マーキング
「今日は朝まで一緒にいられる?」
ベッドに寝そべり抱き寄せた腕の中で、マスターが愛らしく尋ねる。
拠点がノウム・カルデアに移ってから、時折こうして気まぐれに彼女の元へ訪れては去るのを繰り返す日々を送っているのだが、フラフラ消えたり現れたりするのが彼女には不満らしい。
「そうだなあ。キミがそれを望むなら」
「勝手に会いに来るくせに、引き留めないと帰っちゃうとかずるいよ」
不満げに眉を寄せるなまえの頬を指先でつつく。むーっ!と唸る彼女に忍び笑う。
不満の現れですら暖かで愛らしいのだから、キミの私に対する感情の方がよほどずるいと思うなあ。もっともっと浴びたくなってしまうだろう?
「キミが私を求めるほど、私も傍にいたいと思うんだもの」
「……マーリンもたまには私に片思いしなさいよ」
「キミが私に見向きもしなくなったら、それは寂しく思うしもう一度振り向かせたいと思うかもね」
「じゃあ今から私はマーリンのこと嫌いです!」
言ってなまえが背中を向け布団に潜り込む。
バレバレの嘘なんかいくら吐かれても何とも思わないのだけど、そっぽを向かれるのは味気ない。構ってほしいとキミはすぐそうやってすねたふりをするんだから。
「嫌いなんて言わないで、マイロード。キミに会うためだけに私はこうして彷徨海まで来ているというのに」
「……そういえばどうやってこんなとこまで来てるの?」
「キミと私の契約があるからね。それにキミには私の存在が塗り込まれているし」
「え、な、なにそれどういうこと」
背中からなまえを抱え込み抱き締めながら囁くと、振り向いた彼女に問われる。それには答えず、ようやくこちらを向いた顔に唇を寄せると、その小さな唇に吸いついた。
「ふふ、こっち見たね」
「っ、もう!」
「うん?」
「またそうやって誤魔化そうとして!」
「こんな事で誤魔化されちゃうのかい?」
「私へのキスをこんな事とか言うな!もうさせてやらないぞ」
「ごめんごめん」
謝りながらなまえの額に己の額を擦り付ける。うぅ、と小さく唸った後、今度はなまえが私の懐に額を擦り付け、ついでに頭突きを食らわせてきた。頭に腕を回し、掌でゆっくりと撫ぜる。
「それで?私にマーリンの存在が塗り込まれてるって?」
潜り込んでいた懐からもぞもぞと顔を上げたなまえが、上目遣いでこちらを見ながら問うてくる。
うぅん、結局誤魔化されてくれなかったかぁ。まぁ良いけど。
頭を撫でる手を止めずに、ゆるりと微笑んでなまえを見つめる。ぱちぱちとまばたきを繰り返すうつくしい瞳を見つめながら、私は秘密の話をするように声を潜めて言った。
「キミは私から魔力の供給を受けていたろう?」
「あっ」
「キミ用に
「……っ」
つ、となまえの胸元に人差し指を置き、つつ、とその指を下方へと這わせる。頬を赤くしたなまえが顔を伏せ、止めるでもなくただ私の腕をそっと握った。
「い、いま、も?」
もごもごと口ごもりながら、なまえが言う。にこりと微笑んで「今も」と答えると、なまえが再び額を懐に潜り込ませてきた。今度は頭突きをされるでもなく、ただしがみつく手の力がきゅうと強まる。
「もう、無くなったかと、おもった」
「私が与えた魔力は無くしても、それが通った痕は残るとも。夢魔のお手つき、という証がね」
「お手つきって……人を餌みたいに」
餌みたいというか、そういう事だ。これはもう私の
それに。魔力供給は過去のモノでも、キミと私が
キミが私を受け入れるなら――そこに配慮は必要無いじゃないか。
「染み着いた匂いはそう簡単には落ちない。もし本当にキミが私を嫌っても、もう遅いよ」
先ほど言われた台詞に、今更意趣返しを試みる。なまえが私を嫌うつもりなど無い事は百も承知だ。だけど決して有り得ない話でも無い。人の心はうつろいやすく、夢魔の心は、いつどうなるか分からないから。どこかで決定的な何かが起こってしまう事は、十分有り得る。
それでも――たとえ契約を破棄しても、なまえに遺した痕は消えない。
キミの目の前にいる男は、そういう
そう言い聞かせるように、なまえの頬を撫でながら脅すようにそっと囁く。大して効きはしないだろうが、少しくらいは怯んでくれないものかと思ったのだが、
「……絶対落ちないくらいつけていいよ」
そんな事を熱く見つめられながら言われて、ため息を吐いた。
「……そう。それなら今日はお望み通り、朝までいようじゃないか」
「ひゃ!?朝までってそういう、ちょ、こらぁ!」
のそりと起き上がりマスターに覆い被さると、止める気があるのか問いたくなる甘い怒声を唇で塞いだ。
「しない方が、いい?」
離した唇が再びくっつくかくっつかないかという距離で、密やかに囁く。
なまえがくっと息を止める気配がして、何も言わないまま、今度は自分から口付けてきた。
「手遅れ、って言ったの、マーリンだよ……」
恥ずかしそうに目を伏せながら、小さな声を震わせてなまえが言う。
――うん、それもそうだ。目に見えぬ痕は、匂いや魔力に限らない。
何も知らない乙女だったキミを、作り変えたのも私だ。
なまえの返答に何となく満足した私は、早速私という存在をなまえに擦り込むべく、その服に手をかけた。