ばし、歌いながら不器用なステップで回転すると、スカートの裾が、花のように広がってひらめいた。

そのまま、元の位置に戻るように、逆方向にもう1回転。マーリンが上手く誘導してくれて、私は元のフォームを自然と取り戻した。
こんなことが自然にできるなんて、いうだけのことはある。

嬉しくて、顔を見つめると目と目が合う。にっこり微笑んでみせたら、マーリンも柔らかく微笑んでくれた。

不意に、背に回されたマーリンの腕が強まる。抱え上げられて、そのままマーリンがくるりと回転した。思わず「わぁ」と声が漏れた。
揺れる裾が、風を切ってさらさらと音を奏でる。
急な動きに驚いて、着地に合わせられずつんのめった私を、マーリンが引き寄せる。スカートの裾がまだ余韻に揺れる中、マーリンは器用に私のフォームを正してみせた。

「ご、ごめん」
「ん?」
「こけかけちゃって」
「とんでもない。本当に、思っていたよりずっと上手だよ」

柔らかな声におどけたような調子を混ぜて、マーリンは答えた。そのまま少し顔を近づけると、ぱちりとウインクを一つ。

「それに、どんなに失敗しても、私が絶対に助けてみせよう」

普段は信用してほしくないのかと聞きたくなるほどふざけた男なのに、この言葉には絶対の信頼があった。
私がどんなにステップを踏み間違えて、マーリンの足をふんずけたって、マーリンは優しい笑みで私と踊り続けてくれるのだろう。

「……し、失敗しないように、もっと上手くなるから」

でも私は、みんなの前でマーリンと踊れるくらい、上手くなりたい。

こうして実際に踊るまでは、ただマーリンと踊れたらいいと思っていたけど。
もっともっと上手に踊れたら、マーリンともっと、いろんなステップに挑戦できる。

「そうかい。なら、やっぱり練習しなくちゃね」

そう言うと、私ごとくるりとその場で回転してみせた。わぁ、と、また声が漏れる。

――マーリンとは本番で踊りたい。マーリンと踊るまでは誰とも踊りたくない……。

そう考えて、一人でステップの練習をするという無茶をした。
だがこうして二人で踊ることができた今、もうそこにこだわる理由は無い。

「それって、マーリンが教えてくれるってこと?」
「もちろん。さっきも言ったろう?そういうときは頼ってくれていいんだよ。私はキミの教師役でもあるのだし」
「そういえばそうだったかも」
「今までも色々教えてきた筈なんだけどな?」

勿論忘れているわけではない。カルデアには、私の師匠や先生役が何人かいるので、マーリンが専門で何かを教えてくれるということは少ないが、必要な知識はその都度教えてくれていたりする。
特に最初、召喚したばかりの頃は、そういう役回りが多かった気がする。魔力供給の話もそこが発端だった。……今となってはもはや懐かしい出来事だが、我ながら大胆な方法を取ったものだ。

あの片思いから数年。……何年だっけ。もうそんなことも分からないくらいの年月が経って、私とマーリンは、両思い――になった。

教師役、導き手だったマーリンに、様々な役割が増えていって。
今となっては恋人役――こうしている今は、王子様だなんて。

本当に、夢みたいだ。

――まぁ、これは夢なんだけども。

果たしてこれはマーリンの夢か、私の夢か。なんて言うまでもない、「マーリンに私の王子様でいてほしい」なんて、私の願いに決まっている。

「……ダンス、覚えたら……今度はそういう・・・・場で、一緒に踊ってくれる?」

現実味のない、ふわふわとした心地よさにおぼれて、そんなことをねだってみる。

だってこれは夢だから。
それも今は、幼い子供が見るような夢を見ている。

好きな人にエスコートされて、素敵なドレスで踊ってみたい。
そんな、密かに抱いていた幼稚な夢を叶えてくれた私の王子様は、優しく微笑むと、当然のように頷いた。

「もちろんさ。そんな機会があるかは分からないが、あるのならきっと」

その言葉が本音かどうかは、今は重要ではなかった。たとえこの先その機会が無いとしても、今こうしてマーリンが頷いてくれたことが、嬉しかったから。
目が覚めた後も、マーリンは私の願いを叶えてくれる。ほんとう・・・・の世界で、私と思い出を紡いでくれる。これは、そういう約束だから。

「じゃあ次の本番では、ちゃんと人に見せられるくらい上手くなりたい!マーリンに釣り合うくらい!」
「ふふ、そうかい。それなら」

高揚する心のままに身を寄せてそう言うと、マーリンが目を細める。背中に回された手が強まって、目と鼻の先にマーリンの顔が近づいて――

「僕が、何もかも全部――教えてあげるよ」

低く甘い声で、そう囁いた。

「……な、何かいやらしいっ!」
「やだな、ダンスのことだよ」
「分かってるけど!」

何故か小声で喚く私に、マーリンがくすくす笑う。身体を離したかと思うと、マーリンはにやりと笑った。次の瞬間、今度は横抱きに身体を抱えられる。

「きぁ、わ、ぁっ!?」
「ほらほらなまえ、ポーズ作って」
「ひゃあああ」
「はははっ」

私を横抱きにしたまま、マーリンがくるくると華麗に回る。突然のことにしがみついて情けない声を上げる私に、マーリンもまた楽しそうに声を上げた。

「あははっ、ふふふっ」

私も楽しくなって、笑い声をあげる。
ぎゅうとマーリンに抱きついてみせると、回るのをゆっくりとやめたマーリンが、そのまま私に顔を寄せた。

「マイロード」

蕩けるように優しい声が、特別な呼び名で私を呼ぶ。

「キミが、好きだよ」

ざぁ、と、見計らったように風が流れ、花びらが宙に舞う。

やっぱりマーリンはロマンチストだ。
こんなシチュエーションでその告白は、それこそうそみたいじゃないか。

「……、わたし、も」

でも、マーリンの顔はやっぱり嬉しそうに蕩けていて。
分かり切った私の返事にも、いっそう笑みを深めるのだった。

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