貴方を探す夢を見るの
ぎょっとした。
今声が聞こえませんでしたかと慌てるブラダマンテに、ああ、うん、とうわずったような声で何とか返事する。
「ま、マーリン様ですよね!?今の声……」
「……うん。マーリンの声に聞こえた……」
私が間違える筈が無い、とブラダマンテに言うのは憚られて、ひっそりと心の隅でそう呟く。
あれは確かにマーリンの声だったし、けれどそれにしては随分と印象の違う声色でもあった。
「英霊となった今でもマーリン様にお言葉を賜る事が出来るなんて……ここには巫女だった友人もいないのに。マスターがいるからでしょうか!?」
「は、」
──いや、多分あいつはおちょくっているだけだろう。
私をなのか、ブラダマンテをなのかは、判然としないけど。或いはその両方だろうか。
ノウム・カルデアという拠点を確保し、次の異聞帯に向けて続々とサーヴァントを召喚してはいるが、未だマーリンは来る気配を見せない。
あいつはちょっと事情が特殊なサーヴァントだから、もしや彷徨海のある世界の間とやらには単独顕現出来ないのか、そもそも千里眼で見る事も出来ているのか、夢にすら会いに来てくれないのは何故か、もう私に手を貸すつもりは無いのだろうか、本当にこのまま、二度と──などと内心がっつり不安に思って落ち込んでいた私は、思わぬ方向から飛び込んできたマーリンの影にどうしようもなく狼狽えてしまう。
ここに来てから新たに召喚した者たちは、私とマーリンの関係を知らない。というかまぁ、どういう関係だったのか?と今改めて思い返してもよく分からないし、ここにいない者の話をするのもどうかと思われるし、古参のスタッフたちもみんな気を使っているのか一様に口を噤んでいるから、そもそもマーリンの話をする事自体、稀だった。彼女──ブラダマンテが来るまでは。
以前に出会った折から、彼女はやたらとマーリンの名前を出し、その憧憬を隠そうともしないので、かなり面食らったのを覚えている。
その上で、どうやら彼女にとってのマーリンは、如何にも人格者で素晴らしい大魔術師のようだと、そう察してマーリンの本性については黙っている事にしたのだけど。
……まぁ、私が知ってるマーリンが「マーリンの本性」と言えるのかどうかは置いておく。また落ち込みそうだし。
「やはりマスターはマーリン様と深い縁をお持ちの魔術師なのですね!」
ブラダマンテは無邪気に笑っている。
私はどんな顔をしていいのか分からないまま、多分妙な顔でとりあえず笑顔らしきものを返した。
◆
深夜、ベッドから起きあがると盛大にため息を吐く。
何とか寝ようと試みたものの、昼間聞こえた声があまりに衝撃的すぎて一向に寝付けずにいた。
突然すぎてマーリンが何を言っていたのかすらよく思い出せない。心に語りかけているとか言っていた気がするが、心に語りかけているのなら何で傍にいた私にも聞こえるんだよ。絶対何らかの遠隔魔術だ。突っ込みたかったがそんな心の余裕は無かった。
あとそのキャラ何なのほんと。何で敬語なの。意味分かんなくてずっと頭にあの声がこびりついている。久しぶりですね。貴方の心に語りかけています。
断片的にしか思い出せないが、いやでも、実際殆ど中身は無かった気がする。それ助言か?やっぱりおちょくっているのでは?
「くっそ……」
頭を抱えてもう一度ため息を吐く。
一番ムカつくのは、ブラダマンテにはあっさりと声をかけるくせに、私には一切コンタクトを取ろうとしないところだ。
召喚に応じろとまでは言わない。でもせめて、一度で良いから夢の中に会いに来てくれたって良いじゃないか。
旧カルデアにいた頃は、夢にも部屋にも勝手に侵入していたくせに。世界が漂白されて以降、というか、アヴァロンに帰ってしまってから、全く音沙汰が無いなんて、ひどいじゃないか。
…………子守りは懲り懲り、という事かな。
ベッドから降りて、マイルームを出る。未だ慣れないノウム・カルデアだけど、食堂の場所は真っ先に覚えた。
ひっそりと静まりかえった廊下を、ぺたんぺたんとスリッパの音を響かせながら歩く。
ここが世界の間にあって、彷徨海などという、西暦以前の神秘を追い求める魔術師か集うという曰く付きの場所だなんて思えないような、あまりに日常的な音が、逆に現実感から私を遠ざけるようだった。
食堂について、適当なグラスを取ると水を入れる。
別に特段のどが渇いていたわけではない。
ただ何となく落ち着かなくて、徘徊がてら食堂に来て、意味のありそうな行動を取ることで自分を正当化しているだけ。
敵がソロモン──ゲーティアだった頃は、自分は間違ってはいなかったって、遠回りで、愚直で、拙かったかもしれないけど、それでも──世界を守った事に、後悔なんて無かった。ただ一人、大切な人を喪った事以外には。
でも、異聞帯を巡る旅は、いつだって迷いが付き纏う。
私は私の世界が大切だから、どうしたって最後には戦う事になる。それは避けられない。だって譲れないから。
でも、そのために他の世界を消してしまうのは──きっと、正義の行いとは言えない。
そもそも私は、正義の味方でも何でもない。
いつだって、自分のために私は戦っている。
そうして三つの世界を滅ぼした私を、マーリンはどう思っているのだろうか。
グラスの中の水を呷る。
冷たい水が食道を通る感覚が、少しだけ心を落ち着かせてくれた気がした。
「……、…………まーりん」
小さな声で発した言葉に、案の定返事はなく。
静まりかえった食堂に、響くことも無くただ空間に溶けて消えた。
苦笑を一つ浮かべると、私は自室に向けてまたスリッパをぺたぺたと鳴らして歩き始める。
ブラダマンテには声をかけたくせに、私には返事もくれないマーリンにはやっぱりムカついたけれど。
でも私に聞こえるように語りかけたという事は、やっぱりあれは私へのメッセージでもあったと思うのだ。
その意味するところは分からないけど、でも。
少なくとも、今でも私を見てくれてはいるんだと……そう思ってもいいんだよね。
うん、そう思ったら少し元気がわいてきた。
再会の可能性もゼロでは無い。
ずっと懲りずに待ち続けていれば、根負けして来てくれるかもしれないし。
それまでは、マーリンを忘れてなんかやらないぞというアピールもかねて、ブラダマンテとたくさんマーリンの話をしよう。
とは言え、マーリンを信仰対象としているブラダマンテに、あまり私の印象を話す事は出来ないけど……、それはそれ。
「でも」
ぽつり。
「やっぱり、寂しいな」
私以外には人気の無い廊下で、誰も聞いていないだろう言葉を零す。
いや、正確に言えば、もしかしたらマーリンだけは、それを聞いてくれているのかもしれないと、そう信じて。
「あんまり焦らしたら、浮気しちゃうからね」
牽制にもなっていない軽口を嘯いて、私はマイルームへと足を早めた。