メモリアルマペット

深夜と言うにはまだ早く、しかし活動するにはもう遅い、そんな時間。
私はマイルームのベッドにゴロゴロと寝転がり、明日の予定を確認していた。
一通りの確認を終え、目覚ましを設定し終えると一息つく。ふと枕の横に置かれたフォウ君マペットが目に入り、それを持ち上げると中に手を入れぴこぴこと動かしてみる。
本物には及ばないが、しかし、やっぱり可愛い。

「ふわふわ……」

呟きながら頬をすり寄せる。またこの布の毛並みが妙に気持ちいいのだ。
じっと見つめるとつぶらな瞳と目があって、きゅんと胸が高鳴る。

「ンンンかわいい~っ」

ちゅっとマペットの口元に口づけ、自分の腕ごと抱きしめる。
このマペットは私のお気に入りで、何かとこれを可愛がるのが部屋に一人でいるときのお決まりになっていた。

フォウ君マペット。バレンタインにマーリンに贈ったチョコのお返しにもらったもの。
てっきり花束とかアクセサリーとか、もっとこう、無難に女の子受けするものかと思ったらこれだったから、ちょっと驚いたのを覚えている。単に子供扱いされたのかもしれないけど……。
しかも手作りというのがまた驚きだ。万能すぎるだろアイツ。

ぴこぴこ指を動かしながら貰ったときの事を思い出す。
これを渡されて言われた台詞も意外だった。茶化されるかと心配していたのに、何だか思ったよりしんみりとしてしまったんだよなぁ。
何かさらりと重要な事を言われた気もするし。結局どういうことなのか、はっきりとは分からなかったけども。

「マーリンはほんと、何考えてるのか分かんないねえ……」

フォウ君マペットをコクコクと頷かせて「ねー」と言ってみる。
話しかけたところで返事をするのも私なのだが、誰も見てないのだし気にしない。

俯せに寝転がりフォウ君マペットを目の前でふりふりと動かして一人くすくすとしのび笑う。
ぺちぺちと肉球で自分の頬を叩いたら「ふふふ」と堪えきれない笑みが零れた。

ふと誰かの訪問を告げる音がして、ごそごそと起きあがる。
マペットを枕の上に置くと急いで扉を開けて迎えた。

「はーい……、あれ?マーリン?」
「こんばんは。良い夜だね、マイロード」

マーリンがひらひらと手をかざす。
こんな時間に何だろう、珍しい。
マーリンがこの部屋を訪れること自体はそう珍しい事では無いけど、それは昼間、私が誘ったときに限る。
マーリン自ら、それも夜に訪れるなんて、さて今まであったろうか。

こんばんはと挨拶を返すと、首を傾げて問いかける。

「こんな時間にどうしたの?」
「たまには夜の逢瀬も乙かなって。入ってもいいかい?」
「またそんな事言って……。どーぞ。ろくにおかまいも出来ませんが」
「おかまいなく」

今更遠慮する関係でもなし、普通に招き入れて着席を促す。
ベッドサイドの小さな机は元々私の作業机として機能していたものだが、最近では専らマシュやサーヴァントたちと交流するためのものになっていた。

「お茶でも飲む?」
「ご相伴に与ろうかな」
「ん。どれにしようかな……」

ごそごそと戸棚を漁り紅茶のパックを探す。
ふとマーリンの花を思い出して、確か花のフレーバーティーがあったと探してみたら、ちょうど二つほど見つかった。ローズティーだ。

お湯を用意してカップを取り出す。
きちんと淹れるならカップを温める必要があるけど、今日は横着しちゃう。マーリンだし良いよね。

お湯を沸かしている間にお茶菓子も取り出して並べる。ちらりとマーリンの方を見ると頬杖をついて私を見ていたようで目があった。にこりと笑いかけられて妙に気恥ずかしくなる。

「見られるとやりにくいんだけど」
「気にしないで、いつものことさ」
「は?」
「キミを見るのは私の趣味だから」
「えぇ……」

もう夜も遅いからってTシャツ短パンのラフな格好をしていたのだが、そうじっくり見られると制服に着替えれば良かったと思ってしまう。いや別にそういう目で見ているわけじゃないのは百も承知だが。

他のサーヴァントは別に気にならないのになぁ……。
マーリンの視線が不躾すぎるせいだな、うん、きっとそうだ。

そうこうしているうちにお湯が沸いたので紅茶を淹れる。ティーポットは洗うのが大変なのであまり使わない。楽なので茶葉もティーバッグ。カップに直接ぶち込めば後は花が開くのを待つだけだ。濃さはお好みで適当に取り出せばいい。
風情もへったくれも無いが、これが私のティータイムである。

とりあえずお茶の準備が整ったので、お盆に乗せて机に運ぶ。

「お待た……せぇええっ」

机にお茶を置こうとして、マーリンが手に持っているものに思わずぎょっとして変な声が出てしまった。

「うん?どうしたんだい」
「あ、いや……お茶どうぞ」
「ありがとう」

何食わぬ顔で紅茶をマーリンの前に置く。
マーリンはそれを一瞥すると、手元のフォウくんマペットをいじくりだした。

……そういえば枕の上に置いたままだった。

貰ったものを気に入っているのだと伝えることは、別に悪いことでも何でもない筈なのに、どうしてかやっぱり恥ずかしい。別に他意は無く、私は元々フォウくんが好きで、そのマペットも可愛らしいと思ってるから気に入ってるだけなのに。

「……それ、あの、ありがとうね」

向かいに着席するとおもむろに言う。
マペットを手にはめてぴこぴこと動かすマーリンの姿は何だかちょっと可愛らしい。

「どういたしまして。これはキミがくれたチョコのお礼なんだから礼なんて良いのに」
「いや、まさか手作りのマペットが返ってくるとは思わなかったから……」
「上手いものだろう?キミも大事にしてくれてるようで何よりだ」
「ん、うん、まぁ。可愛いし、気に入ってはいる」

大事にしていると指摘され内心どきりとした。
平静を装い普通に応える。
別に可愛らしいぬいぐるみを気に入ったって良いじゃない。一応女の子なんだもの。

「毎晩抱いて寝るほどだもんね」
「え」

私以外知るはずのない事実をさらりと放たれ固まる。
そんな私の動揺に追い打ちをかけるように、マーリンはマペットの鼻先に口付けた。

「ちょっ!?」
「ふふ、間接キスだ」
「なっ、え、なっ!」

な、何で、何で知ってるの!?
たたたたた確かに私はよくそのマペットにちゅーしてはいたけど……!

「さっきしてたろう?はい、ちゅー」
「っ!?」

あたふたと慌てる私を気にすることなく、マーリンがマペットを私に向かって突き出し、ちゅっとマペットと私の唇が触れた。
がたりと机から立ち上がり反射的に身体を離す。

「なっ、なに、もっ……!バカ!!」
「あはははは!顔真っ赤だよ」
「笑うなーッ!何!?み、見てたの!?」

声を上げて笑うマーリンに怒鳴りつけるも楽しげな表情は変わらない。
部屋の中の一人遊びを次々と指摘されて私の心は大混乱だ。理由は一つしか思いつかない。マーリンの千里眼だ。

「見ていたとも、キミを見守るのが私の数少ない趣味なのだから」
「盗撮……!犯罪!ストーカー!!」
「私の心のカメラ以外に録画とかしてないから合法だよ」
「削除しなさい!!」

存在は知っていたけど使ってるところを見たこと無いから完全に意識の外にあった。そうだった、マーリンならどこでもいつでも覗き放題なんだった……!

待ってどこからどこまで見られてたの!?
いつの何を見られてたんだろう?さっきだけたまたまであってほしい。

そんな私の願いを打ち砕くように、マーリンは朗らかにとんでもない事を言い出す。

「三日前のキミの寝言を再生しようか?「最終回にはまだ早い……」とか何とか」
「ギャアやめて!何最終回って!?」
「さぁ、今度何か寝言を言ってたら夢の中に入ってどんな夢か確認しておくよ」
「やめろ!プライバシーの侵害!!」
「大丈夫、私は別にキミが何をどうしていてもそれに特別な感情を抱いたりはしないから。ただ楽しいだけだ」
「人の生活を覗いて楽しむのをやめろ!!」

最悪だ。いつから見られてたんだろう。いや敢えて聞くまい。多分知らない方がいい情報だ。
どうしようアレもソレも見られてたら。如何にマーリンが人外でエイリアンもどきとは言え知性を持った生命体なのだし、心が無いならオッケー!とはならない。というか楽しんで見てるってやっぱ感情なくなくない?

「私の人生の楽しみを奪うというのかい?キミは何てひどいんだ」
「覗きが人生の楽しみなんて悪趣味すぎる……」
「それくらいしかする事無かったからなぁ。今はキミというお気に入りを見つけて生活にハリが出たよ!こうやって顔をつき合わせてお茶を飲むのも何だか懐かしい気分だ。いや~女の子最高、ずっと見ていたい」

やっぱりスケベな意味で見てないコイツ!?

「いやらしいっ!女の子の生活を覗いて楽しむなんて変態!」
「罵られて悦ぶ趣味は無いんだけどキミのそういう反応は愉しくなってきちゃうね」
「ニヤニヤするなぁあッ!別にただフォウくん可愛いし何かを抱きしめて寝てると落ち着くっていうか……!」
「人肌恋しいのかい?水臭いなぁ、言ってくれればいつでも添い寝してあげたのに」
「言ってねーよ!」

調子に乗ってニヤニヤと笑いながらマーリンは私をからかってくる。
小娘だと思って甘く見やがって。言っておくが私はただただ翻弄されるだけの可愛らしいお嬢さんとは違うぞ。

ふうと息を吐くときっとマーリンを見つめ、その両手を自らの手で包み込むと、真摯にマーリンを見つめながら言う。

「マーリン……今ならまだ更正出来ると思うの。だから自主しよう?一緒に行ってあげるから」
「手を握りしめて熱い眼差しで見つめてくるならもうちょっとロマンチックな言葉を言ってほしいなぁマイロード」

しっかりとマーリンの手を握りしめて真面目に言ったらマーリンも真面目な顔をしてとぼけた事を宣った。

「……マーリン好きっ!だから私の言うこと聞いてっ♥」
「ん~可愛い♥もう一声♥」
「ね♥なまえのお願い聞いて♥恥ずかしいから見るのやめてほしいな♥」
「可愛い!可愛いよマイロード!可愛すぎて見ちゃう♥」
「やめろっつっとろうが」
「嫌だ」
「…………」

朗らかに拒否されガクリと脱力し机に突っ伏す。
そのまま手を放そうとしたらしっかりとマーリンに握り返されてしまい、何のつもりだと睨みつけるとマーリンがニコニコしながら言った。

「もう終わり?もっとあざといキミが見たいな♥」
「サービスタイムは終了しました」
「お金出せばいいのかい?」
「プライドとか無いの!?」

懐をごそごそし始めたマーリンに思わず突っ込む。
というか此処は私の部屋であって何かそういう店では無いのだ。変な誤解が生まれても困るからそういう行為は慎んでほしい。悪ノリした私も悪いが。

「も~頼むから千里眼やめてよ……ほんとに……」
「別に何とも思ってないったら。本当にキミを見るのが楽しいだけで何してても一緒なんだってば」
「えー……でも……うーん……着替えとかお風呂とかまで見てるわけじゃないよね……?」
「何とも思ってないよ」
「見てるんかーい!!もおおおおっ!!」

頭を押さえてブンブン振り回す。きっとそうだろうとは思ってたけど!!ヤダヤダヤダヤダもう無理穴があったら入りたい!!

言ってないだけでアレとかソレとかも絶対見られてる、もうやだ本当死ぬしかないああああ先立つ不幸をお許しくださいッ。

「本当に気にしないでなまえ。キミが裸でも一人でナニをしていようと誰かとナニをしていようと、私はただ楽しい以外に感想は無いからね」
「変な事言わないで!!!!」

何だその含みのありまくる言い方は!別にそんな特にそういうアレはしてな……、…………してない!!してないしてないしてないしてない(自己暗示)

「そんな格好で出迎えるくせに、着替えとか恥ずかしがる必要ないだろう?」
「いやいや下着姿と部屋着姿は全然違うし、ていうか裸だって……!」
「……その格好ある意味下着より恥ずかしい気もするんだけど。ブラしてないの丸分かりだよ」
「!!?!?どどどどどこ見てんのっ!?」
「おっぱい」
「おっ……見るなバカぁあああッ!!」

指摘された事実に顔が真っ赤に染まる。反射的に胸を腕で隠して叫んでしまったけど、後の祭りだ。
そんなに分かるものなのか、全然自分では意識してなかった。今までも普通にこの格好でうろついてたんだけど、もしかして皆をいたたまれない気持ちにしていたのかもしれない。

マーリンに見られてるとか以前に、そもそも私の行動に隙がありすぎたと反省する。
顔を覆って静かにこの事実をどう葬ろうか考えていたら、マーリンが爽やかに問いかけてきた。

「諦めついた?」
「…………見るなっつってもやめる気無いんだよね……」
「うん」
「……本当に何とも思ってない…………?」
「思ってないよ。人間の生活自体は別にどうでもいいし、裸とか今更だし?」

えっ何だろうめっちゃムカつく……どうでもいいなら見るなよ……。

「…………私に出来るだけ意識させないで……」
「順応力の高さがキミの長所だね」

諦めてどんよりした気分でそう言えば、マーリンが優雅にローズティーを啜りながら言った。畜生絵になるなぁ。
確かに順応力は高い方だと思うけど、それでもダメージは計り知れない。ああ、私のプライバシーは今日をもって無くなってしまった。パパラッチに付け回されるハリウッドセレブだってもうちょっと自由だよ。良いけどもう、開き直るけど。
どーーーーーせマーリンは私の裸など全く気にしないのだそうだし。そうでしょうとも。見慣れてるだろうとも!

「……フォウくん返して」
「はい、どうぞ」

癒しが欲しくてフォウくんマペットの返還を要求したら、マーリンが手から外してすんなりと手渡してくれた。
ぎゅっと抱きしめるとふわふわの毛並みが心地よい。その感触がちょっとだけ私の荒んだ心を慰めてくれた気がした。

「全く……こんなクソ野郎なのにこんな可愛いぬいぐるみ作れるとかどうなってんだ……」
「まあね、流石私だよね」

今のは恨み言が99%で褒めたつもりは全く無いのだが、マーリンはドヤ顔で頷いた。ブルーな気分でフォウくんの顔を見つめる。見れば見るほど精巧な作りで、なのに身体部分のつなぎ目が妙に荒いのはどうした事だ。

「本当は喋る機能とか魔除けとか込めようかと思ったんだけど、途中でめんど……いや素材の良さを活かそうと……」
「今面倒くさいって言った?」
「言ってないよ」

絶対言っただろしれっと嘘吐きやがって。
このマペット、もしや身体を作る前に飽きて結果的にマペットになったんじゃあるまいな。まぁ流石に無いと思うが。

「……マーリンって魔術師なんだよね?」
「散々見せてきたろう、私がキャスターとして戦うところを」
「基本物理で殴ってたような……」
「だって慌てると呪文かむし、そっちの方が早いだろう?」

出たよ。優れた魔術師ってみんな高速詠唱出来るものかと思ってたんだけど、マーリンみたいに生まれついての大魔術師みたいなんじゃ、逆にそういうのは苦手なのだろうか。だって一生懸命練習する必要無いもんね。
だからか分からないけど、マーリンは魔術師のくせに他の正統派キャスターがだいたいやってるような事をあんまりしている様子が無い。

「魔術工房作ったりとかは?」
「他のキャスターが作ってるしいらなくないかい?」
「道具作成……」
「私はいいと思うんだけどなぜか周囲の評価が低くてねぇ……それも他のキャスターに頼みなよ」

何でこんな精巧なぬいぐるみが作れて得意分野である筈の魔術部分が評価低いんだよ。

「……フォウ君マペットがただのマペットで良かったよ」
「そうだね。昔アルトリアが私の工房で大変な事になったりしたし」
「うん大人しくしててね」

魔術師の工房てのはそういうものだと分かってはいるが、マーリンに作らせたら私もただでは済まなさそうだ。面白がって妙なギミックを仕込んでそう。

「ところでこのマペット、ゆくゆくは量産態勢を整えて販売しようと思うんだけどどう思う?」

唐突にマーリンから謎の告白をされる。これ以上脱力させないでほしい。
量産態勢ってどうするつもりなんだ。工場生産?この出来で工場生産は難しいと思う……って真面目に考えるのもバカらしい。

「天草といいお前といい……その金で何するつもりだ!」
「マイロードの為に貯金するに決まっているだろう!」
「嘘くさっ!!」

間髪入れずに返されたが、絶対嘘だろ。

「そもそもカルデアにいる間はお金あってもそんなに意味無いし!」
「将来のためにも、お金はあればあるほどいいよマイロード」
「そりゃ私もほしいけどさぁ……」

実際のところ本当に今は使い道が無い。日本で生活していた頃は、何かとあれが欲しいとかあそこに行きたいとかでいくらあっても足りない!とか思ってたのになぁ。
カルデアに現代的な娯楽は少ないけど、刺激は物凄く多いし、古今東西のいろんなスーパーマンが揃ってるから、いつだって特等席で至高の芸術を体験することが出来る。

……ま、本音を言えば、ゲームしたりCD買ったり服を買ったりしたいと思わないわけではない。でもこんな場所も判然としない雪深い山奥じゃあそれはちょっと無理がある。ゲームはレクリエーションルームのおかげで出来るようになったしね。
あ、あと人理修復してからご飯のレベルがめちゃくちゃあがった。和食を振る舞ってくれるエミヤには頭が上がらない。あとキャットも。

「時々ハンバーガー食べたくはなるけどね……」
「黒い方のアルトリアみたいな事言うね」

ジャンクフードの身体に悪そうな感じがたまらなく恋しくなるときがあるんだよ!アルトリアとは時々その話で盛り上がり食堂にジャンクフードテロしに行くのだが、エミヤの作るハンバーガーは上品な感じでちょっと違うんだ……。

悶々とあのハンバーガーを思い出してお腹を切なくさせていたら、マーリンがおもむろにぼそりと言い放った。

「キャスパリーグのハッピーセット……」
「ポケモンかよ」
「売れる(確信)」
「いや確かにフォウくん可愛いけど何このキャラ?ってなるでしょ」

そもそもハッピーセットのオマケって小さいおもちゃであってマペットじゃないじゃん。次は動くフィギュアでも作るつもりか?
ていうか何でハッピーセットなんて知ってるんだ本当に。アヴァロンで何見てたんだコイツ。

マーリンの発言に改めてフォウくんマペットの顔を見つめる。
ううん。量産なんてしたらこの至高の顔バランス崩れちゃわない?それに正直な話、せっかく私にとくれた贈り物なのに、私だけのものじゃ無くなるのは、ちょっと寂しい気持ちもした。

「……マーリンって、フォウ君の事割と気にかけてるよね」

ふと何の気なしに呟く。マーリンは個人のことは言わぬが花、などと言うけれど、フォウくんとの関係はちょっと違うような気がした。それは例えばロマンとか、ギルガメッシュもそうなんだけど、ちょっと他の人とは距離感が違うよね。
私の言葉にマーリンは「うーん?」と唸りながら首を傾げる。

「気にかけて、はいるかな。言っただろう?彼と私は似たもの同士だからね」

似ていると、気になるのだろうか。

チョコを渡したときの事を思い出す。そう長くはやり取りしなかったし、別段特別な事があったわけではないのだけど。
何かちょっと、あのときのマーリンは……寂しそう、に、見えた。……気がする。
多分、気のせいなんだけど。

「これを見るたびに僕らを思い返すといい」……か。忘れるわけもないけど、忘れてほしくないと思っていてくれてるなら、それは嬉しい。

「……マーリンは自分を物語の旅人だって言ってたね。私と同じだって」
「……うん。言ったね」
「でも登場人物になりたいと思ったからここにいるんだよね?」
「登場人物というか、好奇心でキミに手を貸したいと思ったんだ。だから私はここにいる」
「そっか。そのおかげで私はマーリンと物語を共に出来たわけだね」
「……」

ごそごそとマペットに手を入れる。
ぴっとマーリンの鼻先にマペットを突き出して、にこりと笑って私は言った。

「マーリンと旅するの、凄く楽しいよ。ありがとう」

改めて礼を言うのは照れくさい。フォウくんマペットの肉球でマーリンの頭をぽすぽすと撫でると、マーリンがふっと微笑んだ。

「ふふ」
「なに?」
「いや。私はキミの物語を忘れないだろうと思ってさ。こうして共に過ごした時間も、すべて」
「私だって忘れないよ」
「……うん。そのためにそれをキミに贈ったんだよ。キミが僕らの物語を忘れないように」

マーリンが瞳に優しい光を灯して私に向ける。

「……忘れてほしくない?」

問いかければ、マーリンがふと眼を伏せた。唇に笑みを浮かべたままで、だけどその顔はやっぱり、どこか寂しそうに見えた。

「忘れられるのは、苦手だな」

穏やかな口調でそっと囁かれたその言葉が、いやに胸に響いて聞こえる。
楽園でひとり、ただ世界の営みを眺め続けた1500年は、心をほんのちょっとしか持たない夢魔にも、孤独を感じさせたのだろうか。
むしろその、ほんのちょっとの心が、マーリンを孤独にしているのかもしれない。誰とも価値観を分かち合えない孤独とはどんなものなのだろうか。私が人間である以上は、推し量る事も難しい。

そもそも孤独だ何だと考える事が理解からほど遠い行為なのかもしれない。どちらにしろ私がマーリンを理解する事はきっと無理なのだろう。

それでも、私もこの時間を忘れたくないと思うのだ。

「そう。分かった。絶対、忘れないよ」
「ありがとう、マイロード」

にこやかにマーリンが礼を言って、私は苦笑してしまう。
マーリンほど完璧には、私は記憶を保持しておけないだろう。
元々記憶力のいい方ではないし、人間は忘れていく生き物だ。
きっとマーリンはそれを分かっていて、承知の上で礼を言ったのだろう。

それでもこのマペットが、この時間を、マーリンとの語らいを、二人の獣の物語を、私に思い起こさせてくれるだろう。

マペットを外すと再び枕の上にそっと据える。
そうしてようやく私は自分の紅茶に手をかけた。

この薔薇の香りも、私たちの時間を記憶する一助になればいいのだけど。

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