スペースオペラはお呼びじゃない!1
藤丸立香がアシュタレトに連行され並行宇宙へとドリフトをキメた同時刻、自室でゴロゴロしているところをマーリンに呆れられ小言を右から左へ流していた筈のなまえは、気がつけば何だか妙に悪のアジトっぽい外観の廊下に突っ立っていた。
あっこれいつもの強制連行レイシフトだ!と瞬時に脳が判断し、この時期のイベントは何だっけ、と脳味噌を回転させながら誰にも見つからぬようひっそりと物陰に身を隠し、そういえば、と宇宙を旅した記憶を思い出す。もちろんゲームの中の話である。
暫し身を隠すこと数分、アシュタレトがとある部屋から出てくるのを確認したなまえは、あれが立香の囚われている部屋だと確信して二人は合流を果たした。
かくしてここに、囚人と知らぬ間に密航者になってしまったコンビが誕生したが、それも一瞬のこと。
荒野に投げ出されたなまえと立香。
二人は上空ではぐれ、立香はヒロインXに助けられることとなる。
一方女性用宇宙礼装 を着てはいるものの、マスターでも何でもない、本当の意味でただの人間であるなまえを助けたのは、エアバイクで上空を散歩していたという、一人の謎のオニイサンであった――
――セイバー・ウォーズ・アナザーストーリーより
「いやぁ、私が偶然通りがかって本当に良かった。でなければキミ、確実に死んでいたもの。だって見るからに打たれ弱そう、どころかサーヴァントの気配すら感じられないんだからね。命の恩人たる私にお礼の言葉とかどんどん浴びせてくれて構わないよ、と言いたいところだけど……そんな風に目を覆って恥じらっちゃって、随分とシャイなお嬢さんだ」
「こんな展開聞いてない……」
「うん?」
「百歩譲ってもここで登場するのは早すぎるのでは無いですか!?」
「何言ってるんだい?」
状況を整理しよう。
立香とうまく合流出来たまでは良かった。アシュタレトが立香に通販やネット環境を用意してくれたのと、広めの良い部屋を用意してくれたおかげで、私はあの部屋の中に隠れ潜むことが出来た。あまりにもモブすぎるせいか、案外と気配に気付かれることも無く、とりあえずはやり過ごせていた。
問題は私がこのイベント――セイバーウォーズⅡの詳細な展開を、ほぼ忘れていたことにある。
私がこの世界……いや、今は蒼輝銀河にいるので、この言い方は分かりづらいな。FGOの世界にやってきて、もう数年経つ。現実でどの程度時間が進行しているか知らないが、私にとってこのイベントは数年前にゲーム上で体験したものだ。楽しんだ覚えはあるが、流石に詳細な記憶は殆ど薄れてしまっている。
だから「アシュタレトのミスで宇宙に放り出されて荒野に不時着」程度の記憶はあったものの、どうやって助かるのかとか、そういうのはちゃんと覚えていなかった。立香は主人公なので間違いなく助かる。だから一緒にいれば平気だろうと思ったのだ。幸い宇宙服は男女一式ずつあったので、立香と私で一着ずつ装着することが出来たのだが……急なスカイダイビングへの対応力が足りなかった。スカイダイビング自体はいつものことなのだが、今回はマシュもおらず、私も慌ててしまって立香と空の彼方で風にあおられてはぐれてしまった。
それは良い。いや良くない。
良くないが、まぁ、結果的にはとりあえず、良い。
ぼんやりとしか思い出せないが、立香は確か……どうにかして助かり、何やかやとXや、Sイシュタルとジェーンに出会う流れだった筈だ。まぁ立香は主人公だ、心配いらないだろう。
問題は私だ。完全に死んだなと流石に思った。
無心で落下する私を見て、何をどう思ったのやら。
本人曰く「たまたま」落下する私を目撃したのだという男――宇宙オニイサンマーリンは、エアバイクで空中をドリフト走行しながら、落下する私を受け止め、助けてくれた。
「…………」
「そろそろ落ち着いたかな?お嬢さん」
「……ちょっとすみません。覚悟を決めるんでもうちょっと待って」
「覚悟?」
……よし。オッケー。大丈夫。
見るぞ。開けるぞ。目に写すぞ!!
「……………っ!」
「?」
カッ!と気合いを入れて目を見開き、宇宙オニイサンの方へ視線をよこす。不思議そうに首を傾げながらも、口元に柔和な笑みを浮かべた宇宙オニイサンマーリンは――ライダースジャケットのようなものを着用していた。
「ぐぅうううう!」
「何でそんなに苦しそうなんだい?」
おまえのお着替えに弱いからだよ!!何だそのスタイルの良さを全面に押し出した荒野の旅人スタイルは!?
顔面がクッシャクシャな私をなお不思議そうに見つめながらも、その反応を深追いすることなく、宇宙オニイサンマーリンは「そろそろ名前くらい教えてくれてもいいんじゃないかな?」と私に名乗るよう促した。
「……なまえです……」
「なまえ。素敵な響きだね。キミにぴったりだ」
「どうも……」
「私のことはマーリンオニイサンと気軽に呼んでくれて構わないよ」
「オニイサン……」
「うんうん、これからよろしくね、なまえくん」
「よろしく……は、え?これから?」
これからとは?私たち今出会ったばかりで、今名乗ったばかりなのですが。
いや、状況を考えたら私は宇宙オニイサンに縋る以外に選択肢など無いのだけど、私が言うまでもなくよろしくしてくれるとはどういう了見なのだろうか。
「だってキミ、空から降ってきたってことは、身寄りとか無いんだろう?私は類稀なる善属性オニイサン。キミのように困っている可愛い女の子には、手を差し伸べずにはいられないのさ」
ウインクしながら言われ、思わず目を逸らす。さらっと可愛い女の子とか言いやがって、本当にマーリンというやつはどいつもこいつも。
「――えぇと、それは正直本当に助かります。でも私の状況を聞きもせずに、そんなこと言っていいの?」
「それはこの後じっくり聞くよ。そんなわけで、近くのスペースダイナーでお茶でもどうだい、お嬢さん」
エアバイクの後部座席を親指で示しながら、宇宙オニイサンはニッと笑ってそう言った。手慣れたナンパぶりである。
正直見慣れぬ服装とナンパされたという事実でもうだいぶいっぱいいっぱいなのに、この上マーリンが運転するバイクの後部座席に乗るとか、だいぶキャパオーバーである。動悸は高まりすぎて耳の裏にどっかんどっかん響いてるし、身体は謎の震えが止まらず今にも倒れそうな具合だ。
が、しかし。お誘いに乗らないという選択肢も、また無いのである。
だって推しなんだもん。
ぶるぶる震えながら後部座席に乗り込み、いざ出発。
スペースダイナーと言われて一瞬はて、と思ったものの、それはすぐに思い出せた。そういえば、立香がSイシュタルたちと出会うのは、飲食店の中だった筈。それが確か、スペースダイナーとかいうチェーン店?だった気がする。うん、ちょっとは思い出してきたな。
案外すぐに合流出来そうだ。
そう思って、宇宙オニイサンの背中に抱きつきながら、そっと安堵の息を吐いた。
――後で知った話だが。
このとき向かっていたスペースダイナーは、立香たちとは全くの逆方向で。
結局私は、最後まで立香たちと合流することの無いまま、この旅を終えることになるのだった。