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「うん?あれ?CEO?おっきー?」
アマゾネスCEOの配達業務に追従していた私ことマスター・なまえ、気がついたら荷物だけ持って一人になっていました。
アマゾネス・ドットコム……ユニバースを股にかけるスペース通信事業社である。
何故か消えてしまった全従業員に変わり、我々カルデアが立ち上がり、事件解決と事業継続をサポートするようになって数日。
CEOやおっきーと共に、毎度同じく指定された座標に移動していた筈だった。それが何故か今は一人。
この辺が次のお客様の指定座標だよね?と思って端末へと目を逸らした瞬間である。何事?
とりあえずカルデアとの通信を試みるも案の定反応なし。ただ端末は生きていて、指定座標はこの先にある簡素なアパートのような建物であることを示していた。
急に庶民的だな……。
周囲を見渡してみると、普通の……というか、日本の住宅街のような趣で、逆に不安になる。周囲を出歩く人々がたまに弾けた格好をしているので、やはりここはユニヴァース時空で、彼らもサーヴァントなのだろうけども。
「……不安しかないけど、行ってみるしかないのかな」
完全に罠としか思えないのだが、黙って待っていても仕方ない。荷物がここにある以上、届けなくてはいけないし。……私もアマゾネスの臨時社員としての自覚が芽生えてきたな。
いざというときはガンド撃って逃げよう。
伝票を確認し、いざアパート(?)へ。
存外大きな荷物を抱えながら、私は目の前の建物へと足を踏み入れた。
◆
「って、階段しかない三階とかサイアク……」
いったん荷物をおろしてゼェゼェと肩で息をつく。
如何にいくつもの特異点、そして異聞帯を踏破してきたとはいえ、疲れるもんは疲れる。気を取り直して扉の前に立ち、伝票に記された301の部屋番号と名前を確認、名前……表札出てないな。
伝票に記された名前には「キミのハニー」と書かれていた。ユニヴァースは自由だなぁとしか思っていなかったがこの名前も何かの伏線だったのだろうか。何だキミのハニーって?蜂蜜?
何だか雲行きが怪しくなってきた。いや最初から怪しさしか無いけども。
覚悟を決めて扉を見つめる。今までの配達先は何だったんだ?と問いたくなるような普通のインターホンに指先をつけ、意を決してそのボタンを押した。
「はいはい。待ってたよ~って何だい物騒だな」
「アマゾネスドットコムから荷物のお届けです大人しくサインを……って、おっ、あ、ま、マーリン??」
ガチャリと開いた扉から出てきたのは部屋着のようなゆるい格好をしたマーリンだった。インターホンを押した指をそのまま額に向けいつでもガンドを放てるようにしていた私を見てきょとんとするその姿に、慌てて指先をおろして意味も無く周囲を見渡す。
「何でこんなとこに?施設でゴロゴロしてる筈じゃ」
「施設?あはは。相変わらずキミは意味不明な事を言うなぁ。おいでおいで、待ってたんだよ」
「えっ!?ちょっと!?」
「あ、荷物ちゃんと持ってきてね」
「荷物だけ受け取ってくださいお客様!?」
ぐいぐい部屋の中へと引っ張り込まれながら言われた台詞に突っ込む。持ってきてねと言いつつ私の脇に置かれていた荷物を自分で玄関の中へと入れると、マーリンは当然のように扉と鍵を閉めた。
??????????
「マーリン?」
「何だいハニー?」
「あ、キミのハニーってそういうこと!?私がハニーなのかおまえがハニーなのかどっちなんだ」
「どっちでも。会いたかったよ、異世界のマスター君」
にっこりと微笑んで言われた台詞に、あ。と声が出る。
「ユニヴァースの……人呼んで宇宙オニイサン、マーリン……!」
「今気付いたのかい?悲しいなあ。そんなにそっちの私とボクって似てるんだ?」
流石に宇宙をまたいだ別次元の自分までは目が届かないからねえ、と事も無げにマーリンは言った。宇宙内なら届くみたいな言い方を普通にするな。
――宇宙オニイサンマーリン。
名前から何一つ伝わってこないが、こう名乗られたしそう言われているのも耳にしているから、実際この名前で通っているらしい。彼との出会いはSイシュタル事件の折り、すべてが終わり帰還しようとして、何故か私は彼と出会った。
その後彼と二人でユニヴァース中を駆けめぐり、悲しい結末を迎えた残留思念に終止符を打ったり、あちこちで起こるトラブルに首を突っ込んでは事態を拡大するマーリンに頭を抱えながらも解決へと奔走したりしたのだが、それはそれ。もう終わった話である。
名残惜しくも彼と別れて数ヶ月、確かに今回もユニヴァース案件だったので噂を耳にすることくらいはあるかなあと思っていたけど、こんな登場の仕方はちょっと予想外だった。
「さ、さ、なまえ。座って座って」
「え、座ってってそこに……?」
六畳一間の激狭アパートと言って差し支えない部屋には、驚くほど何も無かった。引っ越し前の内見か?というほど備え付けのもの以外何一つ無い。家具どころか座布団すら無い。
そんな状態で示された場所は、私の目の前で座ってみせたマーリンの膝の上だった。
「なまえ。おいで」
「……その言い方はずるい」
腕を広げてそう言われ、眉を顰めながらも大人しくあぐらをかいたその脚の上におさまる。ぎゅっと抱き締められ、どきりと胸が高鳴った。
「あの」
「うん?」
「みんなが消えたのはマーリンの仕業?」
「うん。幻術でちょちょいとね。彼らは今もキミと共にいると思っているよ。戦闘が始まるようなことがあれば誤魔化すのも難しくなるけど、今は平気」
「何でそんなことを……」
「キミに会いたかったって、さっきも言ったろう?」
ちゅ、とこめかみのあたりに口づけられ、ぴくりと身体が震える。……カルデアのマーリンが言うならいざ知らず、こちらのマーリンにそんなことを言われるなんて、驚くというか困惑してしまう。ユニヴァースのマーリンと
「何で私に会いたかったの?」
「キミとの旅がとても楽しかったから。帰したこと、結構後悔したんだよ」
え、ちゃんと帰してもらえるよね私。やめてよ宇宙オニイサンマーリンラスボス化とかそういうのは。私も戦いづらいし。
「帰ってからどうしていたのか聞いてもいいかい?キミの旅の話が聞きたい」
「良いけど……、それ今じゃなきゃダメ?私、仕事に戻らなきゃ」
「ダメ。戻ったら帰ってこないだろう?」
「別にそんなことは……」
無いというか、私にしてみれば帰ってこないはこちらの台詞なのだが、ユニヴァースのマーリンに言っても仕様がない。
「ちゃんと戻ってくるよ」
「イヤだ。せっかく今ここにいるんだから、今話しておくれ」
「じゃあせめて連絡を」
「ダメ。私の気が済むまでキミはこのまま、どこにも行けないし誰とも話せない」
「む、無邪気にやべーこと言わないでよ」
「ふふ、がんばって私を満足させておくれ」
私の身体に回された腕の力が強まって、少しだけ息苦しくなる。
はぁ~……とどでかいため息を吐くと、私が諦めたのに気付いたのか、また少しだけ腕がゆるんだ。
「あれからそんなに経ってないから、あったことと言ってもクリスマスのことくらいだけど……」
クリプターとの対決については油断ならないままだけれど、特異点については以前ほど頻繁に発生するわけでもなく。掻い摘まんでクリスマスに起きた出来事を話しつつ、合間に起きた細々とした話を語って聞かせると、マーリンは不服そうに眉を寄せた。
「それっぽっちか、つまらない。もう少し劇的な物語を期待していたんだけど」
「せめて一年は間を開けてほしかったですね」
そういえば前回のユニヴァース事件はハロウィンのあたりに起きたのだったか。ハロウィンが無い!?と思っていたらアレだったので面食らったのを覚えている。トンチキぶりではハロウィンに負けてないユニヴァースだが。
つまるところ、前回別れてからおよそ三カ月しか経ってないわけで、それで劇的な何かを期待されても困る。
「一年も会えないなんて、考えるだけで胸をぎゅうぎゅう絞られたみたいになる。イヤなことを言わないでおくれよ」
「私の台詞なんだけど……こっちのマーリンに言いたいという意味で」
マーリンと全く同じ顔と名前と声音でそういうこと言われると困る。自分の方が私を一年以上放置しておいて何なんだまったく。いや違うマーリンなんだけど……マーリンもこのオニイサンも、再会したと思ったら寂しいだの恋しいだの、振り回される方の身にもなってほしい。そんなこと言われたら、嬉しくなってしまうじゃないか。
「――キミの銀河の私は、キミを置いて行ってしまったのだったね」
「突然戻ってきたけどね」
多くを語ったわけではないけど(宇宙オニイサンがあまり私の世界のマーリンに興味を示さなかったので)こちらのマーリンについて話したことを、宇宙オニイサンは覚えていたらしい。
私がマーリンを好きなことも当然のようにバレていて、その辺のことは面白がって尋ねられ、ヤケクソで八つ当たりがてら恨み節を宇宙オニイサンにぶつけたりもした。もちろん効果は無かったけれど。当然だ、ただでさえ他人に興味が無いのに、本当の意味で他人事なのだから。
「蒼輝銀河の住民は皆サーヴァントだ。でもキミは人間だからね。いつどこでその小さな命を散らせるか分かったものじゃない。人間の脆弱さを知っているからこそ、キミがどこかで野垂れ死んではいないかと心配したんだよ?」
「縁起でもないこと言わないでよ……」
すりすりと額を私の後頭部にすり付けながらマーリンが言う。急にハニーとか言い出したり、会いたかったとか言うのはつまり、会ってないあいだ無事か心配だったから?
私と宇宙オニイサンは確かに共に旅をしたけれど、カルデアのマーリンと私のような恋模様を繰り広げたわけではない。宇宙オニイサンに対してマーリンへの愚痴を語りはしたし、例に漏れず宇宙オニイサンも女の子大好きだったからまあまあセクハラじみた言動もあったけれど、それだけだ。私をそれなりに気に入っていたようなことを去り際に言われたくらいで、こんなに熱烈に出迎えられるというか、ほぼ誘拐に近い扱いをされるとは思わなかった。
……マーリン(
異聞帯の様子は千里眼でも見れないのかも。だから見えないところで私がトチってないか心配してくれたのかな。
「マ、ス、ター」
「うん?ふぇ」
ぼうっと考え事をしていたら呼びかけられ、振り向いた私の顔にマーリンの顔が近づく。反射的に目を閉じて受け入れてしまった後、ハッとして仰け反る。
「……っ!ちょ、な、何すんの」
「キス。キミはすぐ他の何かに心をとらわれてしまうんだから」
「や、やりくちがマーリンとそっくり……!」
「マーリンだもの」
「恋泥棒!」
「褒めてるのかい?ありがとう」
褒めてない。断じて褒めてないし、私は怒っている。
まったくこの男は人の唇をなんだと思っているんだ。どうしてどいつもこいつもマーリンというやつは(いや二人しか知らないというか二人いる時点でもうよく分からないが)勝手に唇を奪うんだ!?
「セクハラ!強制わいせつ!バカバカバカ!!」
「受け入れたくせに」
「反射的にマーリンのキスだと思ったんだもん!」
「マーリンのキスだよ?」
「ちがうーッ!!」
よくよく考えたら
そう考え、改めて腕から逃れようと暴れる私をおさえつけるように更に強く腕が巻き付く。く、苦しい。
「ちょっと!」
「ふふふ、キミはほんとにいじりがいがあるね」
「からかってんの!?」
「愛でてるのさ。以前はあまりこういう交流は出来なかったし」
「するな!もしもし銀河警察!?ここに痴漢がいます!!」
力一杯押し返す私の反抗など感じていないかのように、宇宙オニイサンはくすくす笑ってあちこちに口づける。マーリンも大概人の気持ちにつけ込み野郎だったが、宇宙オニイサンもやはりマーリンはマーリン。私がマーリンを本気で拒絶出来ないと分かってやっているに違いない。くそ。許せん。
違うんです浮気じゃないんです。私が好きなのはちゃんとマーリンです。拒絶してます。だってもしマーリンが別宇宙の私にキスしてたら嫌だし……嫌……いやどうかな、別次元の私にまったく興味持たれないのもそれはそれで嫌かもしれない……じゃあこれは……浮気じゃない……?
「……ってこ、こら!どこ触ってんの!?」
「ねぇ、まだ処女なのかい?」
「ばっ…………」
な、殴ってやろうかこの男!!
いやマーリンが手を出すくせに奪ってくれないという話もした気がするので多分それを聞いてるんだとは思うが!デリカシー!ぶっ飛ばすぞ!!
ムカついて内股をさする手を引っかきながら顔を押しのけようとする私の腕を捕まえると、宇宙オニイサンはそのまま体重をかけて私の身体を押し倒した。アッなんかとても覚えのある展開。
「だ、ダメダメダメダメ!!無理!ダメ!!」
「どうして?」
「初めては好きな人に捧げるって決めてるんですー!!」
「それってボクだろう?」
「ボクだけどボクじゃなーい!!」
笑いを含んだ声で言われた言葉に叫んで返す。半分は自分に言い聞かせる為に。
マーリンに迫られて嬉しくないわけはないし、奪ってほしいとずっと思っていたけど、それはこちらのマーリンが私を大事に扱ってくれていたからこそそう思ったのだ。宇宙オニイサンがどういうつもりか分からないが、何の感慨もなくさらりと奪われるわけにはいかない。マーリンにとっては数多の女の一人でも、私にとってはただ一つの貞操なのだから。
「やだ!やだー!私のこと何とも思ってないくせに!人の心につけ込んで!鬼!悪魔!夢魔!(?)」
「ああごめん、言い忘れていたよ。キミが好きだよ」
「カッ!?」
「か?」
「は!?」
「好きだよ」
「あ!?」
「好き」
「……!!?!!??」
え?あ?なに?私は今何を言われたの?
ふざけないでと言いたいところだが、宇宙オニイサンは特にふざけている様子は無く、本当にそういえば言い忘れていた、というような顔をしていた。いやその淡泊さもどうなんだと言いたいが、マーリンだからな。マーリン……なんだよね?マーリンが?私を?好き????さては宇宙オニイサン、やはり夢魔ではない????
「なまえが好きだよ。一緒にいたい」
「……タイム!」
「え?」
なまえが好きだよ。一緒にいたい。
頭の中をリフレインしまくるフレーズに思考は止まり、正常な判断が出来ない。宇宙だ花だ羊だ夢魔だと言っても、結局マーリンなのだ。私はマーリンが好きだ。だから、だから、だから……そういうことを言われると、頭がパンクしてしまう!
「好きの意味を聞いても……?」
「キミに恋をしたってコトだよ」
「タイム」
「また?」
何だろう宇宙オニイサンには心があるのだろうか?いや無いって話だったような。ここここここ恋?ああでもマーリンもアルトリアいるしな……宇宙オニイサン、アルトリアじゃなくて私に恋しちゃったの?どういう好み??ウッ、言ってて悲しくなってきた。いやでもユニヴァースのアルトリア、
「なまえ、もういい?」
「え!?何が!?」
「タイムはおしまい。恋しあう男女がすることをしよう」
「こっここここ恋し合ってない……」
「うん?よく聞こえないなぁ、なに?」
「だかっ、ぅん!」
聞こえないふりをして近づいた顔にはっきり言い返してやろうと開いた口ごとマーリンの唇に飲み込まれ、口内を舌が這い回る。そういうことする。
「んっ、ん……ッ!は、ゃめ、ぅ」
「ふふ、聞こえないよ……ね、……なまえをもっと頂戴?」
「……ッ!ぁ…………っ」
「ん……ふ、…………」
ああダメだ、飲み込まれていく。息が、抵抗が、感情が。マーリンに求められていると思ったらどうしようもないほど身体が震えて、力が入らなくて、いっそ引き寄せたくなってしまう。
でもダメ、ダメなんだ。この操は私のマーリンに捧げると決めたんだもの。私の、って、私のサーヴァントという意味でしか無いけども。でも、それでも。……マーリンにとって迷惑、でも。
……そう思っていたけど、頼み込んで仕方なく貰ってもらうくらいなら、私を欲しがってちょうだいと言ってくれるこのマーリンに、あげる方がつごうが良いんじゃないか、とか。
一瞬、迷いがちらついた。