風邪引きマスターと夢の奥
しばらく平穏な日々が続いて気が緩んだせいか、久々に引いた風邪をこじらせてしまった私はマイルームのベッドで大人しく寝ていた。
アスクレピオスにネギを突っ込まれることは回避出来たものの、ウロチョロして悪化するようなことがあればその喉かっぴらいて直々に診察してやると言われ動くに動けない。
処方された薬で症状はおさまりつつあるものの、油断すると咳き込んでしまうし、まだ本調子とは言えず快復するまでは絶対安静の身の上だ。
「調子はどうだいマイロード」
「あ、はい、ぼちぼちです」
そんな私の元へ足繁く通ってくれるサーヴァントが一人。
いや一人では無いのだけど、消灯時間を過ぎて堂々と毎日現れる彼は言うまでもないマーリンだ。
まあ私とマーリンが共寝するなんて超超超超今更なんだけど、ベガス以降いると思えばいなかったりかと思えば現れたりで神出鬼没さに拍車がかかっていたので、毎日来てくれるのはラッキーと言えばラッキーだ。風邪、ひいてみるものだな。
「まだ治ってはいないようだね。風邪はうつすと治ると言うけど、このカルデアでキミの風邪をうつす相手となると限られてしまうしなあ」
「そんな押しつける真似出来るか!」
私の寝込むベッドの脇に当然のように座ったマーリンがしれっと言ったことに反射的に突っ込む。その声もかすれていてまともに発声出来ていない。けほ、と喉を鳴らして調子を整え、私は言葉を続けた。
「ていうかそんな俗説持ち出したらそれこそアスクレピオスに罵詈雑言投げつけられて物理的に安眠させられちゃう」
「それはキミが風邪の引き始めに黙って無理をしたからだろう?」
「うっ……だってこのくらいすぐ治ると思って」
「油断大敵だよ、まったく」
答えながらマーリンが靴を脱いで足を上げ、ごそごそと私の横に入り込んできた。
何も言わずスペースを作ると、マーリンがそこに寝転がる。
「私が風邪をもらえればよかったんだけど」
「……マーリンて風邪ひくの?」
「ひくとしたら、それは宿主自身が弱っているときだろうね」
「宿主?」
「今はキミのこと。キミの精神を主食としてる以上、キミの心が弱れば私も弱る、かもしれない」
「えぇっ!責任重大だ……!」
聞いてないよそんなの。慌てる私をよそに、マーリンはくすくす笑うと私を抱き寄せおでことおでこをくっつけた。
「だから、ね。早く元気を出して。身体が弱れば心も弱る。そもそも寝てばかりじゃ精神活動にも限界があるから。ほら、あーん」
「ぁ、んくっ」
超至近距離で囁くと、マーリンが私の唇にぱくつく。
遠慮なく舌を入れられ、体液を通して魔力が注ぎ込まれていく。
これが毎夜マーリンが私の元に訪れる理由の一つだった。
体力回復に手っ取り早く魔力注入。昔取った杵柄だ、これ以上無い適役だろう。
魔力供給にそこまで必要か?と言うほど弄ばれて唇を解放される。
息を整えながら咳をする私の背中を優しく撫でる手に、ときめきながらも若干いらついた。誰のせいで咳ぶり返したと思ってんの。
「げほっ、もう、ちょっとは手加減、して」
「魔力供給は久々だから加減が分からなくて」
「それ昨日も言ってたでしょ、……」
「何笑ってるんだい?」
指摘されて唇を引き結ぶものの、にやけが止まらず胸板に潜り込んで誤魔化す。
「なまえ?……そんなに嬉しがることかな」
「ふふ、嬉しい、っていうか」
「魔力供給を懐かしんでる?」
「んー、じゃなくてね。魔力供給、ホントに久々だなって思ったら、さ、ほら……つまりね」
はっきり言うのはなんだかとても照れくさくて、マーリンにとっては多分どうでもいいことだし、過去の私たちがしていたキスだって、絶対魔力供給関係無いものばっかりだったけど、それでもあのときは「魔力供給が必要」という建前ありきの関係だった。
でも今はそうじゃない。
「最近のマーリンからのキスは、理由の無いキスばっかりだったな、って、思ったら、えへ」
「え?」
「りゆう、無くても、キスしてくれてたんだなーって」
「……そんなことで?」
「そんなことなんてゆーなよぉ」
むぅ。
そりゃマーリンからすれば単に私の反応がいいからとか、その程度のことだったのかもしれないけどさ。
少なくともマーリンがしたくてするキスだったって、それは信じてもいいよね?
なんて思っていたら、またマーリンに唇を奪われた。
「んっ!ん、ぐ……ふっ、ぅ、ぇほっ、ぁッ、がはっ、けほっ、ちょ、かはっ」
「んん、……ん」
また痛んだ喉を刺激されて咳がこみ上げるのに、マーリンがなかなか放してくれなくて超絶息が苦しい。
私が苦しむ姿は見たくないとか言ってなかった!?本当に変なところでドSになるの何。
「ぷはっ、げほっ、けほっ!もっ、ちょっと!ばか!ぇほっ」
「可愛いこと言うキミが悪いから謝らないよ」
「っぁに、それっ、けふ、も……ずるい」
「よしよし」
咳き込む私の背中をマーリンがぽんぽんと叩く。非常に癪だが何故かそれで楽になるから不思議だ。
「さ、寝ようか。キミが起きてると身体に悪い。今宵もキミに安息の眠りを約束しよう」
「今さっき苦しめといて急にそれ?」
「夢の中でいくらでも責めてくれていいから寝なさい」
「その夢私覚えてないじゃん」
マーリンが私の元に毎夜訪れる理由の二つ目がこれだった。
寝付けない私を強制安眠させるために、わざわざこうして抱き締めて添い寝してくれているらしい。
「ねえ、どうして私夢を覚えてないの」
「ノンレム睡眠だからね。キミは夢魔にとってとってもいい子でね、まず夢だと気づかないから深い眠りにすぐ誘える」
「これは夢って教えてくれたらいいのに」
「それじゃキミを寝付かせられないだろう?」
「なんで」
「教えてしまうと現に寄ってしまうから」
そうは言っても、無意識の私が夢の中でマーリンとどう過ごしているのかはとても気になってしまう。
マーリンと過ごしたのなら覚えていたいし、あと無意識の私が何かをしでかしていないか心配というのもある。
「ねー……夢の中の私ってどんな?」
「今と変わらず可愛いよ」
「なにそれ……」
頭を撫でながら言われて、頬を膨らませて抗議する。可愛いと言っとけば私が絆されると思いやがって。
誤魔化されてやるものかと心中で唱えながら、更に一歩踏み込んで問いかける。
「夢の中で何してるの?」
「それは内緒」
「何で!もう!いつもそう言う」
何か……何かアレなことをしてるのかなやっぱり!?いや分からないけど!
だってだってマーリンと無意識の私、だもん。何か、こう、あの……えっちな……事を、していないとも限らない。というか寧ろそうじゃなかったら何だというのか。いやいやでも、もしそうだったならマーリンが隠す意味ってあるのかな?別に正直に言えばいい、……気がする。
じゃあ何だろう……弱音でも吐いてるのかな。うわ、有り得る。マーリンに弱音吐くのは別に、今更の事といえばそうなんだけど。でも仮に弱音吐いてたんなら覚えていたい。とんでもない醜態を晒してたりしかねないし。もし八つ当たりとかしてたらどうしよう?
「……変な事、してない?」
「キミはいつも変だよ?」
「は?」
何か悪い事してないだろうかというのをオブラートに包んで問うたら、寧ろ常に変だと言われ思わず素で声が出てしまった。
いや、キミって変だよ、と言われた事は何度かあるし、だからこそ興味を持ってくれたんだと思うから、まぁ良いんだけども……。
「いや、そうじゃなくて……こう、えっと……暴れたり怒ったりしてないかなぁ、って」
「仮に暴れても怒っても、私は気にしないからキミも気にする事は無い」
「えっ何その返事……」
暴れてるの?夢の中で?……えっちな意味で無く?
いやえっちな意味で暴れてたらそれはそれでびっくりするけど。そんなポテンシャル私にあるかな……。
ますます分からなくて、黙り込んでうんうん唸る私の頭を、マーリンがおもむろに撫でた。反射的に見上げると、うっすらと微笑んだマーリンの顔が目に入る。
「そんなに気になるなら、治ったら教えてあげる」
「えっ!?」
「普段夢の中で何してるのか、元気になったらちゃんと教えてあげるよ」
教えてもらえるって事は……やっぱり……えっちなことの……可能性!!そうじゃなかったら夢の中の私に怒る。
謎が明かされると思うとそわそわして、ますます夢の中の逢瀬に想像が膨らむ。そんな私を窘めるように、今度はぽすぽすと背中を軽くマーリンが叩いた。
「分かったらほら、もうおやすみ。早く元気ななまえを見たいんだよ、私は」
「……元気になったら、毎日来てくれなくなるくせに」
「それはごめん」
あっさり言うと、マーリンが再び私の頭を撫でた。
文句を言おうとしたのに強烈な睡魔に襲われて、無理矢理に夢の中へと引きずり込まれる。
くそ。この夢魔め。私を掌の上で弄びやがって。
ああ、せめて夢だと気づけたなら、夢の中でマーリンに意趣返しだって出来たのになぁ。
脳裏でそう思いながら、私は自身が知覚出来ない夢の中へと落ちていくのだった。