あなたの中にいたかった
2/14の私は忙しい。
だから、本当ならいの一番に渡したかったマーリンへのプレゼントも、今年は一番最後になってしまった。
だってせっかくの本命なんだし、渡した後ゆっくり二人で過ごしたかったし……、決して、覚悟を決めきれずもだもだしていたから、というわけではない。
最後になったにも関わらず、貰えることは分かっていたからなのか、さして気にした風もなく、マーリンは嬉しそうにプレゼントを受け取った。
大切にするよ、と微笑んで言われて、胸の奥がむず痒くなる。
まただ。
バレンタインに贈り物をして、こんな風に微笑まれたら、勘違いするに決まってるのに。
また、思ってしまう。
――マーリンは、私のことが、好きなんじゃないか、って。
「さて、きちんとしたお返しはまた後日用意するとして。……なまえ」
「っ、」
「まずはこの、嬉しい気持ちのお返しをしなければいけないね」
言って、マーリンが私の肩に手をかけ、そっと押した。条件反射的にベッドに倒れ込み、はっとして私を見下ろすマーリンの顔を見上げる。
心なしか赤らんだ顔で目を細めて笑う顔はとても扇状的で、ぎゅうと胸が捕まれるような熱が、体を走った。
「この高鳴りを、キミにも返さないと……、ね?」
「ひっ……」
そっと顔を近づけ、耳元で囁かれた言葉に、思わずひきつった声が漏れる。嫌なのではない。ただ、もうじゅうぶん心臓がバクバクしすぎて、まともに声を出せないのだ。
このまま身を委ねれば、マーリンは極上の快楽を私に与えてくれるだろう。マーリンが感じた嬉しさなんて、何百倍も飛び越えた悦びが、私を支配することになる。
正直それもいい、というか、めちゃくちゃそうしたいところだが、今日、私は一つの覚悟を決めて、今このときを迎えている。
――マーリンに再告白する、という、覚悟を。
「なまえ……」
「ん、ぅ……っ!」
そっと唇を重ねられ、ぴくんと肩が跳ねる。
この期に及んで、終わった後でもいいかなとか、振られたらもう今日はこんなこと出来ないし、とか決心がグラついたものの、終わった後に告白して振られたら、余計に虚しくなりそうな気もして、必死に心を奮い立たせると、マーリンの肩をぐっと押し返した。
「ぁ、ま、待って……っ」
「ん……?」
気づいたマーリンが、ゆっくりと身体を離してくれる。私の「待って」がどういう意味を持つのか、ちゃんと分かってるんだなぁ、つまり普段はやっぱりわざと気づかないふりしてるんだなぁ……とか一瞬考えながら、私も身体を起こした。
「何だい、マイロード」
穏やかに微笑んでマーリンが問う。せっかくの空気が白けるようなことも無く、自然とそうやって微笑むことが出来るのが、やっぱりずるい男だ。
――でも、私が今から言う言葉は、きっとどうしたってこの空気を壊してしまう。
こんなに暖かで幸せで、ふわふわとした、いい気分なのに。
勘違いしたままでいれば、ずっとこのままでいられるのに。
「…………」
「ん?」
私が今から言おうとしてる言葉がどういうものなのか、知ってか知らずか、マーリンはやはり穏やかに微笑んで、首を傾げた。
なおも黙っていると、そっとその手が頭に添えられて、優しく撫でられる。
「どうしたんだい、なまえ」
「うん…………ちょっと、待ってね…………」
「うん」
俯いて撫でられたまま、少し待ってほしいと頼む私に、マーリンが優しく頷く。
どんどん鼓動が早くなって、震えそうな身体を、ぎゅっと拳を握ることでこらえた。
もう一回だけ。
もう一回だけ告白して、それでもダメなら、もう諦める。
マーリンに好きになってもらうのは、諦める。
とっくに諦めてたつもりなのに、そんなことはあり得ないって知ってる筈なのに、もしかしたらの奇跡を期待してしまう。
一緒にいようとしたり、
触れると嬉しそうにしたり、
離れると寂しそうにしたり。
……好きって、言ってくれたり。
そんな風に振る舞われたら、嬉しくなってしまう。嬉しくさせてくれていたのかも。きっとそう。分かってるのに。
やめておいた方が絶対いい。こんなの私が辛いだけの確認作業だ。分かり切ったことを聞いて落ち込むなんて馬鹿げてる。
マーリンは私が好き、
でも……。
でも。
でも、もう、あと少しなんだ。
マーリンといられる時間は、残り少ない。
残す異聞帯はあとひとつ。
マーリンといたいから先延ばしになんて出来ない。そもそも私たちには先がない。
だから……本音を聞くなら今しかない。
マーリンがどういうつもりでもいいから、せめて、本当のことを知りたい。
頭をゆっくりと撫でる、大きな手の感触が心地いい。
その手に誘われるまま、夢の中を揺蕩っていられれば良かったのに。
……わがままで、ごめん。
「あのね……」
「うん」
「聞きたいことが、あるの」
「……うん」
「うそ、つかないって、約束して」
「……――」
頭を撫でる手がゆっくりと離され、そっとマーリンを見上げる。
曖昧に微笑んだまま、マーリンは「ああ」と、肯定の言葉を口にした。
「……約束だよ」
「うん」
「じゃあ、あの、言うね」
は、と息を吐く。身体が震えて呼吸がしづらい。どくんどくんと耳裏を叩く心臓の音がうるさい。胸が熱くて苦しい。なのに指先はとても冷たくて、ぎゅっと自分の手で自分の手を強く握りしめた。
「……わたし、マーリンがすき」
「……うん。もちろん、よく知っている」
「ま、マーリンは、わたしのこと…………すき?」
「…………――」
マーリンの顔が見れず、俯いて自身の手を見つめる。
強く握りしめた指先に感覚はない。
「…………ごめんよ。僕の答えは変わらない」
「…………………………」
聞いた瞬間、フッと息が抜けて、身体の震えが止まった。
同時に、鉛でも飲み込んだみたいに、胸が重く詰まる心地がする。
「…………うん。知ってた。私も、知ってたよ、ちゃんと」
「……なまえ」
「答え合わせしたかっただけ、ごめんね。……もう二度と、聞かないから、安心……してっ……、……っ」
「なまえ」
最初から、振られるだろうとしか思ってなかった。
どうシミュレーションしても、マーリンが「本当はキミのことが好きだ」とか、そんな風に言ってくれる気はしなくて、だから、本当にちゃんと分かってたんだ。
分かってたのに、どうしてか涙が溢れてしまう。
バカだなぁ私は。他にいくらでも、たとえば人に頼んで確かめる方法だってあったのに、わざわざ自分が一番傷つく方法を選んで。ほんとにどうしようもない。
必死に涙を拭う私の背に、マーリンの腕が回される。
そうしてくれることも分かっていた。マーリンはとても優しいから。それが私の主観にすぎないことも知っていたのに、そんな
好きでいることは、やっぱりやめられそうもない。
「……ローブ……ぬれる……」
「今更だろう、そんなこと」
「…………さいきんは、ないてない」
「今、泣いてる」
「…………」
泣くつもりは無かったんだよ。本当に。耐えられると思ってたの。
「ねぇ…………」
どうして、愛情表現のような真似をするのかを問おうとして、やっぱり怖じ気づいて押し黙る。
キミがその方が喜ぶから、とかきっと言うんだろう。分かってても、やっぱり、はっきり言われたら傷つくんだろうな、私は。
先を言わない私に、マーリンも促すことはせず、その手がゆっくりと私の頭を撫でる。さっき撫でられたときと同じ感触の筈なのに、まるで違う気分になるのだから、人間って本当にめんどくさい。
「まーりん……」
縋るように名前を呼んだら、頭を撫でていた手がゆっくりと私の頬へと滑らされる。そっと顔をあげ、近づいてくるマーリンの顔に合わせて、静かに目を伏せた。
唇と唇が、ゆっくりと重なる。
「…………ごめん」
一言、唇を離す間にもう一度謝って、マーリンはそれきり押し黙る。
申し訳なさそうな顔の一つも作らずに、無表情で私を見下ろす瞳の中、私の顔が涙に揺らいだ。