答え合わせなんていらない

バレンタインというイベントは、マスターたる私にとって毎回大いに忙しい。だけどその合間を縫っては、毎年マーリンに贈り物を用意するようにはしている。
と言っても、マーリンにはあらゆる食物・無機物が不要な訳で、自己満足の域を出ない行動ではあるのだけど。

だから、本来はお返しを要求すること自体、心苦しくはある。

それでもマーリンは、毎年律儀に何らかのお返しを用意してくれている。今まで私からマーリンにお返しを要求したことは一度も無いにも関わらず、である。

だからというのも言い訳がましいが、今年もマーリンはきっとお返しをくれるだろう、という打算の元で、一つ思いついたことがあった。

私があげたいものをあげているだけなのに、お返しまで指定しようなんて烏滸がましいと、思わないわけではない。

それでも、思いついてしまったら、それを求めずにはいられなかった。

私には、欲しいものがある。



マイルームのベッドに二人並んで腰掛けるのはいつものことで、そこで私が贈り物を渡すのも毎年のことだった。

問題はここからだ。

マーリンは毎年必ず「お返し」をくれる。
だけどその「お返し」が、既に用意されているかどうかは、贈ってみるまで分からない。

「さて、お返しなんだが――」

贈り物を懐に仕舞いながら、マーリンがおもむろに切り出した。その言葉に、私は身を固くする。

もし、マーリンがもう、私に「お返し」を用意しているのなら。
私は何も言わない。それでいい。マーリンがしたいようにする、それが一番いいに決まっているんだから。

でも――

もし、マーリンが、まだ、「お返し」を、用意していないのなら――。

緊張に身を固くする私とは対照的に、のんびりとした口調でマーリンが言う。

「貰ってから決めようと思ってね。ちょっと待っててくれるかい?」
「……っ!」
「うん?」

息を呑んだ私を見て、マーリンが首を傾げる。

「あ、あの……」
「うん」
「それなら、その、お願いがあって」
「お願い?」

今まで、お返しを要求したことも無ければ、その内容を指定したことも一度もない。マーリンが私に贈りたいと思ったものが、私の欲しいモノだからだ。

マーリンが「贈り物は後で」と言うかどうかは、その年による。だからこれは賭け、でもない、「そうだったら、こう言ってもいいかもしれない」くらいの、消極的な希望だった。

「……お返し、私の希望を言っても良いかな」

上擦りそうになる声を抑えながら、じっとマイルームの片隅を無意味に見つめて言う。マーリンの顔を見ながらだと、緊張でまともに言えそうに無いからだ。

「希望があるのなら勿論聞こう。叶えられるかは別として、だけど」
「そんな大したことじゃないし、誰でも出来ることだから」
「その言い分は、モノではないね。私に何をしてほしいのかな?」

隣に座る私の顔をそっと覗き込むマーリンに、おずおずと視線を合わせる。
最近のマーリンは特に優しい。だけど、かつてわがままを言って怒らせたことを、私は忘れてない。

それでも、たった一言。
それくらいなら、もしかしたら、きっと。

「――私を、好きって言ってほしい」

じっと真剣に見つめた先で、マーリンが不意に固まる。少しだけ目を見開いて、無表情のまま動かない。
しかし、一瞬後には相好を崩し、柔和な笑みを浮かべて口を開いた。

「誰にでも言えるような言葉なのに、そんなもので良いのかい」
「……だって、私にだけは言ってくれないから」
「それは――、……そんなに言ってほしかった?」

柔和な笑みを苦笑に変え、マーリンが困ったように言う。
こくんと小さく頷くと、「いつかうっかり言わないかなって、ずっと思ってた」と呟いた。

「……だめ……………ですか」

ダメかも。やっぱり、失敗したかも。
返事が来る前からそんな風に思って、しょぼしょぼと肩を落とす。

そもそも、好きでない相手のことを好きと言え、なんて横暴な願いだ。心にも無い言葉を欲する傲慢さは分かっているつもりだったけど、実際口に出して頼んでみれば、とんでもなく無礼なお願いをしたのでは無いだろうかと、不安でたまらない気持ちになった。

考えれば考えるほどやらかした気になって、顔に熱が募り涙腺が潤む。震えを押さえ込むように、自分の膝の上でぎゅうと拳を握った。

「仕方ないね、キミって子は」

ため息を吐きながらマーリンがそう言って、私は反射的に顔を上げた。穏やかな顔のマーリンと目が合う。

「い、いいの!?」
「まあね。わきまえていればいい話だ」
「うん、ちゃんと分かってるっ、変な期待はしない!」
「うん。変な期待はしない」

ダメ押しとばかりに鸚鵡返しされ、こくこくと深く頷く。そこまで念押ししなくたって、本当にちゃんと分かってる。

そうして何度も頷く私を見て、マーリンが奇妙な顔をする。一瞬、何の感情も宿っていないかのように全ての色が抜け落ちて、刹那くしゃりとその顔が歪んだ。

「えっ」
「ん?」
「あ、え?」

歪んだ、と思った目は細められただけで、マーリンはいつものように穏やかな顔で、驚いた私を見て首を傾げた。その顔に私も首を傾げる。

「……ぁ、いや、何でもない」
「うん。で、お返しは今で良いのかな?」
「あっ、ま、待って!ちょっと待って」
「心の準備かい?」
「それもだけど録音するから」
「え。」

ベッドサイドに据え置きの充電器に繋がった、業務用のタブレットに手を伸ばす。私が今使える録音機器はこれしかない。一応、原則として私用に使うのは禁止ではあるが、現状スタッフも含め、支給された端末は、みな自由に使っていた。

だからと言って、この端末に保存されたデータのうち、いったい私がいくつ持ち帰ることを許されるのかは、分からないけど……。

(もしかしたら、一つも持ち帰れないかもしれないけど)

端末にあらかじめインストールされていた録音アプリを起動する。

(可能性があるのなら、出来るだけ多くの思い出を持ち帰りたい。忘れないように。無くさないように)

祈るよう胸の内で囁いて、録音開始ボタンへと指をかざした。

「何も録音までしなくても」
「だってこれが最初で最後かもしれないんだよ。あ、心配しなくても言質取ったって言い触らしたりしないから、あくまで個人的に使うものだから」
「使うのなら仕方ないな」

何故か納得された。使うと言っても聴いて今日のことを思い出すのに使うだけなんだけど。

「では、準備は良いかな?」
「う、うん」

録音アプリを起動して、今から好きって言いますよ、と合図されて聞く嘘の告白なんて、ムードもへったくれも無い。
それでも私の心はドキドキと脈打つ。震える手で、かざした指を端末に押しつけると、マーリンに視線を合わせた。

「なまえ。私は……、――」

ゆっくりと私の名を呼び、いったんマーリンはそこで言葉を切った。
一瞬引き結んだ唇を開くと、愛おしそうに目を細める。その顔があまりに真に迫っていたものだから、まだ何も言われていないのにも関わらず、私の胸は締め付けられるように脈動した。

取り乱しそうになる自分を叱咤して、鼓動でいかれそうな鼓膜を意識して傾ける。その唇が紡ぐ音を聞き逃さないように見つめていると、ついにマーリンは、その言葉を口にした。

「僕は、キミが好きだよ」

どくん、と大きく心臓が波打って、息が止まった。
動けないでいる私に、マーリンの顔が近づいてくる。

「んっ、……ぅ…………っ」

そっと唇を重ねられ、驚いた拍子に息と声が漏れる。

暫くの間、そうして唇同士を重ね合わせていたが、不意にマーリンが身体を起こした。

「ぁ、あ……っ、あのあ、ありがと」

慌てて録音を止め、上擦る声で礼の言葉を絞り出す。
顔に熱が集中し、真っ赤に染まっていくのを肌で感じながら、タブレットを充電器に繋ぎ直すふりをして顔を逸らした。

「なんか大サービスだったね、ほんとにありがと!録音と言わず録画しとけば良かったかも、なんてえへへ、うん付き合わせてごめんねっ、もう満足だから!」
「なまえ」
「ひぁ、待っ」

もたもたとタブレットをいじる私に、マーリンが覆い被さる。タブレットは奪われ、ベッド脇へと追いやられてしまった。そのまま体重をかけられ、身体がベッドへと沈む。

まんまと押し倒されてしまい、私は所在なく視線を彷徨わせるしかなかった。

「あ、ぅ……」
「なまえ」
「ま、」
「好きだよ」
「ぅ……っ!」

名を呼ばれ、反射的に視線を合わせると、間髪入れずにマーリンが口を開く。思わず呻いた私に構わず、畳みかけるようにマーリンは続けた。

「好きだ」
「!」
「好き」
「っ、ま、待って、待って!」
「なまえ」
「っま、まーりん、なんでっ」
「キミが言ってほしいと言ったんだろう?」
「で、でも、こんないっぱい……も、もういいっ、いいから!」

急なサービスにキャパオーバーしてしまい、必死になってマーリンを止める。
顔が見れなくて固く目を瞑り縮こまると、マーリンの気配が近づいてくる。不意に耳元で吐息を感じて、更に身を固くした。

「ねぇ、キミも」
「っ!」
「言ってよ」
「へ?ぇ」
「僕のこと、好きって」
「え……ぇ!?」
「ほら」

ただでさえ連続攻撃にまいっているのに、自分でも言えと促され、困惑してしまう。
頭がぐるぐるして何も考えられず、マーリンの視線に促され、乞われるままに口を開いた。

「ぅ、すっ、す、すき……」
「うん。僕も好きだよ」
「っぁ、わっ、たし、も、すき」
「ん。好きだ」
「っう、ぁ、も、もう、ほんと、やめて……もう、もう、いいから、もう……」

狼狽える私が面白いのか、マーリンは嬉しげに微笑んで更に追い討ちをかけてくる。
もう本当に、これ以上その言葉を聞いたら泣いてしまいそうで、ぐずるように私はマーリンに懇願した。

私も好き。――そう言える日が来ればいいなって、思ってた。

マーリンの言動に好意を感じるたびに、嬉しくて、寂しくて。
大好きってぶつけたら、優しさを返してくれるのに、そこには何も無いのだと言われて。

この「好き」も全部「お返し」で、マーリンに心は伴っていないのだ。私が頼んだから、私が好きだと言ったから、マーリンもそう言ってくれたのだと、勿論分かっている。

分かって、いるけど。

「……好きだよ」

泣きそうになって目を覆った私の手を取ると、そっと退けられて穏やかな顔のマーリンと目が合う。静かに再び告げられた言葉には、とても情が籠もっているように聞こえて、とくんと胸が脈打つのと同時に、目の端から涙がこぼれた。

「……なんで、そんなに、やさしいの……?」
「キミが好きだからさ」
「っ、もう、やめて、ったら」
「喜んでくれてるんだろう?」

喜んでる。喜んでる、けど。
嬉しすぎて、死んじゃいそうだよ。

この先に、今この瞬間を越える幸福があるんだろうかって考えちゃうくらい。

「……し、んでも、いいとか、思っちゃうから」
「それは、困るな」

零れた涙を、マーリンの指先が拭う。

「いま、いきてていちばん、しあわせかも」
「大袈裟だなぁ」
「……だって……この先、こんなにいいこと、きっと無いよ……」

好きな人に、好きって言ってもらえる。好きを貰って、好きを返せる。
たとえそれが空虚な嘘でも、言われた言葉は現実だから。

ああ虚しいと、後で思うのかもしれないけど。いや、だからこそ。
今このときが、きっと一番幸せだと、そう思えた。

「本当にそう思う?」

くすりと笑って、マーリンが問う。それにこくりと頷いてみせると、慈しむように柔らかな笑みを浮かべたまま、マーリンが私の頬を撫でて言った。

「なら、試してみようじゃないか。キミの生の中で、今を超える幸福が、この先にあるかどうか」

言って、マーリンが目を細める。

「……やっぱいじわるだ」

別に、死にたいわけではないけれど。
そうやって私の生を縛るんだから、本当に意地悪だ。

これ以上の幸せなんて、マーリンが私を本当に好きになってくれるくらいしか、思いつかないんだけどな。

「キミが好きだからだよ」

性懲りもなくそんなことを言って、マーリンはにんまりと笑った。

LIST