夏の夜は君恋し

「やぁマイロード、災難だったね。お疲れ様、今夜は良い夢を見るといい」
「……………………」

二つ目の聖杯を無事に回収し、ようやく落ち着ける、とすっきりした気持ちでコテージの自室へと戻ったら、夏霊衣のマーリンが当然のように居座っていた。

「間違えました」
「ここはキミの部屋だよ」

出て行こうとする私にあっけらかんとそう言うマーリンに、閉めかけていた扉を渋々開いてそっと中に入ると静かに扉を閉める。
そしてマーリンが何か言う前に、ベッドに我が物顔で座っている隣に滑り込むとその胸板に向かって頭突きを食らわした。

「うぐっ!っゔ、なまえ?」
「……ほんとに…………ほんっっっとに心細かった!!」
「おやおや」

おやおやじゃない。ぐりぐりと胸板を下り鳩尾につむじを押しつけながら、腰をぎゅうぎゅう締め付ける。まったく利いてるそぶりが無いので、爪もついでに立てておいた。

「みんないてくれたから良かったけど!呪いのビデオとか普通に怖かったし!暗闇に取り残されたかと思ったのも怖かったし!そもそも何がフラグになって死ぬか分かんないし!!」
「怖かったんだねぇ、よしよし」
「マーリンがいれば怖くなかった!!」
「ふふふ、ごめんよ」

ごんごん額を鳩尾にぶつけながら恨み言を言う私に、マーリンは笑いながら頭を撫でる。何笑ってんだこの野郎。本当に毎日一人で眠るの怖くてよっぽど誰かの部屋に行こうかと思ったんだからね。

「悪かったよ。私だって怖がるキミにマーリンこわぁい♡と抱きつかれ、大丈夫かいなまえ、さぁ私に身を委ねて……と北欧夫妻の如くここぞとばかりに表だってイチャイチャしたかったんだよ?」
「それ完全に死亡フラグじゃん」
「だからこそ、キミの為に私は傍にいない方が良い……」
「シリアス声で今言うことじゃないしその台詞はギャグにならない」
「ははは」
「笑って誤魔化すな!」

べちんと背中を叩くと、マーリンは再び私の頭を謝罪代わりなのか撫で始めた。癪だけど撫でられるのは素直に嬉しいのでされるがままになっておく。

「なんてね、私たちが一緒にいるとイチャイチャしてしまうからというのもあるけれど、私自身特異点との相性も悪くてね。今回ばかりはいない方が良い、という結論になった」
「今回ばかりというかいつもじゃん」
「そうだったかな?」
「そうだよ!何度マーリンがいればと思ったことか!」
「頼られて嬉しいよ」
「今糾弾してるんですけど!」
「いつもごめんよ。キミといたいのは私も同じさ」
「……っ」

さらりと言われた言葉に、ついときめいてしまって言葉を失う。
本当にずるいやつ。私はそれが嘘か本当かも分からないのに、私ばっかり暴かれている。
頭突きしたり、鳩尾につむじをめり込ませるのはやめて、身体を起こすとぎゅうと抱きついて上体をくっつける。マーリンも同じく背中に腕を回すと、そっと私を抱きしめてくれた。

「……で、今更会いにきたってわけ?」
「そう。やっと傍にいられるようになったから、おっとり刀で駆けつけたのさ」
「調子のいいこと言って。来るだけなら一つ目の聖杯を回収した時点で来れたでしょ。面倒ごとを他のサーヴァントに押し付けただけのくせに」

口を尖らせてぶーたれる私の背中をぽんぽんと叩きながら、マーリンが明るい口調で答えた。

「心外だなぁ。キミを守る為の最善を、私はいつも尽くしているつもりだよ?」

……そう言われると反応に困る。誤魔化してるのか、実際にそうなのか、私には判断がつかない。私は目の前の危険しか分からないけど、マーリンにはもっと別の何かが見えているのだろうから。
むぅと拗ねて、背中に回した手を握り、服の裾を引っ張る。するとマーリンが背に回した腕をぽんと私の頭に置く。思わず見上げると、マーリンはウインクしながらにんまりと口端を引き上げた。

「それにやっぱり、キミの水着姿はちゃんと拝んでおかないとね」
「……バカ」
「最近よく言われるなぁ、それ」
「バカだからバカって言うんだよ」

そんなに言ってるかなと思いつつ、悔し紛れなのがバレバレの台詞に、更に同じ言葉を重ねる。またからかわれてしまう、と内心身構えて顔を伏せたら、マーリンは「いや、そうじゃなくて」と私の言葉を否定した。意味が分からずそっと頭をずらしてもう一度その顔に焦点を合わせると、マーリンもやはり私に視線を合わせ、世間話をするようにまるで予想外の台詞を放った。

「マスターバカだって言われるんだよ」
「えぇ!?だ、誰から?」
「いろんなサーヴァントに」

さらりと言い放たれたその台詞は、かなりの衝撃を私にもたらした。私が他のサーヴァントにマーリンマーリンうるさいと怒られたことはあれど、マーリンがそんなことを言われるほど私の話をしているというなら、それはもうとんでもなく驚きだ。

「……そ、うなんだ。……私の話、してるの?」
「してる。可愛くて、つい」
「ど、どんな…………?」

ものすごく気になって尋ねると、マーリンは意味深に微笑んで「ないしょ」と囁いた。頬を膨らませると、回していた手をばしばし背中に叩きつける。

「あたたた、そんなに気になるならみんなに聞いてみるといい」
「マーリンが私の話してたかって?聞けるわけないでしょうが!」
「私にメロメロなのはバレバレなんだし良いんじゃないか?」
「良くないっ!!」
「照れ屋だなぁ。キミが私の話をみんなにするのなんか今更だろうに」

そんなに誰彼構わずしてないやい!確かにマーリンの話をしすぎて怒られたり呆れられたりもしたがそれも過去の話、今は恋バナを受け入れてくれる限られたサーヴァントにのみこっそり話すにとどめている。自覚が無かった過去とは違う。
大体マーリンの話を私がするのと、マーリンが私の話をしてたか問うのは全然違うでしょうが!そもそもマーリンが会話する相手って誰だ。円卓か?
私はマスターなので、私の話をすること自体はおかしくはないけど、その……の、惚気のような…………話をするとしたら、相手は円卓くらいしか思いつかない。あとマーリンと親しい(?)といえばギルガメッシュ王とかもいるけど、そんな話したら普通にキレられそうだしこちらから問うのは更に無理すぎるので除外しておく。他には……さっぱり思い付かない。誰とでもすぐ打ち解けるが、誰とも親しい間柄にはならない、マーリンはそういう男だ。昔馴染みと千里眼仲間以外の誰かとそんな話をしている様がまったく見えない。となると、やはり円卓に尋ねるのが一番良いだろうか。中でも誰なら尋ねやすいだろうか。アルトリアは同性だけど、マーリンがアルトリアに私の惚気するか?いや私はたまにアルトリアの惚気という名の王の話を聞かされるが。そう考えるといえ聞いてませんね、とか言われたら私の話はせんのかいってなるからやっぱりやめよう。くそ、自分の想像にダメージ負ってしまった。となると、他の円卓か…………。
……いや前向きに考えたところで、やはり「ねぇ、マーリンから私の話をされたことある?」とか聞くのは普通に恥ずかしいし、そりゃあると答えられるだろう。そこへ更に「なんか私の惚気を言ってるらしいんだけど?」とか言えるわけない。もし知らないとか言われたら相手がアルトリアじゃなくても死ぬしかない。いや、されてると言われても普通に恥ずかしい。そんなこと聞くくらい気になってると思われるのが恥ずかしすぎる。無理すぎる。

「やっぱ無理ー!!なんて話したのか教えて!」
「やだよ~」
「いじわるー!!私を置いてカルデアで暢気にしてたくせに!!」
「むっ。心外だな。今回は通信も妨害されていたからキミの様子が見えなくて、心配していたんだよ」
「え!?バカ!!」
「えっ今何で私は罵倒されたんだい?」
「せめてちゃんと見ててよぉ!」
「うーん、見られているのが常識になっちゃったかぁ」

なっちゃったかじゃないよ、こっちはマーリンが見てくれているというのをモチベーションにしてきたくらいなんですよ。もう生活のあれこれについては同居相手くらいのノリで気にしないことにしたからどうってことはない。マーリンも私がどんな生活を送っても本当にまったく気にならないみたいなので、いつでも結婚出来る。いやそうでなくて。

「見てないところで私が活躍してたらどうするの!」
「そっちかい?危険な目に遭ってたらではなく?」
「かっこいいとこ見てほしいもん……」
「私としても、ハラハラさせられるよりは輝かしいキミを見ていたいのは確かだけどね」

……ハラハラしてくれるんだとか思ってしまった。ごめん。

「そんなわけで、今回の活躍について教えておくれよ」

にっこり笑って言うマーリンに、ウッと呻いてしおしおと身体をちぢこめる。
改めて考えなおしてみると、今回の特異点、私にいいとこなんてあったろうか。

「……いや、今回はどっちかというとハラハラ案件だと思うので……偽の私とか出てきたし、罠に引っかかりかけたりしたし……」

活躍とか言ったけど、右往左往しっぱなしでみんなに頼り切りだった、ような。活躍どころか偽の私をまんまと暗躍せしめ、結果マシュを危険にさらした。大反省である。
しょんぼりしながらぼそぼそと言う私に、マーリンはがっかりするでもなく、「ああ、男のキミね」と呟くと、続けてぽつりと言った。

「解釈違いだな」
「限界オタクみたいなこと言ってる……」

解釈違いて。解釈も何も、私は女なのですけど。
男の私、とか言われてもぴんとこない。でもちょっと見てみたかったな。性別違いの私、とか、なんかサーヴァントみたい、とか思ったりして。

マシュは最終的に偽の私に気づいてくれたけど、マーリンはどうだろうか。マーリンが惑わされる側になるというのは考えにくいけど、――ああだからこそ相性が悪いのか。キアラみたいに不意打ち死を食らいかねない。かといって、アビーのように敵に協力なんかするわけないし。それなら真っ先に排除されてもおかしくはない。出る杭は打たれるというやつだ。マーリンは何でも出来すぎるから。

なるほど、と一人頷き、私の傍を離れた理由が本当にあったと、ほっと息を吐く。
私はいつも、マーリンの本音が分からなくて、怯えている。

「ま、キミが活躍に自覚がないなら仕方ない。他の者に聞くとしよう。またマスターバカと言われてしまうかな」

はは、と笑いながらマーリンが言う。当然私の活躍はあったと言いたげだ。サーヴァントたちがどう答えるかは分からないが、きっと悪いようには言わないだろう。いろんな意味でいたたまれず、足をてしてしとマーリンの脚にぶつけて誤魔化す。

「さて」
「ん、ぉ?」

顔を伏せて足をもじもじさせていた私の顔を、マーリンがくいと持ち上げる。突然のことで驚いて気の抜けた声を上げる私に、マーリンが不意に口づけた。

「ん、ん」
「ん……」
「っぅ、な、なに……?」
「なに、って。何のために駆けつけたと思ってるんだい?」
「……な、何のためって」

……わ、私に会うため……と改めて考えると、本当にそんなことのためだけにマーリンが駆けつけたりするのか?と疑問に思って、私は口をつぐんだ。
思えばラスベガスで突然の再会を果たしてから一年。あのときもマーリンは会いたかったから会いに来たのだと、確かそんな風に言ってくれた。その後も事あるごとに私の期待を煽るようなことを言っては、事情があると言って消え、またふらりと現れ――。

核心を突くのが怖くて、またどうせ否定されるって、そう思うと足踏みするしか無くて、マーリンの言動に振り回されるばかりの一年だった。
「好き」に囚われてがんじがらめで、一歩も動けないでいる私を面白がっているだけのような気もして、やっぱり何も言えない。

答えられないでいる私の代わりにマーリンが口を開く。
「キミと遊ぶために決まってるだろう」。当然のようにそう言って、もう一度私に口づけた。

「肝試しなんてどうだい、なまえ」
「……それはもうじゅうぶん堪能した」
「私はしてないからね」
「逆にどうやったらマーリンの肝を試せるのか知りたいよ」

本当に。いっつも仕掛けられてばっかりで、悔しいったらない。
今だってドキドキしてしまって、きっとマーリンはそんな事お見通しで。

「確かに、なまえと一緒じゃ肝試しにならないな。だって私の肝を冷やすのなんて、今じゃキミくらいだ」
「……」

つんと私の頬をつつきながらマーリンが言う。ぐぅっと胸からせりあがる熱をひた隠しにして、私は黙り込んだ。
そんな風に言えば私が喜ぶことも、きっと分かって言っている。

「私が傍にいるなら怖くない、のだろう?――僕も、実はそうなんだ」

悪戯っぽい笑みを乗せてそう言うと、今度はふわりとその顔を緩め、とびきり優しい顔をする。

「何からだって守るよ、マイロード」

穏やかに告げられた言葉に、声を無くす。

嬉しい、けど、でも。
私が一番怖いのは、マーリンが傍にいないこと、そのものなのに。

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