したたらず
マーリンに魔力供給をお願いしてからどれだけの月日が経過したのか。
元々マーリンはスキンシップの多い英霊だった。
いや、英霊ではないのか。まぁそれはどうでもいいや。
最初は別段そうでもなかったのだけど、共にいる時間が増えるうちにマーリンと私の距離はぐんぐん近づいて行ったと思う。心の距離のほどはわからないけども。
最初は「マスター君」「なまえ君」と呼んでいたマーリンも、今では「マイロード」「なまえ」と呼ぶ。マスターと呼ばれることも勿論あるけども、少なくとも君付けされることは無くなった。出会って1年も経っていない筈だけど、思い返すと懐かしい気持ちになる。
普通、魔力供給はマスターからサーヴァントへと供給する形で行われるものらしい。考えてみれば当たり前の事で、英霊は現界しているだけで魔力を消費しているのだから、外部からの魔力供給が無ければそもそも存在を維持出来ない。食べて寝ていれば生きていける人間が、存在すら危うい英霊から魔力を貰う必要がそもそも無いのだ。
寧ろサーヴァントの方に魔力が必要だからこそ、私の魔力が枯渇しかけているわけで。
食べて寝るだけじゃ間に合わないから、仕方なくマーリンにお願いした行為だった筈なのに、いつの間にかその行為はエスカレートして、肉体接触を過分に含んだものに変わっていた。
マーリンの手が私の身体をまさぐって、私はそれに煽られて。
とうとう私は、マーリンの手で上り詰めてしまうまでになった。
……初めての感覚に戸惑う私を、マーリンがゆっくりと抱き寄せる。
反射的にびくっと肩を震わせる私に、マーリンがくすりと笑みを零したのが聞こえた。
「楽になった?」
少し身体を離すと、マーリンが優しい顔で聞いてくる。
楽に?なった?
訳が分からなくて答えられない私の頭を撫でながら、マーリンは言葉を続けた。
「欲しくてたまらないって顔してたから。……満足した?」
「…………」
満足したかと聞かれたら、満足はしていない。だって本当に欲しいものは得られなかったから。
だけど楽になったのは確かだった。
「……楽にはなった」
「そう。よかった」
いつも通りの顔でマーリンが笑う。
さっきまで、熱に浮かされたような顔をしていたのに。
まただ。
マーリンはいつもそう。
私が本格的に堕ちそうになった瞬間、そうやって遠ざかっていく。
起き上がって身体を離そうとするマーリンのローブの裾を掴んで引き留める。
不思議そうな顔のマーリンと目が合った。
「……マーリンは?」
「え?」
尋ねられた意味が分からなかったらしく、マーリンは首をかしげる。
気恥ずかしさに内心死にそうになりながら、私はマーリンを見上げて口を開いた。
「……満足した?」
私ばかり翻弄されて、私だけが満足して終わるとか、そんなの嫌だ。いや、満足はしてないんだけど。
「……──」
マーリンが押し黙って私を見つめてくる。
割と恥ずかしさでどうにかなりそうなので、早く返事をしてほしい。
「……満足、するまでしていいのかい」
問われて、思わず固まってしまった。
……そうくるとは思っていなかった。
どうせいつも通り、なんでもない顔で「うん」とかいうと思ったのに。
「……こ、ここまでしといて……聞かないでよ……」
そっと顔を逸らして呟く。顔が熱くなるのが分かって、もっと恥ずかしくなってしまった。
自分で
恥ずかしくて死にそうな私とは裏腹に、マーリンはとぼけてさらりと事も無げに、無責任な台詞を言い放った。
「ここまで?何のことかな。私たちがしていたのは魔力供給の筈だけど」
「な、今更……っ!」
カッとなって言い募るとやんわりとマーリンに手で制され、ぐっと唇を噛む。
確かに魔力供給だと自分でも言い聞かせていたし、この行為に魔力供給以外の意味を持たせてしまってはいけないと考えていた。
だけども、私の身体を弄んでおいてその言い草には、流石に怒りを覚えた。
「ごめん、やりすぎた」
「──……」
謝られて絶句する。
何が「やりすぎた」だ。もうとっくの昔にやりすぎてる。今更謝られたってどうしようもない。
だってもう──もう、私はマーリンに堕ちてしまっているのに。
「もう……遅いよ……」
「……」
カルデアの終わりは近い。結局報われることのない思いだから、飲み込んだままでいるつもりだった。
だけどやっぱり、知っていてほしい。
いや、おそらくマーリンだって気づいている筈だ。
如何に私が絆されやすいと言っても、そんなに簡単に身体を明け渡すわけはない。
相手がマーリンじゃなければ、こんな行為を許したりしない。
「だって……だって、私……マーリンの、こと」
「なまえ」
勇気を出して伝えようとした言葉を、マーリンは咎めるように言葉をかぶせて遮った。
「そこから先を言われたら、私はもうキミのお願いを聞くわけにはいかなくなってしまう」
「……どういう、意味」
「サーヴァントたちとまだ共にいたいのだろう?」
……それは、私に好きだと言われたら、もう魔力供給は行えないという意味だろうか。
急激に身体が冷えていく。
私の恋心を、この日常を盾にして取り上げるというのか、この男は。
「……ほんとに、最低だね、マーリン」
「それこそ、今更だね」
マーリンが苦笑して言う。私もそれに自嘲を返す。
マーリンが最低だなんて本当に、わかりきっていた事なのに。
どうしてだろう。何度傷つけられても、嫌いにはなれそうになかった。
「……気持ちを返してほしいなんて言わないから」
「……」
顔を見られなくて俯いたまま、震える声で言葉を吐き出す。
このまま流されてしまうのを、いつものように受け入れるわけにはいかなかった。
「私から言うくらいは、許してよ……」
言って、やっぱり怖くなって更に顔を俯かせる。
それは出来ないと、もう魔力供給もするわけにはいかないと言われてしまったらどうしよう。
……マーリンは何も言わない。私は怖くて顔を上げられないまま。
沈黙が続いて、どんどん後悔が大きくなる。
私の気持ちを殺すことと、今の日常を守ること、どっちが大事かと言えば、後者だった。
だからやっぱり何でもないといつも通り否定しようとして、
「私がキミに返せる心が無いままで、キミは平気なのかい」
マーリンが唐突に口を開いた。
「……そんなの、今更だし。…………平気、ではないけど……」
「素直だね」
はは、とマーリンが苦笑を漏らす。
だって、平気だよって言ったところでお見通しだろうと思ったから。
そっとマーリンを見上げると、困った顔をしたマーリンと目が合う。
その目はとても優しくて、切なくなって顔が歪んだ。
マーリンからの優しさは、決して私個人へのものではないと頭では理解しているのに、どうしてもそれを嬉しいと感じてしまう私がいる。
ああ、やっぱり私は──
「マーリンが好き」
「──……」
言ってしまった。これで、もしかしたら全てが終わってしまうかもしれないのに。
それでも、言えた事に不思議と後悔はなかった。
「うん。やっぱり、言った方がすっきりした。押し付けてごめんね」
笑ってマーリンに謝れば、マーリンがそっと私を抱き寄せる。
「……ま、マーリン?」
私が辛いとき、マーリンはいつも優しく私を受け止めてくれる。
こんなときでも、マーリンは結局私に優しいから困ってしまう。別に、私のためにやっているのではないと分かっているのに。
私の狭い視野では、マーリンの本質を理解することはきっと出来ない。
だからマーリンがどんなつもりで行動しているのかなんていつもちっとも分からないのに、きっと私が見ているマーリンなんてマーリンの本質からは程遠いものなのに、どうしても惹かれてしまうのを止められなかった。
今だって、「優しく抱きしめられた」というだけでこんなにもときめいてしまっている。
多分それは、私のためなんかじゃないのに。
「ごめんよ、マイロード」
「……何が?」
「キミを好きになれなくて」
「……はっきり言うなぁ」
本当にデリカシーが無いというか何というか。
でも、それだって分かってて私はマーリンを好きになってしまったのだから仕方ない。
いや、本当は何一つ分かっていないのだろうけど、でも。
「好きだよ……」
「……」
「マーリンの事、大好き……」
「…………っ」
抱きしめられて実感した。やっぱり私はマーリンが大好きで、どうしたって止められはしない。
はっきりフられてしまったというのに、まだこんなにも想いが溢れてる。
「どうして、僕なんかを」
マーリンが呟く。それは寧ろ私が聞きたいくらいなんだけど。
本当にどうして、マーリンなんかを。
「…………」
共に過ごした時間を思い返す。そして、やっぱりマーリンが大好きだと思う。
それが例え、人の感情から作られたハリボテの人物像だったとしても、私が過ごしたマーリンとの時間は真実だ。
「どうしてかは分からないけど……離れたくないなって思う……」
「……」
マーリンは何も言わず私を強く抱きしめてきた。やっぱり、その意図はよく分からない。
「キミには、もっと幸せな恋をしてもらう予定だったのになぁ……」
「……何、予定って」
他の誰かを宛がう気だったのだろうか。
そういえばマーリンは頻りに私に恋をしろと最初のころは言っていたような気がする。
大事な人を喪って嘆いていた私に、早く別の誰かを作れと。本当に薄情だし、バカだと思う。
本当にそうしてほしかったなら、マーリンは私の傍にいるべきではなかった。
「キミの幸せな道行きを見届けるのが、ささやかな夢だったんだ」
マーリンの声が耳をくすぐっていく。私の幸せを望んでいてくれたことは嬉しい。それは多分私のためではないのだけど。
その幸せな道行きに自分を勘定に入れてないのが如何にもマーリンらしくって、ムカつきながらも笑ってしまった。
「残念だけど、マーリンを好きでいるうちは無理だね」
「本当に。早く目を覚ますといいよ」
抱きしめながら何を言っているのだろうか。バカじゃないのかこの男は。
私がマーリンを好きでいたら困るくせに、どうして好きになってしまうようなことをするのだろう。
「……マーリンってさ」
「うん」
「本当は女の子の扱い、下手でしょ」
「……。…………酷いなキミは」
マーリンには言われたくない。
だってそうだろう。私が自分を好きになるなど微塵も思っていなかったのがまずバカだ。
本人はぎりぎりのところで駆け引きを楽しんでいたつもりかもしれないけれど、私のチョロさを舐めすぎである。自分で言ってて悲しいけれど。
ほんとにもう、とっくの昔に、私はマーリンに堕ちてしまっていた。
「キミが相手だと、調子が狂ってしまうだけだよ」
ほら、また。
そうやって私に気を持たせるような事を言うのだから、マーリンは本当に、大ばかだ。