夢魔たらし

カルデアに新たなサーヴァントを召喚した際には、マイルームに呼び出していくつかの質問を行うことにしている。決まりというわけではないけれど、まだひよっこだった際に、サーヴァントたちとどう付き合っていけばいいか悩む私にダ・ヴィンチちゃんやドクターが提案してくれたことだった。
今となっては初対面のサーヴァント相手でもある程度コミュニケーションを取れるだけの度胸はついたものの、すでに習慣化していた面談を急にやめる気も起きず、お互いに歩み寄る最初の機会でもあるからと、ノウム・カルデアに居を移してからも続けていた。

そうしていつも通り、新たに召喚したサーヴァントへと、いつもと同じ質問を投げかける。
これらの答えは、もちろんサーヴァントごとに違うのだけど、彼女――男のアーサー王の世界から来たという女のマーリンは、いつか聞いたのと似たような台詞を吐いたので、思わず息を飲んだ。

「うん?どうしたんだい、マスター」
「ん、うん。いや……やっぱりマーリンなんだなぁと思って」
「今更そんなことを言うのかい?」

人のベッドの上に寝そべりながら、楽しげに笑って女のマーリンは言った。
マイルームに入って即、おや、いいベッドだねぇと言いながらごろりと寝転がられてびっくりした。
だけどベッドに寝そべって私に微笑みかける顔を見ていたら、好きにさせてあげたいと思えてしまって、私は今、部屋の主にも関わらず、ベッド脇の椅子に座っている。

勝手にベッド使うのもマーリンだな、と密かに思うも、いやマーリンが勝手にベッド使うのはそういう関係だからだけども……と誰も聞いてないのに脳内でもごもごと付け加える。
気を取り直すと目の前のマーリンへと目を向け、改めて口を開いた。

「前にね。マーリン……男の、マーリンに聞いたのと似たような答えだったから。違う部分もあるけど、ほとんど同じ答えもあって」
「なるほど、なるほど。性差はあれど根本は同じ存在だもの。私のアーサーと、彼のアルトリアが似て非なるようにね」
「うん……あの二人もほんと、シンクロしているようで微妙に重ならない部分もあって、見てると興味深いよ」
「同感だ。アーサーが女と聞いて流石の私も驚いたけど、女のアーサー、なかなかどうして面白い」
「私はマーリンが女と聞いて物凄く驚いたけどね」

それキャメロット崩壊しない?と思わず尋ねて、アーサーにキャメロットは崩壊したよと返され慌てたことを思い出した。
そういう意味で言ったわけじゃなかったのにうっかりトラウマを刺激してしまった。本当にすまなかった。

「女のマーリンは嫌いかな?」
「そんなわけないでしょ」
「ふふふ、ありがとう。嬉しいよ」

にこりと美しく微笑んだマーリンの声音は穏やかで、アルトリアに似ている筈なのに全然そうは聞こえない。ちゃんとマーリンの声色だ。
声が対になっていると知ったときも驚いたけど、こうして実際に聞くとお互い全然似ていないのに似ているという、正反対の感想が出てくる。

それにしても声が対になるって、つまり魔術師マーリンとアーサー王は、世界からニコイチ扱いされているということなのだろうか。羨ましいなぁ。

「男でも女でも、マーリンはマーリンだなって思ったら、余計に嫌なんてことはないよ」
「ふふ、そう?」

高らかな女の声でくすくすと笑われ、言ったそばから女の子だ……と意識して、何だかそわそわとしてしまう。
マーリンはマーリンなのだけど、女の子のマーリンはやっぱり女の子のマーリンで、マーリンとずれがある。
男女差が本人たちにどう影響しているのか、仕えた王に対する気持ちや立場の差も、いったいどう違うのか、気になって仕方ない。

マーリンのことを知りたくてそわそわしているのを悟られないよう装いながら、ついでを装って尋ねてみた。

「アルトリアはともかくとして、マーリンには?」
「ん?」
「あ、えっと、男の自分に興味は無いのかって」
「ねぇ、不便じゃないかい?それ」
「へ?」

質問を無視して突然指摘された「それ」が何のことか分からず、素っ頓狂な声が出る。
ベッドに寝そべったまま頬杖をついて私を見るマーリンが、「呼び名だよ」と付け足した。

「呼び名?」
「彼も私もマーリンじゃ、分かりづらいだろう?好きに呼び分けてくれていいよ。マリちゃん♡とか呼んでみる?」
「う、うーん」

頬杖をついたまま足をぱたぱたさせ、ウインクまで飛ばしてみせるマーリンは、可憐の一言に尽きる。
マリちゃん、うーん、可愛いし、似合って……はいると思うんだけど、でも。

「なんか、マーリンのことは、マーリンって呼びたくて……」

別に、本人に呼ばれ慣れているニックネームがあれば、そう呼ぶのも良いんだけど。
やっぱりこのマーリンもマーリンと呼ばれていたのなら、そう呼びたいと思う。

この気持ちをどう言えばいいのか分からないのだけど、私にとっては男でも女でも、この人はマーリンで、あの人もマーリンで、差や違いを私から、あえて付けたくはなかった。

「っ、ふふっ、あははははっ、キミって、ふふっ」
「えっ、何で笑うの」
「いやいや、本当にキミって、私のことが大好きだね」
「――!」

今度こそ驚いて固まる。
まさかその台詞を女の方のマーリンから言われるとは、流石に思っていなかった。

「なん……いや、夢魔だから……分かるんだね、やっぱり……」
「ふふん、そうだとも。お姉さんは夢魔だからね。キミの、彼への情熱をビシバシ感じているとも」
「はずかしっ!」

見覚えのある表情でにんまりと笑ってそう言われ、思わず記録用に持っていたタブレットで顔を隠す。
こっちのマーリンが先ほどの「キミは私のことが大好きだね」を私相手に連発しまくってることまでは知らないだろうけど、そのシンクロも相俟って動悸が急に高鳴った。

如何にマーリンといえども女の子相手にそこまで心揺さぶられたりはしないと思っていたのに、違いも一緒も、どちらも私には好ましく思えた。

「ふふふ、良いね、恋せよ乙女だ。相手が私というのは、ちょっとかなりどうかと思うけど。ン、でも悪くない。ねえ?欲しいと言ったら、ボクにもそれ、くれるかい?」

細く華奢な指先を、私の胸元へ向けながら、たおやかに笑んでマーリンは言った。

「それは……ダメ……」
「残念だ」

ははっと笑うその声は可憐な少女そのもので、だけどその笑い方は、私の知るマーリンと、とてもよく似ている。

「あげた分返してくれるんなら、考えてあげてもいいよ」

タブレットを下方にずらし、目だけを向けてそう言うと、マーリンはきょとんと目を瞬かせた。
一瞬のち、ふっと不敵に笑むと、ゆっくりと身体を起きあがらせる。

「いけないなぁ、マスター。夢魔を誘うなんて、どうなっても知らないぞぅ?」
「返してくれるの?」
「それはキミ次第だよ」

こつりと音を立てて、マーリンが床に足をつけ立ち上がる。
上から覗き込んでくるその眼があやしく瞬くのをぼぅっと見ていたら――

「マイロード」
「!」

背後から目隠しされて、硬直する。

「マーリン」
「この夢魔たらし」
「ふふっ、仲が良いんだね」

楽しそうに笑う女の子の声に、返すようなため息が背後から聞こえる。

今日はおしまい、と言う声に逆らえず、私は眠りの中へと強制的に落とされた。



かくりと倒れ込んできた背を、目隠ししていた腕をずらして受け止める。
すやすや眠る顔を一瞥すると抱き上げて、目の前の存在を通り過ぎるとベッドへゆっくりと横たえた。

「随分と素直に眠ったものだね。よほど信頼されていると見える」
「……」

ひょこりと顔を覗き込む異世界の僕に微笑まれ、はぁと大きくため息を吐く。

なまえがマスターで無ければ、どうということは無かった。
むしろどうでもよかった。

なまえは女の僕に興味津々だけれども、僕自身は、僕自身に何一つ期待していないから。

「一体どんな夢を見ているのかな。キミは知っているんだろう?」
「彼女は、ただのこどもだ」
「うん?」
「竜の子でも、夢魔の子でもない、取るに足りないこどもだよ」

身体に布団を被せてやりながら、そう呟く。

「牽制かい?ボクだってマスターを破滅させるような真似はしないとも。言うまでも無いと思っていたんだけど」
「からかうだけのつもりでも、やめておいた方がいい」
「ボクに関わるなって言うのかい?」
「出来る事ならそうしてほしいね」

面白半分で近寄って、どうにかなるのはこちらの方なのだ。
どうにかなってしまった後の僕にはそれがよく分かる。

「ふうん?」

だけど愉し気に笑う彼女にそこまで言うつもりは無く、むしろ本当は何も言わないでおきたかったくらいだ。
だって僕がそう言えば、彼女はきっとより興味を持つだろうから。

夢魔に魅入られて破滅する人間は珍しくない。
だけど、夢魔を魅入らせて破滅に向かう者はなまえしか知らない。

せめて彼女が、それこそ夢魔を手玉に取るほどの妖婦であればよかったのだけど。

見つめる寝顔はあどけなく、どこにも特別な部分は見つけられない。
それでもその頬に触れたくて伸ばしそうになった手を、不躾な視線を前に、握りしめてそっと唇を噛んだ。

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