オルゴールを繰り返し

別れの直前、なまえは私を呼び出した。予想していた事だから、私にとっては驚きも惑いもありはしなかったのだけど、なまえにとっては迷った末の決心だったようで、顔を硬くして声を震わせながら、どうか一緒にいてほしいと絞り出すように言ったのだった。

「人の世に私の居場所は無いんだよ。だけどキミの本来の居場所はあちら・・・だろう?」

そう問い返した私になまえは首を横に振り、「マーリンとしたいことがたくさんあるの」とつぶやいた。

「したいことって?」
カルデアここでは出来ないこと」
「たくさんあるね」
「そうだよ。たくさんある……」

しょんぼりと目を伏せたなまえを見つめ、さてどう窘めようかと内心で考える。しかし私が言葉を告げる前に、なまえは顔を上げると勢い込んで言った。

「マーリンと買い物に行ったり、喫茶店でお茶を飲んだり、デートに行ったり、したいよ」

私に反論を許さないまま、なまえが続けて言う。

「マーリンにはつまらないことかもしれないし、私のわがままなのは分かってるけど、でも、お願い、ほんの少し、一年でも良いから」
「一年はほんの少しなのかい?」
「ずっと一緒にいたいんだよ。ほんの、少し、だよ……」

私にとっても一年は確かにほんの少しだった。いや寧ろ、なまえよりもその期間はより刹那に感じる筈だ。
……だけど、違うんだよ。キミといる時間は掛け替えが無くて、ほんの少しが、手遅れになってしまう。

「だから……だからせめて、カルデアで共に過ごした期間と同じだけ、私と一緒にいてほしい」

本当はアルトリアとマーリンが過ごした時間と同じくらいはいたかったよ、と言われて、ああ、そう言われると困ってしまうなと脳裏で思う。
そんな可愛らしい嫉妬を、最後の最後に告白するなんてキミも結構ズルい子だね。キミがやきもち焼きなことは気づいていたけど、素直に表には出さなかったから。

「私と、そんな他愛ないことをしたいと?一人でも、友人とでも、キミは誰とだって出来るのに」
「でもマーリンとするのは、マーリンとしか出来ないでしょ」
「まあ、それはそうだね」
「……マーリンには、私としたいことは無いの?」
「言ったろう?私はキミを見ていられたらいいんだ」
「見ているだけで良いなら、傍にいても同じでしょう?」

ああ、まいったな。強い瞳でなまえが私を見据える。
答えを待つなまえに、私は息を一つ吐くと、「仕方ない子だな」と言って笑った。

「……っ、一緒に、いてくれるの…………?」
「キミがやり残したことがあるというのなら、出来るだけ協力しようじゃないか」
「そんなのっ、一生かかっても終わらないよ!」
「お手柔らかにね」

嬉しそうに頬をゆるませ、ついでに涙腺も緩んだらしく目尻からぽろぽろ涙を零しながら、なまえはそれでも嬉しそうに笑って私に抱きついた。その身体を優しく抱き締め返す。

「さて、まずは何から始めようか」
「ええっと、えっと、どうしよう!何が良いかな、ふふふっ」

あれかなこれかなと、他愛ない願いをなまえが口にする。そんなことで良ければいくらでも叶えてあげようと思えた。嬉しそうにするなまえを見ているのは一等好きだ。彼女の笑顔はとてもうつくしいから。

ふとなまえがふにゃふにゃに緩んだ顔を上げて、私を見た。

「マーリン……マーリン、ありがとう」
「そんなに喜ばれるなんてね」
「喜ぶよ!だって、だって……マーリンが、好きだから」

なまえの頬に赤みが増して、恥ずかしそうに眉が寄せられる。その愛らしい仕草に、内側からわき上がる言葉があった。

「私も、……僕も、キミが」

吹き抜けの空を囲う檻たる塔の屋根を見上げ、私はため息を吐いた。隣で微動だにせず眠り続ける躯に目をやり、その頬にすり寄り口付ける。

あの日から、何度も同じ夢を見ている。

夢魔が夢に捕らわれるなど笑い話にもならない。ミイラ取りがミイラになる、とはよく言ったものだ。これも塔を出た代償だろうか。

実際に私が選んだのは、なまえの願いを突っぱねる方だった。
泣いて縋るなまえを宥め賺し、別れのキスだけ残して私は去った。

その後のなまえの人生は、なまえが望んだ些細な欲をあざ笑うかのように苛烈で残酷で、なまえが私と望み、私がなまえに望んだ日常など与えられること無く、坂を転がり落ちるように不幸が嵩んで、そのまま死んだ。

――望みを叶えてやれなかった。

あそこで是と答えていれば、なまえはあんな最期を遂げる事は無かったろうに。

どうしたって彼女はもう救われない。その魂が座に上る事の無いようすくい上げることすらしなかった。元より世界に拒絶され、誰も知らないまま死んでいった彼女が座に上る事など有り得ない。救いのない人生に囚われ死んでいったからこそ、魂くらいは自由にしてあげたかった。

後悔を拭うように躯のなまえを目覚めさせる。あの日言えなかった言葉と、拒絶した望みに応える日々を送る。この行為で報われる者などいないのに。

“カルデアでダンスパーティが開かれることになったの。私、マーリンと一緒に踊りたい。”

“買い食いしたり、映画を見たり、一緒にコンビニでお菓子買ったり、そういうことがしてみたい。普通のデートをマーリンとしたいよ。”

“結婚相手に向いてないのは分かってるけど、それでも結婚するならマーリンがいいな。ドレスを着るなら、マーリンの為に着たいから。”

みんなみんな叶えてあげるよ。ここは楽園なんだもの。もうどこにも、キミと僕を妨げるものは存在しない。

だから教えておくれ。キミの今の望みを。
僕と他にしたいことを。
何だって、何回だって、叶えてあげる、のに。

躯は私の想定した動作を返すのみで、なまえの望みを教えてはくれない。

だから今日も、同じ夢を見る。
なまえが唱えた夢を思い返す。

次はキミと何をしようか。

永遠に繰り返そう。
キミのかつての望みを、何度でも、何度でも。

LIST