貴方だけのアイドル
波に揺られる私の背中にもたれ掛かりながら、なまえは気持ちよさそうにうっとりと目を閉じた。
そのまま眠ってしまう気だろうか。
「溺れても知らないよ、お嬢さん」
「責任持って浮かせてね、浮き輪さん」
この私を言うに事欠いて浮き輪呼ばわりかい。
やれやれ、私をこんな事の為にこき使う主はキミくらいだよ。
まぁ、そもそも私がなまえを怒らせたのが悪いんだけども。
話は数分前に遡る。
「海で泳ぐ!マーリン!つき合え!」
「え、私ナンパに忙しいんだけど」
「この間私に働いたセクハラに対する謝罪がまだなんだけど?」
「あのときはごめんね?」
「ブン殴るぞ」
そんな感じでなまえに首根っこを捕まれて海まで引きずってこられたのだった。
なまえが望むなら、海で一緒に遊ぶくらいはお安いご用なのだが、しかしこの態勢は良いのだろうか。
平たく言うと、水中で私がなまえをおんぶしている今の状況、布越しとは言えたわわな何かが背中に当たってとってもハッピー。セクハラの謝罪とは。
「お嬢さん、当たってますよ」
「当ててんのよ」
どこかで聞いた台詞を当然のように返すとなまえが私にしがみつく力を強めた。
当然背中の感触も強まる。なるほどセクハラ返しというわけか。私が嬉しいだけなんだが。
最初にセクハラしたときはあんなに恥じらっていたのに、遊びすぎたせいか今ではすっかりスレてしまって嘆かわしい。
だから過日、裸を見られて動揺するなまえに楽しくなってついやりすぎてしまったのだが、それも今はもう怒っていない事は彼女の放射する感情から読みとれた。なまえはいつもそうだ。怒らせたと思っても、気がついたらけろりとしている。
無神経な事を言っているという自覚はあるのだが、なまえは怒りながらも離れてはいかない。
寧ろこうして謝罪しろと言いながら私に構おうとする。
本人に自覚があるのかは定かではないが、そういう甘えん坊なところはなかなか可愛らしい。
「ところで一つ聞いても良いだろうか」
「なーに」
「どうして水着の上にシャツを着ているんだい。どうせならシャツを着てないキミをおんぶじゃなくて抱っこしたいんだけどなー」
「は?ヤダ。絶対ヤダ」
ぷんとなまえが頬を膨らませてそっぽを向く。
「折角水着をあげた意味が無いじゃないか!」
「何を期待してたのさ!」
「そりゃあ勿論水着姿のキミを上から下まで堪能する事を」
「なーにさ!子供扱いしたくせにー!」
「えぇ?してないよ」
「した!したもん!ばーか!!」
……子供扱いした覚えはないが、その態度はかなり子供っぽい。
子供扱いされたくないのかしてほしいのかどっちなんだい。
「裸見ても何も感じないくせに」
拗ねたようになまえが言う。
ぱちくりと目を瞬かせて、先日の裸遭遇事件を思い返してみた。
ああなるほど、そういうことか。
「何も感じなくはないよ?キミの裸最高だったよ」
「そ……その言い草はそれはそれでイヤだし嘘っぽい!」
お、照れた。はは、やっぱりまだまだうぶだななまえは。
なるほどなるほど、私がなまえに性的魅力を感じてないと判断して、それで腹いせのようにこうしてくっついているわけか。ははは。
男を舐めるのも大概にしないとだよ?なまえ。
「ぎゃっ!?」
突然手を離した私に対応出来ず、なまえが海の中にばしゃりと沈む。
「っ、何す、ひゃ!?」
浮き上がったなまえをすかさず抱えると、今度は前から抱っこの態勢で抱き上げた。
ウンウン、やっぱりどうせなら前から堪能したいよね。シャツが邪魔だけど。
「全くマイロードは隙だらけでいけないなぁ。裸を見ても何も感じないとか、本当にそう思うのかい?」
「だ、だっていつも見てるんでしょ!?それにこの間も、私を相手にはしないって……」
「自分のマスターに手を出したりしないって意味だよ。うん……まぁ、そうだね。普段見ているときは何も感じていないし、あのときも裸姿自体には何も感じなかったのは確かだよ」
むっとなまえの眉間に皺が寄る。
素直な反応に苦笑が漏れる。
「でも、キミは綺麗だよ。そう思ったから、あのときキスしたんだ」
「……っ!」
ぶわりとなまえの顔に赤みが走って、眉間の皺はそのままに、眉尻が困ったように下がっていく。
顔を隠したいのか俯けるものの、この態勢だと私から丸見えだ。
「この水着……どうしてこんなデザインなんだと思う?」
「へ……ひゃっ!!や、ちょ……!」
背中の大きく空いたこの水着は、後ろから見るととても刺激的だ。
なまえには可愛らしいワンピースに見えていたのだろうが、数本の細い紐のみが結われた後ろ姿は、何とも心許なくて非常にフェティッシュだ。
まぁ、前から見ても胸元とか寄せて上げられる形にしといたから、結構セクシーなんだけどね。
シャツの裾から手を侵入させて、なまえの背中をなで上げる。
先日も思ったが、なまえは背中が弱いらしい。
可愛らしい声をあげてびくりと身体を震わせるなまえは、とても扇情的だ。
「背中が綺麗だ、って言っただろう?だからキミの魅力を最大限引き出せるようにってこうしたんだ」
「せ、せなかって!」
「あ、もちろん前から見ても可愛いよ?でも後ろから見ると殆ど半裸っぽくてすっごくエッチなんだよね、この水着」
「……っ、変態」
ぼそりと吐き捨てられた台詞に心外だと眉をつり上げる。
まぁ顔真っ赤にして言われてもそそるだけなんだけど。
「男は皆変態だよ」
「開き直るなっ!」
真理なのに。
「……シャツ着て正解だったかな」
ジト目になってぼそりと呟かれた言葉に「えー」と声を上げる。
それじゃ水着の意味が無いじゃないか、何てひどいことを言うんだなまえは。
「折角なまえに似合う水着を仕立てたのになぁ……まぁ濡れ透けTシャツもそれはそれでエッチなんだけどね?」
「そういうのが見たいなら玉藻を見なよ!」
ビッ!となまえが浜辺でビーチチェアに寝そべりながらその豊かな肢体を濡れ透けTシャツから覗かせる玉藻の前を勢いよく指さして言った。
「それは勿論じっくり拝見させてもらったけど」
「見たんかい」
へろりとなまえの人差し指が曲がる。
それは勿論、女の子の水着姿は満遍なく堪能しているとも。
「でもこの水着の、紐を引っ張ったら全部見えちゃいそうなところとか凄く気に入ってたのに……」
「ぎゃー!!やめろ!!」
言いながらなまえの首もとに結ばれていた紐をツンツンと引っ張ると、慌てたなまえが手を離させようともがいた。また海に落ちても知らないよ。
「……でもまぁ、他のサーヴァントの目には毒だったかもね。サーヴァント達の水着は霊衣だからそう簡単には脱げたりしないけど、キミのコレは礼装とは言え、布だし。皆キミの背中を見てさぞ紐を引っ張りたくなった事だろう」
「だんだん心許なくなってきた……やっぱりシャツ必須じゃん……」
「私といるときは着なくていいよ」
「お前といるときが一番不安なんだよ」
お望み通り水着姿を褒め倒したのに、つっけんどんに言い返される。
全く素直じゃないなマスターは。
「期待されると応えたくなってしまうなぁ」
言いながら紐をしゅるりと解く。
胸を支えていたものが無くなって、慌ててなまえが胸をホールドした。
「んなっ、何考えてんのバカ!!」
「お望み通りにしたまでだけど?」
「ぜんっぜん反省してないね!?分かってたけど!」
反省?はて、反省。
ああ、セクハラの謝罪代わりなんだっけ、コレ。
でもなまえが本当に怒ってた理由は、自分が女扱いされない事についてだろう?なら、やっぱりこれで良いじゃないか。
「このまま手を入れてつまんだりこすったりしてもいい?」
「良いわけあるか!!」
残念。
「なら、こっちだけで我慢だ」
「んっ、!」
なまえの顔を引き寄せると軽くちゅっと口づける。
水に濡れたなまえの唇が瑞々しくて、美味しそうだなと思ってたんだ。
まぁ、実際には潮の味がしょっぱいばかりなんだけどね。
「なっ、バカ!人がいるのに……!」
「いなかったら良いんだ」
「よ、良くないよ!恋人でも無いのにこんな、キスとかダメ!」
全く避けようとしなかったくせにね。
そもそも恋人同士でも無いのにこの態勢は良いのかな。
私は嬉しいし楽しいんだけど、男との距離感があまり近くなりすぎるのは心配だなぁ。私だけなら全然大歓迎なんだけど、ここ最近はロビン君と何だかいい感じだったりするし……いや、恋の花が咲くと言うなら、それこそ大歓迎なんだけども。
「……本の中でならキスしても良いのかい?それとも、彼が本命なのかな?」
「え」
ふと呟いた言葉に、なまえがぴしりと固まった。
「……よっ、読んだの!?」
「読んだよ。だってヒロインがキミだったから」
ファンとしては気になって、と言えば、なまえが「あれは違って!」ともごもご言い訳し始める。
「いやあの私はただロビンはニヒルな感じがウケるのではないかなって、一話一話ヒロインが変わるタイプの話が映えそうだなと思っただけで、ヒロインは使い捨てのモブくらいの気持ちでいたら何故か完成原稿で私になってて……い、いや、名前もちょっと違うしアレはあくまでモチーフであって私じゃないんだよ」
「見開きのキスシーンとか大胆だよね」
「やめて!!思い出させないで!!あのときは流石に居たたまれなくて店番もサボって逃げてたのに見つかって問いつめられて死ぬほど恥ずかしかったんだから!!ループに感謝したくらいだよ!!本物の黒歴史だよ!!」
「そんなに嫌がったらロビン君が可哀想じゃないか?」
あまりにも必死で言い募る様子にそんな感想を抱いた。
私の言葉になまえが慌てて首を振る。
「別に嫌なわけじゃなくて……自分がヒロインの……それも知り合いと恋愛してる本とか何をどう言い訳しても色々と無理っていうか……や、あれは主題は恋愛では無いんだけど見開きはインパクトでかすぎたっていうか……」
「何言ってるのかよく分からないけど恥ずかしがってるのは分かった」
何だかんだで満更でも無かったんだね。
私としてはなまえの機嫌を直してくれてラッキーだし、推しの同人誌が読めて二度美味しかったんだけどなぁ。
「あのままループから脱してれば次のサバフェスでなまえ受けが流行るまでワンチャンあったかもしれないのに」
「あってたまるか!!」
勢い込んで突っ込まれるが、割と本当にそうなったら面白……いや楽しそうなんだけどなぁ……。
円卓なんか古今東西二次創作されまくってアーサーより周囲の騎士の方が華やかに描かれているくらいなのに、自分がヒロインというだけでそこまで照れる事なのだろうか。
まぁ、私としては二次創作より
……でもこうして、私と抱き合って解けた水着を両手で支えている姿を見たら、完全に私と恋仲だと思われるよねコレ。
いや私がそうしたんだけど。
ファーストキスを奪ったのに、ちょっと慌てたくらいで大して責められなかったしなぁ……。
「……まずキミが自覚持たないとだよね、ほんと」
「は?」
訳が分からないという顔で私を見下ろすなまえにため息を吐く。
お年頃の筈なのに、どうしてこう鈍いんだろうか?
男女がこうして肌を触れ合わせている事の意味を、ちゃんと理解しているのだろうか。いや本当、私が疑問に思わない方に誘導してしまったところはあるが。
時折女子会のようなものに参加してはいるので、色恋に興味が無いわけではないのだろうけど。
キミは決して、一話限りの使い捨てヒロインなんかじゃないのにな。
だから、あの本は興味深く読んだけれど、結論としては解釈違いだ。
なまえには目眩く恋をして、最後は幸せになってほしい。
キミを置いていく誰かではなく、最後まで傍にいてくれる誰かと。
……とは言え。
「キミに恋人が出来ちゃったら、もうこんな風には遊べなくなると思うと寂しいね」
「突然何?というか私で遊ぶな」
こういう開放的な南の島では、皆多少大胆になる。現に、いつもよりなまえに近づく男サーヴァントも増えている気がするしね。
このひとときに急接近して出来上がっちゃってもおかしくはない。
なまえは知る由もないが、円卓もなまえの水着に大盛り上がりしていたし。
サーヴァントとマスターの恋というのも楽しそうではあるんだけど、やっぱりなまえには幸せになってほしいから、いつか消える誰かではダメだ。
そんなわけで、暫くはどっちつかずのこのポジションを守ろうかと思う。
最終的には、なまえが誰を好きになっても応援するつもりではあるけれど、変な虫が付くのも嫌だからね。
だって私はキミの一のファンなのだから。
うん、だからこれも、要はファンサービスだと思えば良いか。
ほらアイドルっていうのは、疑似恋愛の対象なわけだし。
いつかアイドルを卒業
「今のうちにいっぱいイチャイチャしようね、マイロード」
「何で!?」