そうして手を引いていて
マーリンとブラダマンテが話している場面に遭遇した。
「うわ…………」
キラキラ……というより荘厳な大賢者オーラをこれでもかとビシバシ放っているマーリンに思わず声が漏れる。
いつものマーリンに慣れきっている身としては些かわざとらしく感じるくらいだ。
「……おや。マイロード」
「あっ、マスター!こんにちは!」
私に気づいたマーリンがにこやかに笑いかけ、続いてブラダマンテが元気よく挨拶する。
こんにちはと軽く返しながら二人に近寄ると、マーリンがにこりと私に麗しすぎる笑顔を向けた。うわっまぶしっ。
「何を話してたの?」
「マーリン様のお姿をお見掛けしたので、挨拶ついでに、ロジェロと再会するにはどうすればいいのか聞いてみていました」
「……どう答えたのマーリン様」
「貴女が貴女らしく、彼を求め続けたならば、自ずと道は開ける、と」
「素晴らしいお言葉です!私、頑張りますね、マーリン様、マスター!」
「良い答えです、ブラダマンテ。やはり貴女はそうでなくては」
「…………」
恐縮しながらブラダマンテが「滅相も無いですっ!ありがとうございますマーリン様……!」と感極まって言う。
マーリンを盲信しているのと、ロジェロが関わると極端にIQが下がるきらいのあるブラダマンテは気づいていないようだが、要約すると「現状維持」としか言ってない。
シャルルマーニュ十二勇士の伝説には明るくないので、実際はどうだったか分からないが……ブラダマンテが何だかんだいくつもの冒険を乗り越えられたのは、本人が頑張ったからなんだろうな。多分きっと、マーリンの助言とかクソの役にも立たなかったに違いない。いや、単なる想像だけど。実際にはもっとちゃんとした助言をしたのかもしれないけど。
「マーリン様、直々のご助言をありがとうございました!ブラダマンテ、いつかロジェロと出会うため、そしてマスターのお力になるため!一層尽力いたしますっ!」
「良い心がけですね。マイロードも喜んでいますよ」
「え、あ、うん。私もいつかロジェロに出会えるよう願ってるよ。ブラダマンテの頑張りに負けないマスターになるね」
「そんな……マスターはもう十分に素晴らしいマスターです!あっでも嬉しいですっ、一緒に頑張りましょう、マスター!」
「うん、ありがとブラダマンテ」
元気で素直なブラダマンテを見ていると、私も何だか元気になっちゃうな。
アストルフォもそうだけど、シャルルマーニュ十二勇士はみんなあんな感じなのだろうか?同じ騎士でも円卓とは随分とカラーが違う。
何にせよ、元気なのは良いことだ。異聞帯をめぐる旅は、つい暗くなりがちだから、なおさら。
「そうだ、マスター!今から一緒に鍛錬しませんか?」
「え?あ、そうだなぁ。一緒に頑張るって言ったばっかだし、うんそうしよ、」
うかな、と言おうとしたところで、マーリンにぐいと肩を抱かれて「え」と思わず声を漏らした。
「ブラダマンテ……」
「は、はいっ!」
「マイロードはこれより、私と共に魔術の修練を積む予定なのです。ですから、貴女との鍛錬は別の機会になさい」
「へ」
「そ、そうだったのですか……!横入りしてしまってすみません……!マスター!ではまたの機会に、今日の修練の成果を見せ合いましょう!」
「あ、うん」
「行きなさい、ブラダマンテ。いつかロジェロに出会うために」
「はい!ではまた!」
元気よく返事して、ブラダマンテは走り去った。廊下で走ると危ないよ。
「…………何?」
「ん?」
「魔術の修練なんて予定してないんだけど」
「そりゃ嘘だもの」
「何で嘘吐くの」
「キミを独り占めしたかったから」
「…………」
ズルい。この野郎。そんな事言われたら責められない。
「麗しの大賢者様が独り占めしたいとか、解釈違いですー」
「えー。もしかしてあっちの私の方が好みなのかい?キミの前であのキャラでいるのは面倒だなぁ」
「ブラダマンテが見てるときはいつもあのキャラのくせに」
「おや?妬いてる?」
「妬いてねえわ!事実でしょ!!すぐ妬いてるって言うんだからもう」
嫉妬心よりも先に、大賢者の顔をしたマーリンに対する戸惑いの方が来てしまう。
マーリンにしてみれば、所謂処世術の一つでしかないのかもしれないが、それにしたってギャップが凄い。
まだマーリンがノウム・カルデアに来る以前、ブラダマンテと話していたら突然聞こえてきた声に度肝を抜かれたのはいつだったか。あ、思い出したら腹が立ってきた。
「別に大賢者バージョンの方が好みとは言わないけど、大賢者のマーリン様は私が寂しくて泣いてたら心に語りかけてくれたりしたのかなーと思わないでもないよね」
「おぉっと、痛いところを突かれてしまったなぁ。寂しい思いをさせてごめんね。でもホラ、今はこうして共にいられるのだし許してほしいな!愛してるよなまえ!」
「なん……安い!急に愛の言葉を安売りしないで!色々複雑になる!!」
頑なに言わなかったくせに急にコレだ。もう。
一度言ったらタガが外れたのか、まぁベタベタしてくるのは以前からだけど、正式に恋人同士となってからは愛情表現が過多すぎて戸惑ってしまう。
だからこそ、大賢者バージョンのギャップも際立って余計にドキドキさせられてしまうんだけど。もうヤダこの夢魔。
「言わなきゃ言わないで不満げだったのに、今度は言うなだなんて我儘だなぁなまえは。そういうとこも可愛いけど。でも我儘を言うのは私だけにしておくれよ」
「わがままとかじゃなくて、んっ」
「分かってるよ、マイロード。恥ずかしいから照れてしまうんだろう?……だから可愛いって言うんだよ」
否定の言葉を発しようとした私の口を颯爽と塞ぎ、少しだけ唇を離してマーリンが言った。
「……っ、令呪を以て命ずる。今日は一日大賢者でいなさい!」
「えっ」
スッと私の右手から令呪が一画消費される。
この令呪は、元の聖杯戦争で使われていたものとは少し違っていて、そんなに強い強制力は持たないから、マーリンがその気になればこんな命令は意味をなさないだろうけど。
でも令呪でも使わないと身が持たない。ただでさえ両想いって関係にまだ順応しきれてないのに、部屋の外でバカスカ口説いたりキスしたり、見られてたらどうすんのバカ!!
じりじりと令呪を掲げつつ後退する私に、マーリンがふと花のような笑みを浮かべた。
「……仕方がありませんね。令呪に逆らうほどの命令でもありませんし。よろしい、今日は一日この状態でいるとしましょう」
「うわ……」
「ご自分で命令しておいてその顔ですか、マイロード」
嫋やかに微笑んでマーリンが言う。うわコワイ。いつも以上に何考えてるか分からなくて、これは失敗したかもしれない。
「わざわざ令呪など使わずとも、このマーリン、貴方様のご命令なら伏してお聞きしましたのに」
「嘘吐け。てかブラダマンテちゃんには私がマーリンの弟子って言ってるから、主人扱いが過ぎると説明が面倒になっちゃうのでやめなさい」
「ではお尋ねしますが……そもそも何故、私との関係を正直に話さなかったのです」
「……だ、だって夢を壊すのも悪いなって」
……というのは、嘘ではないが、すべてではない。
だけど私とマーリンの関係を、どう説明したらいいのか分からなかったのだ。
まさか私だけがマーリンを一方的に好きで、振られた後もしつこく好き好き言い続けていたとか言えないし。マーリンを崇拝しているような子にはなおさら。
かといって実はマーリンは人でなしで、などと言うのもやっぱり憚られた。ブラダマンテに対するマーリンが、崇敬に値する人間像であったのなら、それがブラダマンテにとっての真実だからだ。
……ほんとのほんとの事を言うと、実はそれこそが理由なのだけど。隠したかった、というわけでなく。ブラダマンテの知るマーリンの話を知りたかった。
私の知らない、麗しの大賢者の話を。
ブラダマンテから見たマーリンの話をたくさん聞いていたかったから、あえて関係性を誤魔化していたのである。
ちらりとマーリンの顔を仰ぎ見ると、マーリンは慈愛に満ちた顔で私を見ていた。あぁ、なんか、全部ばれてそう。
「なるほど。貴方は優しい方ですからね。そうお考えになるのも頷けます」
ふわりと笑んだマーリンに私は怯む。特に突っ込んでこなかった事には安心したけど、でもやっぱり私の考えなんてきっとお見通しなんだろうな。
うぅ、やっぱり失敗だった。賢者でもちゃらんぽらんでもマーリンはマーリンなんだけど、でもやっぱり全然違うようにも感じられて、どう接していいか分からない!
「…………マイロード」
「なに」
動揺を悟られないよう極めて平静を装いながら返事する。
マーリンはふと目を細めると、ゆっくりと手を自らの口元に持って行き、悩むように「ふむ」と呟いた。
その仕草は、常時のマーリンと少し似ていた。
「貴方、やはり妬いていますね」
「はっ!?」
「貴方が知らない私を、ブラダマンテが知っていた事、羨ましく思ったのでしょう?」
「……!!」
こ、この、賢者め!!
いつものマーリンならおそらく意地悪げに目を細めて言ったであろう台詞を、あくまで慈悲深い笑顔を浮かべたまま、マーリンは言った。
「それに、貴方を差し置いて彼女に語りかけた事も」
「そ、それは……いろいろ不安だったし、マーリン私にはちっともそんなそぶり見せないし、でも別にイヤとかそういうわけじゃなくてね、ブラダマンテ越しでも声聞けたのは嬉しかったし……でもあの、それが寂しくもあったというか……」
「はい。寂しがらせたお詫びを、今、貴方に」
「え?」
しどろもどろで言い訳ついでに本心を吐露した私に、マーリンが穏やかさを保ったままで言う。
同時にマーリンの顔が降ってきて、またキスされてしまうのかと身構える。そんな私の予想は外れて、口ではなく耳元にすすと顔を寄せられ、拍子抜けした。
「?」
「マイロード。今、貴方の心に、私は語りかけています……」
「へぁ?」
突然耳元で囁かれた言葉に、素でおかしな声をあげてしまった。
大賢者でいろと言ったのに、こんな悪戯をするなんて。やっぱりマーリンは根っからの悪戯好きなのだろうか。
「なに、もう。大賢者様はどんなご助言をくださるのかしらね」
「非常に申し訳ないのですが、これは助言では無いのです。ただ、貴方には真実を」
冗談めかして言った台詞に、マーリンが穏やかに答える。
耳に息がかかってくすぐったい。それ以上に、マーリンの声色がくすぐったかった。
「なまえ。──愛しています」
「……………………、ぁ」
ぽかんと口を開けて、マーリンの顔を眺める。
花のような笑みを浮かべたマーリンに、私は反射的に後ずさった。
「何、ぁ、言っ、え」
「マイロード」
あわあわと言葉にならない声を発する私に被せるように、マーリンが私を呼ぶ。
その声に思わず口を閉ざしたら、また私の耳元に顔を寄せて、マーリンは囁いた。
「"賢者"たる私が愛を囁いたのは、後にも先にも貴方だけです、なまえ」
そう言うとマーリンが私を抱き寄せる。
ふわりと馨しい香りに包まれ、私は何も言えなくなった。
それはいつもの、全身に感じるような強い抱擁ではなく。
じゃれるようなふれあいとも違う。
ただ、優しく受け止めるような、そんな抱擁で。
「……っ、…………ほんと、女の扱い上手くてムカつく」
「私はただ、したいように振る舞っているだけですよ、マイロード」
ゆっくりとマーリンが離れて行き、そして私に手を差し出す。
「さぁ」と言うマーリンの言葉に、私は無意識にその手を取っていた。
「ど、どこ行くの?」
「貴方の望む場所へ。私は貴方を導く存在ですから」
「……つまり?」
「貴方の部屋へ」
……それは、マーリンの望む場所なのでは。
しかしそもそも私がマーリンに大賢者でいろと命令したのは、誰かに見つかったら困るからで。
だったら確かに、マイルームで過ごすのが、一番私が望む状況には違いなかった。
……何より、私だって、出来ればマーリンを独り占めしていたい。
それも今日は、いつもと違うマーリンの姿をたくさん見れると思えば、なおさら。
ならもう答えは決まりきっていて。
私は黙って、手を引かれるまま賢者の導きに身をゆだねたのだった。