運命と呼ぶには穏やかすぎた
私を何故好きになったのか、きっかけはあったのかとなまえに尋ねてみたことがある。
「何でそんなこと聞くの?」
怪訝そうに問われ、気になったからと正直に答えた。
なまえはむぅと眉を寄せると、恥ずかしそうに口をとがらせ「振っておいてそういうこと聞くなんて非常識だ」と私を非難した。尤もだとは思うが、振られたくせに懲りない者が言うことでもないと思う。
どうして好きになったのか、ねぇ、と私が尋ねた言葉をそのまま呟くと、ちらりと私を見てなまえが徐に言った。
「マーリン、来たばかりのころ、落ち込んでる私に発破をかけるために戦闘訓練と称してしごき倒したの覚えてる?」
「もちろん覚えているよ」
私が彼女の召喚に応じたのは、彼女が人理を修復した直後だ。
どうしてそんなタイミングだったのかと言えば、そのままにしておくわけにはいかなかったから。
世界を救ってそれで終わりなら良かったのだけど、それで終わらないことを私は知っていた。
だから喪った悲しみに捕らわれて立ち上がる気力を持てないままでいたなまえを、誰かが持ちあげてやらなければいけなかった。
別に私が出張らずとも、いずれは誰かが、もしくは特異点発生をきっかけに自力で立ち直ったかもしれないが、何となく直接手を貸すのも良いだろうと、そう思ったのだ。
かくして私は、なまえの元に駆け付けた。
「その後しばらくして、初めて特異点発生の報が入って。またなのかって、そう思わなかったと言ったら嘘になる。そのときマーリンがね、私の背中をぽんと叩いて「いっておいで」って、そう言ったの」
「……そう、だったかな」
「そうだよ。覚えてないの?」
ジト目で睨むなまえから目を逸らしつつ、そういえばそうだったかと思い出す。
戦闘訓練も新たなサーヴァントの召喚も、暫くは揺り戻しによる特異点発生が有り得るからと行われていたものだから、なまえ自身まったく予想していなかったわけではないはずだけど、それでもげんなりはしただろう。
けれどそのための準備も経験も万全なのだから気負うことはないと、そういうつもりで、文字通り背中を押したりもした、ような。
「そんな真似もしたかもしれないが……それがどうしたんだい?」
「どうしたって、だから好きになったきっかけの話でしょ」
「……え、それで私に惚れたのかい!?」
純粋に驚いてそう言うと、なまえが顔を赤くして声を荒げた。
「別にそれが原因ってわけじゃないけど!思い返せばそこが起点かもなって……あ、いややっぱりウルクかなぁ?いやアメリカで既に……?」
う~んと唸りながらきっかけを遡って探り出すなまえに、私は本当に物凄く驚いていた。アメリカでって、それはもう一目惚れじゃないか。
なまえが好意を自覚し始めたタイミングなら私にも分かる。
私がなまえに「アルトリアと一緒にしないでほしい」と頼んだあたりからだ。
表向き何事もなかったように振る舞っていたけれど、私は夢魔だから、強く放射される感情にはどうしたって気づいてしまう。それまでにもなまえが私を意識していると感じる場面はいくつかあって、それを私は楽しんですらいた。
ちょっかいをかけたりわざとらしく触れたり誘ったり。
そうやって挑発するように触れていたからこそ、そんな何気ない動作を持ち出されるとは思わなかった。
「……キミを励ました男なんて、他にもたくさんいたろうに」
「たくさんいたからこそ、マーリンだけが私にとって特別っていう証明になるでしょ」
得意げにそう言って、何故か直後に恥ずかしそうに目を逸らされる。自分で言っておいて照れるんだ。
「どうして私だけが特別なんだい」
「さぁ、運命だったんじゃない?」
「私となまえが?随分破滅的な運命もあったものだね」
「破滅とかゆーなよ!」
「だってそんなの悲劇じゃないか。人間は何故か悲恋も好んだりするけれど、私にはよく分からないよ」
夢魔の私としては、痛みや悲しみや絶望と言った感情の動きは、幸福感よりも簡単で多量に摂取出来る栄養にはなるのだけど。
人間がわざわざ痛みを欲したり、悲しい話を好んで摂取したがるのは、とても不可解だ。
なまえを見ていてもそう思う。私を好きでいるのは、疲れないのだろうか。身体に快を与えるだけならいくらだってしてあげられるけど、それでも彼女はいつも我慢ばかりしているように見えるのに。
だけどなまえはじっと私を見つめると、真面目な顔で私に問うた。
「……本当に?」
「え?」
「本当に分からない?本当に、私と恋をするのは悲劇だと、そう思うの?」
尚もじぃっと見つめられ、妙に居心地が悪くなる。
客観的に見れば、キミと私の恋は悲劇でしかないと思うのだが、当の本人はちっともそう思っていないらしかった。
「キミこそ、私との恋は悲劇だと、そう思わないのかい?」
「悲劇かは分かんないけど。悲劇でも構わないって思えるほど好きになれたのは、幸せなことだと思うよ」
「……キミって意外と恋愛脳なんだね」
「マーリンにだけだって言ってるでしょ!」
もう!と怒って私の肩をべちりと叩いたなまえに、いて、と口だけ言ってみる。当然まったく痛くない。
「私にだけ……ねぇ。偶然キミの好みに振る舞いや見た目の要素がかみ合ってしまったのかな」
「恋ってそんなもんでしょ。……その偶然がこんな気持ちを呼び寄せるから、運命の恋なんて言葉があるんだと思うんですケド」
「運命って言うなら、もっと劇的な方がよくないかい?」
「私の命を救ってくれた王子様でしょ」
「うーん。言われてみればそうだった。あのとき、あの場所で、私がなまえを助けたことが、もう既にキミの恋路を決定づけてしまったと、そういうんだね」
「その可能性もあったかもって話」
正直きっかけなんて覚えてない。
なまえはそう言うと自らのベッドにごろりと寝転がった。
「ただ。背中押されたとき、とってもドキドキしたから。……笑って「いっておいで」って言われて、素直に「大丈夫」って思えたの。マーリンがいるなら怖くないって。いや怖いけど」
「どっちだい」
「怖いものは怖いけど、大丈夫なんだって思えたの!」
怒ったように言うなまえの顔は赤く、やはり照れているらしい。
強気に恋を語るくせに恥ずかしがるから、からかいたくなってしまうんだよ。
「だからさ。マーリンが本当はどういうつもりだろうが、心があろうが無かろうが、結局どうしようもなかったってコト。分かったらだーっこ」
「どうしようもないなキミは」
「女を誑かす夢魔がぜ~んぶ悪い」
「はいはい。私がなまえの好みにドンピシャだったのが全部悪いよ」
「そうそう」
楽しそうに笑いながら言うなまえを、お望みの通り隣に寝転がると抱き締めてやる。
嬉しそうにくすくす笑う声が耳をくすぐってむず痒い感覚が胸の奥を走った。
運命、か。
なまえ自身をすっかり気に入ってしまっている私がいる。それだけでもう、奇跡に近い出来事だ。
それでも私は、これを運命と呼ぶ事は出来ないでいる。
だってなまえは、やっぱりただの人間だから。
なまえがもっと劇的な人間だったなら、まさに運命だったと、臆面もなく信じられたのかもしれないのに。
彼女はどこまでも素朴で、普通の女の子で――
――そんななまえばかりが僕の胸を埋め尽くしているから、不思議だった。