糸の切れた人形

塔の中、魔術師は少女を抱いてくるくる回る。

「上手だよ」
「そうかな」
「僕もほら、上手いものだろう」
「どうせたくさん女の子と踊ったんでしょ」
「あはは」
「アルトリアとも踊った?」
「ふふ、アルトリアにダンスは教えてないよ。彼女は王様だからほら、練習相手は女の子じゃなきゃいけないだろう?」
「そっか」
「妬いたのかい、可愛いね」
「もう、すぐそう言うんだから」

ふて腐れたように少女――なまえが唇を尖らせて、その後はにかむように微笑む。
その顔を見つめて、マーリンもうっすらと微笑んだ。

「あのね、マーリン」
「何だい」
「ずっとマーリンとこうして踊ってみたかったの。叶って嬉しい」
「そう。僕もキミが喜んでくれたなら嬉しいよ」
「ふふふ」

花が綻ぶように、なまえは笑う。
うっすらと微笑んだまま、マーリンはその顔を見つめる。

「僕もキミとしたいこと、たくさんあったんだよ」
「たとえば?」
「愛してる、って囁いてみたりとか」
「きゅ、急にそういうのやめてってば」
「はは」

怒ったように眉を釣り上げながら言うなまえを見つめ、マーリンは微笑んだまま呟いた。

「だめだ。飽きた」

瞬間、なまえはぴたりと動きを止め、そのままかくんと足を折って倒れ込んだ。
その身体を受け止めそっと抱き上げると、かつ、とブーツの音を立て、自分以外誰もいない塔をマーリンは歩いた。

花びらの散らばる寝台の上にそっとなまえの骸を横たえると、その頬を撫で自嘲気味に微笑む。

「キミらしい振る舞いをさせてみても、やっぱりダメだね。自分で動かしているんじゃつまらない」

自らも寝台に腰掛けると、なまえの身体をゆっくりと撫でる。
一つも反応は無くとも、その感触だけでも多少の慰めにはなる。少なくともこの身体だけは、なまえ自身のものに間違いないから。

マーリンがなまえの身体を楽園に迎え入れてから、幾時が経ったのか。
楽園に時間の概念は無い。だからなまえの身体は朽ちる事無く、そこにあり続けている。

またあの顔が見たい。
そう考えて、そうしてみた。

その顔は期待通りに美しくて、やはり身体だけでも呼び寄せて正解だったとマーリンは独り言ちる。
救った世界に拒絶され、その肉体すら蹂躙されかねなかったなまえを、自分だけはこうして必要としているのだから。
空っぽの抜け殻と戯れるのも、それなりの気休めにはなった。

だけど人形遊びじゃ、真に満たされる事は無い。

「ねえ。愛してるよ」

当然返事は無いが、マーリンは気にせずなまえの髪を梳くように撫でた。

なまえの生前、あんなに欲しがっていたのに、決して言うことは無かった台詞。
魂を失った肉体に告白したところで、意味は無い。それでもその言葉はマーリンにとって本心で、言葉にすればするほど、少ない心のリソースを、なまえへの愛が喰らっていくように思われた。

失った者を想う事がこんなに痛いなんて、マーリンは知らなかった。
やめた方が良いに決まっているのに、寧ろマーリンは、心のすべてをなまえへの愛で満たしてしまいたいと、そんな欲にとりつかれてしまっていた。

「あとは何をしたいって言ってたかなぁ。デートはここじゃ出来ないし。ああそうだ、僕と結婚したいって、確かキミは言っていた」

直接言われたわけではないが、他の者になまえがそう言っているところを視たことがあった。
人間でないマーリンにとって、その契りは意味を持たない。夢魔にはつがい・・・の概念も無い。それでもなまえの気が済むのならそうしてあげれば良かったと、小さな後悔が脳裏を過る。ドレス姿のなまえを思い描くと、そうしなかった事が更に残念に思えた。

「うん、ウェディングドレスを着たキミは見たいな。今度着せてあげよう。それで、結婚式も挙げようか。見届ける者は誰もいないけど――」

――そして、今更誓ったところで何もかも遅くとも。

「僕の花嫁に、なってくれるかい」

返事が無いのを承知の上で、頬を撫でながら問いかける。この言葉を本当に伝えることが出来たのなら、きっとなまえは顔を真っ赤にして泣き出したろう。

そう思ったら、何故だか自分の方が泣きたいような気持ちになって、マーリンは首を傾げた。

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