六月の夢 A

6月を振り返り、そういえば今月は大した事件も起きずに平和だったねぇ、といった話題から、6月といえばジューンブライド、ジューンブライドといえば、最近私を伴侶にしようとするサーヴァントが多い、という話が持ち上がった。そこから割と結構な騒動に発展し、誰を娶る娶らないいや娶られるといった展開になったが、何やかや落ち着いて、現在マイルーム。

「いっそ私がマーリンと結婚してしまえば話は丸く収まるのでは?って思ったんだけど、どう?」
「もう収まったようだからいいんじゃないかな?」
「今後また起こるかもしれないでしょ!!」

にこやかに笑ってかわすマーリンに食い下がると、ハハハと白々しい笑い声を上げながらマーリンは顔をそらした。

「マーリン私が言い寄られるの微妙な感じに思ってたじゃん!」
「あぁまぁ、それはキミに言い寄ってる面子が私的には微妙だったから」
「だったら私がマーリンに嫁入りして言い寄れないようにするのはいい考えだと思うんだけど!」
「それで落ち着くと思うかい?相手がいてもお構いなしってタイプも多いだろう」
「それは……ぐっ……否定出来ない…………」

確かに、私マーリンと結婚したので!って言っても「愛人がいても問題ない」「嫁ではなく旦那にするので問題ない」「何なら二人とも娶る」とか言われそう。今ですら「私には本命がいるから」って断ってもだからどうしたとばかりにグイグイ来られているし、そもそも話をまともに聞いてくれるタイプが少ない。しかも女の子ばっかりという悲哀。いや女の子は可愛いけど、対比で男にモテないのが浮き彫りになるのでちょっと切なくなる。女の子にモテるだけでもありがたいんだけど……いや私のモテ事情は関係なくて。

「……でも、私は本命としか結婚したくないし。少なくともはっきり断る理由にはなるもん」

結局のところそういうことだ。私自身が、他の誰かと結婚したくない。

「……結婚したいというが、キミにとって結婚って何だい?」
「えっ」

問われて、反射的に答えようと口を開いたものの、「何」と言われると何とも答えようがなく、一瞬言いよどむ。
所謂制度としての結婚は、世界が滅びかけてる現状は元より、そもそもサーヴァントには戸籍がないので誰が相手でも意味はない。
そういうシステム的なことじゃなくて、もっと概念的なこと。端的に言えば……結婚は、夫婦になることだ。
夫婦っていうのは……つがいになること……なのだろうか。恋人関係よりももっと強い、契約のかたち。あなたには私が、私にはあなたがいる、という、誓い。

「えっと……つまり……「私はマーリンのモノです」っていう……宣誓?」
「絶対しない」
「なんでぇ!?」
「なんでって、キミは私のモノじゃないから」
「頑固!マーリンの頑固者!!」
「キミに言われる筋合いはないなぁ」

呆れたようにマーリンが言って、ごそごそとベッドに寝転び始める。もうこの話はやめにして寝なさい、ということなのだろう。とりあえず倣って隣に寝転びながらも、マーリンの胸元に抱き着くと「うぅー」と抗議の唸り声を上げてみた。

「何だい」
「マーリンは私が他の誰かと結婚してもいいの……?」
「良いも何も、私は初めからキミが幸せになれるのなら誰とでも、と言っていたと思うんだが……」
「未来はともかくとして、今!今私を幸せにできるのは、マーリンだけなんだよ」
「……それについては、否定しないけどね」

キミを幸せにするのなんて簡単だ、と呟いて、マーリンが私の頭をそっと撫でた。ぱっと心が軽くなって、じわじわと暖かさが広がっていく。
すりすりとマーリンにすり寄ると、マーリンが「ほらね」と囁いた。

「まったく、単純な子だなキミは」
「マーリンだからだよ」
「どうだか」

呆れたようでありながら、優しい声でマーリンが言う。マーリンだからです、ともう一度言うと、ふふ、と小さな笑い声が落ちてきた。

「こんなにかわいい女の子を毎晩独り占めしてるくせに、自分のモノじゃないとか謙虚も過ぎると嫌味だよ、マーリン」
「いやいや、私なんかがマスターを自分のモノだなんて烏滸がましい限りだよ」
「うわ!嫌味っぽい!」
「はは。……実際、マスターは私のモノだ、なんて言ったら、袋叩きに合いそうだからね」
「それをマイルドに表現出来るのが結婚のいいところでは?」
「付き合ってもいないのに結婚なんて考えられないなぁ~」
「好きです!結婚を前提におつき合いしてください!」
「私はキミの仲人だから、ごめんね」
「頼んでないよ!?」

いつも通りにさらりと却下され、内心しゅんと落ち込みつつ、表面上は平気なふりをする。あんまり食い下がると叱られてしまうので、今日はここまでだ。

私が落ち込んだのが分かるのか、マーリンが再びゆっくりと私の頭を撫で始める。そうされるとやっぱり私は嬉しくて、悲しみの中にぽっと灯りが点るのが分かった。

マーリンは、どうして私にこんなにも優しいのだろう。

いくらおねだりしても、恋人以上の関係には決してなってはくれないのに、こうして寄り添ってくれている。

きっと、私を愛するふりだって出来たのに、そうなることは決して無いのだと言い聞かせながら、愛おしそうに髪を撫でるのだ。

どうして、私に触れてくれるのだろう。
どうして、私を求めているように振る舞うのだろう。
どうして、それなのに私を受け入れてくれないのだろう。

マーリンの考えてることは、さっぱり分からない。

キスも、それ以上も、もう魔力供給の建前もない筈なのに、それでもマーリンは私に手を伸ばす。
そうしたら私が喜ぶと知っているからなのだろうか。

こうして優しく撫でる手つきも、やっぱり全部演技なのかなと考えて、胸が苦しくなる。いけない。もう考えるのはやめよう。

こうしていつも、マーリンは結局、私が望んだように振る舞っているだけなのかもという思考に至っては、その考えを振り払う。答えが出ることは無いから。私も、それを問いはしない。

マーリンが私の身体をゆっくりと抱き寄せる。少しだけ心がほぐれて、ほっと息を吐いた。

もっと、幸せなことを考えよう。
断られてしまったけど――もし、マーリンと結婚したと言ったなら、みんなはどんな顔をするだろうか。
祝福してくれる人は、いるだろうか。

そんな事を考えながら、私は徐々に眠りの淵へと落ちていった。



「おはよう、マイロード」
「……おはよう、マーリン。……、……?」

起床時間に合わせて点灯した照明が眩しくて目を細める。脳裏に先ほどまで見ていた夢の光景が少しばかりちらついたものの、明るさに目が慣れた頃には、朧気なそれは儚くも霧散して、殆どどんな夢だったか思い出せなくなっていた。

「どうかした?」
「……………ううん、……何だっけ」
「また寝ぼけてるんだね。キミはいつもそうだ」

そう言ってマーリンが私の頭を撫でる。その顔はいつも通り柔和な笑みに象られていたのに、なぜだか妙に悲しく映って、私は思わずマーリンの胸に抱きついた。

「うん?どうしたんだい。朝から甘えん坊だね」
「んーん……何でもない」
「んー?」

抱きつく私の身体を優しく抱きしめ返して、マーリンがよしよしと私の頭を撫でる。その心地よさにもう一度うとうとしかけた私に、こら、とマーリンが小さく咎めた。

「夢を見る時間は、もう終わりだよ」

そう言うと、マーリンが身体を離す。
さぁ、と促されて、私はベッドから降りると、身支度を始めた。

LIST