恋はゲームで語れない

マイロードの話をするとしよう。

彼女はここカルデアのマスター候補だった一人で、補欠の補欠みたいな扱いだった子だ。
何の因果か一人生き残って、今では立派にマスターをやっているわけだけど。

彼女を一言で表すなら「平凡」というのが一番しっくりくるのだろうか。
あくまでカルデア内だけの話で、一般世界においてはどうかと言うと、あの肝の据わり方はなかなか平凡とは言い難いかな。
細かいところに言及すれば、変わり者ではあるのだろうね。

まぁでも、感性も普通なら善悪の概念も一般的。誰とでも気兼ねなく接し、明るく元気。

そこそこに魅力的な人格ではあると思う。

実際多種多様なサーヴァント達が集うこのカルデアで、奇跡的なまでに皆から気に入られているなまえは、そういう意味では常軌を逸していると言える。

でもまぁ、それもたぶん、こんなときだからこその奇跡だろう。
私が楽園を出た事も含めて。

特に用があったわけでもないが、私はなまえに会う為にカルデア内を歩いていた。
すると、マシュやサーヴァント達と会話するなまえに遭遇する。

マイロードは今日も人気者なようで何よりだ。

朗らかに会話する少女たち、うんうん。眼福眼福。
特に最近は、なまえの悲しそうな顔を見る機会が増えてしまったから、余計にそう思う。
まぁ私のせいなんだけども。

なまえがマシュに笑いかける。その顔は私と二人きりのときに見せる顔とは全く違っていて、きちんと「先輩」の顔をしている。
マシュだけでなく、なまえはそれぞれのサーヴァントとそれぞれに関係性を築き、相応の顔を彼らに見せている。
その中で、私との間で見せる顔が悲しげな顔ばかりというのは、我ながら本当に不本意だ。

一頻り会話を終えたらしいなまえがマシュやサーヴァント達と別れて歩き出した。
てっきりそのまま皆で女子会でも始めるのかと思っていたら、そういうわけではないらしい。ふとなまえがこちらを見た。

「あ!マーリン!」

嬉しそうに表情を緩め、駆け寄ってくる。
実に愛らしい。なまえのこういう笑顔をこそ、私はずっと見ていたいと思う。

「やぁ、マイロード」

駆け寄ってくるなまえに手を伸ばすと、そのまま引き寄せて抱き締める。
すると腕の中でなまえが慌ててもがいた。

「ちょ、ちょ!こら!何すんの!」

ぐいぐいと押されて仕方なく腕を緩めると、さっと腕から逃れたなまえが眉をつり上げて「セクハラ!」と訴えてくる。

顔真っ赤だな。

「別に今更だろう?昨日だって散々いちゃつ痛い痛い!」

べしべしとなまえが肩のあたりを殴ってくる。
結構力が入っていて割と本気で痛い。

なまえは普段どちらかというとお姉さん気質な方だから、外でイチャイチャするのは恥ずかしいらしい。
慣れてないというのもあるだろうけど。

……二人きりだとトロットロに蕩けて甘えてくるんだけどね。

さっきみたいに抱き寄せるのも、二人きりなら嬉しそうにすり寄ってくるところなのだが、今は普段のお姉さんぶった仮面を被って、嫌そうなふりをしている。

「まったくキミは乱暴だなぁ」

殴られた箇所をさすりながら言うと、なまえが「スケベなマーリンが悪い」などと言う。
スケベって。抱き寄せただけなのになぁ。

そんな事言われると期待に応えたくなるんだけど、部屋の外だとなまえのガードも固くなるからそれは後に取っておく。

先刻会話していたサーヴァント達も、誰も知らないだろう。
小さくなって大人しく腕の中で震えるなまえの姿を。

強く敵を見据えてがむしゃらに挑む姿からは想像も出来ない、ただのか弱い女の子であるなまえ。
そんなところが何とも可愛くって、いつも必要以上にいじってしまう。

私が頭の奥でなまえの恥じらう姿を思い返していると、そんな姿など想像もさせないような顔でなまえは言った。

「今からレクリエーションルームにゲームしに行くんだけど、マーリンも行く?」

元気で明るく、誰とでも打ち解ける女の子の顔。
昨日私の腕の中で震えていたなまえとはまるで別人だな。

「いや私は」
「はい決定。何のゲームにしようかな~」
「強引だなぁ!」

聞いておきながら有無をいわさず腕を掴むと引きずられる。
いつもいつもこうやって、私はなまえに巻き込まれていた。

祭事にしろヘンテコ特異点修正にしろ、面倒ごとからは逃げようとする私をわざわざ探し出しては捕まえに来るなまえにはまったくまいる。そんなに私といたいのだろうか。

なまえはおそらく自分ばかりが翻弄されていると感じているだろうが、実際のところ私もなまえには翻弄されてばかりだった。

まぁ、それが楽しくて此処でこうしているんだけどね。

部屋の外でのなまえは、気丈で強気で奔放で。
……そんなキミが、私は美しいと思う。

そのままレクリエーションルームまで引きずられ、強引に隣に座らされてしまった。

この部屋には贅沢にアーケードゲームも置かれているのだが、今日は据え置きゲームの気分のようだ。コントローラーを渡されて、素直に受け取る。

「何やろう、何がいい?」
「どれでも。マイロードこれ好きなんじゃなかった?」
「好きだけどマーリン相手だとボロクソに負けるからヤダ……」

なら連れて来なければいいのに。
うんうん唸りながらゲームを選んでいるけど、その中でなまえが私に勝てそうなものなどほとんど存在しない。

「さっきマシュ達と一緒にいただろう?何故彼女らじゃなくて私を誘ったんだい」
「マシュは今からメディカルチェックだし、他の子らはそれぞれシミュレーターで遊んだりお茶会したり用事があったみたいだよ。それに……」

一つ一つゲームのパッケージを確認しながら話すなまえがふと声を潜める。

「……どうせ私はマーリンと過ごすんだろうって、みんな言うから……」
「止められなかったのかい?私と過ごすのはよせって」
「もうみんな諦めてるよ」

止められてはいたらしい。
まぁそうだろうね。実際なまえは私と共にいると傷ついてばかりだ。

「それに、実際マーリンを探してたし」

小さな声で呟くと、なまえは一つのゲームを取り出してパッケージをひっくり返す。
何かに納得したように頷くと、それを胸の前に掲げて言った。

「よし……パズルゲーで勝負だ!!」
「……ハンデMAX?」
「勿論です」

よりによって何でそれを。仮にも私は賢者と呼ばれる存在なわけで、頭を使うゲームでキミが勝てるわけないじゃないか。
しかしなまえはいそいそとゲームをセットする。

「なまえはさぁ」

ぽちりとゲームのスイッチをなまえが入れる。
起動画面が映って、真っ黒な画面に反射していた私たちの姿が消えた。

「本当に私のことが好きだね」

何気なく口にする。
隣でなまえが目を見開いた。

ここ最近ずっとそれを痛感している。
今だってそうだ。負けることが分かっていて、私がゲームなどしない事も分かっていて、それでも私と共に遊びたがるのだから。

「──マーリンだって、私のこと好きなくせに」

その言葉に思わず私も目を見開いた。

スタート画面が写り、なまえがコントローラーを操作する。

「そんな風に見えるかい?」
「すご~く愛されてるな~って思うよ」

嘘ばっかり。愛してほしくて泣いてばっかりのくせに。
やっぱりなまえは外では強がりだ。

愛されてる、なんて錯覚だ。なまえにもそれは分かっている筈。

ハンデを設定し、対戦をスタートさせる。
ゲーム画面から目をそらさないまま、私は口を開いた。

「確かに、私は特に興味もないゲームに、キミに誘われたからという理由で付き合っているし、キミが可愛いからと口付けたりするけれど。それに中身なんて無いんだよ」

せっせとパズルを並べては消していく。
そこに何の感慨もない。楽しくもないし、勝ったからと言って嬉しいわけでもない。
熱の入ったふりをして、勝って喜んだふりをしているだけで、本当は何の感情もこの行為に抱くことは無いのだ。

「夢魔は感情を持たない。人格を持たない。寄生先の人間の人格をコピーしているだけで、自分というものを持たない」

なまえは無言でコントローラーを操作する。

「私は半分人間だから半端に自我を持っているけど、基本は夢魔だ。だから──キミが好きになった「私」というのは存在しないものだ。私は、寄生してきた人間の感情を使い捨てて人らしく振る舞っているだけの、ただのハリボテだからね」
「それは嘘だよ」

きっぱりとなまえが言い切る。

「嘘じゃないよ」

私もそれにきっぱりと返す。
けれどもなまえはゲーム画面から目を離さないまま、それをもう一度否定した。

「嘘だよ。マーリンには目的があって、その目的の為に私に優しくしてくれた。それがどんなに利己的な理由でも、優しくしてくれた事は忘れない。共に戦ってくれた事を忘れない。私が好きになったのが、本当のマーリンとは違うんだとしても、私が見てきたマーリンは私の中にいて、好きだと思う気持ちは無くせない」

かちかちとコントローラーを操作しながらなまえは言う。

キミの中にいる私。それが偽物で、存在しない事も分かっているのに、それでも好きだ、なんて。
そんな感情は無意味だ。間違っている。おかしいと思う。

それでもそう言われてしまっては、私も何も言えなくなってしまった。

「聞き分けが悪くてごめんね。でもどうしても無理なんだ……」

あっという間にバトルは終了し、リザルト画面に切り替わる。
画面に踊るWINの文字を見つめながら、私はぽつりと呟いた。

「……やっぱり、人間って分からないよ。無いものに焦がれるなんて」

なまえがようやく画面から目を離してこちらに目を向けた。
口元に薄く笑みを浮かべて、歌うように言ってみせる。

「マーリンだって未来を夢見るでしょ。私もそうなんだよ。恋する乙女は夢を見るものだからね」

あの部屋を一歩出ると、キミは「カルデアのマスター」になる。
私に愛されたいと泣く女の子ではなく、未来をつかみ取る為に立ち向かう一人の人間の顔だ。

その顔のまま、それでも私が好きだという。

「夢魔に夢を見るなんてね。私はその夢を食べる存在なのに」
「私が夢見て、マーリンが食べる。マーリンの夢見る未来に、私は導かれる。理想的な関係じゃない?」

にこりと笑ってキミは言った。
「皆のなまえ」は、こんなにも強く眩しい。

そんなのは屁理屈だよと、言ったところでキミは軽く流してしまうだろう。

「──まいったなぁ……」

WINの文字が相変わらず画面を踊っている。

もう一回となまえがコントローラーを握り直した。
やれやれと溜息を吐くと、もう一度対戦画面を表示する。

何度やったところで勝負は見えている。

これで私の負け越しだ。

もう何度私はなまえにまいったと言ったのか、数えるのも億劫だ、ああまったく。

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