スペースオペラはお呼びじゃない!3

頬に触れる感覚に覚えがある。マーリンはいつも、私の頬を指先でくすぐっては、むず痒さに私が身じろぎするのを目を細めて見つめるのだ。

「んん、まーりん……」
「疲れてたんだね。ごめんよ、気が回らなくて」
「んーん……」

頬を滑る手がそのまま私の頭を撫でる。優しい感触にむにゃむにゃと答えながら、私はもう一度目を閉じた。座ったまま寝ていたせいでちょっと首と腰が痛いけど、眠くて身体が動かない。

「まだ寝たいなら、睡眠用のポッドを使うといい」
「ん~……?」
「ちょっと失礼」
「んぅ……」

身体に腕が回されて、抱きついたところを持ち上げられる。薄く目を開けるとマーリンの顔が近くにあって、どうやらお姫様だっこされてるらしいことに気づいた。

「このまま運んであげるから、大人しくしてておくれ」
「運ぶ……?」
「この船、一応ベッドもついてるんだけど、使わないから放置しちゃっててね。ポッドも私は使ったことは無いけど、まぁそちらはメンテナンスしてるから平気な筈だ」
「……ポッド……、……あ?ん?あ!」
「あれ、起きるのかい?」

ギャア!!寝ぼけた!!
そういえば今私宇宙船に乗ってた!!

「寝てて良いよ?まだ時間はあるし」
「い、いやいい起きる、寝ちゃってごめん」

慌てて顔を逸らすと、降ろしてくれと頼む。案外あっさりと宇宙オニイサンは私をその場に降ろすと「では、ついでに艦内を案内しよう」と私に着いてくるよう促した。

艦内を案内、とは言っても、コンパクトな宇宙船なので、大して部屋数は無い。先ほど寝ぼけ眼で聞いたように、一応寝室がついている分少し大きめだけど、普段その部屋は使用していないとのことだった。……まぁ多分、睡眠とか必要としないタイプだもんね、宇宙オニイサン。

「ここが寝室、というか唯一の個室だ。私は殆どのことをコクピットですませてしまうので何も無いんだけど」
「ほんとに何もない!!」
「あはは、こんなところで良ければ好きに使っておくれ。とは言えベッド一つでいっぱいいっぱいな部屋だけどね」

入室を促され、一歩足を踏み入れる。確かに、格安ホテルのシングルルームばりに狭い。だけど掃除は行き届いていて清潔感があり、なかなか居心地は良さそうだった。

「綺麗にしてるね」
「まあね。でもベッド用のシーツだとかは積んでないんだ。それはおいおい用意しよう。やっぱりベッドがある方が良いだろう?」
「まぁ、それはそうだけど……仮眠ポッド?があるなら、それでも良いけどね」

そう言いながらも、マットレスがむき出しのベッドの上にぽすんと腰掛けてみる。だいぶ狭いし飾り気も何も無いが、内装が白くてカルデアの室内に雰囲気が似ているから、ちょっと安心感がある。

私がベッドに腰掛けたのを見て、宇宙オニイサンもその隣に腰掛ける。
狭いベッドの上で隣に並ばれると、ちょっとドキッとしてしまう。

宇宙オニイサンは恋人マーリンじゃないし、と極力意識しないようフラットな態度を心がけていたけど、カルデアの室内を連想させるベッドの上で隣に並ばれると、流石にまったく気にしないというのは難しかった。

「あ、あー。そういえば聞きたかったんだけど」
「なんだい?」
「ヒロインX……ってさぁ、マ……オニイサンの知り合い?」
「どうして?」
「い、いや……こっちの……世界だと、浅からぬ関係というか」
「へぇ。ふふ、妬いてるのかな?」
「どうしてそうなる」

他の女の話題=嫉妬ってどんな思考回路だ。何でマーリンてやつは私に対してやたらに自信満々なんだよ。確かに私はマーリンのこと好きだけども!知り合いかって聞いただけじゃん!!

「浅からぬ関係と言うのなら、私はキミとそちらの世界にいるという私の関係が気になるね。それなりに親しくしているようだ。違うかい?」
「……まぁ。うん。私が役立たずってのはもう言うまでもないけど、マーリンには私のおもりをね。してもらってたりしたので」

嘘ではない。立香のレイシフトに付随してしまう以上、どうしたって戦闘に巻き込まれてしまうのは避けられないので、私を守る専属としてマーリンは配置されていた。非常に勿体ない配置だと言わざるを得ないが、守りの堅固さも随一なら、遠距離はもちろん近接攻撃もこなせるマーリンは、護衛として非常に優秀だった。ただし優先順位はマスター>私なので、時折捨て駒にされかけることもあったけど……それも今は昔。最近のマーリンは、ちゃんと私が死なないよう守ってくれている。

「なるほどね。しかし難儀な体質だ。何の力も持たないのに、戦場に引きずり出されてしまうなんて」
「ほんとにね……私も何でこんな無意味な設定……いや、体質なのか、ほんと恨むよ。誰恨んだらいいのか分からないけど」
「本当に何も出来ないんだね?特に役に立ったことは本当に一度もない?」
「う~ん……大局に影響を与えたことは、ない……って言うのが正しいのかな……。立香だけいれば良かったんだよ。私は必要無かった。立香は私がいてくれてありがたいって言うけどね」
「なら良いじゃないか。役に立ってるってことだろう?」
「うーん……」

少なくとも私は、立香が人理修復を成し遂げることを最初から知っていた。それに私が必要無いことも。

一応ね、救済的なことも考えはしたんだよ。したからこそ、マーリンに全部明かしたんだもん。
でもどうにもならなかった。
結局ゲーム通りに進むなら、私の存在意義って本当に何なんだろう。
私がマーリンと恋仲になれただけ、私が得しただけで、他の誰にとっても、私はいらない存在なのに。

悶々と、考えても仕方ない思考が渦巻く。一人で考え事をしていると、必ずこのことを考えてしまう。

「せめて何か……出来たら、いいんだけど……」
「じゃあ人間やめてみる?」
「急に何を言い出すの」

何それどういうことだよ、と怪訝な目を向ける私に、宇宙オニイサンはにっこり笑うと朗らかな声でこう言った。

「私の力でキミを眷属にして、特殊な力を持っちゃおう!」
「そんな軽いノリで人外にしようとしないで」
「ダメかな?今なら不老もついてくるよ」
「正直若いままでいられるのは非常にそそられるけども!!」

一応初対面ですよね私たち!?
そんなセールス勧誘みたいなノリで眷属とかなっていいものなの!?いやならないけども!!そりゃ最強夢主とか一度はなってみたいこともないけども!!!!

実際目の前に「人間やめられるけどどうする?」という選択肢がいきなり現れても、はいやめますとは言えない。

……いやでも、いきなり人間やめて帰ってきた私を見てビビり倒すマーリンはちょっと見たいが……。

「……いやいやダメ、そういう方向性はちょっと。ていうかなに、そんな軽いノリで眷属増やしてんの?」
「まさか、こんなこと言ったのキミが初めてだよ」
「う、嘘ばっかり……ていうかからかってるでしょ!?」
「割と本気で言ったんだけどなぁ」
「はいはい分かった分かった。てか眷属って何?そんなこと出来るんだね~」

マーリンのやり口はよく分かっているので、話に乗っかることはせず顔を逸らしながら適当に相づちを打つ。
宇宙オニイサンに少しだけ肩を寄せられて、内心少しドキッとしたが、お兄さんは特に追撃することもなく、そのままの距離で話し出した。

「サーヴァントにもいろいろ種類があるけど、私はその中でも一際特殊でね。何せ2000年魔術師やってるんだもの。ヒトを使い魔にしたりだとか、そういう方法も心得ているとも」
「夢魔だからじゃなくて?」
「夢魔も魔術師も2000年生きれば出来ることは増えるさ。あぁ、そっちの私も同じことが出来るか気になるのかな?」
「それは確かに気になりますね」

まぁ魔術師として1500年生きてるので一緒と言えば一緒だけど……ていうか宇宙オニイサンって夢魔なんだろうか?眷属って夢魔のって意味かと思ったけど違うのか。

「オニイサンて夢魔なの?」

単刀直入に聞いてみると、宇宙オニイサンは「キミの世界ではそうなのかい?」と逆に尋ねてきた。

「正確には夢魔とヒトの混血だけど……もっと言うと、英霊でも無いけど」
「英霊じゃない?サーヴァントでは無いと?」
「マーリンは生きてるの、今も」
「ほう!つまりキミと同じく今を生きる者なのかい?」
「今を生きてる、というとだいぶ語弊はあるんだけどね……」
「というと?」
「えーっとねぇ……」

宇宙オニイサンが意外と興味を示した為、私は私の知る限りのマーリンについてを語って聞かせた。恋をして、楽園に囚われたことも、全部。

すべて聞き終わると、宇宙オニイサンはふうん、とあまり興味なさげに相づちを打った。

「1500年閉じこもるとか、何が楽しいんだかねぇ」
「そういうオニイサンは何してたの?さっき……確か2000年生きてたって言ってたよね」
「女の子と遊んでたかな」
「2000年!?」
「2000年」

逆にそれもすごいけど。2000年間よく飽きないな。
驚きつつも呆れる私の肩を抱き、宇宙オニイサンが身体を寄せる。うわ、と思わず声が漏れた。

「そしてキミは、2000年間一度もお目にかかったことのない「役職を持たない人間の女の子」だ。興味を持ったのはそこが理由。だけど目を惹かれたのはキミが思った以上に可愛らしい女の子だったからだよ」
「そういうの良いから……」
「え~?まんざらでもないくせに」
「どうしてそう自信満々なの!?」

身体を引きながら手でガードするも、宇宙オニイサンはぐいぐい迫ってくる。
強引に迫る男とか普通ならごめんなんですけど!実際マーリンにもびんたをかましてやったことがあるんですけど!!……後に恋仲になってるのでまぁあの……いやでもそれはほら元々推しだから本人の知らないところで培った好感度がさ……ていうと宇宙オニイサンもそうなのだが。

「自信があるというか、キミにどこまでくっついても許されるのかなって試してたんだけど。真横に座って肩を寄せても何も言わないから、これはいけるなって」
「いけないです!全然いけないです!!」
「試してみてもいいかい?嫌なら全力で抵抗してくれれば引くから」

そっと手を握り、ずずいと顔を寄せて宇宙オニイサンが言う。その顔を近づけるな、条件反射で赤くなってしまう。

「だ、ダメ!私彼氏いますので!!」
「おや。それは残念。こんなに可愛い彼女がいるなんて羨ましい男だ」
「っぅ!」

言いながら宇宙オニイサンが私の頬を指先でくすぐる。思わず目を瞑りぶるりと身体が震えた。

ぐいっと宇宙オニイサンを押し返すと、ベッドからさっと立ち上がる。
ガードするように腕を身体の前に構えながら、きっと宇宙オニイサンを睨みつけた。

「寝取り趣味ならよそでやって!そんで塔にでも幽閉されてしまえ!」
「そんなんじゃないんだけどなぁ。この子がいいって思ったら遠慮なんていらないだろう?」
「はいはいもう分かったから!ホンットぺらぺらと思ってもない口説き文句をよくもまあ」

ぶつくさ言いながら部屋を出る。宇宙オニイサンが後に続くのを横目で見ながら、特大のため息を吐いてみせた。

マーリンがどうして私を好きなのかってことに関しては、まったくもって全然納得いってないんだけど。理由は置いといて、確かに好意があるらしいことは、流石にもう十分わかっている。

だから、だ。
宇宙オニイサンにも私を好きになる可能性がある、だとか。
そういうことを考えてしまうのは、非常によくない。

こんな凡凡女を推しが好いてくれるなどという奇跡、何度も起きてたまるか。いや起きたら嬉しいが。嬉しいけどやっぱり納得いかない。これは自己肯定感が高いとか低いとかの問題じゃない。
だってマーリンは人間個人を見ないから。

「なまえくん、こっち。最後に睡眠ポッドの場所と使い方を教えておくよ」
「ああ、はい」

さっきまでニヤニヤしながら迫ってたくせに、宇宙オニイサンは何でもないようににこやかに微笑みながら睡眠ポッドへと私を案内する。
そもそも女好きでナンパ慣れしてるってのが厄介なんだよな。まったくもってマーリンてやつは度し難い。

「ん……?」

睡眠ポッドに向かうには一度コクピットを通らなければならないらしく、コクピットを通り抜けようとして、違和感を覚えて首を傾げる。

「……あれ?ねえ、この映像何?」
「何って外の様子だけど」
「……ん?私たちまだあの星にいるんだよね?」
「いや?もうここは宇宙空間だよ。さっき気づかなかったのかい?寝ぼけてたんだね」
「は?」

いやいやいや!え?立香たちが戻るまでは待機しとくって話になってたんですが!?
慌てて外と宇宙オニイサンを交互に見ながら口をぱくぱくさせる私に、オニイサンはからりと笑って言った。

「急ぐって言ったろう?大丈夫、彼らは彼らで宇宙旅行に出たからね。私からあの船宛に先に出るとメッセージも送っておいたから安心しておくれ」
「誘拐行為だよこれは!!」
「予定を繰り上げただけだよ。というか予定通りだ。キミも納得してたじゃないか」

そうだけど寝てる間に出発するやつがあるか!!絶対立香心配してるよ!!

「後で通信させてあげるから」という宇宙オニイサンの言葉を呆然と聞き、反射的にこくりと頷く。
フロント画面に広がる宇宙空間を眺めながら、私はまたしても特大のため息を吐くのだった。

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