Addiction
名実ともに両思いとなり、恋人を名乗れる関係に進展して暫くが経った。
七つの異聞帯を踏破し、最後の鍵は旧カルデアに――といよいよ最終決戦かと思われた矢先、まさかの通せんぼにより発生した延長戦。
これにより、私は束の間の安息を手に入れた。
そう、安息。
まだまだ過酷な戦いが続くのかと思いきや、いくつかのトラブルはあったものの、今までを思えば平和なもので。
こんなにも穏やかな日々を過ごせるなんて本当に夢のようだ。
夢といえば、私とマーリンが両思いであることも、未だに疑ってしまうことがある。
あれは、あのタイミングだったから最後に少しだけ応えてくれただけなのかなとか、
私のラブコールをかわし続けるのが面倒になったのかなとか、
今までが今までだったので、そういうネガティブな発想がどうしても拭えないのだけど、そんな不安もマーリンに会えば一瞬で霧散した。
何故なら彼の愛情表現が限界突破しているから。
「なまえ、まだ?」
「ちょっと待って」
マイルームに備え付けのデスクに向かい、やたらにハイテクなPCで文字を綴っていく。
前回起きた事件のレポートをまとめているのだが、どうにもこの作業は苦手である。
そんな私に背中から椅子ごと抱きしめて、マーリンが執拗に頬を擦り付けてくる。いつものことなので驚きも無いが、集中が乱れるのでちょっと鬱陶しい。でもそうやって甘えられると可愛く思えるのも確かで、早く構ってと態度に出されると胸の奥がむず痒くなる。
私の告白に応えてくれて以降、マーリンはいつもこんな感じだ。
いや、その前からやたらにくっつきたがったり、一緒にいたいと言動に表してはいたのだが、その比ではない。
暴走して謹慎処分を食らった結果、流石にあれほどのことは……まぁ……そんなには無いけれど。
とはいえ謹慎明けに迎えに行ったときも、マーリンはだいぶ憔悴していて、度肝を抜かれたものだ。てっきりしれっとした顔で、「やあ」とか言ってくると思ったのに。
抱きつかれて、「やっと触れた」と、震える声でマーリンは零した。心底安心したように深いため息を吐いて。
そうして寂しげな顔で、「今日は一日離れないで」と乞われたのだ。
おかしいだろ。マーリンにそういう感情は無いんじゃなかったのか?
散々説明され、繰り返し自分にも言い聞かせてきたことだ。マーリンの性質についてはそれなりに理解していたつもりなのだが、「心が無い」ではどうしたって説明がつかないような言動をされるたびに、心中は荒れた。
……というようなことを指摘すると「ちょっとはあるよ」と返されて、「でもこの程度で手一杯なんだ」と、暗に期待するなと窘められるのが、以前までの話だった。
「ねぇ、まだ?」
「もーちょっと」
「二人きりなのに私以外のこと考えるなんてひどいなぁ」
「これも仕事なんだから仕方ないでしょ」
「昼間のうちに済ませちゃえばいいだろう」
「まぁそれはそうなんだけど……」
昼は昼でみんなとの約束とか鍛錬とか模擬戦闘とかやることが……てのは言い訳だけど。
わざわざマーリンといるときにレポートを書いてるのにも理由がある。
「んん……」
さくさくと打ち込んでいた手を止め、首を傾げる。それを合図に、マーリンが画面に目を向け「ああ」と相づちを打った。
「こことここ、前後逆だよ。この後にこっち」
「そうだっけ、ありがとう」
「この後、敵の追撃でキミが怪我しちゃったんだよね。ほんとハラハラさせてくれるよ」
「えへへへ……」
笑って誤魔化しながら言われた箇所を訂正する。
このように、マーリンは私よりよほどしっかり事件の概要を把握し、要約も上手いので、レポートを書くのが一人より捗るのだ。
「まーだー?」
……まぁ飽き性なのが玉にきずだが。というか私より把握しているのだからこのレポートの進捗だって理解している筈なのに、今日は駄々をこねたい気分らしい。
「そう言うならもっと手伝ってよ」
「えー、だってキミが書くのが重要なレポートだろう、それ。単なる概要まとめなら管制室からの観測情報をまとめるだけで良いんだから。起きたことを書くんじゃなくて、キミの考えこそ重要な要素だろう」
「考えって言われても、必死だったくらいしか書くこと無いのに~!」
「キミの詳細な心理については私も管轄外だから、がんばって?」
にこやかに笑ってあっさり私を突き放し、再び私に頬ずりする作業に戻る。
くそう。こんなときばっかり心が無いムーヴしやがって。
「マーリンも書いてみればいいんだ、私との日々の感想文」
「ん~、楽しいよ」
「もっときめ細かい心の機微を!書くの!」
「愛しくて、嬉しくて、恋しいよ」
「…………くっ!」
だからさぁ!!もう!!
何なんだその大盤振る舞いは!!
もう何度振り返ったか分からない。いくら乞うても与えられなかった「私のことが好き」という決定的な言葉を、今は毎日のように投げてくるのだから、そのたびにいろいろ爆発しそうになる。
「心とか無いんじゃないのかよっ!!」
顔に集う熱を発散するように声を張ると、何が嬉しいのかマーリンはくすくすと笑った。
「ふふ、ひとりふたりに割ける程度には、ちょっとあるみたいだ」
「あったんじゃんもう!無駄に焦らして!まったく!」
「ごめんね、そんなに怒らないでおくれ。怒った顔も可愛いけど」
言ってマーリンが頬に口づける。ぷんぷん怒った素振りをしながらも、やはりむず痒くなって笑ってしまった。「笑っても可愛い」とマーリンが更に付け加える。
ダメだ。今日のマーリンは効率より私との接触が優先事項のようだ。
すっかりやる気を無くしてしまい、諦めてため息を吐くと、書きかけのレポートを保存してPC画面を落とす。提出期限はまだ先だし、今日はもう良いや。こんな調子ではレポートにマーリン可愛いと書いてしまいかねない。
大体、私だってマーリンとイチャイチャしたいに決まっている。
以前なら駄々をこねる私に、マーリンが褒美をちらつかせて手伝ってくれるのが常だったのだ。そう考えると、本当に両思いになったんだなぁと感慨深い。
一方通行でなく、マーリンが私を求めてくれている。
ならそれに応えないなんて、私に出来るわけがなかった。
「ああもう、分かった。相手してあげるから、後でレポートちゃんと手伝ってね」
「え?いいのかい?」
「良くないけど、マーリンが満足してくれないことには続けらんないよ」
「満足……うーん。満足かぁ」
椅子から立ち上がると、抱きついていた腕が離される。ベッドに向かう私の後ろにつきながら、マーリンは呟いた。
「キミと一緒にいて、満足したこと、無いかも」
「……えーと、どういう意味?」
「もちろん、触っても触っても足りることが無いって意味」
言いながら抱きしめられる。そのまま二人してベッドへ倒れ込んだ。
「……満足しないんじゃ、依存するばっかりじゃない?」
「そうなんだよね。困ってる」
ベッドの上、至近距離にあるマーリンの顔を見つめて言えば、とろけるように笑うマーリンの目が私を見つめ返す。ぶわりと胸に火がついて、全身に熱が回る。
窮屈に体と体の隙間に押し込んでいた私の片手を取ると、マーリンが自らの頬に私の手を添える。そのまま、いつもマーリンがするように親指で頬を撫でると、マーリンは嬉しげに目を細めた。
「毎日、ずっとこうして構ってあげるから、困ること無いよ」
「…………うん」
頬を包む私の手を握り、マーリンは少し眉を下げた。困ることは無いと言ったのに、先ほどよりよほど困った顔になる。
手を離したマーリンが、私の体を抱き寄せる。私もマーリンの体に手を回し、お互い抱きしめあう。
マーリンの腕の中に私がいて、私の腕の中にもマーリンがいる。
この感触に依存しているのは、私も同じだ。何度感じても、物足りない。こうしている間以外、いつもどこか寂しくて、空しい。
もっともっと、マーリンからの愛が欲しい。何万回言われたって聞き足りない。言われるほど欲しくなる。どんどんわがままになっていく。
そんなわがままに、マーリンは応えてくれる。それどころか、同じように求められる。それが泣きそうなほどに嬉しかった。
「今」が本当に本当に幸せで、だからこそ、未来が怖い。
こんなこと、ずっと続くわけが無い。いつだろう。いつ終わる?
覚悟は決めていた筈なのに、終わりが遠のくほど揺らいでいく。
マーリンは、この先どうするつもりなのか。
それを聞いておく必要があると思いながら、勇気が出なくて口を噤み続けている。
今のマーリンが望むハッピーエンドは、どんな形をしているのか。
終わらないでと願う私はきっと、もうその願いに寄り添うことは、出来ないに違いなかった。