花いちもんめ
バトルインニューヨーク――
それはかのオリンピアに端を発する、バトルセレモニー。
カルデアのサーヴァントたちが我こそはと名乗りを上げ、公正なルールの元、どこまでも自由に闘う戦士の祭典。
昨年は行われなかっただけに、今年はみんないつも以上にやる気満々だったのだが、マトモに進行する方が珍しいのがカルデアのイベント。
なんとユニヴァースから、大船団を率いて大量のサーヴァントが押し寄せたものだから、もうてんやわんやである。
代表のスペースオデュッセウスが物凄く話の分かる男だったので、平和的に合体イベントとして成立してしまったが、ユニヴァースのサーヴァントまで相手取るとなると、今年はいっそう骨が折れそうだ。
とはいえ私はマスターなので、通常のサーヴァント同士の試合には参加しない。ある種の勝ち抜きエキシビションマッチが毎年行われるのが通例だが、ユニヴァースのサーヴァントたちも参加するにあたって、メンバーやルールを再調整中だとか。まったくギルガメッシュ王は働き者である。いや、実際の調整役は他に雇われているわけだが……というか、だからこそこうして一人でいるのだが。
つまるところマーリンを取られた。眼鏡なんかかけて審判気取るからだぞ。
他に誰か誘って試合でも観戦しようかなと、観覧席へ通じる通路を会場へ向かって歩いていると、急に背後から思い切り抱きしめられた。
「なまえっ!!」
「うわぁ!?」
思い切り聞き覚えのある声と、私の叫び声が通路を木霊する。
誰もいないから良いとは言え、外で急に抱きつくなと言っているのにこの男は!
「マーリンっ!?」
「会いたかったよ~っ」
「ちょちょちょ、こら、こら!人に見られる、離れな……さいっ!」
「いてっ!」
思いっきり首筋に擦り付けてくる頭に向かって拳骨を一つ。ぱっと手を離して痛そうに頭を押さえる姿を改めて振り返り、はたと動きを止める。
「……………宇宙オニイサン、マーリン?」
「あたたた……そうとも、キミの頼れる宇宙オニイサン、マーリンだよ♡」
頭をさすっていた両手をピースに変えながら、いい笑顔でマーリンが言う。
目の前にいる男は間違いなくマーリンなのだが、ポニーテールに、SFチックな洋装を着ていて、ユニヴァース時空のマーリンこと、宇宙オニイサンであることが伺い知れた。驚きのあまり口があんぐりと開く。
「来てたの!?」
「キミに会えるんだもの、勿論来るさ」
「えっ、でも今回の件って特異点のせいで起きた事故でしょ?私に会えるって分かってたの?」
「うん?ふふふ」
「……えっまさかマーリン何かした?」
「はは、どうだろうね?」
えっ?いやいやまさかね。
思わせぶりはマーリンの得意技だからなぁ。
はっきり言わないあたりほんとこれだからマーリンはどいつもこいつも……。
「キミは会いたくなかった?」
むぅ、と唇を尖らせた私に、柔和な笑みで宇宙オニイサンが尋ねてくる。ほら来た、分かり切った質問をしてくるのもマーリンのやり口だ。私は更に唇をとがらせ眉根を寄せる。
「……会いたかったけどぉ」
「ん♡素直でかわいいね♡」
「ちょ、ちょっと!!」
がばちょと抱きしめられちゅ、ちゅ、と顔中に口づけられる。なななななななに!?何だこの態度!!??!?
うちのマーリンも最近はこんな感じだが、宇宙オニイサンってこんなだったっけ!?
いや確かに私は、私はだよ?宇宙オニイサンとデートに行く夢を見る程度には割と会いたかったけど、そっち側は言ってもちょっとからかう程度だったじゃない?デートした夢がリアルすぎて記憶が曖昧なところはあるけど……でもこんなスキンシップ過多でしたっけ!!??!?
「やめ、やめてっ!」
「えー、やだ」
「なに!?どういう意図!?嫌がらせなの!?」
「失礼な、愛情表現だよ」
「???????」
「私ちゃんと言ったよね?キミのこと好きだって」
「??????????????」
宇宙マスター。
あっ、ワケ分からなすぎて頭が宇宙に飛んでた。ユニヴァースだけに。なんつって。
なんつってじゃない!!!!!!
「……えっと?」
「何か前もあったなぁこういうの。まぁ良いけど、想定の範囲内だし」
やっぱり消されたかぁ、とぼやくと、やれやれと言った感じで宇宙オニイサンはため息をついた。
ずいと宇宙オニイサンの顔が寄せられ一歩仰け反る。目線を私に合わせてじとりと見つめたまま、宇宙オニイサンが「いいかい、」と言い聞かせるように口を開いた。
「私はキミが好きだ。だから会いたかった。それでいてもたってもいられなくて、今日も会いに来たんだよ」
真面目な顔でそう言うと、最後にちゅ、と唇にキスを一つ。
一瞬間を空けた後、ぼわっ!と顔が燃えるように熱くなり、咄嗟に唇を腕で庇いながら一気に後ずさった。
「な、な、なに、言って……っ!嘘だっ!」
通路内に私の叫び声がわんわんと鳴り響く。
ハッとしてわたわたと辺りを見回すと、誰もいないようで少しほっとした。
「ああ、大丈夫。誰も私たちのことは視認出来ないし、キミにも誰も視認出来ないようにしてあるから。キミが恥ずかしがると思ってね。邪魔もされたくないし」
いや~私ってなんて気遣いの出来るオニイサンなんだろうと鼻高々に言うオニイサンに、距離を取りながらも少し落ち着く。
うん多分悪い冗談だな。マーリンが私のこと好きとか言うわけないし。たとえそれが別時空のマーリンでも。
「信じないぞって顔だなぁ」
困ったように笑いながら、コツコツと足音を立てて宇宙オニイサンが近づいてくる。じりじりと後退していると、壁に背が当たってそれ以上退がれなくなってしまった。
「忘れてしまったんだね、あのときの告白も、全部」
「あ、あのとき……?」
「私が贈った服も何もかも、捨てられてしまったのかな」
「……それ、って……」
あの、夢?え?夢、だよね?
「どれどれ」
「ギャア!?何しようとしてんの!?」
困惑している私をよそに、宇宙オニイサンは身を屈めると私のお腹をするりと撫でた。その手を払うようにぱしんと腕を叩くと、特に抵抗なく宇宙オニイサンは手を離し、改めて立ち上がると、何故かとても嬉しそうに笑っていた。
「うんうん、キミまだ処女みたいだね」
「ノンデリカシー!!」
「あはは、ごめんごめん。処女かどうかっていうより、あのまじないまだ残ってるのかなって。残ってるってことは、相変わらずこちらの私にすげなくされているワケだろう?」
「……いや本当にデリカシー無いな」
まじない……っていうのは、マーリンが私にかけた、貞操を守る紋?みたいなやつのことだろう。そのことを知ってるってことは、いよいよあの夢は夢では無かったのだと確信する。いや、もう記憶は朧気なのだが……何かこのくだりもちょっと記憶にある、気がする。
「キミにとっては面白くない話だろうけど、僕にとってはとても喜ばしいことだからね」
本当に嬉しそうにそう言って、宇宙オニイサンが私の顔を両手で包み込む。目の前にいるマーリンが、私の好きなマーリンでは無いと分かっていても、カッと顔がまた熱くなって、一瞬たじろいでしまった。
愛しげに目を細めると、宇宙オニイサンの親指が私の頬を滑る。その眼差しに釘付けになる。本当に、本当に私を好きなんだって一瞬過って、ズキリと胸が痛んだ。
マーリンだって、こんな風に私を見ることがあるのに。
「ねぇ、なまえ」
「ふぁっ、はい!」
慌ててしまって、何故か敬語になってしまった。何だか凄く恥ずかしくなり顔を俯けると、くいと手で顔をまた上げられる。
「そちらの私がキミを受け入れる気が無いのなら、やっぱりキミは私が貰う。彼がキミを捨てたとき、僕がキミを迎えに来よう」
「……えっ」
言われた言葉に、頭が真っ白になる。
捨て、迎え、そんな、そんなこと、言われても。
「す、捨てるとか、言わないで」
「あぁ……ごめんね。泣かないで。でも私にしてみれば、すべて終わった後にキミの元を去る、なんていうのは、捨てるようなものだよ」
思わず潤んだ目尻を指先で撫でながら、優しい声で宇宙オニイサンが言う。
違う。捨てられるわけではない。だってそもそもマーリンは、私を受け取ってすらないのだから。私が勝手に、置いて行かれるだけなのだ。
「本当は今すぐキミを攫いたいトコだけど、ちょっとまだ難しい。キミの旅路を邪魔するのも野暮だしね。だから最後に、迎えに来よう」
「……っ、そ、んなこと、言われても」
それって私に、サーヴァントユニヴァースで生きろって言ってるの?無理だよ。そのときにはもう私はマスターでも何でもない、本当にただの一般人になってるんだから。
いやいや、そもそもそうじゃなくて。そんな、本命に置いてかれるから似たような人をキープするみたいな真似は出来ない。
宇宙オニイサンがどれだけ本気なのかもわかったもんじゃないけど、そんなの、受け入れるわけにはいかないよ。
「だ、だめ、ダメだよ」
「……まぁ、そう言うだろうとは思ったけど。でも今言った通り、私はキミを攫うつもりでいる。だから、あんまりキミの意思は関係ない。大丈夫、最初は戸惑うだろうけど、私でもいいと……いや、僕の方が良いと、そう思わせてみせるから」
そう言うと、宇宙オニイサンは震える私の頬にそっと口づけた。めちゃくちゃなことを言ってるくせに、今までで一番優しいキスだった。
「さて、伝えたいことは伝えたし、今日のところはここまでだ」
「へっ」
ぱっと私から離れると、陽気な声で宇宙オニイサンが言う。いやいや私はまだ言いたいことがあるんですけど!
「ちょ、ちょっと、一方的すぎる!」
「はは、私だってもっとキミといたいけど、もう限界みたいだ。また隙を見つけて会いに来るから、待ってておくれ、マイハニー♡」
「な、ちょっ……!」
言いたいだけ言うと、宇宙オニイサンは花びらの風に乗ってするりと目の前から消えてしまった。私は一人、行き先を失った手をぶらんと浮かせて、呆然と立ち尽くす。
「なまえ」
「うわぁ!?はい!!」
見送った方向とは反対から、またしても同じ声に名を呼ばれて飛び上がる。反射的に振り返ると、そこには何やら憂い気な顔をしたマーリンがいた。
咄嗟にやばいと思った。何故かはわからないが。
コツリ、足音を立ててマーリンは近づいてくる。相変わらずこの通路には他の誰も通らない。遠くから響く歓声より、一歩一歩近づいてくるマーリンの足音や、衣擦れの方が明瞭だった。幻術か、人避けか分からないが、まだ続いているのだろうか。
謎の緊張感に苛まれながら、ぎこちなく微笑んで「どうしたの」と尋ねる。
マーリンは困ったように眉根を寄せると、大げさに心配げな口調で話し始めた。
「どうしたのって、いきなりキミが私の視界から消えてしまうから、慌てて飛んできたんじゃないか。キミの方こそどうもしなかった?」
「あ……うん、心配かけてごめん。どうもしてないよ」
多分……特に何もされてない筈。……爆弾発言以外は。
「ふーむ」
じろじろうろうろと私の周りをうろつきながら全身を眺めると、マーリンは「確かに」とほっとしたように頷いた。
「まだ何もされてないようだ、良かった」
「い……いつかされそうみたいに言うな……」
「ん~?何だかいつもの元気が無いけど、やっぱりどうかした?」
「や、別に、そんなことないよ」
のぞき込んでくるマーリンの顔から目を逸らしながら、さっきのことを思い出しかけて紅潮しそうな顔を脳内で叱咤する。
宇宙オニイサンとの夢は、夢ではなかった。
本当に私を好きだと言ってくれた。
それがどういう理由からきているのかはよく分からないけど、少なくともわざわざ会いに来て誘拐宣言をするくらいには「好き」の言葉に意味はあるらしい。
まずい。
そんな風に思い返していたら、やはり顔がどんどん熱くなってくる。くるりときびすを返して、マーリンの方を見ないようにしながら声をかけた。
「解放されたなら一緒に観に行かない?それか、休みたいなら付き合うけど」
「……そうだね。ちょっと付き合ってくれるかい?」
「う、うん」
えっ何だろう。自分から付き合うけどと言っといて何だが何に付き合わされるんだろう。
出番まだだしそれまでイチャイチャしよう♡という流れでは無いことは分かる。
歩き出したマーリンの後ろを恐る恐るついて行くと、無人の選手控え室の一室に招き入れられた。
「ここに座って」
「はい」
室内真ん中に置かれた、背もたれのない簡素な長ベンチを指定され、大人しく座る。私が座ると、マーリンもその隣に腰掛けてきた。
少人数用の小さな控え室は、楽屋のように小綺麗な部室といった雰囲気で、その中にいるマーリンは何だかヘンテコだ。そう思いながらマーリンをぼんやり眺めていると、身を屈めて顔を近づけてきたので、慌ててぎゅうと目を閉じた。
むに。
「!?」
「動かないで」
「ふぁい!えっなに!?」
急に耳たぶを捕まれて思わず飛び上がる。
反射的にぱちぱちと瞬きを繰り返しながら超至近距離のマーリンを見つめると、左手で顎を捕まれ動きを封じられた。
ぷちっ。
「んんっ!?」
「まだ動いちゃダメ」
「えっ、うん、いや、えっ、今……今何か……何かした?」
「こっちもね」
「ちょっと!」
何食わぬ顔で今度は右耳を掴まれる。やはり顔を固定され、数瞬も経たないうちに、ぷちりと何かを貫くような感覚が耳たぶに走った。
痛くはない。
「……うん、これでよし」
私から手を離し、立ち上がり正面に回る。
改めて私を見つめると、満足げにマーリンが頷いた。
ぽかんとしながら、両耳に手で触れてみる。
「な」
……ついてる。
何って、ピアスが。
「なっ、これ、えっ」
「私とお揃いだよ、喜びたまえ」
ははは、とわざとらしく笑いながらマーリンが言った。
慌てて形を確かめるように触れてみると、指先に石の感触がある。
お揃い……と言っても、今のローブ姿ではなく、霊衣の方ということか。改めて指先でなぞってみると、確かにそんなような形の気がする。
いや、じゃなくて。
「かっ、勝手におまっ、耳に穴を……!?」
「仕方ないだろう。イヤリングとかネックレスとか、そういうのキミ落としそうだし」
それは仕方ないでしょ運動を伴う仕事なんだから!
ってそうでもなく!!
「何で急に……!?」
「私だってここまで性急なことするつもりは無かったんだけどね。はぁ……キミってどうしてそうなんだい」
呆れたようにため息を吐いてマーリンが言う。そうなんだいってどういう意味なんだい。
「なに?どういうこと?」
「つまり、お守りだよ。キミが攫われてしまわないように」
ギクッ。
と、先ほどの会話を思い出して罪悪感がわくと同時に、どきりと熱が灯る。
「さ、攫われたりなんてしないって」
先ほどの会話、マーリンは聞いていないような態度だったが、本当は聞いていたのだろうか。分からないが、どちらにせよ私を離さないと言ってくれてるようで、ちょっと嬉しくなってしまった。
……なんてそんな、マーリンには私を独り占めしたいとか、そういう感情なんか無いって分かってるけど。ちゃんと振られた事実を受け止めてはいる。
……それでも、宇宙オニイサンの言葉も乗っかって、何だかマーリンに取り合われてるみたい、とか、思ったりしちゃって。
そんな風にそわそわと浮かれ心地の私に、マーリンは目を細め、腰に手を当て眉根を寄せた。
「どうかなぁ。キミってば、案外とほいほい人を懐に入れるところがあるんだから。物凄く今更だが、キミが召喚したサーヴァントたちだって、大半は危険なモノばかりなんだからね?平和に群れてられる現状が奇跡なだけで、いつ誰がキミを取って食ったっておかしくないんだよ?」
「けだもの集団みたいに言うな」
「けだもの集団なんだよ。キミが楽観視しすぎなだけだ」
……まぁ、確かに。愛が重い子とか、闇が深い子とか、根が黒い子とか、そもそもそれどういうクラスなの?とか、いっぱいいるんだけども。
「……これ付けてれば、平気なの?」
もう一度そっとピアスに触れる。
間違いなく耳たぶを貫通しているのに、不思議と痛みも無く、出血している様子もない。
「気休めだよ。私にもどうにも出来ないことはある。それでも手は尽くすとも。私はキミの、一番のサーヴァントだからね?」
そう言ってマーリンが微笑んでみせる。
何だかいい知れない感情がわき上がって、胸が苦しい。
ぐぅっと唸るように喉を閉じてそんな感情を押し込めると、自然と悔しげな顔になって、何だか本当に悔しいような気持ちになってくる。
「調子のいいことばっかり。マスターの身体に無理矢理穴をあけるサーヴァントが、どこにいるって言うの」
じとりと見上げながら憎まれ口を叩くと、空々しくとぼけたような声で、マーリンが返す。
「そんな風にサーヴァントにされるがままになるようなマスターだから、私もここまでさせられてるんじゃないか。誇っていいよマイロード、キミは過去一私を困らせる偉大なマスターだ」
皮肉ってそういうマーリンに、立ち上がると全身でぶつかるように抱きつく。あたっ、とわざとらしくあげられた声に、身体に回した腕を限界まで強めた。
「マーリンなんか、せいぜいもっと困ればいいんだ」
吹けば飛ぶような凡人マスターに、困ったたくさんのサーヴァント。最初面白がってひっかき回してたのはどこのどいつなんだか。
今になってそんなこと言ってももう遅い。
私をこんなゆるゆる恋愛脳にしたのは、目の前のこの男自身なんだから。
教え込むようにぎゅうぎゅう抱きつく私の頭に、ぽすんとマーリンの手が置かれる。
「勘弁してくれ。もう、いっぱいいっぱいだよ」
本当に困ったように言うものだから、流石に堪えきれず、私は嬉しさに吹き出してしまった。