一話限りのヒロイン

息抜きに抜け出したは良いものの、私一人ではどこに行ったものやら。
あてどなくルルハワの地を踏みながら、適当にブラブラと歩き回る。

少しだけ海で泳いでみたりしたのだが、一人だとすぐ飽きてしまった。
誰か誘おうかなと見回した先で、いつも通りメイヴが撮影会を開いている一方で、他のサーヴァントも何やら声を掛けられていたり、というかマーリンが現地美女に声を掛けているのを見てしまい、なんか色々と萎えた。

「……私も水着の女の子なのになー」

人通りが見当たらないのを良いことに、ぽつりと呟いてみる。
一人でいるところを誰かに見られたくなくて、気づいたら穴場に出てしまったようだ。
普段は開放感と活気に溢れていて、それもとても楽しいんだけど、今はこの静けさがありがたい。

みんな可愛いからね。私が男でも声掛けるわ。うん。

普段は出来るだけ考えないようにしている事が、このルルハワの浮かれきった空気のせいで、ちょっとだけ染み出てしまったみたいだ。

今着ている水着は、ここに着いてすぐマーリンがくれたものだ。
サイズ合わなくなってるだろうって唐突に渡されて。何で知ってるんだ。
どんなセクハラ水着かと思ったら、まぁ水着なのでそれなりに露出度はあるものの、可愛らしいワンピースタイプのもので、寧ろ以前のビキニより露出度は下がったので驚いた。
セクハラ目的じゃなくきちんとしたものをくれたのが嬉しかったんだけど、今思えば、子供扱いされていただけなのかもしれない。
私はそんなに子供じゃないんだが、どうも日本人だからか幼く見られがちで、人並みにお洒落とか楽しみたいお年頃だと言うのに、背伸びしてると思われてしまう。
別に童顔というわけでも無いと思うんだけど。日本にいた頃は全然そんな扱い受けなかったし、アジア系のサーヴァントは皆年相応に見てくれるし。

まぁ、仮に年相応に見られたとしても、扱いが変わるかと言うとそうでもなさそうだから、子供に見られるからって言い訳出来る分マシかもしれない。

「……次からシャツ着よっかな」

トボトボと人気の無い通りを歩きながら、また一つ零れた声は、ひどく情けなく響いた。





部屋に備え付けのバスルームでシャワーを浴びる。流石にスイートだけあって広い。
湯船に浸かってのんびりするのも気持ちがいいのだけど、今は海水を洗い流したらすぐに作業に戻るためシャワーのみだ。

ここはジャンヌオルタ達が作業している部屋ではない。
その隣、刑部姫の部屋の逆側の部屋だ。殆ど私の仮眠室になってしまっているが、時々マーリンも我が物顔で出入りしている。
いや、別に良いんだけど。
……良いんだけど、女連れで戻るとかされたら困るので、後で言っておくか……。

潮水でキシキシ言う頭を洗い流しながら、そんな事を思う。

別にマーリンがどこで何をしようが構わないんだけど、……でもまぁ、水着とか貰ったり、この部屋で一緒に寝たりもしたわけで、その足でまた別の女の子に声を掛けてるのを見ちゃったら……ちょっとモヤモヤするくらいは許してほしい。

因みに一緒に寝たというのはそのままの意味なので、あしからず。
カルデア内でもままそういうことはあったし、今更特別な感情なんかわきようも無い……と思ってたんだけどな……。

バスルームを出て髪を雑に拭く。
洗面所に備え付けのドライヤーを横目で一瞬見やると、私はそれから目を逸らした。

何か、もう、面倒くさい。

「はぁ~……」

息抜きの筈が何でこんな気分になってるんだか。

大部分濡れたままの髪を手櫛で梳きながらベッドに向かうと、普通の顔してマーリンが私を出迎えた。

「お、良いかっこうだねマイロード」
「ウワーーーーーー!!??!?」

反射的に急いで脱衣所に戻り隠れる。
んな、な、な、

「何でいるの!?」
「私もここの鍵持ってるからそりゃいるよ」
「ギャーーーーーッ!?」

ひょこりと脱衣所に顔を見せるマーリンを慌てて押し返す。

まさか、まさかいると思わなかったから、服を!着て!いないのに!!

「何そんな慌ててるんだい?」
「慌てるわバカ!!こっち見ないで!!あっち行ってて!!」
「んん?別に良いじゃないか今更裸とか。キミと私の仲なんだし?」
「どんな仲だーーーーッ!!」

必死に身体を隠して縮こまる私をよそに、マーリンは背後からまじまじと私を見つめてくる。
目線で出て行けと訴えても全く意に介さない。
いやいや!!全裸で部屋を闊歩してた私も悪いけど、見るなって言ってる女の裸をまじまじと見るとかダメじゃない!?

「ここの鍵を持ってる以上は、私と遭遇する可能性を考えなかったのかい?おバカだなぁなまえは」
「うるさいッ!ナンパ成功したみたいだから今日は帰ってこないと思ってたんだもん!!」
「成功したと思ったのも束の間、円卓のサークル活動に邪魔されてしまったよ。流石の私も円卓全員でかかられたら女の子をつなぎ止めておくのは難しい」

やれやれと言った体でマーリンが首を振った。
水着の上にパーカーを羽織り、髪をポニーテールに束ねたマーリンは、普段よりいくらか人間らしい。

円卓のサークル活動という台詞に物凄く興味を引かれたが、しかし今はそんな事を尋ねていられる心境ではない。
とにかく身を縮こませて身体を隠す。
そんな私の様子を見て、マーリンは不思議そうに言った。

「そんなに照れるとは思わなかった。だって私は普段からキミの事見てるのに」
「目の前でじろじろ見られるのと普段の生活を覗かれるのはまた違う……って言うか覗かれるのだってもう意識し始めたらきりがないから諦めただけで本当は物凄く嫌なんだからね!?」

脱衣所にうずくまり必死に身体を隠して言う私に、マーリンは特に興味もなさそうにふうんと呟いた。こいつ。

「それでも私のことは好きなんだろう?キミは物好きだなぁ」
「好きだけど嫌いだし今の評価は最低野郎」
「寧ろ今まで最低野郎だと思ってなかった方が驚きだよ」
「今までも思ってたけど記録を塗り替え続けてるって意味だよ!!良いから出てってってば!!」

脱衣所の入り口に立ったまま私を見下ろしていたマーリンが、私のその言葉に身じろいだ気配がした。
やっと言うことを聞いたのかと振り返ってみれば、超至近距離にマーリンの顔があって驚きすぎて声が出なかった。

「失礼」
「っ、ちょっと!」
「そう嫌がられると意地悪したくなってしまうよね」
「何そういう趣味もあるの!?」
「キミはからかい甲斐あるからついね」

しゃがみこんで私を覗き込むマーリンに身体を隠しながら後ずさる。
しかし案の定マーリンが距離を詰め、その上身体の上に乗り上げてきた。ちょ、ちょっと、おい。

「な、なに、し」
「ふふ、顔真っ赤だねマイロード?」
「私にだってなけなしの恥じらいくらいはあるよ!」
「そのようだね、安心したよ。キミは何かと無防備だから」
「マーリンの前だと諦めてるだけで、」
「そうやって開き直られてつまらなかったんだよね。でも良かった、恥じらうキミは結構可愛い」
「……ッ!」

マーリンの目が細められ、端正な顔が近づけられる。
その甘い声は何だ、そんな色っぽい目で見つめてくるんじゃない!

今の今までからかうようにしか触れてこなかったくせに、急になんだ。ルルハワの空気にマーリンまで浮かれているのだろうか?いやある意味常から浮かれ野郎だが。

「ん~そんな顔されるとキスしたくなっちゃうな?」
「いつも勝手にするじゃん!」
「じゃ、今回も失敬して」
「っ、!」

実に気楽にそう言うと、マーリンが楽し気に顔を寄せる。
ちゅ、と呆気なく唇に口付けられてびくりと身体が震えた。

確かに、確かにいつも勝手にするって言ったけど。
それは頬とか額とか、他愛ない場所であって、唇にされたのはこれが初めてだった。

まぁ、その、そろそろそういう事もあるかと思ったけど、でも今この状況でって、あれ?私もしかして貞操の危機?

「ダメ!ダメだよ!」
「何が?」
「いくら私が普段セクハラに寛容でもこれ以上はダメ!」
「てことはキスまでは良いんだ?」
「してから言うなよ!」
「嫌ならもっと全力で拒絶している筈だろうからね」
「言っとくけどファーストキスだからね!」
「えっ?そうなんだごめん」
「心こもってねえ~!!」

私が心優しいマスターだからって調子に乗りすぎだろう!
そりゃあマーリンにとっては数多の女の唇の一つかもしれないけど私にとっては唯一無二のファーストキスを、その場の流れで適当に奪うとかひどい、ひどすぎる。……まぁ予想していたからそこまでショックは受けてないけど、でもやっぱり、ファーストキスならもう少しロマンチックなシチュエーションが良かった……よりによってマーリンに、適当に奪われるとか。

「ファーストキス、貰っちゃったんだ、僕」

にんまりと笑ってマーリンが言った。
……何でちょっと嬉しそうなんだよ。いや、愉しんでるだけか。

「満足したなら出てって!」
「ええ、本当にダメ?」
「ダメに決まってるでしょ!私はマーリンの遊び相手にはならないんだからね!?」
「遊び相手なんて、キミは私のマスターなんだし、私にとって大事な存在だよ?ね、マイロード?」
「その大事なマスターに迫るなッ!」

ごそごそと床に寝そべる形でとりあえずマーリンに背を向けると、振り返ってぎろりとマーリンを睨み付ける。
もういい加減上からどいてもらいたい。というか出て行ってほしい。身体を隠し続けるのも限界だ。
しかしマーリンはそんな姿を見てきょとんとした顔をしていた。

「……なまえ、背中綺麗だよね」
「ひゃぁっ!?」

つつ、と無防備な背中に指を這わされ、思わず変な声が出た。
慌てて口を閉じるともう一度マーリンを睨みつける。

「……っ!何すんのバカっ!!」
「思った以上に良い反応したねぇ」
「いきなりくすぐられたらびっくりするよ!!」
「びっくり?それだけ?」
「ちょ、バカやめ」
「動いたら見えちゃうよ?」

くすくす笑いながら、マーリンが私の背中に唇を這わせる。
止めようと手をかざしたら、見えると指摘されて咄嗟に胸元を手で隠した。
私の動揺などお構いなしに、マーリンは背中に口付けていく。

「……っ、マーリン、やめてったら……!」
「キスまでは良いんだろう?」
「ダメ、やだ、くすぐった、い……っ!」
「…………そんな顔するんだね」

そんな顔って、どんな顔だ。
マーリンの顔が近づけられて、私は咄嗟に目を瞑る。
唇に柔らかな感触がしたかと思うと、すぐに離れてしまう。
そっと目を開けると、ふっと笑みを漏らしたマーリンと目が合った。

「ごめん、からかいすぎた。キミがあんまり恥ずかしがるものだから」
「からか……」

ぽかんとした私を見て、マーリンがくっと可笑しそうに笑う。

「あはは!何て顔してるんだい、そんなに驚いちゃった?ふふ、何もしないよ、バカだなぁなまえは」
「……ばか……?」
「私だって相手は選ぶよ。だから安心しておくれ。キミを襲ったりなんてしないさ。裸だって今更だし本当に気にしなくていいんだよ?」

にこやかに笑ってマーリンはそう言った。

「…………っ、出てけ」
「ん?」
「出てけっ!!このバカ!!クズ!!人でなし!!」
「え、あれ、怒った?」
「うるさいバカクズサイテー人でなしのゴミ!!」
「ゴミ」

ゴミ呼ばわりには流石に少し衝撃を受けたような顔をしたものの、そんなに怒らなくてもと全く反省してない様子のマーリンに、大きく息を吸い込むとこれ以上無いくらい大声で怒鳴ってやった。

「出てけーッ!!!!!」





無事にマーリンを追い出し、洗面所の前。
毛先からぽたぽた零れる水に眉を顰めながら、それをはらうのすら億劫だった。

さっさとドライヤーかけて着替えて、作業に戻らないといけないのは山々なのだが──

マーリンが悪いということでジャンヌオルタには納得してもらおう。うん。

じっ、と鏡に映る自身を見つめてみる。
日焼けして水着の形に痕が出来ていた。
健康的な小麦色の肌、と言えば聞こえはいいのだけど。今の心持ちだと浅黒くて色気のかけらもない、ように思えてますます不機嫌そうに顔が歪んでしまう。

そんなに私の身体は、見るところの無いような体型だろうか。
そんなに私は、女としての魅力に欠けているのだろうか?

「……キスしたくせに」

鏡の前の私はひどく歪んだ顔をしている。

「マーリンのバーカ」

言い捨てると、備え付けられていたドライヤーを取ってコンセントに繋いだ。

温風が水気と髪を飛ばしていく。

水も滴る、とか言う慣用句があるけど、まぁアレは水も滴るようなという意味で実際に水が滴ってるわけではないと思うのだけど、実際のところ、海に濡れたサーヴァント達は皆つややかで、私だって見とれてしまう程だった。
対抗心なんてわきよう筈も無い。彼女らと私とでは月とすっぽんだ。

だけど水着をくれたから。

ほんのちょっとだけ、私も浮かれていたらしい。
もしかしたら誰か何か言ってくれるかもって、期待していたのかもしれない。

……かもしれない、というか、期待していた。
だって、新しい服に袖を通す機会なんて、カルデアにいたら殆ど無いんだもん。

スイッチを切ってドライヤーを元の場所に戻す。
いつもなら、ダ・ヴィンチちゃんが新しく用意してくれたアロハな礼装を着るんだけど、そんな気分にもなれなくて、適当に持ち込んだTシャツを無造作に手に取って着る。下も、部屋着に使っていた色気も素っ気もないハーフパンツを履いて、深くため息を吐くと部屋を出た。
どうせ作業するだけなら、礼装にもお洒落にも意味は無いし。

「お、マスター。遅かったな」

ぱたりと扉を閉じたら声をかけられてふと顔をあげれば、ロビンが片手を上げてこちらに歩いてくるところだった。

「ごめん、ちょっとその……手間取って」
「ちょっとくらいのロスは計算に入れてスケジュール組み立ててるし大丈夫大丈夫。マスターは人間なんだし無理して倒れられるよかは十分休息してしっかり働いてもらう方がありがたいしな」

曖昧に誤魔化した私に、ロビンは肩を竦めつつ軽く答えた。
私がウジウジしている間にも締め切りは迫っているというのに、ありがたいことだ。

「あれ、マスターアロハシャツは?」

私がいつもと違う服を着ていることに気づいたロビンに問い掛けられて、思わず眉を寄せてしまう。
そんな私の様子にロビンは不思議そうに首を傾げた。

「どうせ作業するだけだから、こんなんでいっかと思って。もう十分堪能したし」
「何だ、残念。オレは結構マスターのあの格好に癒されてたんですけどね」
「……」

……サラッと言うなぁこの色男。

「マシュやオルタの水着じゃなくて?」
「水着を常に視界に入れてると有り難みも薄くなるってモンでしょ?その点、マスターのシャツ姿はちょうどいい清涼剤っていうか……あんまり言うとセクハラっぽいですかね」

からからと笑いながらロビンが言う。
慣れてるというかスマートというか、流石にナンパが趣味なだけはある。

似たような趣味を持ちながら私の地雷原をスキップしていくお花畑野郎との違いは何なのだろうか。視点の近さ?……おお、絶望的。

「ま、その格好も新鮮だけどな。気ィ抜きまくってる感じでさ。カルデアは何だかんだでオタクにとって職場だもんなぁ」
「……まぁ、基本マイルーム以外は制服だったしね」

作業部屋に向かいながら他愛ない言葉を交わす。
先刻までどんよりしていた心持ちはそれなりに持ち直せたようで、寧ろ少しだけむず痒い。

「言い忘れてたんだけど」
「ん?」
「ロビンもその水着似合ってるよね」
「何だよ、オレを口説いてんのかなまえ?」
「あはは、そうかもね」
「なら口説かれちゃいましょうかね?後でオレとメシでもどうです?」
「いつも一緒じゃん!皆もいるけど」
「それもそうだ」

もうすっかり気分は晴れていて、私は笑ってロビンに答えた。
もしかしたらロビンは私の気分が悪いのに気づいてわざと喜ぶようなことを言ってくれたのかもと思ったけど、その気遣いが嬉しかった。

……次の同人誌の主人公はロビンにしてやろう。

内心でほくそ笑む私に、ロビンが怪訝そうな顔をする。
完成した本を見て驚くが良い。

──等と思っていた私だが、完成原稿を見て驚いたのは私もだった。
オルタめ。下書きまでは別人だったのに、どうしてヒロインが私になっているのかな!?

ロビンも私も在籍しているサークルからこんなもの出したら、絶対に誤解されてしまう。
ループしてよかった!!と、初めてBBちゃんに感謝した。

……でも、たまにはヒロインポジションも悪くないなぁなどと、こっそりとお気に入りの話になったのであった。

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