花に風
「素敵な花畑じゃないか!」
弾む声でそう言いながら、風に髪を靡かせてマーリンはざくざくとラベンダー畑の中を軽快に歩く。不思議とその足下に咲くラベンダーは傷つきもせず、悠々と咲いたままでいるようだった。一方で私は、ラベンダー畑のわき道で、そんなマーリンを呆然と見ている。私ではどうやったってラベンダーを踏みつぶしてしまう。マーリンはよく「花の祝福」という言葉を口にするけれど、寧ろマーリンが花に祝福されているようだった。
「どうだいなまえ、気に入った?」
「……、うん、すごく綺麗だね」
ラベンダー畑の中心で、私を振り返ってマーリンが言った。花より団子では無いけれど、今の私には花畑を楽しむ精神的な余裕は無い。花園の中に佇むマーリンの姿に釘付けで、花の美しさはマーリンを引き立てる紋様のように思えた。
花園にローブ姿じゃあ、いつもと変わらない。そう言ってマーリンは新たな装いをしてみせた。
白い、シンプルなようで胸元のクリンクルクロスが品の良さを醸すシャツに、タイトなスラックスを合わせた姿が、ラフなのにすっきりしていて様になっている。耳には小さなピアスが添えられ、首にはネイビーのスカーフ、そして腕にはクラシカルな時計。小物をあしらいつつ品良くまとまった服装に、手には羽織ものと、肩にはバッグがかけられていて、幻想的な風景と現実的な装いがかみ合い、いつでもそこにいる人間のように思えた。
ローブ姿でないマーリンを見るのには、未だに慣れない。そうぼんやり思いながら、まるで着慣れた風に佇むマーリンを見つめる。
「いやぁ、なかなかに絶景だ。ところで美しいご婦人はどこに?」
「…………」
「冗談冗談。そんな目をしないでおくれよ」
む、と目を細めて唇を尖らせると、マーリンはからからと笑ってそう言った。私が妬くのを分かっていてそういうことを言うからムカつくし、いちいち妬いてしまう自分にも腹が立つ。はいはいご婦人ならこちらですよ、とか、私のこと?とか、咄嗟に言えれば良いのに、いつも反射的にぶすくれてしまうから嫌になる。
「キミはあまり花園に興味はないのかな?」
「え?」
「だって私ばかり見ているから」
笑いを含んだ声でマーリンが言って、かぁと顔に熱が走る。花に興味が無いのでは無くて、マーリンの姿が花より興味深いだけなのだ。
「だって……ほら、ここは、日本だし」
「うん?」
「来ようと思えば、来れるから……」
だけどマーリンとのひとときは、望んでも続かないものだから。
そう口にするのは憚られて、風に煽られる髪を押さえるのを装って黙り込む。マーリンがこちらに近づいてくる気配を感じて顔を上げると、風に虹色の髪をたなびかせたマーリンが、緩やかに微笑んで目の前に立っていた。
「私は、花の中のキミが見れて嬉しいよ」
「――」
「うん、もう、十分だってくらい」
「え――」
にこりと微笑んで言われた言葉の意味が分からず、聞き返そうとした瞬間、ざぁと花園に風が吹きすさんで、ぶわりと舞い上がるマーリンの髪が視界に入った。
ああ――どんなに人間らしい装いをしても、マーリンは――。
そう過った次の瞬間、自分の髪に阻まれ視界を閉ざされる。頭をおさえてぱちぱちと目を瞬かせると、マーリンは先と変わらず私を笑って見つめていた。
「マーリン?」
「風が強いね。どうぞ、マイロード」
「えっあ、ありがと……」
携えていた羽織を私の肩にかけながら、マーリンはたおやかに微笑む。鞄を肩にかけ直すと、さて、と口にし私に手を差し出した。
「美しいご婦人、良ければ私とこの花園を見て回るのは如何かな?」
「……花園だけ?」
「はは、キミが望むならどこへでも」
そう言われ、差し出されたマーリンの手を取ると、ぎゅうと握り締める。
「マーリンとなら、どこだって良いよ」
「……うん。私も、キミのいる
大袈裟なことを言って、マーリンが歩き出す。ラベンダー畑を出たマーリンは、もう幾分か