私だけのアイドル

アイドルたちが切磋琢磨し頂点を目指す、そんな特異点。
今回の私はプロデューサーとして、所属アイドルたちを支援するべく奮闘していた。

とある日の公演の終わり。本来ならカルデアプロのみんなで打ち上げにでも繰り出すところ、私はとあるホテルの一室にいた。
目の前には新進気鋭のアイドルグループ、Five Star Idolの一メンバー、アイドルメーカーことマーリンがいる。
こんな場面をすっぱ抜かれたら一発大炎上だなぁ、と思いつつ、いやマーリンならいつものこと、とか言ってスルーされるのかもしれない……という考えに至って、眉を顰めた。

「ご機嫌ななめだね、なまえ」

何か飲むかい、と差し出されたルームサービスのメニュー表を、すぐ帰るから、と押し返してむっつりと押し黙った私に、マーリンが軽い調子で言う。

「……何で、黙ってたの?」
「言ったろ?成果が出てから報告しようと思ってたって」

飄々と、当たり前のようにマーリンは返す。

確かに、私が公演終了直後に駆け込んだ楽屋で、他のメンバーたちからそう聞いた。成功する保証もないし、手を煩わせない為にも成果を上げてから報告するつもりだったと。彼らは本当にそのつもりだったのだろうと、それは納得している。でも。

「マーリンは違うよね。マーリンは、私の反応が面白いからって黙ってたんでしょ」
「どうしてそう思うんだい?」

向かいのソファーにもたれながら、マーリンは悠然と笑って逆に問うた。

「だって!だっていっつもマーリンそうだもん」
「そうとは?」
「急に来るじゃん!霊衣のときもっ、フォウくんお兄さんも宇宙オニイサンも!」
「……最後のは知らないけど。まぁそうだね、でもそれはほら。デートに行くときに、とびきりおしゃれして驚かせたいとキミだって思うだろう?」
「それはそうだけど、今回のは違うでしょうが!!」

フォウくんお兄さんもだいぶ違う気がするけど、それはまぁ、良い。マーリンの言うとおり、せっかくなら着飾って驚かせたいと思う気持ちは私にだってある。マーリンは驚かないので、そんな機会は一向に巡ってこないのだが。

「アイドルやるならやるって、言ってくれれば別にっ、反対しなかったし、こっちでバックアップだってしたし……っ」
「だから、そうやって気遣わせない為に言わなかったんじゃないか。Xオルタたちのプロデュースで手一杯なのに、一方で私たちの方も、なんてわけにはいかないよ。それにここはアイドル競争がルールの世界。なら、別チームである以上、所属を分けて闘争した方が、どちらかが敗退しても片方に望みを繋げられる。目的に近づける可能性が上がるだろう?」
「そう……かもしれないけど!」

だいぶ丸め込まれてる感があるが、その発言自体に特に反論は浮かばなかった。でもだからと言って、納得は到底出来ない。

「黙ってなくてもいいでしょ!?勝手にやってくれても良いけど、存在くらい知らせてくれても良かったのに」
「言ったらキミのプロデュース業が疎かになるかと思ってね」
「そ、それはそれでちゃんとやったよ!」
「じゃあもし知ってたとして、私たちの公演とキミたちの公演、被ってたらキミ、まともに仕事出来てたかい?」
「う……」

それは……マーリンたちの公演が気になりすぎて、気もそぞろになってた可能性は大いにある。それは、(殆ど名ばかりとはいえ)私というプロデューサーの元、頑張ってくれているアイドルたちに申し訳が立たない。

「でも……でも……」

それでも、私は知っていたかった。
たとえ当日観れなくたって、公演があるなら知っていたかったし――私の知らないところで、たくさんのファンに歌を聴かせていたのかと思うと、胸の奥がねじ切れて詰まるような心地がした。

知らない誰かがマーリンを好きでも、それは構わないのだ。
だけど、私の知らないマーリンを知っているのかと思うと、途端に胸がギリギリと痛む。新しい一面を見せるなら、それを最初に知るのは私が良かった。

Five Star Idolの公演終了後、私はすぐさま物販に寄って既存のグッズはすべて購入した。CDやライブ円盤も……そんなにたくさん出ているわけでは無かったけど、楽曲を確認したら、今日の公演で歌われなかった曲が、ソロ曲を含めて複数あった。
つまり、まだ私の知らないマーリンの歌があるのだ。

「そんなに嫌だった?先に言わなかったこと」

言い分を受け入れようとしない私に、マーリンが小さく首を傾げる。

「…………嫌、だった」
「今こうして、二人きりでいるのは、キミなのに?」

マーリンがおもむろに席を立つ。
ファンとはこういうことしないよ、と言って、私の隣に腰掛け直した。咄嗟に顔を逸らす。

「……そんなこと言って、ファン食べてそうだし」
「信用無いなぁ。ファンに手は出さないよ」
「どうだか。隠されてたから気づいてないだけで、今までも私の知らないところで手出ししてたんじゃないの」
「いつだってキミの傍にいた私に、そんな暇があったと思うのかい?キミには私を独り占めする権利があるのに、観客席のファンに嫉妬すると言うんだね」

ぐ、と思わず唇を噛む。

ファンからしてみれば、私の方こそ嫉妬の対象になるのは分かっている。私はマーリンと、キスだって、それ以上のことだって、しているのだし。

「でも……でも、ファンじゃなければ知れないこともあるよ……」

それでも往生際悪くグズグズとそう零せば、マーリンは長いため息を吐いた。

「……時になまえ。キミはプロデューサー業を楽しんでいるのかな?」
「え?え、ま、まぁ……」

急に振られた話題が予想外で、虚を突かれて一瞬まごつきながら頷く。
ふぅん、と意味深げに相づちを打つと、マーリンは屈んで顔をこちらに近寄らせる。さらりと髪が肩から零れ落ちるのを見て、今のマーリンが霊衣姿であることを意識してしまい、心臓が高鳴った。

「ミス・クレーン……と言ったかな。彼女の作る衣装、アイドル知識、演出、構成……まさにこの特異点にうってつけの逸材だ。まぁこの特異点自体に関わっているのは明白だからそりゃそうだね。うん、だからプロデューサーとして彼女とキミが手を結ぶのは至極当然ではあったろう。Xオルタに目を付けたのもなかなかの慧眼だ」
「ん、んん?」

急に出てきたミス・クレーンの話に、何が言いたいのか分からず首を傾げる。マーリンのアイドル活動について糾弾しにきたのに、ミス・クレーンの話になるのはどういうことだろう。いつまでもウダウダ文句を言われるのが面倒くさいので、話を逸らしたいのだろうか。

「だけど、彼女はプロデューサーとして一流とは言えないね。とびきりの原石にまだ気づかないなんてさ」
「何の話をしてんの?」
「キミの話。私ならなまえ、キミを推してた。何でキミ、アイドルデビューしなかったんだい」
「は?………………は!?」

急な質問に理解が遅れ、二度同じ言葉を発してしまった。

「フォウくんお兄さんとしてはだよ?最もアイドルとしてのポテンシャルを感じるのはキミだったんだが。ミス・クレーンはキミに見向きもせず、同じアイドルを担ぐものとしてキミと接しているだろう?解せないなぁ」
「ま……またそうやって私の機嫌取りしようとする!」
「本音なのに」

嘘だー!!
確かに、確かにフォウくんお兄さんが現れたとき、誰かをプロデュースするみたいなこと言うから、あれ……もしかして私……!?とか思ってちょっとドキドキしてはいたよ!?
でも一向に続報の無いまま今日だったから、何だ私じゃなくてアーサーたちのことかって、そう思ったんですけど。

「そんなこと言って、結局マーリンはアーサーを選んだじゃん!」
「……だってキミは、私を選ばなかった」
「な、何の話!?」

私がマーリンを選ばなかったことなんてあるか!?まったく身に覚えがない。

「キミは、ミス・クレーンと協力してプロダクションを運営することを選んで、私というプロデューサーを招致することもしなかった」
「え!?……だ、だってマーリン、特異点一緒にこなかった……し……」

いつもの通りいってらっしゃいと送り出されたんで、マーリンは今回も来ないものって思いこんでた。そもそもマーリンは後から特異点に合流するとき、知らない間に紛れてることが多くて、こっちから連絡取ろうとしても無理か既にいないかのどちらかだし……ていうかそう!前回のアキバだっていざ一緒に行動しようとしたらリリィと既に行動してるしメイド喫茶にいるしうぎー!!思い出したらムカついてきた!!いやその行動自体は悪いわけではないんだけど!!

「私はマーリンといたくても、マーリンいっつもどっか行くし一緒にいれないって言うじゃん!」
「キミの方こそあちこちにお呼ばれしたり遊んだりで、結局2人でいられるのは夜だったりするじゃないか」
「だ、だから夜はマーリンといるようにしてるんでしょ!」
「それで?戦闘以外の、昼間他の者に構ってもらえる間、私は用なしというわけだ」
「何でそうなるの!?昼間も私がマーリン探してること知ってるくせに!」
「だって今回はそうしなかったじゃないか」
「だからぁ!いないと思ってたんだもん!」

え!?なに!?何で私が非難されてるの!?

何が気に入らないのか、マーリンは珍しく憮然とした表情を作って、私をじとりと見下ろした。

「……アイドル特異点、なんてものがあって、僕が介入しないわけないだろう」
「え……そ、そんなに……?」

そこまでアイドル業に興味あったの?確かに自分でアイドルメーカーを名乗ってるくらいだし、マーリンにしてみれば自分の出番、って認識があったのかもしれないけど。

「私がキミとレイシフトしていたなら、キミをアイドルにしていたのに」

マーリンがすねたようにそう言って、顔を背ける。その背中をジトリと目を細めて見つめる。
……やっぱり、私の機嫌直そうとしてない?搦め手使うようになりやがって。

「……どーせ、アイドルやってももたないよ」
「どうして?」
「だってアイドルって恋愛禁止だもん」

アイドルがプロデューサーに恋してるの、まずいでしょ。

「そこが売りなんだよ。浮き名流してばかりのプロデューサーを健気に思うアイドルの目を覚まさせるのはキミだ!キミの手で彼女を振り向かせてみせよう!」
「浮き名流さないで」

プロデューサーがスキャンダルを生むな。てかやっぱりよそに手出す気満々じゃん。

「……マーリンって、まだ私が他の男に恋した方がいいとか思ってるの?」

てっきりもう、そっちは諦めたのかと思ってたんだけど。
そう問えば、マーリンは少しばかり考えるような仕草を見せた後、「それは、そうだとも」と肯定した。

「だけど今更、キミが私を諦めるとも思っていないよ。だから「絶対そんなことにはならないだろうけど、希望はあるよ」っていう売り方なわけだ。アイドルってそういう仕事だろう?」
「身も蓋もない!!」

夢を見せる仕事とはよく言ったもので、なるほど心を持たない夢魔にはおあつらえ向きの職業なのかも。そう考えると、アイドル特異点に介入しないわけがないという発言も頷ける。いや夢魔ってそういう?

絶対そんなことにはならないけど希望はあるって、刺さるなぁ。私だって、マーリンは生態的にそもそも誰かを好きになるわけないって分かってて、もしかしたらを夢見てる。
……マーリンの場合、前例があるからっていうのもあるんだけど。それが逆に、別の意味でネックだったりもするんだけど……いや、ええと、なんの話だっけ?

私は黙ってアイドルやってるマーリンに怒っていた筈なのだ。いつの間にか私がアイドルやるやらないの話になってる。違うそうじゃない。

「丸め込もうたってそうはいかないんだからね」
「心外だ」

ギロリと睨みつけて言うと、マーリンはわざとらしく肩をすくめた。

「ホント、人の恋心につけこんでかき乱して、サイテー」
「それが分かってて好きでいるキミの趣味の悪さには恐れ入るよ」

ホント、キミって私のこと好きだね。

マーリンが愉快そうに目を細める。

「マーリンも、私のこと相当好きなくせに」

ほめそやしてアイドルにしたいとか言っといて、違うとか言わせないから。

じろりと睨んでそう言うと、マーリンは黙って微笑んでみせた。このやりとりで苦笑を返されることも無くなって久しいけれど、どういうつもりの笑みなのかわからないからやっぱり釈然としない。

……私が最初からただのファンで、マーリンがアイドルだったら、こんな感情覚えなかったのかなぁ。
マーリンは私のことなんか知らなくて、私はマーリンが何か発信するたびにはしゃいで……、たまに浮き名が流れて落ち込んで、そんな噂はすぐかき消えて、そのうち私も出会えるかもとか、少し考えてはそんなことあるわけないかって笑ったりして。
おんなじファンの子とどこがいいとか語り合って、みんなで応援して……。

「……はぁああ~~~~っ今更無理無理」
「うん?」
「やっぱり私に黙ってたこと許せない!」
「あれれ、まだ怒ってるのかい?」

あれれじゃない!怒るよ!

ぷいと体ごとそっぽを向く私に、マーリンがわざとらしく背後から抱きしめてくる。絶対にほだされてやらないぞ、と何も言わずにいる私の顎を、マーリンが指先でくすぐった。

「んんんーっ!」
「機嫌を直しておくれマイロード」
「やだ!」
「困ったなぁ。どうしたら許してくれるんだい?」
「自分で考えて」
「ん~、こうかなぁ」
「んんんんんっ」

ちゅ、ちゅ、と耳の縁に口づけられ、お腹に回された手が身体を這う。いやいやいや。懐柔の手段が直接的すぎない?

「っちょっと、もうっ!こう、誠心誠意謝るとか、出来ないわけ!?」
「態度で示す方がいいかなって。私の言葉とか、何言っても軽いだろ?」
「自分で言うな!……ああもう!」

ちぅ、とうなじに吸い付かれ、びくんと身体が跳ねる。
ほんっっっっとに腹が立つけど、こうして触れられるのがたまらなく嬉しくて、心が浮上していくのを感じる。私はまだ、怒っているのに。

元々私のファンなのはマーリンだった筈なのに、どんどん私の方が立場が弱くなっている。
マーリンは開き直って私を弄ぶし、こんなんじゃダメだ。しっかりしないと。

「こんなこと、キミにしかしないよ」

白々しくそう嘯いて、マーリンは私を押し倒した。

……そんな空言を吐くくらいなら、「私にしかしたくない」くらい言ってよね。

そう思いながら覆い被さるマーリンをむっつりと見上げてみせると、マーリンはくすりと笑みを零した。

「ふふ、キミは本当、私の前だとすぐそうなる」

そうって何だ。どうなるっていうんだ。

睨みつける私の視線とは裏腹に、マーリンの顔はとても楽しそうだった。

「……マーリンて、私のファンなんだよね?」
「そうだよ。キミの一のファンは私だ」

言いながら、マーリンが私の服に手をかける。
単なるファンのくせに手を出そうとするなんて、とんでもないヤツだ。

やっぱり私もアイドルデビューしたらよかったかもしれない。
ファンの一人でもついてくれたらマーリン依存もマシになったかもしれないし、マーリンも面白くないって思ってくれるかもしれないし。

もしかしたらマーリンも、こんな筈じゃないってなったかもしれない。

ああまたほら、もしかしたらを夢見ちゃって、こんな私は、きっと夢魔にとってはとてもありがたい筈なのに。

「……余裕ぶってられるのも今のうちだから」
「はは、そっくりそのままお返ししよう」

それこそ余裕綽綽でマーリンがそう言って、私の胸元に顔をうずめた。

ちくしょう。
今に見てろ。

いつか絶対、お前を同担拒否にしてやるからな!

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