スペースオペラはお呼びじゃない!7

「マー……リン……?」
「なまえ」

ローブ姿のマーリンが、私の名を呼ぶ。
困惑して狼狽える私にマーリンが手を伸ばすと、不意に背後から宇宙オニイサンが私の前に躍り出た。

「なまえ、下がって」

宇宙オニイサンが、私を庇うように立ちふさがる。ぴくりとマーリンの眉が一瞬動いたと思うと、ぞっとするほど美しい笑みを貼り付け、彼は朗らかに口を開いた。

「なまえ。帰っておいで。そっちはキミの居場所じゃない。分かるね?」

言い聞かせるように、空気に見合わぬ穏やかさでマーリンが言う。

……………………えーと。

もしかしなくても、激おこですよね?

ぴりぴりと、心なしか痛みを感じるほど震える空気に、体の方も連動するかのようにぶるぶると震えだす。怖すぎて一歩後ずさったタイミングで、ビシィッ!!と物凄い破裂音が空間に響き渡り、閃光が走った。

私にも、私を庇う宇宙オニイサンにも特に異常は見受けられない。
だが背後でバサバサと樹の枝が落ちる音がして、森に住む動物や鳥たちの騒ぎ声が耳をつんざいた。
思わずマーリンから目を逸らしそうになったけど、今目を離したらヤバイというカンが私をその場に縛り付ける。

今確かに、殺気が空気を切り裂くという事象を目撃した。

「なまえ?」
「……ひっ」
「怯えてるじゃないか、可愛そうに。そう脅かさないでくれないかい?」

満面の笑みを浮かべながらマジギレしているマーリンから、更に庇うように宇宙オニイサンが私を背に隠す。
すると一段と空気が重くなり、リアルに息苦しさを覚えるほどだった。そっと宇宙オニイサンが私の腕を取る。

「っぁ」

フッと肺に酸素が通る感覚がして、少し身が軽くなる。空気の重苦しさは変わらないけど、物理的な苦しさからは、どうやら宇宙オニイサンが守ってくれているようだ。

「なまえ」
「うっ……!」

いよいよ声音にも不機嫌さを乗せ始めたマーリンが、ひときわ低い声で名を呼ぶ。

私何かした?
いやいや私は何もしてませんよ!?

そそそそりゃ宇宙オニイサンと二人で宇宙旅行はしたけど、それはホラ、不可抗力ってやつじゃないですか。

知らない世界どころか、トンチキ宇宙に一人放り出された私が、藁にも縋る思いで宇宙オニイサンに助けを求めたのは仕方のないことだと思う。

私は立香と違って、人間ではあるけど、マスターとは違う。
そんな私がサーヴァントだらけのこの広い宇宙で、一人で何とかするとか、無理ゲーとかいうレベルではない。
自殺行為、というか、本来ならはぐれた時点で詰んでるんです。

普段は優しげに細められた眼差しが、私を強く射抜いている。心なしか普段より赤みの強い色彩が、まるでマーリンの怒りを表しているようで、ますます怖い。
そもそも何であんなに怒っているのか分からない。
マーリンと共にいると、時折私への底知れぬ執着を垣間見て怖くなることはあったのだけど、こんなにダイレクトに怒りをぶつけられたのは初めてだった。

というか、こんなに感情剥き出しなのが初めてというか。
マーリンって、怒るんだ。知らなかった。

「キミが、なまえの世界の僕?……聞いてた話と随分違うみたいだけど」

そう言って、宇宙オニイサンがちらりと私へ視線を向ける。私は「私だってこんなの聞いてない!」というのを伝えるべく、首を横にぶんぶんと何度も振って応える。

「ん?違うのかい?じゃあこの僕は誰だい?」
「僕は正真正銘なまえの恋人のマーリンだけど?」
「はい!!そうです!!恋人のマーリンであってます!!」

やばいまずい対応間違えた。そういう意味じゃないのにマーリンであることを否定したみたいに取られた。宇宙オニイサンのことなのでわざとそう取った可能性も大いにあるけど!
宇宙オニイサンも所詮はマーリン、面白がって引っ掻き回そうとするのは古今東西どのマーリンも一緒だというのは、この旅を通して痛感している。

「ああ、何だ、僕を忘れたわけじゃなかったんだね、愛しいなまえ。ならほら、早くこっちへ帰っておいで。マスターなら心配はいらない、いつものように問題を解決したら元のカルデアに戻ってくるから」
「い、いや、もちろんそっちに帰るつもりでいるんだけど……」
「けど?」

鸚鵡返しの「けど」の語気が強すぎて、ひっと再び息をのむ。けれど促されて答えないのはもっと怖かったので、慌てて口を開くと、どもりながらも何とかして言葉を続けた。

「なっ、なん、でそんっ、そんな怒ってる、の?」

無意識に宇宙オニイサンに捕まれている手に力がこもる。
控えめに視線を向けると、マーリンは真顔でこちらを冷たく見下ろしていた。

「怒ってないよ」
「……それが怒ってないなら、ちょっと、よく分かんない」
「あぁ――うん、えぇと。そうだね。怒ってるのかも。いや、怒る、準備をしているのかな。たとえばキミが、僕からその男に鞍替えしようとしてるとか――」
「ししししてなっ、してない!してない!!」
「――僕の目から逃れようと、」
「してないしてないしてない!マーリンに不満なんてないっ!」

……ことは無いけど、まぁ概ね嘘ではない。
不可抗力でこうなっているだけで、マーリンがイヤで逃げ出したとか、そんなわけはない。
ていうかマーリンがイヤで逃げ出した先で別のマーリンのお世話になるって、そんなことあるわけないでしょうが。

「なるほど、それじゃあ。僕が怒るべき相手は、こちらの方というわけだ」

幾分口調を和らげながらも、マーリンは酷薄な笑みを浮かべると宇宙オニイサンへと視線をやった。
宇宙オニイサンは相変わらず私を背にしたまま、悠然と立っている。
こちらからでは表情を窺えないけど……この感情剥き出しの別世界の自分のこと、どう考えてるんだろう。

「怒られる筋合いは無いんだけどなぁ」

やれやれ、といった声音で宇宙オニイサンが吐き出した言葉に、はっとして慌ててマーリンに言い募る。

「そ、そうだよっ、宇宙オニイサンは私を助けてくれただけで……まぁちょっと余計なことにも巻き込まれたり、やたら強い敵に遭遇して死にかけたりはしたけど、この人がいなかったらとっくに私は死んでたよ。だから怒らないで」
「そうとも。なまえってば本当に何も出来ないし命も一つしか無いし打たれ弱いしで大変だったんだぞぅ!」
「私が逃げ惑うの面白がってたくせに!」
「だってキミそんななのに悪運だけはやたらと強いんだもの。弾丸の雨の中一射も当たらなかったのにはこの私も舌を巻いたよ」
「エ!?あれオニイサンが魔術で避けてくれてたんじゃないの!?」
「ううん、当たったらそのときはそのときかなって思ってたよ」
「こんなところでネタばらししないで!!」

えっ怖っ。怖!!
私そんなギャンブルさせられてたの!?
宇宙オニイサンのおかげで無事だったんだとばっかり!

そっと宇宙オニイサンから身体を離すと、じりっと後退する。
おや、と宇宙オニイサンが声を漏らした隙に、一瞬で距離を詰めたマーリンが、私の身体を捕まえた。

「なまえ……っ」
「っ、わ、び、びっくりした」

マーリンが走った。
そりゃ驚く。
いや戦闘中は結構縦横無尽に動くときもあるんだけど。

ぎゅうぎゅう抱きしめられて苦しいったら無い。
何とか動いた左腕でマーリンのわき腹をべしべし叩いて離すよう訴えるものの、更にすっぽりと抱き締められてしまって身動きが取れなくなった。

「ぐ、ぐるじぃ」
「ボクも苦しい。おそろいだね」
「お、おそろいって……」

……ここで「マーリン、身体どっか痛いの?」とか言うほど鈍感でも無いのだが。

「……何か、どっか痛いの?」

あえて言ってみた。

いつもなら、私のこんな言動の意図を瞬時に把握して、「わざと言ってるね」と余裕綽々でぶった切ってくる筈だ。
なのにマーリンは、回した手を緩めるでもなく、すりすりと首筋に額をすり寄せ、ぽつりと呟いた。

「胸が」

消え入りそうなその声に、私の胸もずきりと痛んだ。
そんな言い方をされたら、「私は悪くない」なんて言い訳も、……出来ないよ。

「マーリン、ごめん、ごめんね」
「うん」
「いなくならないし、マーリン以外見ないよ」
「うん、……うん」
「まだ痛い?」
「すこし」
「痛くなくなるまで一緒にいるから」
「痛くなくても、一緒がいい」
「う、うん、もちろん、わかった」

一緒がいい、なんて言われて、嬉しくないわけもなく。
求められていると思えば、勝手にむずむずと熱が沸いてしまって、歓びに声がうわずった。マーリンは傷ついてるっていうのに。

だって、こんなに余裕の無いマーリンは本当に初めてで――というより、マーリンはいつでも、私の前では余裕があって。私はいつも余裕を無くされて、そのことに理不尽を感じてて。不公平な関係に、寂しさも覚えていて。

そもそもマーリンは私に「別に側にいなくてもいいし、嫌なら逃げてもいい」ようなことを言っていた筈だ。
「自分の目に入ってさえいれば問題はないから、触れていなくてもいいんだ」と。

でも今は、側にいてほしいって、思ってくれてるんだ。

そう思ったら、さらに胸が高鳴った。

「マ――っ!?」
「……っ!」

マーリンの頬に手を添え、その名を呼ぼうとした瞬間。
思いっきり背後から首根っこを掴まれ、強い力でマーリンと引き剥がされる。
咄嗟にバランスを保てず後ろにひっくり返りそうになった私を、誰かの腕が抱き留めた。

「おっと。ごめん、ちょっと強引だったね。でもああでもしないと離れなそうだったから」
「う、宇宙オニイサン!」
「そうとも、宇宙オニイサンマーリンだ。マーリンでいいよ」
「い、いや、え、あの」
「離せ」
「わぁ!?」

宇宙オニイサン急になに!?空気読んで!?と思って狼狽えていたら、マーリンが私の腕を掴んで引っ張った。しかし宇宙オニイサンはがっちり腰に手を回して私をホールドし、一切離す気配が無い。

「ちょっと!離してよ」
「や~だよ☆」
「可愛く言うな!ここで変な茶々入れたらやばいってわかるでしょ!?」
「そうだね。そのままキミを連れ去られそうってことは分かる。だから離さない」
「えっ、あちょっ、いだだだ!マーリン!痛い!」

宇宙オニイサンの発言に、私の腕を掴むマーリンの力が強まる。
やめて!マーリンが加減を間違えたら私の腕粉々になるんだからね!?

一応腕の力を弱めてはくれたものの、マーリンが私の腕をさらに引っ張る。当然宇宙オニイサンも私の身体を引き寄せて阻止する。私の為に争わないで。

「わ、分かったから、そのまま帰ったりしないから。だから離して」
「キミがどう言っても、彼が聞くとは限らないだろう?」
「ああもう……マーリン!埒が明かないから約束して、このままカルデアに帰ったりしないって」
「私がそれを約束したとして、彼がキミを離すとは限らないじゃないか」
「いたちごっこか!?そんなことないよね!?」
「う~ん、どうしようかなぁ」
「何で断言しない!」

一生終わらないでしょうがこの攻防!私の身体が裂けるまで引っ張り続ける気じゃないよね!?

おろおろあわあわしながら二人の顔を交互に見る。マーリンは睨み付け、宇宙オニイサンは不敵に微笑み、と表情は違うものの、どっちも引く気は無さそうに見えた。

困って、もう一度マーリンの顔を見る。
するとマーリンもちらりと私を一瞥した後、宇宙オニイサンに視線を戻して、睨みながら口を開いた。

「なぜなまえに執着する?まさかキミもなまえに恋をしたとでも?」
「う~ん、どうだろうね?どうだと思う?」
「私に聞かれても!?」

暢気な声で私に尋ねる宇宙オニイサンに、この局面でよくそんな態度でいられるなと呆れる。
もしかして宇宙オニイサン、激怒する自分とは違う自分が面白くて茶化してるのかな。大いにあり得る。

「あのね、遊びなら程々にしてよ」
「そんなんじゃないよ。分からないからどうなのかなって言ってるんだ」
「その程度なら離してくれないか?」
「キミにとってなまえはその程度じゃないって?」
「でなければこんなところまで追いかけてこないさ」

……それは、まぁ、そうか。
だってここ、特異点とかじゃなくて、平行宇宙?とか何とか。
そもそもマーリンが来れると思ってなかった。
……来てくれるとも、思ってなかった。

「なら、教えておくれよ。何がキミをそこまでさせているのか」

宇宙オニイサンがマーリンを見据えて言う。
マーリンの顔をそっと見つめると、受けて立つとばかりに真面目な顔をして、マーリンは言った。

「なまえの、すぐ減らず口を叩くくせに私にメロメロになる仕草が可愛すぎるせいだ」
「は?」

いったいどんなエモ台詞が飛び出すのかとドキドキしながら待っていたら、どうでもいい惚気が飛び出す。
嘘を吐くな。そんなことくらいでマーリンが宇宙を飛び出すほど気に入ってくれるわけないでしょ。

しかし宇宙オニイサンは「なるほど……」と得心言ったように呟いた。何がなるほど?

「私も思っていたんだ。なまえはイヤイヤ言うわりにまんざらでも無さそうで、私が触れると嬉しそうにする姿が、たまらなく可愛いなって」
「嬉しそうになんてしてませんけど!?」
「ほら!見てくれ!かわいい!照れてる!」
「持ち上げるな!おろして!猫か私は!?」

がっつりホールドしていた腕をほどいたと思えば脇の下に手を入れられ、マーリンの顔の高さに持ち上げられる。
軽々やっているが私の脇にめちゃくちゃ重力がかかってんだわ。痛いから降ろしてほしい。

「なまえの照れ顔が可愛いのなんて百万回は痛感している。それよりキミへのその反応は私への好感度ありきだと自覚したまえ。なまえが好きなのは私であって、なまえにとってキミは私の一側面くらいの認識だよ」
「そんなのは今から刷り込んでしまえばいい話だ」

冷ややかな目を向けるマーリンに、宇宙オニイサンが私を降ろしてホールドし直しながら果敢に告げる。

いや。あの。
何が始まってるんですか?

「甘いね。なまえのガードの固さを舐めすぎだ。ああ、私はもうそのガードを取り払っているけど。言っておくが、本来ならキミは初っ端にビンタの一発も食らっていておかしくはなかったんだよ?」

それ自分が勝手にキスしてきて私にビンタされたときの話ですよね?宇宙オニイサンは不意打ちキス(口)とかしてないからね?
どや顔でマウント取ってるけど、マーリンの方が先に出会ってずっと一緒にいて恋人なんだから、そりゃ今となってはマーリンの方が警戒心は薄い。けど私への態度なら宇宙オニイサンの方がまだ誠実だったと思う。

第一、マーリンに対してガードゼロと思われるのは、遺憾である。

「私マーリンにまだ気を許してないからね」
「え!?まさか自覚無いのかい!?キミもう僕にメロメロのトロトロだよ!?」
「そこまでなってないもん!私はいつもヤダって言ってるのにマーリンが……!」
「キミのヤダは無理矢理しての意味だから」
「そんなわけないでしょ!!」
「かわいそうななまえ、私はそんなに強引に迫ったりしないよ。だからほら、こっちでずっと一緒に旅をしよう?」
「え、えぇっ」
「なまえを守る気のない奴がしゃしゃり出ないでくれないか?」
「過去の話だよ。今は全力で守るとも」
「調子のいいことを言って、キミのせいでなまえは死にかけたというのに!」
「いやどの口が言ってんの?」
「何でキミがその台詞を言うんだい!?」

え、だって……マーリンも最初は私のこと割と見殺しにしようとしてたじゃん。もちろん、今はちゃんと死なないように守ってくれてるの、分かってるけど。

「ははは、やっぱり私と変わらないじゃないか」
「変わらなくない!なまえが好きなのは僕!」
「すなわち僕でもある」
「一緒にしないでくれないか!?」

……う~ん。

正直に言っていいですか?
この会話、もうちょっと聞いてたい。

だって……ある?こんなこと。
自分の恋人(推し)がもう一人の自分(推し)と、私を取り合って口喧嘩してるの。
正直録音したい。いや録画したい。

「なまえの可愛いところが百万個言えるようになってから出直してくれないか!?」
「言えるとも!数えてみるかい?」
「ああ!やってやろうじゃないか!」

いやダメだ。終わんない。ていうか百万個とか出るわけないし、口喧嘩の内容が小学生みたいでいたたまれなくなってきた。

「なまえの可愛いところ!潤みがちな目、愛らしい唇、小さな手、すぐジト目になるところ」
「基本だね」
「打てば響くようなやりとり、戸惑ったときのうわずった声、卑屈なくせに褒めると喜ぶところ、照れを怒ったふりで誤魔化す仕草」
「ストップ!ストーップ!!」
「え、まだ8個しか言ってないのに?」
「何だいなまえ、今良いところなんだけど!」
「何がだバカ、百万個とかあるわけないでしょ二人ともバカ!聞いてるこっちが恥ずかしいよ!!前半はまだ百歩譲ってお世辞として流せるけど後半のやつ特にやめて!何かガチっぽくてヤダ!!」
「ヤダって言う誤魔化し方」
「分かる、ちょっと子供っぽい言い方可愛いよね」
「続行するな!同意するな!!」

何で意気投合してるんだよ!同一人物だから!?

「なまえは後半って言ったけど、こんなのは前半ですら無いよ。挨拶だよあんなのは」
「百万個のうち8個だからね。常識問題以下だよ」
「百万個とかいうのがまずバカなんだけど!?私だってマーリンの好きなところ百万個も出ないよ!!」
「えっ……」
「なぜショックを受けた顔をする」

いくら何でも百万個は値がおかしい。百個なら出るかもしれないけど……いやでも百個でもきついよ。
最終的に杖を握る指がしっかり一周してるところ、とかになってしまう。
いや……以前私が杖を持たせてもらったら、案外太くて指が回りきらなかったので……(しかもかなり重いんだ、あの杖)。

「どうせ二人して私のことからかってんでしょ。もう分かったから、さっさと離してよ」

百万個とか言い出した時点で、というか私が可愛すぎるから、とか言い出した時点で確定だ。
マーリンは最初本当に私を心配したのかもしれないが、宇宙オニイサンが私をからかうのを見て便乗しているんだろう。
二人が私の狼狽えるところが好きというのは、あながち嘘では無いのかもしれないが、そうやって人の心をかき回そうとするのにまんまと乗っかるのは大変に癪である。

しかし宇宙オニイサンとマーリンは顔を見合わせると、何故か二人とも生温い笑みを浮かべた。

「すぐ人の好意を疑ってひねくれ発言するところ」
「可愛くないんだけど可愛いんだよねぇ……」

うんうんと二人頷きあって、宇宙オニイサンには頭をぐりぐり撫でられる。

「だから!やめろ!!もういいから!!」
「こんな状態でよく付き合うまで持っていけたね、キミ」
「大変だったよ」

ハハハ、とマーリンが乾いた笑みを浮かべる。何か仲良くなってない?
頭を撫でくり回す宇宙オニイサンの手をぐいと引っ張って退かせる。むすっとした顔をしていたら、マーリンが覗き込んできた。

「ふふ、本当にキミは、可愛くないところが可愛い」
「知らない……」
「はいはい、後でちゃんと身体に分からせてあげるね」
「ん!」

ちゅ、とマーリンが私の頬に手を添え、唇に口付ける。
身を起こすと宇宙オニイサンを見据えて、再びマーリンは口を開いた。

「このおてんばひねくれ娘を、それでもここまで持ってきたんだ。そう簡単には手放せない。相手が誰あろう私なら、尚更ね。――私の身体を、慮ってくれると嬉しいんだが」
「?」
「……そうだね。私はキミほど深い執着があるわけではない。そんなになるほど強い気持ちを持つに至るのは、どうしてかと興味を持ったまでだ。……あとは、うん。今ここで、すぐさよならになるのだと思ったら、名残惜しく感じただけさ」
「…………オニイサン……」
「はは、なまえは最後までそれだね」
「え?」

「それ」が何なのか分からず、問おうとした私の身体が、不意に解放される。瞬間、腕を引っ張られ、今度はマーリンに背後からホールドされてしまった。

「――まぁ。気軽にそう呼んでくれと言ったのは私だから」
「呼んで……?って?」
「結局キミは、私を通して彼への恋心を想起していただけで、最初から違ったんだ」
「う、うん……?」
「だから私は、彼のようにはならないだろう」

マーリンがそうなように、宇宙オニイサンもまた、私には分からない言い回しで分からないことを言った。
分からないが、宇宙オニイサンはやっぱり、私を好きになったわけじゃない、ってこと?

「それでも――僕がキミに、去ってほしくないと思ったのは本当だよ」

宇宙オニイサンが、私の頬に手を添える。その仕草はマーリンとよく似ていて、やはり少しドキッとしてしまう。

「でもキミ、最後まで私の名を呼ばないんだもの。だから――燃やしきれなかった」

言われて、ようやく意味が繋がる。

宇宙オニイサンはマーリンだ。マーリンという名前だ。
だけど私は、彼のことを決してマーリンとは呼ばなかった。

「今回はキミの勝ちにしておくよ。じゃあ、またね」

あっさりと背を向けると、宇宙オニイサンはひらひらと手を振りながら、宇宙船の方へと歩き出す。

「待っ――」

反射的に追いかけようとした私を、マーリンの腕がせき止めた。
さっさと宇宙船へと乗り込む背中に、焦りが生まれる。

もう少し一緒にいたいと、そう言ったくせに。
急に波が引くように去られて、そんな方法で未練を残されてたまるもんか。

最後の言葉を、どうしても届けなければ。
つっかえながらも、私はそれを口にした。

「あっ、ありがとう!ほんとにっ、楽しかったよ!」

その声に応えるように最後にもう一度だけ手を振ると、宇宙オニイサンは振り向くことなく、宇宙船の中へと帰って行った。

LIST