当店にそのようなサービスはございません 後

望まぬマーリンに操を押し付けるくらいなら、欲しいと言ってくれるマーリンこのひとに捧げてしまおうか――。

そんな迷いが脳裏をちらつき、なけなしの抵抗がさらに弱まる。

「ん?」

ぼそっと呟くと、不意に宇宙オニイサンが動きを止めた。
ハッとしてその隙に身体の下から這い出すと、きっと宇宙オニイサンを睨みつける。

「……はあん。なるほどなるほど?」
「何その反応」
「いや、やっかいなモノを施されているなって」
「え?」
「このまま身も心も溶かしてしまおうと思っていたのだけれど。キミのとこの私はよっぽど過保護なんだねぇ」

はて?と首を傾げたところで、合点が行った。ぽんと手を打ち、ああ、と呟く。

「そういえば、マーリン私に貞操守る魔術かけてる」

まだ私とマーリンの間に魔力供給の建前があったころ、マーリンに本番をねだってメッタメタに怒られ、もうこんなことが無いようにとかけられたのだ。
マーリンは私に罰を与えるためにそうしたんだと思うのだけど、他の誰ともそうなる気は無かったし、マーリンが私に枷をかけたのだと思えば嬉しかった。そしてこの魔術、割と私の貞操を守るのに役立ちまくっていたりする。詳しくは割愛するが。

「それを解除してしまえばかけた本人に伝わってしまうな。うーん、それはあんまりうまくない・・・・・。今回は諦めよう」

存外あっさりと宇宙オニイサンはそう言って立ち上がった。そして玄関先に転がされていた届け物へと足を向けると、しゃがんで荷物を持ちまたこちらへと戻ってくる。

「サインはここ?」
「あ、ハイ」
「はい。キミのハニー、と」
「何でその名前罷り通ってるの?」

私のツッコミを無視して受領書を受け取ると、マーリンは早速荷物を開け始めた。
そういえば荷物の内容は知らなかった。私をおびき寄せるために頼んだようなことを言っていたけど、一体何を買ったのだろうか?

気になって、もう去ればいいのにじっと見つめていると、マーリンがこちらをちらりと見た。そして意味深にニンマリと口元に笑みを浮かべると、「じゃーん」と言いながら荷物の中身を取り出し掲げて見せた。

「……ワンピース?」
「そう、キミの」
「は!?私!?」

可愛らしいワンピースを掲げながら当然のように言われ狼狽する。私のってなに!?か、買ったの!?私のために!?

「こ、これを配達するのが私とは限らないでしょ!?」
「うん、だからキミが来るまで買い続けたから他にもあるよ。気に入らないなら他のを見る?」

クローゼットを指さしてマーリンが言う。この何も無い空間の中閉じられたクローゼットには、当然何も入ってないものと思っていたが、あの中には私のために用意した衣類が何種類も入っているのだろうか。嘘でしょ。

「……なに?くれるの?持って帰れないっていうか、二度手間でしょ」
「キミが着るだけならキミに直接送りつければ済む話だろう。目の前で着てもらうためにこうしてキミごと呼び寄せたんじゃないか」
「やっぱりそういう話なの!?」
「服に合わせてちゃんと化粧品やアクセサリーもあるよ、ほら。あと私の服も」
「何で部屋着なのかと思ったらそういうことか……!」

てっきり宅配シチュエーションだからそういうプレイなのかと!着替えることが前提だったわけか!くっ……どうしたら……!?いや私が着替えるのはまだいい。マーリンに着替えられたら困る!!

おろおろ狼狽える私をよそに、マーリンはいったん服を置くとせっせと荷物を取り出して並べ始める。言葉通りにアクセサリー類や化粧品も入っており、それらは確かに服に合わせた色や形状をしていた。 それらを並べ終えると、マーリンは再び服を手に取り私の方へと差し出した。

「はい、なまえ」
「いやはいじゃないよ」
「着替えてって意味だよ」
「それは分かる、そうじゃない」

宇宙オニイサンがあまりにナチュラルに行動するので流されまくっている私だけど、よくよく考えたら何もかもおかしい。ここにおびき寄せられたのも、押し倒されてキスされたのも、告白されたのも、服を買い与えられている今も、何一つ腑に落ちん。私が飲み込む前に次のフェーズに移るのやめてほしい。

「最初に言ったろう、私を満足させるまでキミはこのままって」

困惑&困惑して服を手渡してくるマーリンを制した私に、彼はさらりと笑いながら言ってのけた。この発言もそうだがやっていることすべて普通にヤバいのに、あまりにあっけらかんと言い放つので全然危機感が生まれない。

「……着替えたら満足するの?」
「着替えて、めかし込んで、一緒に出掛けたらね」
「それって……」
「デートしよう、なまえ」

最初からそう誘いなさいよ!……いや普通に誘われてたら仕事があるって断るほか無かったわけだけど。だからって強硬手段にも程があるでしょ。デートするためだけにわざわざこんな手の込んだことを……というかデートのつもりでなぜ押し倒した?やっぱからかわれたのかな、私……。

「好きなコを着飾って見せびらかしながら出歩きたいんだ。ね、良いだろう?」

むう、と唇を噛んで黙り込んだ私に、マーリンがそう付け足した。顔を見上げてみると優しく私を見下ろす顔と目が合う。何だか恥ずかしくなって目を逸らし、マーリンの手元から服をひったくると背を向ける。

「着替えても良いけど、こっち見ないで。千里眼も禁止だよ」
「えー」
「えーじゃない!でっ、デートしても良いけど、別に気を許したわけじゃないからね!?そうしないと解放してくれないなら仕方ないけど、着替えシーンまでオマケはしないから!」
「ホント素直じゃないなぁ。ま、良いよ。今日のところはそうしよう」

今日のところはって何だ!!
振り向いてそう言おうとした私だが、マーリンはおそらく洗面所と思しき扉を開けそこに入っていくところだった。止めたらまたややこしいことになりそうだったのでそのまま見送り、手にしたワンピースを改めて見つめると、のろのろと着替え始める。

……この服、マーリンの趣味なのかな。

だとしたら覚えておこう……。



「着替えた?」
「あっ、ちょ、まだ着ただけ!」

出てくるの早すぎるよ!わざとだろ!!
ワンピースをとりあえず着用し、背中のジッパーをあげようとしたところでマーリンが出てきた。戻れと手で意思表示するものの、無視してこちらへとやってきたマーリンは、戦く私の背後に回ると「一人じゃやりにくいだろうと思って」と言ってジッパーに手をかけた。

「……別に一人でも閉められるよ」
「そう?これ結構身体に沿うデザインだから難しいと思うよ」

そう言いながらマーリンは私に髪をどけるよう促した。
うなじにかかる髪を避けながらしぶしぶジッパーが上がるのを待つ。

「うわぁ!?」

突然うなじに降ってきた感触に驚いて飛び上がる。
ぐっとマーリンの手が身体に回され引き寄せられ、そのままちゅうちゅうとうなじから肩のあたりを吸われまくった。

「ぎゃあ!ちょっ、何すんの!?」
「白くて綺麗だなと思って」
「思ったからって触るなッ!」
「ごめんごめん」

逃げようともがく私を意に介さず、くすくす笑いながら心のこもらない謝罪を口にすると、突然マーリンがぱっと手を離した。不思議に思って身構えると、マーリンが「次は化粧だね」と言い化粧品を手に取る。
えっ、と思って背中に手を伸ばしてみると、背中のジッパーはちゃんと閉じられていた。いつの間に。

「……えっ待ってマーリンが化粧するつもりなの?」
「うん」
「…………」
「座って」
「…………」

無言で指示されるままに座る。
自分で出来る!と言おうかとも思ったが、迷って何も言えず結局従ってしまった。地べたにじかに座らされるのには文句を言いたいところだけど。

でも。

されてみたくない?マーリンに化粧。されたいでしょ。

「こっち向いてー、目閉じて」
「ん」

正直また不意打ちキスとかしてくるんじゃないかと思ったけど、そんなことは無かった。
よどみなくマーリンは私の顔に化粧を施していく。宇宙オニイサンはメイクアップアーティストでもやってんのか?

「はい、口開けて」
「んぁ」
「ん。いい子だね」

くす、と笑んでマーリンが言う。やめろ普通に照れるでしょうが!
そのまま口紅をリップブラシに取り、私の顎に左手を添える。そのブラシを唇にあてがうと、そっと動かし始めた。
う、ぅ、ちょっと、くすぐったい。

「んん」
「少しだけ我慢しておくれ」
「んーっ」
「もうちょっと。ね、いい子だから」

またいい子って言う!絶対わかっててやってるからやだ。

「ん。出来た。かわいい」

リップブラシを離し私の顔を見つめると、マーリンは満足そうに頷いて言った。

「鏡見たいんだけど」
「どうぞ」
「よ、用意がいいなぁ……ありがと」

大きな手鏡を手渡され、顔の前にかざすと自分の顔を覗き見る。

「…………」
「どう?」
「……私、可愛いのでは?」
「可愛いって言ったじゃないか」

笑いを含んだ声でマーリンに言われ、頷くのもどうかと思い黙り込む。
鏡の中に映った私の顔は、それなりによく見えた。別に顔が変わったわけではないけど、これはこれで。これが……私……?みたいな変化は無いけど、小綺麗に整った顔がそこにはあって、我ながら悪くない、と思ってしまった。普通に化粧が上手い。
まじまじと鏡を見つめていたけれど、はっとしてマーリンの方を見る。にやにやと私を見つめているのに気づくと突然恥ずかしくなって、誤魔化すように手鏡を差し出し話題を逸らすべく口を開いた。

「じゅ、準備はもう良いかな」
「まだ。髪と、これもね。アクセサリー」
「髪って……そこまでする?」
「する。はい後ろ向いて」
「はぁ……」

こうなったらもうお任せしようと、言われるがままに後ろを向く。嬉々として髪をいじるマーリンの手が、やっぱりちょっとくすぐったくて。私も小さく、くすりと笑った。



「最後はこれだね」
「ん。つけて」
「もちろんですよ、レディ」

今更紳士ぶってそんなことを言うマーリンにふふと笑う。
私の耳にイヤリングをつけながら、ふとマーリンが呟いた。

「……ピアスの方が、本当は良いんだけどね」
「……?良いって何が?」
「落としづらいし、身体に孔を穿ちモノを通すのはそれなりに意味のある行為だから」

えっちな意味か?と一瞬思ったけど、どうやらそうでは無いらしい。たまにこうやって、冠位の魔術師であることを思い出させてくるから油断ならない。ユニヴァースにグランドサーヴァントの概念があるのかは知らないけれど。

「あけちゃう?ピアス」
「……今は遠慮しておく」
「そうか」

断ったのに、宇宙オニイサンは何故か嬉しそうな顔をした。……今は、と断ったからだろうか。

マーリンにピアスを開けてもらうというのは、なかなか良いなと思ったのは事実だ。マーリンもピアスをしているから、お揃いになれるし、さっき宇宙オニイサンが言ったことが本当なら、マーリンが私に意味のある傷をつけたことになる。

でもそれは、やっぱりこのマーリンにしてもらうことでは無い。こっちわたしのマーリンに頼んでみて、もし断られたら、そのときは……宇宙オニイサンにお願いするかもしれないけれど。

「宇宙オニイサンはさぁ」
「うん?」
「私がマーリンを好きだって知ってるでしょう?あなたと違うマーリンを見てるのに、両思いだと思うの?」
「私にとっての個人とは、キミだけだよ、なまえ。それが重要なんだ。私と別世界の私については、そんなに重要じゃない。重要なのは、キミはこの世界にはいないってコトだ」

イヤリングを付け終わり、ついでにさらりと頬を撫でながら、マーリンが手を離した。口元に笑みを浮かべたその顔は、なぜだか少し寂しそうに見えて、思わず胸が軋んだ。

「僕のマスターはキミだけ。キミはそうでなくてもね」
「マスター、って……」
「忘れたのかい?キミと私は契約済みだろう?」

忘れてなどいない。だけどやっぱり宇宙オニイサンとは行きずりの旅人同士という認識でいたから、戸惑った。
先ほどもマスターと呼ばれたけれども、普段から呼ばれているせいで特に気にとめていなかった。

「だから。本当に嫌なら命令すれば良かったんだ。私を解放せよ、とね」
「んぁ」
「はは、バカなマスター」

言われてみればその通りで、間抜けな声を出した私にマーリンが正直に言った。失礼なと言いたいがその通りすぎて言えない。
……そもそも、気づいていたとして実行したかと言われると、正直、その可能性は低かったろう。

「さて。準備は整ったわけだけど。どうする?」
「……私が断らないこと分かってて言ってるでしょ」
「ははっ。ご名答」

笑って答えると、マーリンがぱちんと指先を鳴らした。ぶわりと花びらが舞い、驚いて一瞬目を瞑る。

「では、行こうか。僕のハニー」
「わっ……、だからそれどっちがどっちなの、……」
「ん?」

ぱちぱちと数回まばたきを繰り返した後、再びマーリンを見たら、続けようとした言葉が脳内から吹っ飛んだ。

「なっ、きゅっ、やっ」
「『何、急にやめて』?さっき私の服もあるよって言ったじゃないか」
「先に服を見せるとかして!!着替えるときは今から着替えますって言って!!」
「ホントキミ面白いね」

誰がおもしれー女だ!!頼むから過度な美は人を殺すのだと思い知ってほしい!!

さっきの指ぱっちんはお着替えの合図だったらしく、部屋着からデート服に着替えた宇宙オニイサンがそこにはいた。何気に少しばかり髪型も変わっており、横髪が編み込まれてハーフアップのようなヘアスタイルになっている。服装はいつか見た旅装に近く、やはり肩にショールだかストールだかがかけられたいた。最終再臨のストラといい、好きなのだろうか、肩に布かけるの。

「ほらほら、見とれるのは構わないけど。それはデート中でも出来るだろう?時間が勿体ないから行くよ」
「う、わっ」

無遠慮に手をつかむと、そのまま私の手を引いてマーリンは玄関へと向かう。いつの間にか玄関に真新しい女物の靴が置いてあり、本当に全身コーディネートしたんだなと改めて認識する。なんだかめちゃめちゃ照れる。……けど、こんなに嬉しいこともない。
玄関まで来ると一旦手を離し、自分の靴をさっさと履いて扉を開けるマーリンに、慌てて私も靴を履いて外へと続いた。

「うん、デート日和だね。さてどの星に行こうかな」
「星間移動するなら日和関係なくない?」
「あるよ、宇宙にもデートのしやすい日ってのがね」
「あるの!?」

ユニヴァースにも天気はある。なるほどね。
もう深くは考えないことにして、マーリンが差し出した手をおずおずと取る。……さっきは無理やり掴んだくせに、このやろう。

「……ねぇっ、ほんとに、満足したら帰してくれるんだよね?満足するまで500年とか言わないでよね!」
「おっと、先手を打たれてしまったか」
「ちょっと!」
「ははっ、ごめんごめん。分かっているよ。キミはこのユニヴァース唯一のマスター。またぞろ奇妙な問題に巻き込まれているんだろう?もちろん知っているとも。その活躍を見守るのだって趣味のうちだからね。このまま攫ってしまおうなんて、ちょっとしか思ってないさ」
「ばっ、か、言うな!もう!!」
「ははは」

笑いながら私の手を引くマーリンに続いて、アパートの階段を降りる。お洒落して、マーリンもお出掛け服を着て、一緒にこうして街へ出る……なんて、まるで夢でも見ているようだ。

「仕方ないだろ?攫ってしまいたくなるほど、キミが愛らしいものだから」

だって、こんな嬉しいことばっかり言ってくるマーリンなんて、変だよ。
攫ってほしいって私が言ったら、どうするんだろう、とか。

夢見心地で思うくらいには、現実感を感じられなかった。

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